アルベールvsゴブリン盗賊王 前編
むかしむかし、あるところにアルベールという騎士がおりました。
アルベールは強く優しくたくましい、騎士のお手本のような男でした。
ある日、アルベールは王様に呼び出されてオルレアンで一番大きな礼拝堂へとやってきました。
新たなるゴモラの侵攻を退けたフランク王国ですが、余談ならぬ状況が続きます。
オルレアンへと王様が直々にやってきて、現場での採決を迅速に下しているのです。
礼拝堂をまるまる開け広げ、大人数が出入りして執務と軍務にとひっきりなしに行き来しています。
青いマントをたなびかせ、颯爽と王様の執務机の前にやってきてはアルベールがひざまずきました。
「陛下、アルベール参上いたしました!」
王様が隈の張り付いた顔を書類から上げ、アルベールへと頷きます。
そして左右に列を作っている、書類やら相談やらを持ちかけてくる群臣を手で制してアルベールへと話を始めます。
「うむ、アルベールよ。遅かったではないか。ああ、どうせ修道女ドロシーが与太話を広げていたのであろう。不適切な連絡係を任じたと自覚していたが、人が足りぬ故な」
「ははっ、心得ております」
「アルベールよ、そなたを呼んだのは他でもない。オルレアンの侵攻が失敗して間もなく、王都の北に点在する盗賊たちが活発になっておる。その取り締まりを任せたいのだ」
「盗賊でございますか」
王様が羊皮紙の巻物をアルベールに差し出します。
それを恭しく受け取り、広げると地図が広がります。
王都の北部方面が描かれた地図であり、詳細な書き込みが点在しています。
「これは盗賊たちの分布でございますか」
「左様」
その内容は、非常に広い範囲に小規模の集団が点在している状況です。
百人単位の集まりから、十人にも満たぬ規模まで。
この乱立ぶりはさしものアルベールも唸り声を上げざるを得ませんでした。
「この数は異常でござる。新たなるゴモラの手引きでございましょうか」
「うむ、そう見て間違いなかろう。賊を使った奴らの嫌がらせなのは間違いない。潜伏していた数すら遥かに超えておる。奴らめ、おそらく賊になるような難民すら王都の北へと流していると思しい。しかしこれがただの盗賊が暴れているだけならば、そなたに任せるでもなかったのだが……アルベールよ、その鎧を見るがよい」
王様がアルベールの近くにある長椅子を指さします。
そこには緑色の武具がひと揃え寝かせてあるではありませんか!
兜からは二本の角が生えており、鎧も良質な造りとは言えないようです。
手甲と足甲も最低限。
どうにも粗雑な鎧です。
手に取り調べるアルベールが、おやと声を上げます。
「これはまさか、宝石炉?」
兜の内側にひとつ。
鎧の内側にふたつ。
手甲と足甲にひとつずつ。
合計七つの宝石炉が仕込まれています。
「うむ。このひと揃えの装備が盗賊たちの間で流通しておるのだ。その名もゴベルの鎧!」
「ゴベルの鎧!」
「騎士鎧の出来損ないのようなものだ。しかしこれが暴れている盗賊たちにたいへん普及している」
「陛下、しかしこれは……」
アルベールはゴーベルを見下ろし、言葉を濁します。
というのも、宝石炉の質が非常に悪く、サイズも不均一。
これを身に着ければ、常人よりも確かに強いパワーで動けるでしょう。
しかし出力は不安定でいつ動作不良を起こすか分かったものではない劣悪な品質なのです!
「騎士鎧を製造する過程で出てくる余剰品や粗悪品を組み合わせて作ることも可能だが……量を考えると、乱造していると疑っている。品質を度外視すれば、大量生産は難しくなかろう。そして、それを盗賊どもにばらまけば──」
「なんたる悪逆!」
宝石炉によって生み出されたマナは、人に大いなる力を与えてくれます。
しかし安定した整流の上でこそ、安全に使い続けることができる力です。
こんな粗悪品を使い続けていれば、人体にも劣悪な影響を及ぼしかねないのは必定!
新たなるゴモラは盗賊たちを使い潰してフランク王国の国力にダメージを与える算段なのでしょう。
「粗悪品とはいえ宝石炉を用いた武具である。騎士アルベールよ、今回の件は鉄鬼党の一件とも似ておる。故にそなたにはゴベルの鎧を纏った盗賊たちの鎮静化を命ずる。そしてこの邪悪なる鎧を製造する工場があるならば、破壊してしまうのだ!」
「ははっ!」
かつてアルベールは鉄鬼党という盗賊集団と戦いました。
彼らもまた、宝石炉を備えた騎士鎧を継ぎ接ぎをして戦力を増強した賊徒だったのです。
「アルベールよ、余の名の下に目ぼしい者たちを集めるがよい。そしてそなたを隊長としてこの任務を達成するのだ!」
「このアルベール、必ずや新たなるゴモラの卑劣な作戦を打破してごらんにいれましょう!」
「うむ、頼んだぞ、アルベールよ!」
こうしてアルベールは、礼拝堂を後にしました。
改めて羊皮紙を広げて、点在する盗賊たちの分布を見渡します。
「ふぅむ、確かにひとりでは難しい任務である。人を募れるのは、まことにありがたい」
多くの騎士で挑みたいと思いましたが、目ぼしい者たちは他の任務や先の一戦の傷で動けない者ばかりでした。
「さて、少なくとも後ふたり……私が納得するだけの力量があり、なおかつ自由に動ける者はおらぬものか……」
ううむと唸っていると、慈泉とラオディケがやってきました。
「アルベール様、何かお悩みでございますかな?」
「手が空いているぼくたちで手伝えることなら、なんでもおっしゃってください!」
アルベールが目をしばたかせてふたりを見渡します。
「これは僥倖」
小首をかしげるふたりに、アルベールは事の経緯を話し始めました。
状況を飲み込んだふたりは、快く引き受けてくれました。
「賊を使うとは、巧い手でございますな。しかし残酷だ」
詳細を聞いて慈泉が合掌をして念仏を唱えます。
ラオディケもいい顔をしません。
ふたりの義憤を頼もしく思いながら、アルベールは行動のアイデアを出します。
「見たところ、ひとつひとつの賊徒の集まりは我らひとりひとりに及ばぬ。そこで三手に分かれて賊徒を制してゆこうと思うのだが、いかがか?」
「分かりやすくて、ぼくは賛成です」
「拙僧も異論はございません」
「貴公らの快諾、まことに心強く感じておる。それと同時に、この国の混乱に巻き込む心苦しさを覚えるぞ」
慈泉とラオディケの善意を利用しているかのごとき現状に、アルベールが嘆息します。
しかしそんな騎士に、ふたりは力強く首を振りました。
「アルベール様、それはおっしゃらないでください。この混迷の世に、どの国が、など無意味な垣根です」
ラオディケの言葉に、慈泉もまた微笑みます。
アルベールもその心意気を汲んで、熱い気持ちを言葉にします。
「相分かった。貴公らの力を借り尽くし、必ずやこの国に平和を。そして貴公らの使命を、共に完遂せんと誓おうではないか!」
こうして三人は、さっそくどのように作戦を進めてゆくかの話し合いに入りました。
決まった方針はこうです。
アルベールは王都の北東へ。
ラオディケは王都の北へ。
慈泉は王都の北西へ。
それぞれ出発して、ゴベルの鎧を備えた勢力を倒してゆくことにしたのです。
小規模の集団を打破してゆき、折を見て合流。
そこからは三人で規模の大きな盗賊集団へと当たるという方針が決まりました。
「時にふたりとも、馬の心得やいかに?」
「ぼくは大丈夫です」
「拙僧はなんとか乗れる程度でございます」
「それでは私の館まで走り、そこで休んで明日に出発といたそう」
こうしてふたりに軍馬を貸して、アルベールは己の館へとふたりを導きます。
ラオディケの馬術は非常に安定しており、慈泉はいささか心もとないものでした。
しかしアルベールが御し方をいくつか指摘すると、ずいぶんとマシになっていきます。
これならば心配ないだろうと思う程度に慣れた頃、三人はアルベールの館に辿り着きます。
館に辿り着いたラオディケと慈泉は、アルベールの心づくしのもてなしにくつろぐことができました。
食事までの間、アルベールは厩舎へと足を運びます。
そこでトニトゥルスとコメーテスが飼葉を食んでいました。
「明日はまた、たくさん駆けるだろう。共に力を尽くそう」
飼葉を食べたトニトゥルスの体を、しっかりと拭って手づからブラッシングをしてやると気持ちよさそうに低くいななきます。
トニトゥルスをしっかりと手入れしてやると、次はコメーテスです。
「アルベール様!」
その時、厩舎にラオディケもやってきました。
「ラオディケ殿、貴公も馬を?」
「はい!」
家人に借りたらしい手拭いと水桶と、そしてブラシを持ってラオディケが元気にお返事。
アルベールから借り受けた軍馬の体を拭い始めました。
「流石フランク王国の軍馬です、とても賢くて力強いですね」
「選りすぐりの軍馬たちである。お気に召したかな?」
「ええ、とても。ぼくの心をよく汲んでくれるいい馬です」
ありがとう、明日もよろしく、とラオディケが語り掛けながら馬の世話をしていきます。
やがて軍馬がラオディケに頬ずりをして、まったりとくつろいでしまいました。
「ふふ、かわいいですね」
ラオディケが撫でると、寝そべる軍馬は鼻をすぴすぴとさせて気持ちよさそうです。
「なかなか達者な馬術であった。馬が好きなのだな」
「はい、ギリシアではずっと修行を積んでいたので、あまり友達がいなくて……けど、馬だけはずっと一緒にいましたから」
「世話も手慣れていた」
「教えてもらったんです、人馬宮の人たちに」
人馬宮、とアルベールが反芻します。
「射手座に相当する騎士たちか?」
「あ、いえ。騎士ではなく、あくまで人馬宮の手入れをしている方々なのですが……その、実は人馬宮はもうすっかりさびれてしまっているんです。騎士が途絶えて久しくて」
「語ってくれたな。十二宮は半分以上がもう廃れてしまっていると」
「はい。ですが神殿を管理したり、伝統的な行事を取り仕切る神官はまだいらっしゃって、その方々もやはり馬の扱いにかけては秀でているものですから」
いろいろなことを教えてもらったと、ラオディケは嬉し気に話をします。
そんなラオディケの様子に、ふむとアルベールは浮かんだ疑問を口にします。
「もう廃れてしまった宮の再興は、難しいのだろうか?」
「難しいです。しかし可能性はあるのです。護国のための技ではありますが、人が諸外国に流れてしまった過去がないわけではありません。もしも外に流れた技術を再編纂ができて、それを今代の十二宮が認可すればあるいは」
「つまり傍流から再興するという考え方であるな。納得はできるが……」
それはほとんど可能性がないに等しいとも思える内容でした。
事実、ラオディケもあくまで可能性の話をしているだけという顔です。
しかしそこでラオディケがあっと思い出したように声を上げます。
「でももしかしたら、フランク王国にいるかもしれないと聞いた覚えがあるのです」
「フランク王国に?」
「はい。かつてフランク王国がイスラムの脅威にさらされた時、後にカロリング王朝を開く血筋に連なる男が活躍したと聞いております」
それはもう百年以上むかし。
まだフランク王国がカロリング王朝ではなく、メロヴィング王朝だったころのお話です。
当時、隆盛を誇ったイスラム教徒たちがピレネー山脈を越えていよいよフランク王国に侵攻してきました。
その異教徒の攻撃を止めたのが、メロヴィング王朝の宮宰だった男です。
鉄槌のカルロス。
彼は騎兵部隊を巧みに使ってイスラム教徒を退けたと言います。
「この騎兵部隊を設立するにあたって、教会の勢力圏からとにかく人材を集めたそうです」
「騎兵? ではまさか……」
「はい、当時の人馬の騎士もその相談に参加して、さらに派遣された高弟がフランク王国から帰ってきていないというのです」
「む、よもや……」
不穏な事態を想像したアルベールに、ラオディケが首を振ります。
「フランク王国側が不当な扱いをしたというわけではなく、そのまま居ついたらしくて。フランクの地で没したと聞いています」
「そのような話は、ついぞ聞いたことはなかったな」
「百年も昔の話ですから、ぼくに話をしてくれた人馬宮の方もはっきりした記録を持っているわけではないようで。しかし当時のイスラム勢力は、それはそれはとてつもない勢いでした。教会圏に暮らす誰もが、必死だったのだと思います」
言い終えて、ラオディケがちょっぴり複雑な気持ちで苦笑します。
「……ギリシアとしましては、星の神々を祀っておりますが」
「ふっ、分かっている。フランク王国とて、土着の信仰との折り合いをつけながら進んできた。そこに人馬の騎士の血筋や弟子筋が居つく余地があったのかもしれぬ」
「そう思います。ああ、末裔が生き残ってくれていればいいのですが……」
「フランク王国は広い。貴公たちに比肩するような騎士がいないとも断言はできぬとも……そしてこの混沌たる時代に、我らの秩序へ力を貸してくれればと思わずにはおれぬな」
「きっと力になってくれますよ! なにせギリシアの護国を担う騎士の志を継ぐ───」
溌溂としていたラオディケの語尾がどんどんしぼんでいきます。
なにせその、ギリシアの護国を担う騎士たる天秤の騎士シメオン、天蝎の騎士アルキダモス、獅子の騎士ディオゲネスという、三宮の騎士たちが裏切っているのですから。
アルベールが苦笑しながらラオディケの肩を叩きます。
「だが貴公のように、確かな正義を胸に秘めている騎士もいる。もしも末裔たる騎士がいても、貴公のように燃える正義を持っていると信じているぞ」
「はい!」
「さぁ食事にしよう。もっとギリシアの話を聞きたいな。慈泉法師からは、絹の国の話を。そして私は、」
「フランク王国の話をお願いします!」
こうしてふたりは厩舎を後にして、食卓につきました。
途中、念仏を唱えている慈泉を誘うとやんわりと断られました。
戒律で食べられるものが限られているので、気を遣ったのです。
しかしアルベールとラオディケは強引に席へと連れて行き、慈泉も微笑みながらそれ以上の辞退をしませんでした。
戦時の乏しい食材ながら、心のこもった料理が卓に並びます。
館の料理人が慈泉から話を聞いて、僧侶でも食べられる食材で作った料理を出してくれました。
食事中はそれぞれの国の話が弾みました。
ギリシアのこと、唐のこと、フランク王国のこと。
やがてアルベールたちはお互いの武運を祈り、乾杯をしてからあたたかな床に就きました。
ゆっくりと英気を養い、翌朝それぞれが担当する方角へと馬首を向けます。
王都の北東へ。
ラオディケは王都の北へ。
慈泉は王都の北西へ。
それぞれ出発したのです。
慈泉は改めて馬の操り方を確認しながら進んでいきます。
やがて、深い森に入っていきました。
奥へと草木をかき分けてゆくと、森の開いた場所が見えてきます。
岩場になっているのですが、その手前で慈泉は馬から下りて手ごろな木につなぎます。
草陰から覗き込むと、岩場の一角には巨大な亀裂が開いており、見張りがふたり座っていました。
座ってこそいましたが、周囲にきちんと気を配っているのは遠めからよく分かります。
ふたりともゴベルの鎧を身に纏っており、慈泉はここが盗賊たちのアジトだと確信します。
亀裂の奥は洞窟になっており、そこに十人程度の盗賊たちの拠点となっているのです!
草陰から洞窟までに、どうしても姿を見られるでしょう。
強硬策は賢い選択とは言えません。
そこで慈泉は手ごろな石をふたつ拾い上げて、懐に隠します。
そしてゆったりとした動作で草陰から出ていきます。
見張りのふたりはばっと立ち上がり、突き立てていた槍を掴んで構えます。
合掌をして歩みながら、慈泉は静かながらはっきりとした声をふたりに届けます。
「南無阿弥陀仏、拙僧は東より参った僧侶でございます。お話をしに参りました」
「止まれ!」
「何者だ!」
見張りが困惑しながら怒鳴ってきます。
武装していればすぐさま中に助けを呼びにいったかもしれません。
しかしぼろぼろの袈裟を着た無手の坊主です。
見張りたちは困惑の方が勝ったのでしょう。
その困惑の隙を縫うように慈泉は歩を進めて、指弾の狙いが確実に届くと確信できる距離に達した瞬間、
ビシッ! ビシッ!
懐の石を指で弾き、見張りふたりのそれぞれの片足へと命中させました!
「うっ!?」
「なんだ!?」
するとどうしたことでしょう!
ふたりとも片足が萎えて動かなくなってしまいました!
足の経穴を衝いて内力の循環を遮断することで、片足の機能を封じてしまう点穴です。
その機能障害にふたりともパニックに陥りました!
石を介することで十分な内力で衝くことはできませんでしたが、不意打ちに加えて内功も知らない西洋人のこと、十分に狙い通りの結果を出せました。
意識が足に向いた瞬間、慈泉が軽功で風のようにふたりに接近。
眉間を打ってたちまち気絶をさせてしまいました。
ふたりからゴベルの鎧をはぎ取り、縛り上げて草陰に放り込みます。
こうして慈泉は慎重に洞窟の中に侵入していきました。
洞窟は十人程度が並べる程度の幅があり、高さも人が五人ほど縦に足した程度はあるようでした。
中はしばらく一本道のようで、一定の間隔で松明が壁にかかっています。
しかし光量がしっかりと確保されているとは言えず、非常に見通しにくい状況です。
右手を壁に沿わせて進み、ある程度の距離で地に耳をつけて周囲の音を拾います。
途中、乏しい光量から違和感を察して身をかがめました。
するとそこには、糸のようなものがが張ってあるではありませんか!
これをまたぐだけというのは簡単です。
しかし他にも落とし穴や、どんな罠が仕掛けてあるか分かりません。
そこで慈泉は軽功で天井に一息に跳び上がり、さかさまで四つん這いになってしまいました!
そのまま天井をすいすいと進み、足元の罠の数々を完全に無視して進んでゆけば、やがて人の声がしてきました。
何やら言い争いをしているようで、いっそう身を縮こめながら進んでいくと、大きな広間に行き当たりました。
そこは天井が開いているようで、太陽の光がある程度は差し込んでおり、薄暗いながら状況を把握できました。
数は十人ほど。
それがふたつのグループに分かれて言い合っているようです。
誰もがゴベルの鎧を着こんで殺気立っています。
「西の村を襲うべきだ!」
「いいや、東の村を襲うべきだ!」
ふたつのグループをリーダーらしい男たちが言い合っていました。
どうやら次の襲撃先を争っているようです。
ずいぶんと殺気立っており、一色触発です。
「馬鹿野郎、東の村はもうすっかり防御を整えている。もう攻めるべきじゃない!」
「西の村なんて、たくわえがないじゃないか! このままじゃ俺たちも干上がっちまうだろうが!」
「犠牲が出るかもしれないんだぞ! 誰かがし、死ぬかもしれないよりひもじい方がマシだ!」
「干上がって動けなくなるより、少し危険でも手を打つべきだ! こ、これだけ人数がいるんだぞ!」
「派手に動いて、騎士たちが来たらどうするんだ……」
「も、もう俺達は村を襲ったんだぞ……今更、今更やめられるわけがないだろう!」
なるほど、盗賊たちも盗賊たちなりに仲間意識があり、生き残る方針を考えるのに必死なようです。
慈泉は少しの間、盗賊たちの激論を静聴しておりました。
そこから読み取れるのはこの不安定な生活への怯え。
ゴベルの鎧という強い力を持っている興奮と、悪行を止められないという焦燥感。
そして数と力を恃んでいるのに、正当なる正義を恐れる後ろめたさをひしひしと感じます。
力なき者たちが力を持ち、暴走している。
それが慈泉の印象でした。
慈泉が天井から手を放し、ふわりと地面に降り立ちます。
「ご施主方」
合掌をしながら静かに現れた東洋人に、場の誰もが驚きを隠せませんでした。
「だ、誰だお前は!?」
「拙僧はフランク王国の遣いとしてやって参りました、慈泉と申しまする。ご施主方、もしも罪の意識をお持ちならば悔い改めて立ち止まりなさいませ、南無阿弥陀仏」
何人かはその言葉に胸を衝かれたようですが、突如現れた坊主にそう言われて止められるようなら苦労はありません。
「なにを……!」
激昂した盗賊たちは剣を抜き放ち、次々と襲い掛かってきました!
これを慈泉はするりするりと躱して大広間の中心へと踏み込んでいきました。
途中、すれ違う男たちの剣を持つ腕を点穴していけば、
「うわっ!?」
「な、なんだこりゃ!?」
盗賊たちは腕がマヒして次々と剣を取り落としてしまいます。
「な、なんだ!? どうした!?」
仲間の様子に困惑する盗賊たちへ、慈泉は間断なく拳を打ち込みます。
ガンッガンッガンッ!
拳を打つごとに、なんと兜が真っ二つに割れて砕けてゆくではありませんか!
頭が砕けたと勘違いする盗賊たちが、悲鳴を上げてへたり込みます。
しかしその実、頭部にはかすり傷ひとつついておりません。
「噴ッ! 破ッ!」
大広間に巻き起こる旋風のように、慈泉が盗賊たちを疾り抜け、ある者の脚を麻痺させ、ある者の腕を麻痺させます。
バギン、バギンと音がすれば、兜が砕けて胸当てが割れ地面に転がっていきました。
「な、なんなんだお前は! なんなんだってんだーーー!」
もはや半狂乱となった盗賊のひとりが、しゃにむに慈泉へと剣を振り下ろします。
その刃を二指で挟み止め、
「喝ッ!」
気合を込めると剣がへし折れて盗賊が吹き飛びました。
尻もちをついて、怯える盗賊に慈泉が合掌します。
その場にいた盗賊たちのゴベルの鎧をすべて叩き砕き、誰もが腕や足を押さえてうずくまります。
「南無阿弥陀仏! ご施主方、その腕の麻痺、足の麻痺は己が罪を拭わねば治りませぬぞ。自らの罪を反省したくば、四肢が不十分な者どうしで助け合い、オルレアンへと参られよ! そこで復興の手伝いをなさりませ。そうして積んだ功徳がその麻痺をも癒すでしょう! 慈泉なる坊主より遣わされたと申されれば、王様も無下にはなさいますまい」
盗賊たちは畏怖をもって慈泉を見上げます。
善行で麻痺が治ると言われても、信じがたい気持ちもあります。
しかしあの超人的な武術の腕のこと!
圧倒的な武威が慈泉の言葉に説得力を持たせてしまいました。
「い、言う通りにします……」
盗賊の誰もが、そうひれ伏しました。
「善哉、善哉!」
慈泉が優しく盗賊のひとりを助け起こします。
「ときにご施主方、あの鎧はどうやって手に入れたのですか?」
「ゴベルの鎧……? そ、そりゃあんた、もらったんだよ」
「もらった?」
「あ、ああ。俺たちは戦争で村が焼けたり、盗賊たちに食う物奪われてなんとか生きてきた寄り合いみたいなもんだ……細々と強盗をしてなんとかしていた。俺たちも必死だったんだ! ち、誓って殺しまではやってねぇ!」
「分かっておる。逼迫した状況、察するに余りある故、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏!」
「そ、そんなある時に盗賊王がやってきたんだ。盗賊王……ゴブリン盗賊王! やつは鎧を卸すだけ卸してこう言ったんだ。この鎧で好きに暴れろ、と」
「ゴブリン盗賊王!」
首謀者と思しいその名に、慈泉が戦慄をしました!




