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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
114/155

帰還

 翌日、砦には再建に当たる兵と、以前よりも多数の常駐兵が残された。

 この中には建築に長けた者が多く含まれている。

 今後は防御力を以前よりも高めつつ、砦の規模が拡張される。

 その途上で再び帝国が攻めてくることも考えられるため暫くは厳戒態勢が続く。

 私は帰還する兵達に混ざってゆっくりと歩く馬の背に揺られていた。

 どうにか馬に乗れる程度には体も回復している。


(お兄ちゃん、この子に名前付けてあげないの?)

(名前? ……名前かぁ……)


 アカネは私から一日遅れで今朝、目を覚ました。

 戦闘中の記憶は少し薄いとのことだが、特に異常は感じられないらしい。

 アカネの疑問である馬の名前に関してだが、命名前に前王が亡くなったので自由に付けていいとのことだ。

 にしても名前……何も思いつかない。

 大体アカネの名前だって自信を持って付けたものではない。

 ここはいっそ――


(折角だからアカネが考えてあげたら?)


 アカネに丸投げしてみた。

 少し考えるような気配を感じた後、答えが返って来る。


(カティアテイオーとか?)


 競走馬みたいだ……。 

 私の名前を混ぜるのもやめて欲しい、絶対に呼びにくいから。

 ついでにこの子はめすだ。

 テイオーは駄目だろう。


(それはちょっと)

(じゃあモエルンデス)


「キュイーン!」


 急に甲高い声を出したかと思うと、馬が思い切り前足を上げた。

 当然、私が座っている鞍も斜めになり――お、落ちる落ちるっ!

 突然の事態に周囲の兵がギョッとする。

 どうにか前足を降ろすまでしがみついていることに成功した。

 不調で手足に力が入らないから、本当に落ちるかと思った。

 それにしても、名前の候補に不満があるかのような絶妙のタイミングで暴れ出したな……。

 まさか聞こえているのか? 私達の会話。

 人間には見えていなくても、動物には精霊が見えているってこともある……かもしれない。

 魔法にも反応していたようだし、動物の感受性も馬鹿に出来ない。


(で、この子は御不満みたいだけど? でも火関連の名前っていうのはいいかもね。私達らしくて)

(むむむ。じゃあ……シラヌイで!)

(……私の知識から引っ張ってきたんだろうけど、その心は?)

(響きが格好良い!)


 何ともシンプルな理由だ。

 確か「不知火しらぬい」は蜃気楼の一種だった筈。

 攻撃を避ける、という願いを込める意味では合っているのかな。

 どうだろう?


「ブルルルッ」


 リクさんによると、馬は基本的に高い声は警戒や不機嫌な時、低い声は上機嫌な時や親愛を表しているらしい。

 低い声ということは、この名を気に入ったようだ。

 じゃあ決定で。


「宜しく、シラヌイ」


 首筋を撫でると短くいなないた。

 任せろと言わんばかりに鼻息が荒くなる。


「お姉さま、馬の名前決まったんですか?」


 声にぴくりと肩を跳ね上げて振り向くと、そこに居たのはクーさんだった。

 これは……普通の状態かな?

 表情を見る限りでは穏やかな状態な気がする。

 縛られてもいないし。

 おさえ役の二人が居ないのが、不安といえば不安だが。


「ええ、シラヌイと名付けました」


 アカネが。

 しかし三人組はアカネの存在を知らないので、それを言う訳にもいかない。


「不思議な響きの名前ですね。どこの言葉ですか?」

「私の故郷ですかね」

「お姉さまの故郷! 是非行ってみたいです!」

「ハハ……」


 行けるものなら私だって行ってみたい。

 尤も、この姿では会った所で両親や知人にどんな反応をされるやら。

 「迷い人」と呼ばれる人が居るくらいだ、この世界もどこかで元居た世界と繋がっているとは思うのだが。

 仮に行けるようになったとして……いや、無駄な考えか。

 それに今の私の故郷はカイサ村だ。

 ついでに言うなら、迷い人が元居た場所に帰れたという噂も聞いたことが無い訳で。


「そういえば私が起きた時ですけど。どうしてクーさんは縛られていたんですか?」


 妙に興奮した様子だったが、そうなった経緯は聞いていない。

 クーさんが私の言葉にカッと目を見開いた。

 嫌な予感が全身を駆け巡る。


「それがですね聞いて下さいよお姉さま! 私はお姉さまが早く良くなるようマメに様子を見に行っては添い寝をしたり顔色が悪くないか夜通し観察したりしていたんですがあれは私が意識の無いお姉さまに口移しでお水を飲ませようとした時でした……あのメス猫、私からお姉さまのお着替えや傷のお手当てというこの世で最も重要で崇高な役目を奪っただけでなくそれはやめてあげてなどと訳の分からないことを言って部屋への立ち入りを禁止にしたんですよリクやカイもミナーシャの味方をするしお姉さまが目覚めたと聞いて誰よりも早く飛んで行こうとした私を縛り上げるとは何事ですか! おかげでどさくさに紛れて抱き着いたり撫で回したり匂いを嗅いだりする私の作戦が――」


「――あ、はい」


(お兄ちゃん、言葉は聞き取れるのに何言ってるか分かんないのはどうして?)

(気にしなくていいと思うよ。きっと私の脳が受け取りを拒否しているんだ……)


 私は勘違いしていた。

 彼女の場合、最初から普通の状態なんて存在しないのだ。

 つまり平時からこの有り様であると。

 クーさんの話は途切れることなく続き、どうやら戦場での私の姿を称える方へシフトしているらしかった。


「分かった? 私の苦労」

「ミナーシャ」


 声に振り返ると、ミナーシャがやる気のないだらっとした歩き方で近付いて来る。

 そのままシラヌイの腹をぺちぺちと叩くと並んで歩き出した。


「安心すると良いにゃ、寝ている時に変なことはさせてないから。心なしか私の体重が減ったケド」

「えっと……ご苦労様。それとありがとう」

「この前、孤児院で焼いてくれたのと同じクッキー。それを二十枚で手を打つにゃ」


 そう言えば、ミナーシャは子供達に混ざって一番多くクッキーを貪っていたな。

 気に入ってくれたのはいいが、渡したら直ぐに食べ切りそうだ。


「構いませんけど、一度に食べると太りますよ?」

「別に良いにゃ……上には上が居るっていう圧倒的なスタイルの差を、二日間で嫌ってほど見せつけられたから。知ってたけど、着替えさせる為に直に見た時の衝撃たるや」

「何でやさぐれてるんです? スタイル?」


「――が去ってしまって暫くは心配で心配で仕方なかったのですけど、後から思い返した時のあの勇姿! 全軍の運命を背負って立つあの御姿! ああ、やはりお姉さまは――」


 そのままミナーシャは、まだ何か話しているクーさんを連れて後方に下がっていった。

 「クッキーの件、忘れないでにゃ」だそうだ。

 往路と帰路とで二人の立場が逆転している……。

 僅かな間を置いて、入れ替わるようにカノープス将軍が馬首を並べて来る。


「体は大事ありませんかな? カティア殿」

「カノープス将軍……はい、問題ありません。ありがとうございます」


 私の返事に微笑を浮かべた将軍が頷く。

 さすがに疲れが見えるが、周囲の兵を気遣う様子は一貫してそのままだ。

 私も気遣いの対象に入っているのはくすぐったくも嬉しい。


「ラズロウも貴女の身を案じておりました」

「小隊長が? あの、小隊長の容態は?」


 生存は聞いていたが、私が彼を見たのはあの衝撃的な状態が最後ということになる。

 三日間ほとんど寝たきりだったというのもあるが。


「腕を失ったことによる熱も下がり、感染症なども無かったので……無理はさせられませんが、容体は安定しています」

「そうですか。安心しました」

「そのラズロウが妙な事を言っていましてな。帝国兵と戦っている最中の貴女が、まるで人間ではないかのように見えたと」

「人間ではない?」

「生きている者らしい息遣いが、中途で消えた……と、そう申しておりました。他の者の妄言ならいざ知らず、ラズロウは勘が鋭い所がありましてな。念の為、お耳に入れておこうかと考えた次第です」


 言われてみれば、カノープス将軍が無理をするのではないかという彼の考えは見事に的中した。

 彼が事前に危機を察知したことで、カノープス将軍と今もこうして話すことが出来ている。

 結果、小隊長自身は腕を失うという事態にはなってしまったが。

 そして私が覚えている限りではあの時、普段は見えな光る何かを見た……気がする。

 それから、この尋常ではない疲労感。

 三日休んだ今でも全快には程遠い。


「……覚えておきます」


 精霊の研究は始まったばかりだ。

 アカネも含めた大精霊に至っては顕現したばかりで、分からないことの方が多い。

 ガルシアに戻ったらルミアさんに体を診てもらった方が良いだろう。

 自分の身に何が起きたのか知らないままでは、今後に不安を残すことになる。


「尤も、貴女に御無理をさせた原因の一端は我々にもあります。この戦、貴女が居なければ獣人国は負けていたでしょう。……感謝しています」

「い、いえ。それよりも、勝手に拝借してしまった将軍の剣のことなんですが……申し訳ありません。あのような状態にしてしまって」


 私は照れ臭さから、頭を掻きつつやや強引に話題を変えた。

 ――将軍の剣は非常に斬れ味が鋭かった。

 その上で、丁寧な手入れをされて使い込んでいるのが分かる握り心地だった。

 剣の素性の良さと同時に、如何に大事に使っていたかが伝わって来て。

 なので、尚更申し訳ない気持ちになる。


「何、武器など部下達の命に比べれば。あの剣も、貴女を守るという役目を全う出来たなら満足でしょう。謝る必要などありませんよ」

「そう言って頂けると助かります」


 その会話を最後に、二人並んで暫く無言で進む。

 平原を風が流れていき、頬を優しく撫でた。

 今日は暑さも幾分か鳴りを潜め、空気も乾いて爽やかだ。

 歩兵達はさすがに汗を拭いながらの行軍だが、それでも猛暑でない分マシだろう。


「――この戦いを最期に剣を置こうと思うのです」


 告げた言葉は唐突に。

 驚いた私は、数秒静止した後に周囲の兵にその言葉が聞こえていないことを確認してから、低い声で名前を呼んだ。


「……カノープス将軍」

「理由は種々ありますが……私が居なくなることで、この国に育つ芽もあると思うのですよ」

「どういうことです?」


 カノープス将軍の影響力は途方も無く大きい。

 獣人国の兵は――将ですらも、まず彼を見て指示を仰ぐ。

 個人的にライオルさんの能力は疑っていないが、戴冠して間もないのも事実。

 十全に影響力を発揮するのはもう少し先だろう。

 実質、今は彼が軍の頂点であり大黒柱なのである。

 もし彼が退役となると、獣人国は支えを失ってしまうことになる。


「己の頭で考え、己の足で歩くこと。彼等がそれを為すには、自惚うぬぼれでなければちと私は邪魔なのですなあ……退き時としては、遅すぎたのかもしれません」

「……どうして私に話して下さったのですか?」

「さあ、どうしてですかな。貴女が懐かしき旧友二人に似ていたからかもしれないし、立場が遠い他国の客人だったからかもしれません。ただ、願わくば――」


 言葉の切れ目と共に互いの馬が息を合わせたかのように立ち止まり、老将が私に向かって手を差し出す。

 手を伸ばし難い馬上で、しかし私は皺とシミだらけの手をしっかりと握り返した。

 剣ダコで固くなった将軍の手の平だったが、その温度は包み込むように暖かい。


「願わくば、私に代わってこの国の行く末を見届けて下され。ガルシアは実り多き国……獣人国よりも先に滅ぶことは、まずありますまい」


 見届ける……助力を願う言葉じゃない。

 優しくも強い意志を湛えた将軍の双眸そうぼうをじっと見返す。

 ――信じているのか。

 自分の部下達を。

 後に残す獣人国の人々の力を。


「将軍……御言葉、しかと受け取りました。ですが、私などに任せずとも良い位に長生きなさって下さい。御自分の目で見届けられるくらいに――健康をお祈りしています」

「カッちゃん、元気でね!」


 一瞬だけ私の中から少女が飛び出し、カノープス将軍に手を振ると悪戯いたずらっぽく笑って戻っていく。

 私の言葉と突然のアカネの出現に、老将は少し驚いた顔をした。

 その後、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑うと、ゆっくりと頷いた。

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