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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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戦友

「……お気遣いありがとうございます。話って何でしょうか?」


 無様な姿を見られたことに少し恥ずかしい気持ちはあったが、将軍にそれを嘲笑ちょうしょうするような様子は見受けられない。

 差し出された水筒を受け取って口をすすいだ。

 清涼感が広がり、吐き気が和らいでいく。


「話の前に、その水を飲んでみて下さい」

「は? はあ、分かりました」


 言われた通りに飲むと微かな甘みに加え、癖のない透明感のある味が喉を通り抜けていく。

 これは……故郷の山の湧き水にも劣らない味だ。

 思いの外、渇いていた体に水分が染み渡る。


「ねーねー、カノープスって呼び辛いからカッちゃんて呼んでいい?」

「ほっほ、構いませぬよ。大精霊のお嬢さん。若からお話は伺っております故」

「あ、隠れるの忘れてた……でも知ってたならいっか。よろしくね、カッちゃん」


 二人の会話を聞きながら、私は水筒が空になるまで中の水を飲み切ってしまった。

 気付くと、吐き気は完全に収まっていた。


「どうですか?」

「美味しいです。何処の水ですか?」

「そこの森を少し入った、崖下の辺りですな。砦の常駐兵の間では有名な清水がありまして」


 良く見ると、確かに崖下に降りる為の小道が整備されているようだった。

 落下防止の柵があり、小さな階段が続いている。


「闇に染まった精霊に関しても聞いております。なればこそ、この水も貴女が守ったものの一つですよ」


 確かに土が痩せれば、この水の味もどうなるかことか。

 それで心が晴れる訳ではないが、そう考えると悪い気はしない。


「カストル将軍も貴女を称賛していましたよ。中隊一つで戦局を決定付け、指揮官まで倒したとあれば当然ですが……人族ではなく、貴女個人ならば認めても良いと」


 素直じゃない奴で申し訳ありませんな、とカノープス将軍が呟く。

 私はリザードマンの彼がどんな顔をしてその台詞を言ったのか想像できてしまい、薄く笑った。

 ……将軍と話をしている内に少し気分が持ち直してきた。

 と、そこで吐瀉物の臭いに気付く。


「あ、申し訳ありません! 直ぐに片付けます。スコップか何かを借りてきて埋めれば……」


 幸い、もどした場所は土の上だ。

 しかし、一度砦に戻ろうとする私をカノープス将軍が止める。


「まあまあ、少々お待ちあれ。私にお任せを……ほっ!」


 気合の声と共に、土が盛り上がって吐瀉物を飲み込んでいく。

 盛り上がった土が平坦に戻ると、臭いの元は全て土の中に収まっていた。


「将軍、魔法を御習得なさっていたんですね……驚きました」

「おー、便利だね。ありがと、カッちゃん」

「いえいえ。初級程度の、御二人の炎に比べれば児戯に等しいものですがね。長く生きていると、小手先の技ばかりが増えるものです。特に土魔法は、相手の足元に細工をするだけで役に立ちますので。さて……」


 そこで一度、話を区切る。

 将軍の雰囲気が固くなったのを見て取った私は、居住まいを正した。


「私には二人の戦友がおりました。一人は慎重で真面目な女性、もう一人は勇敢に戦う活力溢れる男性でした。私はそんな二人の間で、まあ適当にやっとりました」


 適当って……。

 まあ、その二人の相性は聞いた限り良くないので、間に入る人間は必要だろうな。

 言動の節々から、どうも将軍は割とお茶目な人という感じがする。


「我々は出世しました。二人の対照的な積極論と慎重論を聞き、私が場に応じた適切な決断を下す。そんな具合で、いくつもの戦場で戦果を挙げました」


 ……聞いた限りでは、理想的な三人組じゃないだろうか?

 バランスが良いというか、思うにカノープス将軍がリーダーだったんだろう。

 そのやり方自体、彼の決定に従うのが前提になっているようだから。


「出世に従って我々は別行動が増えました。それぞれの小隊を持ち、中隊を持ち、更には一軍を率い……一頃ひところは獣人国に三将あり、などと言われた時期もありましてね」


 大体、若い頃の爺さまと同世代だと思うが……。

 帝国の国境線が全体的に後退した時期でもある。

 確か、その時期だけ獣人国は対帝国の侵攻戦に勝利した筈だ。

 尤も、ガルシアはその時に広げた領土を現在でも維持しているが、獣人国は失っているという違いはあるが。

 それにしては、爺さまから三将の話を聞いたことがないのはどうしてだ?

 同盟国だし、連携したことがあったとしても……まあ、いいか。

 今は関係ない話だな。

 カノープス将軍に初めて会った後、ミディールさんに過去の戦歴を教えて貰った中に三将の話はあった。

 確か「不死身の名将」「果断の勇将」「智謀の策士」の三将だった筈。

 最後の一人だけ「将」じゃない理由は、獣人国において女性の地位がやや低いからだと思われる。

 それでも便宜上、並び立つ者として三将と呼ばれていたと。


「事の起こりは戦争が落ち着いた頃でした」

「? 戦争中の話じゃないの? てっきりカッちゃん以外の二人が戦争中に……」

「こらこら、アカネ。話の腰を折らないの」


 しかもデリケートな部分を盛大に踏み抜いている。

 子供らしい遠慮のなさだとは思うが、後で注意しておかないと。

 将軍は苦笑いをしている。

 白い顎鬚あごひげを一撫でして話を続けた。


「構いませんよ。もう古い話です。かつて組んでいた二人の戦友の内の一人、ソフィアがある時、自ら命を絶ちました」

「え!? 自殺ですか?」


 想像の斜め上を行く言葉に唖然とした。

 雲行きが怪しくなってきたぞ……そもそも、彼は何を私に伝えたいのだろう?

 爺さまもだったが、年寄りの話はどうも迂遠というか、結論が先延ばしにされる場合が多い。


「もう一人のエリックは、帝国の捕虜を大量に虐殺する事件を起こし……部下から助命を願う声も多くありましたが、本人の達ての希望によって処刑されました。彼が死の際に残した、何処か安心したような顔は今でも忘れられません」


 私もアカネも、何も言うことが出来なかった。

 それと同時に、ようやく将軍が伝えたいことがおぼろげにだが分かってきた。


「ソフィアは言っていました。散り際に家族や恋人の名を叫ぶ敵兵を見ると胸が張り裂けそうになる。毎晩その声が頭の中で鳴り響いて止まらないんだ、と」


 今の私を酷くしたような状態か……。

 比べるようなものじゃないと分かってはいるが。


「エリックは言っていました。敵兵を殺す度に相手が自分と同じ人間に見えなくなっていく。何も感じなくなってきて、次第に戦うことしか考えられなくなると」


 これも心当たりがある。

 今の今まで、私が平常心を保っていられたのは少なからず相手をただの「敵」として認識してきたからだ。

 将軍が話しているのは、戦争で心が壊れてしまった者達の話だ。

 彼の目から見て、私はそんなに危うい状態に見えたのだろうか?


「貴女は二人に良く似ておられる……真面目で、繊細で優しい。ですが、何もかもを一人で受け止める必要は無いのですよ。ほら、兵達の様子をご覧になってください」


 私は将軍が指差した砦の方の様子を見る。

 そこには肩を組んで勝利を祝う兵、戦友の死を悲しむ兵とそれを慰める兵、淡々と今後について話し込む兵など……。

 それぞれが思い思いに戦いの結果を受け止めている光景があった。


「私は後悔しているのです……忙しさにかまけて二人に一度も会いに行かなかったことを。私は周囲の人間に恵まれましたが、ソフィアは女性で地位が高い故に周囲の嫉妬を買い、エリックはその苛烈な性格が災いして孤独だったと後になって知りました……」


 孤独が最も心を蝕む場合もある、ということか。

 私だって独りになりたい時はあるにせよ、それがずっとは辛いと感じるものな……。

 言われた通り、確かに独りで居る兵士はほとんど居ない。

 彼等は本能的に心を守る術を知っているのだろうか?


「むー。お姉ちゃんにはわたしがついてるもん! だから大丈夫!」

「ふふ、そうでしょうとも。ですが、近過ぎるとかえって互いの気持ちが見えなくなることもあるのですよ。お分かりなられますかな?」

「んー? よくわかんない」


 カノープス将軍は諭す様な目で私達を見る。

 きっと、彼は何人もの部下をこうして導いてきたのだろう。

 だからこそ、多くの兵に慕われて将軍を続ることが出来ている。


「つまり、独り……じゃない。アカネと二人きりで悩むなってことですか?」

「そうです。上に立つ者ほど、弱みを見せてはならない機会は増えるもの。されど、内心をそのまま吐き出せる相手が居るのなら決して手放さないで下さい。居ないならこれから作りましょう」

「仰る通り、それで例え望む答えが得られなくとも大事なことかもしれません。現に、今だって――」


 気持ちが大分楽になった。

 こうして私をおもんばかって話をしてくれた。

 それだけで、先程まで感じていた不快感は薄くなっている。

 私の言葉を聞いた老将が柔らかい笑みを浮かべる。

 笑うと、目尻の深い皺が恵比寿様のようにすっと伸びた。


「長話に付き合わせてしまいましたかな……どうやら御二人の迎えが来たようですよ。貴女はきっと大丈夫。迷った時は、周りを見回して御覧なさい」

「あ……その、ありがとうございました、カノープス将軍。覚えておきます」

「カッちゃん、ありがと!」


 私とアカネの返答を聞くと、カノープス将軍は満足そうに去っていった。

 入れ替わる様にして小さな影がガサッと林の中に入って来る。


「あ、いたいたカティア! クーちゃんが祝杯挙げようって血眼になって探してたにゃ。お姉さまはどこだーって。あれ、アカネちゃん外に出てていいの? 見られたら駄目なんじゃないの?」


 変わらないミナーシャの調子に肩の力がすっと抜けた。

 アカネと顔を見合わせて笑う。


「何で笑うの!?」

「いやいや、何でも。そういえば、ミナーシャって戦場に居ました?」


 余り見掛けなかった気がする。

 近くには居た筈なのだけど。


「ちゃんと居たよ! 酷いニャ! 魔法士隊が大事だから護衛しろって言ったのはカティアにゃ!」

「そうでしたっけ?」

「あー、ミナーシャちゃん小さいから重装歩兵の陰に隠れて……」

「頑張ったのに! もー!」


 私は難しく考え過ぎていたのかもしれない。

 将軍がそれを教えてくれた。

 私達はミナーシャを弄りながら、少し軽くなった足取りで砦へと戻った。

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