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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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四国会議へ

 使節団と合流し、ガルシアに到着したのはそれから七日後の事だった。

 使節団は政治なら何でもござれのルイーズさんを中心に、主に外交を担当する政務官らが派遣されて来たそうだ。

 私の体も徐々に復調して、今では十分戦闘に耐えられる状態に戻った。

 現在は、王都の街を獣人国の使節団がゆっくりと通り抜けていく最中だ。

 道の左右には獣人国の使節団を一目見ようと、王都の市民達が数多く集まっている。

 使節団で馬に乗っているのは王であるライオルさん一人で、残りは徒歩である。

 私の馬となったシラヌイはガルシア王都入り口の厩舎に預けて来たのだが、厩舎番がシラヌイの立ち姿に惚れこんでしまい暫く捕まってしまった。

 何処の系統の馬でどんな環境で育てたのかとか、餌は何だとか聞かれても私には一切分からない。

 仕方ないので馬に詳しそうなリクさんにその場を任せ、私は急ぎ使節団と合流した。


「ねえカティア。王都の皆の反応、何か変じゃない?」


 ミナーシャが手の平を口の横に添えて小声で話し掛けて来る。

 ちなみに王の前だからといって平伏したりする必要は無いので、市民達は使節団の様子を堂々と見ている。

 先程からその多くが顔を見合わせてはひそひそと何か話すのが目に入るので、ミナーシャはそれが気になっていたのだろう。

 その疑問に私は正面を向いたまま答えた。


「考えてもみて下さいよ。ライオルさんは以前からこの国では有名人な訳です。使者として他国に行った称号持ちが王になって帰って来た、と聞いたらミナーシャならどう思います?」

「意味分かんないよね! にゃははは! ――あ」


 思い切り笑った後、周囲の視線を集めていることに気付いたミナーシャは縮こまった。

 後ろに居たカイさんとクーさんがたしなめるように同時にミナーシャの肩に手を置く。

 私達は一団の最前列にいるので、妙な動きをすると非常に目立つ。

 アカネは、このゆったりとした行進が退屈なのか先程から半分眠ったような状態で無言である。


「ミナーシャのように笑い話で済めば良いんですけどね。極端な話、王位に目が眩んでガルシアを捨てた風にも見えると思うんですよ」

「え、何でニャ!?」

「ガルシア市民は獣人国の窮状なんて知りませんし、私達とは持ってる情報量が桁違いに少ないですから。妙な疑心を持っても何ら不思議は無いです」


 なるほどー、と他人事だからか気楽な調子のミナーシャ。

 しかし、個人的には市民よりもライオルさんの様子の方が気掛かりだ。

 慣れない窮屈な儀礼用の服を着込み、更にはガルシア市民のこの反応。

 ちらりと振り返ると、眉間に皺を寄せて馬上で苛立っているのが伝わって来る。

 王城まではまだ距離があるが、果たして耐えきれるだろうか?

 私の憂慮は的中し、遂に――


「ごちゃごちゃうるせえぇぇぇぇっ! 言いたいことがあるなら直接来い、こそこそすんな!」


 ライオルさんの怒りが爆発した。

 その声に行列を見物していた市民達は静まり返り、使節団の獣人達は大いに慌てた。


「ライオル様、その発言は余りにも王として不適切で――」


 ルイーズさんが忠言しようとするが、ライオルさんは止まらない。

 手で発言を遮ると、観衆をざっと眺めてある方向に視線を定める。


「あ、そこのお前武器屋のオヤジだな! そっちは定食屋のオバチャン、それから隣に居るのは飲み屋のニイチャンだろ! 待ってろ、用事が済んだら直々に出向いて一から十まで全部事情を説明してやらあ!」


 あろうことか名指しで特定の市民を呼び始めた。

 呆気に取られた人々の中で、最初に呼ばれた武器屋のオヤジさんが怒鳴り返す。


「おうライオル! 待っててやるからしっかり言い訳しに来い!」


「言い訳じゃねえ! 正当且つ止むに止まれぬ事情ってやつだ!」


 そのやり取りに聴衆から笑い声が上がる。

 言い訳とどう違うんだよ! などという冗談めかした声も聞こえてくる。

 方法はどうあれ、それを経て不穏だった空気は和やかなものへと一変した。

 盛り上がる市民達の様子を見て、私は思わず呟いた。


「……凄いな」

「確かに特殊な才能だと思いますけれど……お姉さまは真似しないで下さいね? ちょっと品がありませんもの」


 クーさんが耳元で囁いてくる。

 やけに吐息が耳に掛かるのは気のせいですか?

 私は正直に思った感想をクーさんに返した。


「仮に私が同じことをしても効果は無いと思いますよ。ライオルさんだからこそ許される行いというか」


 怒鳴って、怒鳴り返されて、それで不思議と場が収まった。

 ライオルさんの人柄に加えて、以前から城下の人々と親しくしていた結果の出来事だろう。

 真似をしろと言われても出来るものではない。

 そして、その後は穏やかな空気のまま使節団は城門の前まで辿り着いた。


「お嬢、出番ですぜ」


 私はカイさんの言葉に小さく頷くと、息を大きく吸い込んだ。

 一歩前に進んで胸を張り、少し顔を上げる。


「魔法剣のカティア、ガルシアからの使者として獣人国国王ライオル様をお連れした! 開門願う!」


 儀礼的に必要との事で、連絡を行った使者の代表として城門前で高らかに告げる。

 本来なら序列的にライオルさんの役目だった訳だが、当の本人が王になってしまったので代役が必要になってしまった。

 ミディールさんは基本的に裏方なので適さず、必然的に繰り上げで私の役目となった。

 声に応えて跳ね橋がゆっくりと降ろされ、城門が開いていく。

 中から現れたのは、私にとって懐かしさと安心感を同時に覚える面々だった。


(みんなの顔を見ると戻って来たって感じがするねー)


 ようやく目が覚めて来たらしいアカネの呟きには、私も全面的に同意だった。

 先頭にリリ姫様、後ろにルミアさんとスパイクさん、残りは近衛騎士団の面々だ。

 目に鮮やかな銀髪の少女が、陽光を反射させながらおごそかに近付いて来る。

 そして私に向かって――って、おい!


「……お帰り、カティ……」


 いつもの朴訥ぼくとつとした話し方だ。

 素直に「ただいま戻りました」と言いたくなるのをこらえて視線で訴える。

 姫様、順序が違います……!


「このポンコツ姫が!」


 ルミアさんが全速力で駆け寄り、目一杯跳躍して姫様の頭をはたく。

 跳んだあとにバランスを崩したので私がそのままルミアさんを抱え込んだ。

 小さなハイエルフは、それにも構わずまくし立てる。


「まずは王に挨拶、いで使節団、最後に自国の使者へのねぎらいの言葉だと教えたじゃろうが! 何で直ぐに忘れるんじゃ!」

「……痛い……」

「まあ良いじゃねえかルミア。どうせ俺は身内みたいなもんだしよ」


 頭を押さえてうずくまる姫様の前に、下馬したライオルさんがやってきてかばう。

 対するルミアさんは眉を吊り上げて完全におかんむりである。


「ライオル……お前やスパイクが甘やかすから何時まで経っても直らないんじゃろう! こういう形式的なものをしっかり守ってこそ、威厳を損なわずに民にも安心感を――」

「あー、まあもっともだが、カティアに抱えられながら言っても締まらないぜ?」

「――む! ……カティア、降ろしてくれ」


 ルミアさんを降ろして一息つくと、私は背後の固まった空気に気が付いた。

 獣人国の人々は完全に事態から置いてけぼりだ。

 一体何が起きているのか、といった表情で目が点である。

 儀礼やら礼式やら礼法といったものは目の前で遥か彼方に吹き飛ばされていった。


「何か、ペースが独特ですね……ガルシアの方々って」


 クーさんに言われたくはないと思うが、多種族国家であるが故の我の強さというのは確かにある気がする。

 カイさんは暫くリリ姫様をジッと見ていたが、やがて視線を逸らして一言。


「あの姫君も見た事が無い程の美少女だが、戦いの香りが薄いな。やっぱり俺はお嬢の方が――いてえ! やめろクー!」

「カイっ、あんたの評価基準はおかしいのよ! このっ、このっ! 変な目でお姉さまを見ないように性根を叩き直してやるわっ!」

「ガルシアは何処もこんな感じだから早めに慣れると良いニャ。カティアの近くに居るなら尚更……って二人とも聞いてる? ねえ? ねえねえ?」


 前も後ろも、どちらも劣らず騒がしい……。

 ともかく、獣人国の使節団の到着によってようやく四国会議の準備は整った。

 それと同時に、長かった私達の獣人国への旅も終わりを告げたのだった。

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