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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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アリト砦

 砦奪還に集められた兵力は五千。

 短期間で掻き集めた訳だが、それでもガルシアの招集速度よりはかなり速い。

 もっとも、民間の志願兵が大多数のガルシアよりも招集が遅い国は存在しない訳だが。

 その分ガルシア王国の兵は四国間で最多なので、一概にどちらが良いとは言えない。

 私は砦への行軍を行う軍勢の先頭付近に居た。

 王都ルマニを出発して数刻、土を一心不乱に耕す獣人の集団を見つけた。

 簡易テントのようなものと作り掛けの木造の家が並んでいる。

 掘り返した土の独特な匂いが、風に乗って鼻腔をくすぐる。


「もう農地開拓始まってるんですか。動きが早いですね」

「季節柄、主食の植え付けでどうにか間に合うのがジャガイモだけでしたから。今はその準備ですね。既にガルシアからも品種改良済みの種芋を手配済みです」


 答えたのは馬上のミディールさんだ。

 ミディールさんの言葉の通り小麦は春と冬、米は晩春が植える時期なので確かにジャガイモが適当か。

 現在は夏だしまず主食、という考え方なのも分かる。

 冬になる前にある程度の貯えは必要だろう。

 ちなみに騎乗しているのは中隊の中では小隊長以上となっていて、私も栗毛の馬の背に揺られている。

 馬上戦闘は経験が無いのだが……果たしてどうなることやら。

 残りの兵士は歩兵だ。

 砦攻めという都合もあり、馬の数はそれほど重要ではない。

 うねを盛った畑の横を軍勢が進んで行く。


「それにしても凄い作業ペースですね。今まで農業をやらなかったのが勿体ないくらいに……」

(土が宙を舞ってる……よね? みんな泥だらけ)


 私の故郷であるカイサ村も農業主体だったので分かるが、今見ている限り土魔法を使った耕作と同等の効率に見える。

 カイサ村の獣人も狩人が多かったので、これほど単純な労働に向いているとは思わなかった。

 オーラ全開で農具を振り回す獣人達はどことなく楽しそうだ。


「まるで子供の様ですね……まあ農業を行うこと自体、獣人の誇りが許さなかったのでしょうけれど」


 一瞬、誇りと農業に何の関係が? と思ったが、質問する前に言葉を噛み砕いて考えてみる。

 この言葉を言ったミディールさんは後続の兵に聞こえないようにと小声だ。

 私達が話している内容を聞かれると良くない、ということになる。

 思うに、この世界の農業の始まりは人族からだったか?

 ……ということは、つまりアレだ。


「もしかして農業自体を、人族が行う軟弱なものだという認識がありましたか?」

「御名答です」

「はー……本当に、天高くそびえ立つようなプライドというか……」


 確かにこれは獣人達に聞かれると不味い類の話だ。

 私も自然と小声になる。

 縄文時代の私達の世界も、男女で仕事が別れていた様に獣人と人族にもそれが当て嵌まる。

 ダオ帝国成立以前は統一国家があったと聞くし、遥か昔は狩りは獣人、農業は人族という分業体制だったのだろう。

 で、帝国の台頭で農業という役割ごと差別対象になった、という所か。


「古い話ですから、今の世代はそれほどの抵抗はないでしょう。ですが、見た通りの適性の割に発展していないのはそういった背景がある訳です」


 その割に輸入で農作物を買うのは良かった辺り、単に悪習として現在まで残ってしまったものらしい。

 そういった技術に善悪は無く、盗んでこそだと個人的には思うのだが。

 それを良しとしない獣人は、どこまでも愚直で性根が真っ直ぐだ。


(そういうお兄ちゃんは、技とか盗むの得意だよね)


 不意のアカネの言葉に戸惑う。

 技を盗んだ経験の心当たり?

 ……ああ、あった。

 確かにある。


(ライオルさんの蹴りとか、ルミアさんの中級魔法連射のこと?)


 特にライオルさんの全身を使った戦い方には非常に刺激を受けた。

 あれから蹴りを多用するようになったし、状況によっては肘打ちなども選択肢に入るようになった。

 剣の扱いを疎かにする気は無いが、爺さまの元を離れた時よりもかなり喧嘩剣法に近い状態になっている。

 ルミアさんの魔法連射に関しては練習中だ。

 といっても私は火しか扱えないので、真似をするのは中級までの魔法を使った包囲攻撃に関する部分だ。

 アカネが目覚めて以来、上級以上の大魔法ばかり練習していたのだが……基本的に前衛の私は、ルミアさんが使ったような攻撃法の方が向いている。


(私も頑張る! もっと速く魔法が撃てればいいんだよね!)


 アカネを通じた精霊魔法は強力だが、通常の魔法に比べて若干の遅延がある。

 日夜それを解消すべく二人で特訓中である。

 前衛である剣士の攻撃の遅れは、致命のものになりかねない。


「ねーねー、二人で何の話してたにゃ? よっと」

「ちょっ、危ない危ない!」


 ミディールさんと話していた様子を見ていたのか、ミナーシャが近付いてきて私の馬の背に跨った。

 一足飛びで取り付いた跳躍力の高さは凄いが、驚いた馬が暴れ出す。

 私は綱を引いて馬を必死に宥めた。


「どうどう、落ち着いて」

「大丈夫だよ。この子おとなしそうな顔してるし」


 その言葉が正しかったのかは分からないが、ミナーシャに撫でられた栗毛の馬はやがて静まった。

 てこてことそのまま通常歩行に戻る。


「何してくれるんですか、ミナーシャ……」

「だって、どうしてガルシア兵で私だけ徒歩なの? いい加減、歩き疲れたにゃ」


 隣のミディールさんが険しい顔をしているが、何も言わない。

 どうやら私に任せるということらしい。

 フィーナさんとは別の意味で苦手なんだな、きっと。


「降りて下さい、ミナーシャ。後ろの兵が不審に思うでしょうが」


 獣人兵士達の前では、私は猫を被って……ではなく、羊質虎皮ようしつこひの状態だ。

 なるべく強そうに、高圧的に見せなければならない。


(お兄ちゃんが羊……? どこが?)

 

 と、とにかく余り弱みを見せるのは良くない。

 戦時の指揮に影響が出る。


「大丈夫大丈夫。ガルシアの身内にだけ甘いってことにしとけば丸く収まるニャー。んー、柔らかい」


 従軍中ではあるが、夏場で皮鎧は蒸れるので今は外して馬の背に置いている。

 それを良い事にピンクの頭が人の胸をクッションにして寛ぐ。


(私の特等席が!)


 そういえば国境を越えるまではアカネをこうして乗せていたな。

 それほど時間が経っていない筈だが、結構前の出来事に感じる。

 獣人国に入ってから、それだけ慌ただしい毎日だったということか。

 国境付近は湿度も低く爽やかな陽気だったが、ここは湿度が高い。

 密着はハッキリ言って暑い、暑苦しい。

 その時、馬の真横でバサバサと羽音がした。


「…………」


 私とミナーシャが横を見ると、そこにはニッコリと笑うクーさんの姿が。

 ミナーシャが馬から引き摺り降ろされ、


「にゃー!」


 そのまま後方に連れていかれた。

 慌ててリクさんとカイさんが二人の元に駆け寄っていく。

 ちなみにクーさんは歩く馬と同じ速度でゆっくり飛ぶという、何気に鳥獣人としては高等技術を発揮していた。

 ……私とミディールさんは同時に額に手を当てて首を横に振った。

 彼女達に関しては、戦地に向かう緊張感とはどうやら無縁の存在のようだった。




 ……アリト砦は、アリト山の頂上に建造されている。

 アリト山は霧の発生が少なく、年間を通して見通しが良い事から国境監視の要として獣人国の重要拠点に位置している。

 ただしその地形は堅牢強固、いわば天然の要害である。

 切り立った崖を背にしており、狭い山道しか到達する道が無い。

 ここが簡単に陥落したのは、バアルの眷属が得意とする空からの奇襲が原因だ。

 対して空を飛べる獣人は希少で、思いの外その数は少ない。


「お姉さま、私を呼びましたか!?」

「呼んでない呼んでない」


 とにかく、魔法の適性が低く対空攻撃の手段が少ない獣人は苦戦を強いられた。

 魔法があるが故に、この世界では他の飛び道具が発展していないのも逆風だった。

 その結果の砦の陥落である。


 王都ルマニを出てから五日、間もなく砦を目視できる距離に近付きつつある。

 先鋒としてカノープス軍が千、カストル軍の千の合計二千で砦を一斉に攻撃する。

 これは狭い山道で遅滞なく動ける限界の人数でもある。

 残りの三千は後詰めで、敵の援軍の警戒や先鋒が瓦解した時の交代兵力にあたる。

 ライオルさんはカノープス将軍の進言もあり、今回ばかりは後詰めに回っている。

 砦の収容人数は凡そ五百、二千人が犠牲を恐れなければどうにか落とせる戦力比となっている。

 前回の戦いで砦の防衛機構が損傷している為、防御力が低い今ならまだ勝機はある。


 ――静止した軍の後方で、太鼓の音が高らかに鳴らされる。

 開戦の合図だ。

 どのみち大軍での侵攻だ、場所は相手にバレている。

 威圧する意味でも楽器が強く、大きく鳴らされる。

 私は息を大きく吸い込み、ランディーニを引き抜いて砦へと向けた。


「第一中隊、突撃!」

「「「オオーッ!」」」


 私は馬の腹を軽く蹴ると、部隊の戦闘に立って駆けだした。

 砦門は直ぐ目の前だ。

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