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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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忍び寄る影

「相手の兵力は一万、こちらは五千……厳しい戦いになりそうですね」

「ガルシアの兵はどうしたのだ! 国境の兵が退いたのなら、こちらに援軍を出せる筈だろう!?」


 カストル将軍がいきり立つが、冷静に考えれば援軍は不可能だということが分かる。

 ただ、私の口から言うと神経を逆撫でしてしまうだろう……。

 私はカノープス将軍に視線を送った。


「落ち着け、カストル。軍の移動速度に差があり過ぎる……どんなに急いでも、あと二日か三日は待たなければガルシアも援軍には来られない。そうでしょう? カティア殿」


 カノープス将軍は落ち着いている。

 こういった状況での、この態度は非常に頼もしい。

 やはり歴戦の将は違うということだろうか。

 私はテーブルに広げられた地図の上に、ガルシアの移動ルートをなぞって見せた。


「帝国の勢力圏を通ると森林地帯が、ガルシアと獣人国の勢力圏を通るとここまでは距離がありますからね……一万の帝国軍、その全てが眷属化していると仮定すると当然速度に差は出ますね」


(砦の敵には普通の人族、居なかったよね?)

(そうなんだよね……もう帝国兵は全員が眷属だと思った方が良いかもしれない)


 大軍になればなるほど進軍速度は低下するが、何せ奴らは飛べる。

 飛行速度自体は一部の能力が特化した獣人よりも遅いが、仮に全軍が地形を無視できたとすると既にかなり接近している可能性がある。


「おのれっ! アリト砦を餌に使ったのか、奴らは……!」


 拳を机に叩きつけるカストル将軍。

 完全にこちらの見立てが甘かったとしか言えない。

 眷属化によって増した機動力、重要拠点であるアリト砦をあっさりと手放す思い切りの良い戦略……これらは今までの帝国の行動指針から大きく逸脱している。

 基本的に帝国は他の種族を見下している。

 故に例え作戦上必要だとしても、一度侵攻したガルシアから背を向けるなど、これまでは考えられなかったことだ。

 大軍で正面から押してきていたからこそ、今までは兵力差があっても覆す事が出来ていた。


「砦で捕らえた捕虜たちは何か言っていましたか?」

「いえ、何も知らされていなかったようです。完全に捨て駒、ですな……」

「気に入らんっ! 信仰心を利用して特攻紛いのことまでさせておきながら! これだから人族は――」

「カストルッ!」


 カノープス将軍の激しい叱責に、カストル将軍が項垂うなだれた。

 縦長の瞳孔を持つ瞳を伏せて、私に頭を下げる。


「――っ、失礼した……カティア、殿……」

「気になさらないで下さい。それよりも、今は敵の対処を考えましょう」


 感情が高ぶったが故の失言だろう。

 気にするほどではない。

 それに彼が言う通り、砦から打って出た少数の兵は確かに特攻だったと思われる。

 彼等が何と言い含められ、それを行ったのかは分からないが……。

 帝国の上の判断からして、囮に使うような捨て駒の兵ならば、仮に将の一人でも討ち取れれば御の字といった感じだろうか。

 カノープス将軍が場を取り持つように現状を確認する。


「斥侯は既に放ちました。帝国軍の現在の位置を割り出せれば、接敵までの正確な時間も分かるでしょう。場合によっては砦の放棄、撤退も視野に入れて――」

「申し上げます! 南の空より多数の黒い影が!」


 突然、転がる様に指揮所に入ってきた兵が裏返った声で報告する。

 予想を大きく超える帝国の進軍速度に、その場に居た全員の表情が固まる。


「馬鹿なっ! 早過ぎるっ!」

「むう……若は……ライオル王はどうなされた? 優先して砦に入って頂くように進言致した筈だが」

「それが、王は山の中腹で防衛線を張ると! 砦には負傷兵を優先して収容せよとの御下知にございます!」


 砦の収容人数は最大千人、砦の中では大型の部類だが五千の兵が入るには小さい。

 ライオルさんの性格上、自分だけが退くことを良しとするわけもなく……。

 恐らく、山の地形を防御に利用して戦う気なのだろう。

 ここは元々、獣人国の領土なのだ。

 伝令の甲斐あって帝国軍の奇襲こそ避けることが出来たが、こちらの兵は連戦となる。

 数の上での不利も否めない為、状況は劣悪と言っていい。


「若ならそう仰るだろうな。分かってはいたが……ならば出撃準備を急がせい! 我々も打って出る!」

「はっ!」


 伝令の兵が具足を鳴らしながら駆け足で去っていく。

 この場を纏める老将が私とカストル将軍に視線を送る。

 私は小さく頷き、二人の将軍に礼をして指揮所を出た。


(お兄ちゃん……)

(行くよアカネ。もう一度、戦いだ)

(うん、任せて!)


 少しの間をおいて、出撃を知らせるべく長い間隔の太鼓が鳴らされる。

 休んでいた兵士達が慌てて武具を着け直している。

 私も自分の剣帯を締め直し、中隊に指示を下すべく歩を進めた。




 その後、十分も掛からずに砦の一画に兵が集まる。


「――以上だ。急げ!」


 私は手短に状況を説明し、後の細かなことは小隊長達に任せることにした。

 王都を出た時よりも数を減らした第一中隊だが、顔を見る限り士気の低下は見られない。

 そんな様子を見ていると、私の前に一人の男が立った。


「どうした? ラズロウ小隊長」


 犬……ではなく、狼の獣人らしい彼は第一小隊の隊長だ。

 しかし私のこの口調、慣れていない所為か舌がもつれそうになるな。

 声も低めに作っているし、話し難いことこの上ない。


「俺の名を憶えてくれていたんですか。実は、中隊からの一時的な離脱を許して頂きたくお願いに」

「……理由を話してみろ」


 意図が分からないが、少なくとも逃げようとしている人間の眼でないことくらい私にも分かる。

 中隊を離れて、一体何をする気なんだ?


「先程の攻撃でカノープス将軍の護衛が減ってしまいましてね。可能なら小隊ごと……無理なら俺だけでも、そちらに回して頂きたい」


 つまり配置換えの要請か。

 カノープス将軍を狙った敵兵の攻撃で、あちらの部隊も消耗しているのは確かだ。

 ほとんど間を置かずに再出撃となった今、再編成している暇があったのかは大いに疑問である。


「将軍には?」

「まさか。言ってませんよ。だが、自分の教え子が王になったんだ。無茶をしないとも限りますまい」


 ライオルさんの教育係だもんな……。

 今の本隊の様子がどうであれ、状況によっては分からないか。

 カノープス将軍の人望は本物だ。

 ライオルさんだけでなく彼が戦死した場合でも、その時点で負けは決まるようなものだ。


「どう思う? ミディール」


 横に立つ副官に助言を求める。

 経験の浅い私では決めかねる部分もあるので、こういう時は頼らざるを得ない。


「先程の戦闘を分析した限り、敵は優先的にカノープス将軍を狙っている節があります。用心に越したことはないかと」


 敵の兵力の振り分けを考えると、やはりそうなのだろう。

 保険を掛ける意味でも、彼等を行かせるべきか。


(カッちゃん危ないの? お兄ちゃん)

(そうらしい。でも大丈夫……もう決めた)


「……よし、ならば第一小隊は将軍の護衛に向かえ。先程の戦闘で最も勇猛に戦ったのはお前達だ。多少の無理を言っても、誰も文句はあるまい」

「感謝します、中隊長殿」


 頭を丁寧に下げるラズロウ小隊長。

 発言からして、彼は将軍個人に何か恩義でもあるのだろう。

 彼ならば、将軍をしっかりと守り抜いてくれると思う。


「お姉さま! 私達三人はお姉さまのお傍に!」


 兵士の隊列の横合いからクーさんが飛び出した。

 ああ、そういえば三人は第一小隊所属だったな。

 半ば私の直属に近い動きをしているけれど。


「いや、しかし」


 今更といえば今更だが一応、所属は守らせた方がいい気がする。

 私と違って、三人は今後も獣人国の軍で働くのだろうから。

 余り人族に肩入れすると、周囲の兵士と溝が出来る可能性が――


「お傍に!」


 近い、鼻息荒い、目が血走ってる……何でそんなに必死なんだ。

 色々と、美人な顔立ちが台無しになる表情をしている。

 勿体ない。


「カティア、諦めた方が早いんじゃない? それにもう、時間ないしにゃ」


 自身の長い一本おさげを弄りながら、ミナーシャが投げ遣りに言う。

 リクさんは申し訳なさそうに背を丸め、カイさんは肩を竦めている。

 ミディールさんは無反応、アカネは――


(クーちゃんの顔、恐い……)


 クーさんの表情に怯えていた。


「わ、分かった。好きにするといい」


 勢いに押されて許可を出した瞬間、鳴らされている太鼓の間隔が短くなる。

 出撃の合図だ。

 ミナーシャの言葉通り、既に時間が無かったらしい。

 私は号令を掛ける為、息を大きく吸い込んだ。

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