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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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勝利の陰で

 砦の横合いから侵入したことで、相手の配置は丸見えだった。

 どうやら張り出し陣に繋がっている扉を警戒していたのか、そちらに敵兵が固まっている。

 慌ててこちらに集まって来るが、もう遅い。

 既に私に続いて中隊員達が、少し遅れて到着したカストル軍の兵が侵入してくる。

 混戦が始まる中、私はやや奥に護られるようにして立つ一人の眷属を見つけた。

 遠目だが、装飾付きの剣鞘に羽根つき帽子を被っている。

 光を反射するほどに磨かれた鎧も、他とは違う高い地位を表しているように見えた。

 私は迷わずに突進し――


「ごぼっ……けだもの風情が、獣風情がぁぁぁっ!」


 立ち塞がる兵を一刀で斬り伏せた後、男の胸に深々とランディーニを突き立てた。

 不意をついた為か、オーラを纏っていない鎧も体も容易く打ち抜くことが出来た。

 男が吐いた血が頬にかかる。

 生暖かい温度は不快で、私は直ぐに体を離して剣を引き抜いた。


「――っ! ……ぁ……ば……る、さま……」


 指揮官らしき男の体が倒れる。

 僅かな時間、天に向けて手を伸ばして呻いていたが、やがて事切れた。

 周囲の敵兵が動揺したように一歩下がる。

 その動きで確信が持てた、間違いない。

 こいつがこの場の指揮官だ。


「ぃや……いやああああっマナス様ぁっ!」

「!」


 傍に居た女が金切り声を上げて、男の名を叫びながら遺体に取り縋る。

 たったこれだけの事で私の心は千々(ちぢ)に乱れた。

 閉ざしていた情動が頭の中を駆け巡る。

 今でこそ悪魔的な見た目をしているが、彼等だって元は普通の人族。

 これまで私が手にかけた兵にも家族や恋人が――


「もらったぁ!」


 動きが止まった私に敵兵が剣で斬りかかる。

 私は体を反転させて躱し、左手のマン・ゴーシュで敵の喉にカウンターを入れた。

 人間と何も変わりない赤い血が、周囲の床を汚していく。

 反射的にとはいえ、体が動いたことで思考が中断される。

 必死に吐き気を堪えると、それ以上自分の悪癖が顔を出さないよう声を振り絞った。

 泣き叫ぶ女の声に掻き消されない様に大声を張る。


「敵将マナス、私が討ち取った! 投降する者は武器を捨てろ! さもなくば――」

「あああっ!」


 女が男の腰から剣を引き抜いて襲い掛かって来る。

 殺気に反応した私は、横に躱すと同時にランディーニを上に向けて跳ね上げた。

 首から上を失った女の体は進む勢いのまま数歩進んだ後、剣を手放して倒れた。

 転がった剣の横に落ちた首が、恨みのこもった目で私を見上げている。


(――ゃん――お兄ちゃん! しっかりして!)


 アカネの声が遠く感じる。

 私は軽く頭を振って呼吸を整えた。

 ――引っ張られては駄目だ。


(……大丈夫。それに、まだ戦いは終わっていない)


 中断された言葉の続きを繋ぐ。

 こんな風に言いたくはないが、女の死は戦意を削ぐ良い見せしめの形になった。


「――さもなくば、我が剣の前に立て! 覚悟のある者は掛かってこい!」


 相手を威圧するように殺気を放つ。

 更にランディーニに付いた血を振り、飛ばして見せた。

 駄目押しの様にカストル軍の増援が砦内に雪崩れ込んでくる。

 最早、戦いの趨勢すうせいは決した。

 残った眷属達はそのほとんどが投降し、総勢五十名ほどのバアルの眷属が獣人国の捕虜となった。

 アリト砦攻略戦は、開戦から僅か一時間という短時間で獣人国側が砦を陥落させることに成功。

 その所有権を奪い返す形となった。




 ダオ帝国の旗が降ろされ、獣人国の旗である獅子の紋章が描かれた布が塔の先端に掲げられる。

 私はそれをぼんやりと眺めていた。

 戦後処理に関してはカノープス将軍が到着して指揮を執っているので、私はこのように手持ち無沙汰で立っているだけだ。


「お疲れ様でした、カティア殿。初陣とは思えない御活躍でしたね」


 話し掛けてきたミディールさんは小声だ。

 これが初陣だと知ったら、それと知らずに私に従ってくれた獣人達が何を言うか分からない。

 私が指揮を執った事で、被害が増えたのか減ったのかは謎だが……。

 圧倒的勝利とはいえ、こちらの死者は全体で五十人を超えた。

 もっとも、向こうの死者はその比ではないが……。

 砦外の戦況に関してだが、カノープス軍の後続を狙っていた兵は予想以上に多く、砦の陥落を聞くや何処かに撤退していったらしい。

 その所為でカノープス軍の第二中隊以降は砦での戦いに参加できなかった。

 一方でカストル軍側の足止めは極少数だったらしく、こちらは完全に捨て駒だったと思われる。

 しかし、わざわざ兵を分散させた敵の意図は未だに不明だ。


「……敵の遺体はどうしましたか?」

「一ヶ所に纏めました。これから焼く予定ですが……例の霧が固まりだしています。カティア殿には御足労頂いて、浄化をお願い致したく」


 どうやらホープの村の様な現象が起きているらしい。

 ガルシアで姫様が氷漬けにした眷属達にそれが発生しなかった理由は分からないが、あちらは水の大精霊が何かしたんだろうか?

 それとも姫様が?

 ともあれ、これは私達の仕事だ。


「分かりました」


 案内されて砦の堀の少し外に進むと、林の中に折り重なるようにして遺体の山が積み上げられている。

 そこかしこから霧が溢れ、以前見た時のように渦を巻いている。

 アカネの話によると、これは闇精霊化という現象らしい。

 放っておくと周囲の小さな精霊も連鎖的に影響を受けて闇精霊となる。

 ホープの状況や眷属が使った魔法から考えると、闇精霊は周囲の生命力を奪うので、植物や土が痩せて人が住めない土地になるという悪影響を及ぼす。

 これだけ可視化出来る段階なら言うまでも無く、放置することは出来ない。


(お兄ちゃん、いけるの?)

(今が普通の精神状態じゃないのは認めるけど……いけるはず)


 アカネが憑依状態を解いて実体化する。

 誰かに見られる可能性もあるが、木立が上手く視界を遮ってくれる事を期待しよう。

 この場に居るのはミディールさんと私達だけだ。

 もし見られても幻覚で済まされるだろうし、四国会議が終われば精霊の存在も公のものになるので今となっては時間の問題だ。

 なので構わずに続ける。

 私はアカネと手を繋ぎ、火の暖かなイメージを抽出した魔力を送り込んだ。

 せめて彼等が、精霊化した死後まで苦しむことが無いように……。

 アカネの小さな手から放たれた柔らかな火が、黒い霧を包む。

 その火はそのまま眷属達をも包み――。


「な……!?」

「! これは、驚きましたね……」


 私とミディールさんが驚愕きょうがくした理由は、目の前の眷属達の姿が見る見る内に人族の状態に戻っていったからだ。

 火に触れた角は砕け、表面の黒い肌はパラパラと剥がれ落ちていく。

 翼もやがて崩れ落ちた。

 こんな効果もあったのか……戦闘中に使えないかと一瞬考えるが、無理か。

 殺意を剥き出しにして向かってくる相手に対して、慈しみの心を持つなんて今の私には不可能だ。

 更には、アカネを戦闘中に実体化させるのには抵抗がある。

 物理的なダメージは受けないにせよ、闇精霊の性質にまだまだ謎が残っている以上、危険な真似はさせたくない。

 そんな事を考えていると、私は偶然にも遺体の山の中からそれを見つけてしまった。

 胸を貫かれて絶命している高級そうな鎧を着た男の遺体と、その傍にある首の無い女性の遺体を――。

 急速に吐き気が込み上げる。

 幸い、闇精霊の浄化は終わった所だった。


「――ミディールさん、後の始末をお任せしても構いませんか……?」

「? ええ、勿論ですが。少しお休みになって頂いて結構ですよ」

「ありがとうございます」


 顔色を隠せていたかどうかは分からない。

 私は慌てて、人気が少ない山の影の方に向かった。

 心配そうに実体化したままのアカネが見上げて来る。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「駄目かも……アカネ、少し離れてて……」


 その言葉を最後に、私は地面に向かって嘔吐した。

 何度も何度もえずき、やがては涙が流れ始める。

 アカネが必死に背中を撫でてくれているが、中々収まらない。


「っ、格好悪いな私は……覚悟を決めて出て来た筈なんだけどな……」


 現実はこのザマだ。

 決意が鈍った訳でも、戦いを止めるつもりがある訳でもない。

 今後も必要と思えば私は人を殺すだろう。

 だが、その度にこれではいずれ……。

 あの女の叫びが、「マナス様」と男の名を呼ぶ声が耳から離れない。

 これまでだって何人もの眷属……いや、人間を葬ってきたというのに。

 今更じゃないか。

 今になってどうして……。


「そんなことない! お姉ちゃんは、世界一格好いいよ! わたしはちゃんと見てる、知ってるよ!」


 アカネはそう言ってくれるが、私は自分がここまで脆いとは思わなかった。

 それとも、繰り返していけば慣れるものなのだろうか?


「そうですな。貴女が殺した数だけ、同じように救われた者が居ます。どうかそれを、忘れないで下さい」

「!? ……カノープス将軍……このような場所に、どうして?」


 背後から不意に声を掛けてきたのはカノープス将軍その人だった。

 どうやら、背後に迫る人の気配にも気付けないくらいに私の心は乱れているらしい。


「カティア殿。この老いぼれの昔話に少し付き合っては頂けませんかな?」


 突然現れた老将は、私に水筒と布を差し出しながら顔の皺を深くした。

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