五十嵐記念病院20
ののかちゃんを伊豆子さんへ任せ、203号室へ戻った頃には、日付が変わっていた。
部屋の真ん中では、手回し式ライトが弱い光を落としている。
僕たち三人は、その明かりを囲むように毛布へくるまり、声を潜めていた。
服にはまだ、蝋と煙の臭いが染みついている。
「……使徒って……」
深夜が枕へ顔を埋めた。
耳まで赤くなっている。
「もう無理……あんなふうに拝まれたら、明日から部屋出られない……」
深夜はさらに深く枕へ顔を押しつけた。
「でも、あの様子なら明日から本当に拝まれるかもしれないね」
「いやだああぁ……!」
深夜が枕を抱えたまま身を捩ると、ハルエちゃんが無言で水を差し出した。
深夜は顔だけを上げて受け取り、一口飲むと強張っていた頬から少しだけ力が抜けた。
「……依代兄ちゃん」
深夜の声が変わる。
「ごめん」
枕を抱く腕に力が入った。
「病院では、力を使わないって決めたのに。僕、勝手に……」
「……力?」
ハルエちゃんの目が、僕たちの間を往復した。
「僕たちが使える、少し変わった力だよ」
「ふぅん」
僕は深夜へ視線を戻す。
「約束したのは、病院で目立たないためだ」
「うん……」
「ののかちゃんを見殺しにするためじゃない」
深夜の口が止まった。
枕の端を摘んでいた指が、ゆっくりと緩む。
「助けるために必要だったなら、それでいいんだよ」
深夜は俯いたまましばらく何も言わなかったが、やがて喉が小さく動く。
「……ありがとう」
落ちた声は、布団の衣擦れに紛れそうなほど小さかった。
「ただ、明日から少し面倒になるかもしれないね」
僕は壁へ揺れる影を見ながら続ける。
「蝋燭の上で人を受け止めたんだ。宗教画にされてもおかしくない」
「それ、一番嫌なやつなんだけど!」
深夜がまた枕へ突っ伏した。
ハルエちゃんが、その姿を見ながらぽつりと言う。
「助けられてよかったね」
小さな声だった。
「うん」
僕も頷く。
「本当にね」
しばらく話した後、深夜とハルエちゃんはベッドへ入り、僕は床へ敷いた布団に潜り込んだ。
毛布を引く音。
ベッドが小さく軋む音。
誰かが鼻を啜る音。
それらもやがて途切れ、祈りと熱狂に満ちた夜は沈んでいった。
翌朝。
目を開けると、聞こえる寝息は一つだけだった。
霞んだ視界のまま身体を起こし、ベッドへ目を向けるとハルエちゃんが、壁際で眠っている。
その隣の掛け布団は大きくめくれ、深夜がいたはずの場所だけが空いていた。
ベッドの下と、カーテンの向こうへ視線を走らせる。
「深夜?」
返事はない。
「深夜」
少しだけ声を強める。
ハルエちゃんの瞼がゆっくりと開いた。




