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影の囁き  作者: れい
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喪失と出発

雨の音が、しんしんと胸に染み込んでいた。


葬儀場の天井は高く、そこから落ちてくる白い光が、妙に冷たく感じられた。

人々のざわめきも、読経の声も、すべてが水の底のようにぼやけていた。


リナはただ、ぽつんと座っていた。黒いワンピースを着た細い体が、小さな椅子に沈み込むように。

隣にいる見知らぬ大人が、肩に手を置いてきたが、それが誰だったのかも覚えていない。


――両親は、もういない。


事故だった。車が滑落した。

ニュースの映像では、ぐしゃりと潰れた車体が山の斜面に転がっていた。

赤いシートが、血で染まっていたのかどうかは、わからない。見ないようにした。


彼女の家族は、それでいなくなった。

父の笑い声も、母の優しい手も。朝食の香りも、眠る前の歌も。

すべて、二秒の衝突音で、終わってしまった。


リナは、まだ十二歳だった。


親戚は遠くに住んでいた。関係も薄かった。誰もリナを引き取ろうとはしなかった。

唯一名乗り出たのが、父方の親戚である老夫婦だった。


「山奥での暮らしで、少し不便だけど…この子のためになると思ってね」


そう言ったその女性――ミツエという名前だったか――は、口元にずっと笑みを浮かべていた。

それが、なぜだかリナには気味が悪く思えた。


出発の日の朝、リナは自分の部屋の窓から空を見上げた。

雲は重たく、まるでこれから降る雨を溜めこんでいるかのようだった。


小さなスーツケースを引きずりながら、リナは駅へと向かった。

何度も振り返った。何かが、まだそこにある気がして。


けれど振り返っても、そこには、もう誰もいなかった。

電車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、さらに細い山道を進む小さな車に揺られて――

リナは、ようやくその村にたどり着いた。


看板もなければ、地図にも載っていないような場所だった。

山の谷間に、古い木造の家々が寄り添うように建っている。


鳥の声すら聞こえない静寂のなか、ミツエの夫――トクゾウという老人が、迎えに来ていた。


「よう来たなぁ、リナちゃん。細いなぁ。こりゃ、よう食べさせんと」


そう言って見せた笑顔に、リナはなぜか、背中がぞわりとした。


古びた軽トラックに乗り込むと、村人たちの視線が集まった。

年老いた男や女たちが、畑の手を止め、家の縁側から身を乗り出し、じっとリナを見ていた。


そして、誰かがぽつりと呟いた。


「……ソトル様……」


え?


一瞬、耳を疑った。

けれど、確かにそう聞こえたのだ。


さらにもう一人、老婆が手を合わせるようにして、深く頭を下げた。


「ようこそ、お帰りなさいませ……ソトル様……」


リナは、身をすくめた。


ミツエもトクゾウも、その言葉に何の反応も示さない。

まるで、それが当たり前かのように、彼女を古びた家へと連れて行った。


庭には木々が鬱蒼と茂り、家の壁は苔むしている。

屋内には古い柱時計の音が、コチコチと響いていた。


リナの部屋は、二階の一番奥だった。

窓からは、村全体とその奥の山々が見えた。


「疲れたやろ。今日はもうゆっくりお休み」

ミツエは優しく声をかけて、扉を閉めた。


部屋のなかに残されたリナは、しばらく立ち尽くしていた。

どこかの柱が軋む音。遠くから聞こえるかすかな声。風の音ではない。


……誰かが、何かを囁いている。


「――……さま……」


「ソトル……さま……」


目を見開いたリナは、窓の向こうの闇を見つめた。

そこには、村人たちの家の明かりがぽつぽつと灯っていた。


けれど、ひとつだけ。

村の中心にそびえる木造のほこらには、明かりがなく、ただ黒く影のように沈んでいた。


まるでそこだけ、夜のなかに飲まれているように。


至らないところがたくさんあるかと思いますが、アドバイス、感想いただけると嬉しいです。

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