学校・リビングデッド6
教室を出た瞬間、全員の足が止まった。
壁は鮮血に染まり、割れた窓の下には教科書やジャージが散乱している。
廊下の中央では、生徒が仰向けに倒れていた。
その先では教員同士が取っ組み合い、女生徒が数人の生徒に押し倒されながら助けを求めている。
「きゃあああぁぁっ!」
「ひっ! こ、こいつもおかしいぞ!」
近くでうずくまっていた男子生徒が、白く濁った目をこちらへ向けた。
悲鳴が上がった瞬間、その首が音の方へ跳ねる。
床を蹴り、叫んだ生徒へ飛びかかった。
「サイレンとナイト!」
一瞬で反応した四方田さんが叫ぶ。
空中へ噴き出した靄が、瞬く間に人の形へ凝り固まった。
現れた何者かが日本刀を抜き、襲いかかってきた男子生徒を廊下へ押さえつける。
これが、四方田さんのエゴか。
《ナイト》という割に、手にしているのは日本刀だった。
身体を覆うのも西洋甲冑ではなく武者鎧で、頭には月代まである。
騎士というより、どう見ても落ち武者だ。
「八重! 何色だ!?」
無月が叫ぶ。
「くっ……! どす黒い赤ってところ! 結構嫌な感じ!」
落ち武者が男子生徒を床へ押さえ込んだ瞬間、四方田さんの肩も大きく沈んだ。
額から汗が落ち、呼吸が一段浅くなる。
「一体で中の上か……まずいな」
無月が低く呟いた。
「みんな、走って!」
四方田さんが落ち武者をその場へ残し、廊下を走り出す。
突然現れた何かに立ち尽くしていた生徒たちも、その声で我に返り、次々と後へ続いた。
四方田さんから聞いていた説明どおり、召喚された存在の強さは対象と同程度らしい。
押さえ込むことはできても、簡単には倒しきれない。
それでも、足止めにはなる。
先頭を走る四方田さんは、襲いかかってくる生徒を見つけるたびに新たな落ち武者を呼び出していく。
二体目。
三体目。
生み出すたびに足取りが鈍り、荒い呼吸音が廊下へ混じった。
最後尾を走っていた僕の横で、開いた教室の扉が揺れた。
中から血まみれの生徒が飛び出してくる。
「一激」
身体が軽くなる。
半歩だけ横へずれた。
血まみれの生徒が脇を通り過ぎる瞬間、軸足の膝を横から蹴り抜く。
関節が折れ、脚が逆方向へ崩れた。
倒れた生徒はそれでも腕だけでこちらへ這おうとしている。
これなら、少なくとも走って追ってくることはできない。
「やっぱり、君を殿にして正解だった」
無月が横を走りながら言った。
「それはどうも」
三組から屋上階段までは一直線だ。
二組、一組の前を抜ければ、すぐ階段へ着く。
先頭の四方田さんが、二組の前を通過する。
避難の途中、まだ無事だった生徒が教室や理科準備室から泣きながら飛び出し、列へ加わっていった。
廊下から見える範囲には、もう助けを求める人影はない。
僕が二組の前を通り過ぎた頃、先頭は屋上へ続く階段へ到着していた。
四方田さんに続き、生徒たちが階段を上り始める。
人数が増えたことで、列は当初より大きく伸びていた。
先頭が階段へ入った直後、下階から複数の足音が駆け上がってくる。
まだ踊り場へ入れていなかった後列へ、血まみれの生徒たちが横から飛びかかった。
数人が床へ組み伏せられ、悲鳴とともに群れの下へ沈んでいく。
友人が喰われる姿を目の前で見た生徒が、その場へへたり込んだ。
別の生徒は絶叫しながら、襲ってきた群れを避けるように階下へ走り出す。
「下へ行っちゃ駄目だ!」
無月の声が廊下へ響く。
「手が回らない……! 動ける人は、そのまま屋上へ向かってくれ!」
四方田さんはすでに階段の先頭にいる。
呼び出した落ち武者たちも、ここへ来るまでの廊下に残してきた。
嵯峨さんは階段の途中で壁へ手をつき、息を整えるだけで精いっぱいだった。
僕と無月は、へたり込んでいた生徒の腕を掴み、無理やり立たせる。
背後から飛びかかってきた生徒の膝を蹴り砕いた。
別の一人が無月へ両腕を伸ばす。
無月はその手首を取り、勢いを殺さないまま身体を反転させた。
飛びかかってきた生徒が、そのまま後続の二人へ突っ込む。
それでも、次が来る。
階段下から聞こえる足音が増えていく。
背後の四組側からも、血まみれの生徒たちが次々と廊下へ溢れ出してきた。
倒しても、次が来る。
無月と目が合った。
彼は階段へ一度だけ視線を走らせ、すぐに僕から目を外した。
少し先で、一人の男子生徒が群れに押し倒されている。
その手を、女生徒が泣きながら掴んでいた。
「将伍! 立って! お願い、立ってよ!」
将伍と呼ばれた男子生徒の片脚には、すでに何人もの生徒が群がっている。
腹部から流れ続ける血が、床へ赤黒く広がっていた。
無月が女生徒の身体を抱え上げる。
「すまない!」
「そんな! 嫌! 嫌ぁぁっ! 離して! 将伍! 将伍ぉぉっ!」
女生徒は無月の腕へ爪を立て、身体を捩りながら泣き叫ぶ。
それでも無月は足を止めず、一目散に階段へ駆け出した。
横を通り過ぎる時、将伍と呼ばれた生徒の顔が見えた。
全身に無数の歯形が刻まれ、制服は血に濡れ、あちこちが裂けている。
将伍は連れられる女生徒へ目を向けた。
それから一度だけ僕を見て、血に濡れた唇を動かす。
──たのむ。




