異世界にて3
「はっ……ははっ……! やった、やったぞ……! ついに僕にもチャンスが来たっ!」
笑いがこぼれる。
というより、漏れ出す。
踊り出したい。飛び跳ねながら、歓喜の言葉を叫び続けたい。
そんな衝動を、沢田石礫は必死に押し殺していた。
少なくとも、本人はそのつもりだった。
被害妄想を発動したまま、振り返ることなく草原を進んでいく。
風に揺れる草を掻き分け、五人の話し声が聞こえなくなるまで歩き続けた。
やがて草原の端へ辿り着き、薄暗い森の木陰へ身体を滑り込ませる。
木の幹へ背を預けてから、ようやくエゴを解除した。
頬を撫でる冷たい風が、興奮で火照った肌に心地よかった。
「……夢にまで見た異世界転移……まさか、本当に起こるなんて……っ。神様、マジ感謝ですぅ……!」
顔を上げ、両手を大きく広げる。
空を抱き締めるように。
そこに女神がいるのなら、指先へキスしてやってもいい。
「ふふ、ふふふっ……しかも初手から完璧に発動してる……さすがだよ、僕の被害妄想……」
恋人を見るような目で、自分の両手を見つめる。
「あいつら、全然分かってなかったな。特に御法川。あの筋肉馬鹿は相変わらずのド低脳で……『転移者』って言葉にすら反応しねぇとか、笑えるな。ああいうのが真っ先に死ぬタイプなんだよ」
喉の奥で含み笑いを漏らす。
「……まあ、四方田と嵯峨は、ハーレム要員としてなら残してやってもよかったけど」
少しだけ考え、すぐに鼻で笑った。
「仕方ないか。どうせあいつらじゃ、俺についてこられないしな」
異世界作品なら、腐るほど見てきた。
御法川たちよりも、自分の方がこの世界を知っている。
沢田石にとっては、それで充分だった。
意識を向け、もう一つのエゴである誇大妄想を使う。
意味の分からなかった情報が、以前から知っていた知識のように頭へ流れ込んでくる。
マナ。
魔法。
魔物。
そして、エゴ。
空気の中にはマナと呼ばれる目に見えない力が満ちており、魔法やエゴを使う際には、それを消費するらしい。
つまり、現代日本でいうガソリンだ。
吸って、燃やして、力へ変える。
沢田石は、そう理解した。
「くくっ……転移したてのチュートリアルで、ここまで把握できるってヤバくね? やっぱ俺、選ばれし者だわ」
誇大妄想によって自分の状態を確認した瞬間、答えは出ていた。
自分は、異世界転移ものの主人公に選ばれたのだ。
「どうせ最初に出てくるのは、ゴブリンとかスライムとかのチュートリアルモブだろ。サクッと倒してレベリングして、それで速攻世界最強。あはっ、マジでテンプレすぎて笑える」
それは妄信などではない。
沢田石にとっては、疑う必要すらない確信だった。
「空気うまぁ……」
鼻から深く息を吸い込む。
湿った土と青い葉の匂いが肺へ入り、現実味がないほど澄んだ空気に、うっとりと目を細めた。
目の前には、草原とは別の世界が広がっている。
枝葉が陽光を遮り、木々の隙間には薄暗い影が折り重なっていた。
「……いいね。最初のダンジョンってやつ?」
沢田石は不敵な笑みを浮かべ、森の奥へ目を凝らす。
「どこから出てくる? 狼? オーク? ……それとも、王族のお姫様でも助けちゃう感じかな?」
鼻歌を漏らしながら、沢田石は薄暗い森の中へ足を踏み入れた。




