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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
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咆哮

 出兵当日、即位に伴う演説に同席するように打診された私はミディールさんと共に会場に向かった。

 過密日程だが、既に戦端が開かれている以上は仕方ないことだ。

 王城前広場には多くの民衆と兵が集まっている。

 王城内の入り口手前にライオルさんとルイーズさん、それから顔も知らない様な内政官や執政官が立っている。

 ライオルさんの格好は先日見たサークレットにマント、余り似合っていない貴族服を着ている。


「来たか、カティア、ミディール。見ろよこれ」


 そう言ってライオルさんが見せたのはボロボロの拡声器だ。

 置き型マイクの形をしているので、この一連の魔道具は「迷い人」と呼ばれる人間が作ったものだろう。

 ルミアさんが使っていた異世界人の呼称だ。

 しかしこの拡声器は、ガルシアで見たものよりも旧式な上に今にも壊れそうだ。


「まともな交易をしてない結果だ。挙句に自分の国で魔道具を作ろうとして、失敗だとよ」

「何年物なんですか、その魔道具は……」


 正直に言って獣人達は細かな物造りに向いていない。

 魔道具に関してはエルフとドワーフの共作によるものが多く、複雑な機構を有する物ほど、どちらの種族が欠けても製造不能になるものが多い。

 製造方法の秘匿は特に行われていないが、それはガルシア以外の国が単一民族国家だからである。

 ガルシア以外で製造不能な魔道具はそれだけ多い。

 こう考えると、ガルシアは同盟国の間では経済的に優位だと言っていい。


「カティアさん、ミディール殿。御足労頂き感謝致します」

「ルイーズさん。私達は見える位置に立っていれば、それで良いんですよね?」

「話が早くて助かります」


 私達が呼ばれた理由は印象操作だ。

 ガルシア王国も新国王の即位を認めていますよ、という印象を民衆に与えることが目的だ。

 それにはガルシアの国旗でも持って、演説するライオルさんの後方に立っているだけで充分となる。


「じゃあ行くか。こういうのは苦手なんだ、さっさと終わらせるぜ」

「この方、昨日何度も練習していたんですよ。原稿を読むのが苦手らしくて」


 結婚式のスピーチを任されたオジサンみたいだ……。

 良く見ると、ライオルさんが折り畳まれた紙を手に持っている。

 原稿の文章をつっかえながら読み上げるライオルさんか……余り見たくない姿だ。

 加えて一つの懸念が浮かぶ。

 ライオルさんの性格上、わざわざ原稿なんて用意するだろうか?


「その原稿はライオルさんが書いたのですか?」


 ルイーズさんが不思議そうな顔で私を見つつも答える。


「内政官の一人が用意したものですが。それが何か?」

「気になるなら見るか? 別に見せて困る様な内容ではないが」


 ライオルさんが原稿を私に手渡してくる。

 折角なので私はそれに目を通した。

 ――うーん、政治家らしいというか、硬い表現で今後の政策やら決意表明やらが並んでいるが、全く心に響かない。

 はっきり言って、ライオルさんの色を全く感じない。

 誰が演説しても同じ結果を生みそうな、平坦な内容。


(……つまんないねー。眠くなりそう)

(アカネもそう思う? 私もなんだよね……)


 この文面の内容を聞いて国がこれから変わるという期待は、少なくとも私は持てない。

 演説にまでそういうことを求めてしまう精神は、若干ガルシアの気風と言えなくもないが。

 そういう意味では、私もかなり毒されている。

 日本人的な感覚ならこちらで正解なのだが。


「……失礼ですが、前王様の演説などはどうしてましたか?」

「私達、内政官が用意していました。それが伝統ですから」

「うーん。私としては、ライオルさん自身の言葉で話して欲しいと思うのですが。今までとは違う、国政も変わるんだという期待を皆さんに持たせる為にも」


 と、そんな私の言葉に慌てたのはルイーズさんだった。

 私に詰め寄ってくるが、動揺し過ぎで眼鏡がずり落ちそうになっている。


「だ、駄目ですよ、カティアさん! 今そんな事を言ったら……」

「だよなぁ! 堅苦しい挨拶とか聞きたくないよな!?」

「ああ、やっぱり!?」


 良い笑顔のライオルさんが、私の持っていた原稿を奪って破り捨てた。

 察するに自分の意志で原稿の使用を決めた訳ではなく、内政官達に押し切られた結果のものらしい。

 どうやら私は内政官達の労力を全て無駄にしてしまったようだ。


「飾った言葉なんかいらん! 素の言葉をぶつけてやらあ!」

「国王様、お時間です」

「っしゃ! 行くぞぉ!」


 内政官の言葉に、ライオルさんは演説台へと向かう。

 一気に戦闘前のような見慣れた顔になったので、成否はともかく彼らしい演説は聞けるだろう。

 ――ごめんなさい、ルイーズさん。

 頭を抱えたルイーズさんには少し気の毒だが、私達もライオルさんの後に続いた。


「あ、あー。聞こえるか? 俺が前王レオの弟、新国王のライオルだ」


 ややひび割れた音だが、魔道具は問題なく動作して声を遠くまで拡散した。

 広場に居た民衆達は驚いた顔をしている。

 ライオルさんの言葉は、王らしい厳かさとは無縁のものだったからだ。

 会場全体が静まり返る。


「まあ、はっきり言ってそれほど言う事がある訳じゃないんだが……ベヒーモスの肉は美味かったか? どうだった?」


 戸惑った様子の民衆達だったが、次第に肯定の声が幾つか挙がる。

 やがて多くの者が手を挙げて喜びの声を表明した。

 これはベヒーモス討伐に係わった私も嬉しい。

 例え直接感謝されることがなくても、喜んでいる顔を見れると良い気分だ。


「おう、そうか……飢えが満たされるってのは幸せだよな。そこでお前等にもう一つ質問だ。もっと美味い飯、食いたいと思わねえか?」


 これには聴衆が沈黙した。

 互いの顔を見合わせ、誰も声を発しようとしない。

 確かにここで発言すると、食い意地が張っていて浅ましいと取られかねない。

 難しい場面だ。


「お前等を飢えさせたのは国の責任だ。だからこそ、俺はお前等の本音が聞きたい! 言いたいことがあるなら、俺の前に出て言ってくれ!」


 その言葉に一人の少年が走り出した。

 母親らしき女性の手を振り解き、演説台の前に進み出る。

 身形みなりからしてスラム街の者だろう。

 止めようとする兵士達をライオルさんが手で制する。


「食べたい! もっと沢山食べて、大きくなって、僕がお母さんに綺麗な家をプレゼントするんだ!」


 演説会場は騒然となった。

 母親の顔は青ざめており、周囲の者は少年から距離を取った。

 しかし当のライオルさんは演説台を降りると少年の傍にしゃがみ、嬉しそうに自分の大きな肩へと担ぎ上げた。

 内政官の一人が慌てた様に一言。


「ら、ライオル王。その様な汚い姿の者に触れては、お召し物が――」


 しかしこれは完全に失言だった。

 ライオルさんはその内政官を殴りこそしなかったが、殺意の篭った目で睨みつける。


「ひ、ひぃい!」


 武人の本気の殺気を受けた内政官の腰が完全に砕ける。

 僅かにその股間が湿り――と、駄目駄目!

 アカネ、見ちゃいけません!


(う、うん。あの人、もしかしてお漏らし――)

(気のせい! 気のせいだから!)


 ルイーズさんがサッと小さく手を振ると、兵士達が見苦しい内政官を見えない場所まで連れて行った。

 一部だろうが、それを見た聴衆の中から小さく嘲笑が聞こえてくる。

 嫌な感じだ。

 しかしそれを吹き飛ばすように、再度ライオルさんが大声を上げる。


「こも子の言葉を聞いたな? これで良いんだ。飢えているなら、住む場所が欲しいなら言ってみろ! それを手に入れる為の機会は俺が用意してやる。だから叫べ! 俺達は獣人だろう! 飢えと渇きを抑制するな、解放しろ! 力に変えろ! 己の手で掴み取れ!」


 ライオルさんが獣人としての本能を揺さぶりにかかる。

 この場に居る、王都に残っているのは所謂いわゆる負け癖が付いた市民達だ。

 上流階級に抑えつけられ、その日の食事にも事欠くような者達。

 その市民達の瞳が揺れている。

 「手に入れる為の機会をやる」というライオルさんの言葉に込められた意味を、皆が吟味している様子だった。

 一方的に与えてやるなどという、嘘の入った甘い言葉ではない。


「もう一度聞く。もっと食いたいか?」


 これは額面通りの言葉でありながら、もう一つの意味を持っている。

 もう一度、立ち上がる気力はあるか? と、言外に問いかけているのだろう。

 手に入れる為に俺について来る気はあるのか? と。

 ポツリポツリと、賛同の声を挙げる者が出始めた。

 最初の質問の時よりも遠慮がちなものだったが、それはさざなみのように広がって――


「そんなんじゃ足りねえぞ! もっとだ! 叫べ! 吼えろぉ!」


 ライオルさんの呼び掛けに声が更に大きくなる。

 この段に至り、もはや声を出していない者の方が少数派だった。

 更に獣人達の王が叫び、拡声器が若干のノイズを走らせながらも音を放つ。


「もっとだ! もっと!」


 オオーッ! という怒号にも近い大きな声が周囲を震わせる。

 耳が痛くなるほどの大声だが、不思議と一緒に叫びたくなる力強い声だった。

 ライオルさんの声に呼応して、何度も何度も民はえた。

 真横に立つミディールさんが肩を竦めて言う。


「何とも品の無い、野蛮な演説ですね……」


 言葉の割には表情が明るい。

 悪感情を抱いていないのは明らかだった。


「でも、嫌いじゃないのでしょう?」

「ライオル殿が狙ってこれをやったのかは定かではありませんが……獣人という種族が本来持つ攻撃性と、潜在的な活力を呼び覚ましましたね。市民の心が折れ掛けていたことは、彼が一番良く理解していたのでしょう」


 ライオルさんは敢えてなのだろうか、細かな話を一つもしなかった。

 それでも、言葉に込められた意味を正確に受け取った者達はきっと大勢いると思う。

 飢えを力に、力には見返りを、か。


(ワイルドだねぇ)

(まあ、“獣”人だからね。それをこれから長所に変えていくのが、ライオルさん達の仕事かな……)


 必要なのは今まで空回っていた獣人達のエネルギーをどこに持っていくか、という話だ。

 結果的に、先だって話していた農業の推進にも直結する効果の高い演説になったのではないだろうか。

 既に市民達の最低限の体力は、ベヒーモスの肉によって回復している。

 広場は未だに熱気に包まれている。

 この勢いのままに、農地開拓や漁業の発展が上手く進行することを祈りたいと思った。

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