別れと集い
獣人国の軍勢が山の向こうへと去って行く。
私はそれを宿の二階の窓から眺めていた。
ミナーシャと相部屋で、木造の小さめの宿である。
「行っちゃったニャー……」
胸中を代弁するかのようにミナーシャが呟く。
単純なようだが、数日間一緒に苦楽を共にした仲だ。
一人一人の名を知らずとも、寂しく思う気持ちが湧いて来る。
特にカノープス将軍には色々と教わることが多かった。
「リクさん、カイさん、クーさんも、もう山の向こうか……」
「う、うん。そうだね」
「?」
私の言葉にミナーシャが何故か焦ったような反応を返す。
大軍故に人の行き来が激しく、三人とは碌な挨拶も出来ずに別れてしまった。
お世話になっただけに残念でならない。
「ミナーシャちゃんはこの後どうするのー?」
ベッドに転がりながらアカネが問い掛ける。
私達は、とある町でライオルさんと共に獣人国の使節団を待っている状態だ。
戦の結果を王都で受けてからの出発なので、あちらの方の合流が遅れている。
私もミナーシャの今後が気に掛かっていたので重ねて問う。
「キシス領に帰るんじゃないんですか? 確かそこがガルシアでの住所でしたよね?」
「ニャッフッフッフッー」
ミナーシャが似合わない腕組みをして、にやりと笑う。
合わせて尻尾が機嫌良さげにウネウネと動いた。
勿体ぶったその態度に、私はミナーシャの顔を片手で鷲掴みにした。
「……」
「あっあっ待って! 言う、言うから!」
勿論ただのポーズだ。
本当に力を入れる気は無い。
遊んでいても話が進まないので私は先を促した。
「で、何を隠しているんです?」
「実は、カティアの部隊を創るから入らないかってミディールが」
「私の部隊? 何ですかそれ。初耳ですが」
自分のことなのに知らされていないってどういうことだ。
またか、という気がしないことも無いが。
良い方に受け取るなら、私が余計な事に気を取られないようにミディールさんが伝える情報を取捨選択してくれていたのだろう。
「ライオル殿がガルシアから抜けてしまいましたからね。計画自体は以前から存在したのですが、穴埋めの為にも創設を急ぐことになったのですよ」
ミディールさんがミナーシャの言葉を補足する。
確かにライオルさんがガルシアから抜けるのは既に確定事項だ。
戦力の低下は否めない――ん!?
ミディールさん、何時の間に室内に入ったんだ?
気が付くと、茶器などが載ったトレイを持って入り口の横に佇んでいた。
「失礼、女性だけの部屋に無断で入るのはどうかと思ったのですが……ノックをしても返事が無かったもので」
「ごめんねー。お姉ちゃんとミナーシャちゃんが騒いでたから」
「そうですよ。反省してください、ミナーシャ」
「ごめんなさいニャ……あれ? 何かおかしくない?」
その話の間にも、ミディールさんが手早く紅茶をカップに四人分注いでいく。
話が長くなりそうな時は、彼はこうしてお茶の仕度をしてくれる。
飲めないアカネにも差別せずにしっかりと用意する辺り、本当に気が利く男である。
こういう実利を無視した心遣いは嬉しいものだと思う。
アカネも満面の笑みを浮かべて礼を言った。
私とミディールさんは対面式の小さなテーブルセットの椅子に、後の二人はベッドへと腰掛けた。
「ガルシアはある程度、兵種毎に部隊を分けて運用しています。称号持ちが居ればその兵種の部隊をそのまま率いる訳ですが、カティア殿は特殊なので」
ガルシアの軍の編成については、ある程度は学習済みだ。
つまりライオルさんの場合なら拳闘士に加え、特殊な武器を含めた超接近戦がメインの部隊を。
鉄爪を装備するミナーシャは本来ならこの部隊だ。
ルミアさんなら魔法主体の部隊を率いるということになる。
最も数が多い剣と槍は、称号持ちが居なければ近衛騎士が率いる場合がほとんどだ。
で、私の場合は……距離を選ばないと言えばそうだが、どっちつかずとも言える。
「折角なので、一芸に長けた者や個の武力が高い者を集めた精鋭部隊を組織しようという話になりました」
「なりましたって……既に決定済みですか?」
「決定済みです。立案者はスパイク様ですね。ミナーシャ殿はアリト砦で高い偵察能力を示しましたので、部隊入りを打診しました」
あー、スパイクさんか……。
さぞノリノリで進めたんだろうな、この案。
目に浮かぶようだ。
――しかし精鋭部隊か。
確かにこの世界は個人の能力のばらつきが大きい。
反面、個人や数人の能力で戦局がひっくり返る可能性があることも示している。
オーラや魔力の高低、種族による長所や短所……部隊内での多様さが増すほどに扱いづらいさは顕著に現れるだろうが、もしそれらが上手く噛み合えば、間違いなく強い。
それらを指揮する困難さは……今は考えないでおこう、うん。
「それで、ミナーシャは結局どうするんですか?」
「入るよ。どの道、戦うのは変わりないし、どうせなら信用出来る――あっ、今のなし! なしニャ!」
「何です、急に立ち上がって。とにかく、入ってくれるんですね?」
部隊に入ってくれるということは、ミナーシャなりに私のことを評価してくれているらしい。
悪い気はしない、かな。
同じ部隊なら戦に備えて王都詰めだろうし、このまま一緒に戻って問題なさそうだ。
と、そこで扉が叩かれる。
「俺だ、ライオルだ」
「どうぞ、開いてますから」
鬣を持つ巨漢が頭を屈めて部屋に入って来る。
これだけの人数が入ると、二人用のこの部屋では狭いな。
ミディールさんがスッと立ち上がると、ライオルさんに席を譲る。
そして、すぐさま新しいコップと紅茶が用意される。
さすが。
「何の話をしてたんだ?」
ライオルさんが軽く手を挙げて礼を言いつつ、ミディールさんに問いかける。
そのまま椅子に腰掛けて紅茶を一口飲んだ。
「例の、カティア殿の部隊についてです」
「あー、あれか。そういや、是非お前に付いて行きたいってガルシア入りを熱望している奴らが居るんだが」
「私に? 誰ですか?」
物好きな人も居たものだ。
「一人じゃないぞ? それどころか砦の戦いの後、どこから聞いたのか更に希望者が増えたからな。まあ、結局最初に希望した三人だけに許可を出したが。獣人国の戦力はガタガタだし、余り兵に抜けられても困るんでな」
「三人っていうと……」
「ああ。お察しの通りだよ」
ライオルさんが窓の方を親指で示すので、近付いて開いたままの窓から下を見る。
宿の庭には、ここ最近ですっかり見慣れた三人組の姿があった。
私に気付くと、手を振ったり頭を下げたり思い思いの反応を返してくる。
「リクさん、カイさん、クーさん!」
「お姉さまぁぁぁっ!」
クーさんが羽を動かして二階の窓まで跳躍しようとする――のを、左右に居た二人が止めた。
「あぁぁぁっ! 貴重なハグチャンスがぁぁっ! 放せええっ!」
「クー、国王様の御前だから! 駄目だって!」
「止めろ馬鹿! ガルシア行きがパーになるぞ!」
相変わらずの調子に、思わず笑みがこぼれる。
「騒がしい連中だが、まあよろしく頼む」
「……はい!」
ミナーシャもだが、こうして私を慕って付いて来てくれる人達が居る。
それが堪らなく嬉しく、私の頬は終始緩みっぱなしだった。




