コルトアトルのいる日々
なめらかな白い体に、四枚の羽。
私の両手で抱き上げられる程度の大きさのコルトアトルは、基本的にはずっと眠っている。
長い体は蛇に少し似ているかしら。
金の瞳はくりくりしていて、時々瞬きしながら私をじっと見るのが可愛らしい。
それは『竜』なのだという。
神獣コルトアトルは竜の姿をしているのだと、シュラウド様が教えてくれた。
竜と呼ばれる生き物は、この国にはコルトアトル以外には存在していない。
それなので当然見るのははじめてだし、腕に抱くのだって、お世話するのもはじめて。
けれど──不思議と、どうすればいいのかが全部わかる。
コルトアトルはオルテアさんのように話をしないけれど、今何をして欲しいのかが、心が通じ合っているみたいにわかるのだ。
たとえば、眠たいのかしら、とか。
例えば抱っこして欲しいのかしら、とか。
私にわかるのは、この二つの欲求ぐらい。
多分だけれど、他にはないみたいだ。
食事をしたいとか、水飲みたいみたいな欲求はない。何度か試してみたけれど、コルトアトルは何かを口にすることに、興味を示さなかった。
神獣は神様と同じ。神様はご飯を食べないものなのかもしれない。
何も食べないのに、弱っていく様子もない。むしろ、ほんの少しずつだけれど、大きくなっている気もする。
「最近、君の腕の中にはいつもコルトアトルがいるな、アミティ」
いつもどことなく楽しげな顔をしているシュラウド様が、仏頂面で言った。
私はコルトアトルをふわふわのショールに包んで、抱っこをしている。
私のそばにはオルテアさんが寝そべっていて、お部屋にいるときは大抵この状態だ。
それなので、お仕事を終えたシュラウド様がお部屋に戻ってくると、いつも拗ねたような顔をなさる。
動物が多いのだとよくおっしゃっている。
シュラウド様もオルテアさんのことを大切に思っているし、コルトアトルのことも可愛いと思っていることも、私は知っている。
だからこれは多分、言葉遊びみたいなもの。
「私はコルトを抱いていますから、シュラウド様は私を抱き上げてくださいますか?」
「もちろんです、俺の聖女様」
かしこまった様子でシュラウド様はそうおっしゃって、私を軽々と抱き上げてくださる。
季節は冬に向かっていて、冬の長いハイルロジア領にはもうそろそろ雪が降るみたいだ。
冬の準備のために木々が切られて、薪が貯められている。
ハイルロジア領には森が多いので、そうして人々が木を切ることによって森に光が入り、再び森が育つ。
これは、最近図書室で読んだ本に書いてあった。
まともな教育を受けていない私は、空いた時間をみつけては図書室に通って勉強をしている。
シュラウド様が一緒にいて色々と教えてくれる時もあるし、一人の時もある。
一人の時はオルテアさんが色々と質問をしてくれるので、私はオルテアさんに説明ができるように、よりいっそう本を読み込むことになる。
これが、なかなか、勉強になる。説明ができるぐらいに本を読み込むと、しっかり覚えることができるからだ。
「アミティ、もう湯浴みを済ませたのか? 髪が少し濡れている。よい香りがするな」
「はい。ジャニスさんが、夜はもう寒いからと、早めに準備をしてくれて」
「たまには一緒に入りたいな。そうだ。雪が降ったら、聖峰の側にある街に行こうか。巡礼者が多く訪れる街だ」
「聖峰の側に街が? 危険なのではないですか?」
『聖獣は、聖峰にさえ入らなければ、人間には危害を加えん。我らは誰彼構わず襲い掛かる獣とは違うからな』
オルテアさんが教えてくれる。
私は「ごめんなさい、オルテアさん」と、謝った。
聖峰はオルテアさんの故郷だから、危険だと言ってしまうのはいけなかったわよね。
「オルテア、アミティに何故、謝罪をさせているんだ。責めるようなことを言ったのか? お前たちが俺に襲い掛かってきたのは事実だろう」
『それはお前が聖峰に乗り込んできたからだ』
オルテアさんは呆れたように言って、ふかふかの太い足に顔を伏せると目を閉じた。
耳が垂れ下がり、もう話をしないという態度だ。
シュラウド様は「オルテアにいじめられた時は俺にきちんというんだぞ」と言って、私をぎゅっと抱きしめる。
これも、多分言葉遊びの一つ。
オルテアさんが私をいじめることなんてないって分かっているのに、オルテアさんを責めるようなことをおっしゃるのよね。
「シュラウド様は、心配性です」
「君のことについてはな」
「ふふ……聖峰の街には、何があるのですか?」
「巡礼の街だからな。要は、観光地だ」
「聖なる場所なのに、観光地?」
「あぁ。人が多く訪れる場所は、栄える。それだけそこで金を使うからだ。ハイルロジアは寒い場所だから、冬を凌ぐために稼げるときは金を稼ぐ必要がある。だから、皆、商売気が強く逞しい」
「それは、頼もしいですね」
「あぁ。だから、巡礼者の街ドゥーラには、美味しい食事もあるし、美しい宝石も、土産物も多く売っている。それから、大きな宿に、温泉もあるな」
「温泉ですか」
「一緒に入ることができる」
「一緒に……は、その、恥ずかしいです」
私は俯いた。
流石に、それは恥ずかしい。
「そうか、だめか」
シュラウド様が明らかにがっかりなさるので、私は俯いたまま、シュラウド様の胸に頭を預ける。
硬い胸板と、しっかりした腕が、私を支えてくれる。
この国の中で、一番安心できる場所だ。
「シュラウド様が、そうしたいなら、頑張りますね」
「アミティ……! 嬉しいな。そうとなれば、休暇をとる準備をしないといけないな。せっかく行くのなら、数日滞在したい」
「……楽しみです」
私は、ドゥーラの街を想像した。
ハイルロジアのお土産は木彫りの熊のイメージが強いので、お土産物屋さんに木彫の熊がたくさん並んでいるところが思い浮かんだ。
10月18日NiuNOVELS様より書籍化していただき発売となります。
よろしくお願いします!
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