学校・リビングデッド7
荒い呼吸音が、屋上のあちこちから重なっていた。
屋上の扉を閉め、鍵を掛ける。
フェンス脇に積まれていた古い机を数人がかりで起こし、扉の前へ押し当てた。
机の脚がコンクリートの上をずるりと滑る。
直後──
ガンッ!
ガンガンッ!
鉄製の扉が、外側から力任せに叩かれた。
机が跳ね、押さえていた生徒たちの足が床を滑る。
蝶番の辺りから、ミシッと嫌な音がした。
「お、押さえろ! ここが開いたら終わりだぞ!」
近くにいた男子生徒が、裏返った声で叫ぶ。
すぐに数人が駆け寄り、机ごと扉を押さえ込んだ。
激しく叩く音はしばらく続いた。
やがて、足音と一緒に少しずつ遠ざかっていく。
扉へ耳を押し当てていた生徒が、小さく呟いた。
「……音が移動してる」
机を押さえていた腕から、わずかに力が抜けた。
その瞬間──
バチンッ!
甲高い音が、屋上の静寂を破った。
振り向くと、無月が女生徒に頬を打たれていた。
「……どうして?」
女生徒の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ねえ、どうしてよ!? どうして将伍を見捨てたのよ!」
無月は打たれた頬を押さえようともせず、目を逸らさなかった。
「すまない……僕の判断だ。君を助ける以上のことはできなかった」
「だったら……だったら、放っておいてよ……!」
女生徒は声を噛み殺しながら、無月の胸元を掴む。
「将伍、苦しそうだったのに……一緒にいてあげたかった……! いっそ、一緒に──」
パチンッ!
二度目の音が響いた。
四方田さんが、女生徒の頬を打っていた。
「──その先は、彼の覚悟に対する侮辱よ」
女生徒が、息を止める。
四方田さんは涙の止まらない顔を真っ直ぐ見つめた。
「感謝しろなんて言わない。でも、その苦しさを全部、無月一人に背負わせるのは違うわ」
女生徒の膝から力が抜けた。
その場へ崩れ落ち、声を押し殺しながら将伍の名前を繰り返す。
それ以上、無月を責める言葉は出なかった。
四方田さんが無月へ向き直る。
「無月、あなたの悪い癖よ。全部一人で背負い込もうとするのはやめて」
「……ああ。ありがとう、八重」
無月は長く息を吐いた。
それでも、肩の力は抜けなかった。
……友達なら、何か言うべきなのだろう。
一歩近づこうとした、その時だった。
ドンッ!!
空気ごと揺らす衝撃が、校舎の下から突き上げてきた。
これまでの音とは次元が違う。
何人もの生徒が屋上の端へ駆け寄る。
校舎北側の縁から、白い粉塵が一気に噴き上がる。
風に乗った埃が屋上を覆い、視界が白く潰れた。
コンクリートの臭いが鼻へ入り、小さな破片が床へぱらぱらと降り注ぐ。
煙が薄れていく。
校舎の外壁に、巨大な穴が開いていた。
一階の教室一つ分が丸ごと外側へ吹き飛び、砕けたコンクリートから曲がった鉄筋が突き出している。
その粉塵の中から、生徒たちが次々と飛び出してきた。
先頭を走る金髪の柄シャツ。
御法川だ。
手には、ひしゃげた鉄パイプのようなものを握っている。
「実里!」
四方田さんの声が屋上から飛ぶ。
御法川は振り返らなかった。
群がってきた血まみれの生徒へ鉄パイプを振り抜く。
一人目の身体が横へ吹き飛び、巻き込まれた二人目と一緒に地面を転がった。
さらに正面から飛びかかってきた一人を蹴り倒し、そのまま後ろの生徒たちへ怒鳴る。
「止まんな! 走れ!」
御法川たちは一直線にグラウンドを駆け抜ける。
校門付近へ集まっていた生徒たちを、御法川が鉄パイプで次々と薙ぎ払った。
倒れた身体を踏み越え、開いた正門から強引に外へ飛び出していく。
その背中を追っていた生徒の一人が、突然声を上げた。
「み、みんな! 街を……街を見ろ!」
視線を向ける。
眼下に広がる吉祥寺の街から、黒煙が幾筋も立ち上っていた。
怒声。
悲鳴。
誰かを呼ぶ声。
人々が歩道や車道へ入り乱れ、同じ方向へ逃げようとして互いにぶつかっている。
交差点の向こうでは、車が電柱へ突っ込んで止まっていた。
信号は点滅を繰り返し、誰も止められないままクラクションだけが鳴り続けている。
遠くから聞こえていたサイレンが、途中でぶつりと途切れた。




