目覚めの予言
器は帰ってくる。
祠の扉の前から離れたあと、リナはしばらく何も言えなかった。
ユウは彼女を自宅まで送り届けると、最後にぽつりとこう言った。
「夜、また来るよ。話したいことがあるんだ。……僕の“家の秘密”を」
その言葉がずっと耳に残っていた。
──そして夜。
あたりは再び霧に包まれていた。月も星も見えず、音さえ消えたような静けさ。
時計の針が午後九時を指したころ、リナの部屋の窓をコツ、コツ、と叩く音がした。
開けると、ユウがいた。
その手には、古びた革のノートが握られていた。
「これ、うちの蔵から見つけたんだ。祖父の日記だよ。
“ソトル様”の真実が書かれてる」
ユウはそう言って、ページを開いた。
そこには、震える文字でこう記されていた。
「この村は神に選ばれたのではない。
我らが“選び、封じた”。
ソトルは神ではなく、“祟り”だ。
何かを代償に、“封印”を保ち続けなければならぬ。
代償は、人。
“血の濃い者”を捧げよ。
さすれば、静寂が保たれる」
リナは目を見開いた。
「……どういうこと……?」
「ソトル様は神じゃない。
昔、この村で何か“災い”が起きた。人が消え、獣が狂ったって記録もあった。
それを封じたのが、僕の先祖。
でも……その代わりに、“儀式”が必要だったんだ」
ユウの声は震えていた。
「それで、血筋の者を時々“捧げる”ようになった。
ぼくの父の妹も……子どもの頃に“行方不明”になってる。
誰も探そうとしなかった。
それは……きっと、“選ばれた”からだよ」
リナの心に、嫌な予感が広がっていく。
「リナ……君の家族って、ここと関係あるの?」
「……わからない。聞いたことない。でも……」
頭の奥で、霧のように記憶がざわめく。
――幼い頃、母に連れられて山に来たことがある。
――暗い祠の中で、誰かに見つめられていた。
――そのあと、熱を出して寝込んだ。
「……ねえ、リナ」
ユウの声が低くなった。
「祖父の日記には、こうも書かれてたんだ。
“次の目覚めのとき、外から“器”が来る。
それは一度、村を離れた者。
ソトルは、その“器”を求める。
そして――帰ってくる”」
リナは小さくつぶやいた。
「器って……私?」
その瞬間、家の外で、大きな叫び声が響いた。
「きゃあああああああっ!!」
それは近所の老婆の声だった。
二人が飛び出すと、霧のなかに立っていたのは、村人たち――だが、様子がおかしかった。
皆が一斉に、リナを見ていた。
目を見開き、口を半開きにし、なにかに取り憑かれたように、同じ言葉を繰り返していた。
「おかえりなさい、ソトル様……」
「器が、帰ってきた……」
「これで、目覚めがくる……」
その場の空気が、ぞっとするほど冷たくなった。
ユウがリナの腕を掴む。
「逃げよう。この村はもう、始まってる。
君を“捧げる”ために動き出してる……!」
霧の奥から、古びた太鼓の音が聞こえてきた。
どん……どん……どん……
太鼓の音に合わせて、村人たちが笑い出す。
歪んだ笑顔。濁った目。
それはもう、“人間”ではなかった。
リナの胸に、一つの問いが浮かんだ。
――自分は本当に、“器”なのか?
それとも、“神”なのか。
彼女の中の“何か”が、目を覚まそうとしていた。
リナの中の何かとはなんのか。
リナは逃げることができるのか、
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