国王
最終話です。
私には、大切ないとこが二人いる。まあその他にもいとこはいるが、それはどうでもいい。
一人は、父の妹の子供ウォルフガング。5歳下の利発な子。王家のアイスブルーの瞳と公爵家の銀の髪、お人形のように整った顔をほころばせて「おにいちゃま」と呼ばれたときはうれしかった!15歳で公爵家を継いでから、無表情になってしまって…。お兄ちゃんは悲しい。
彼が、また笑えるようになること。それが私の願い。
もう一人のいとこは、訳ありだ。母の末の妹の子供。母の妹は身体が弱く、都から程近い別荘で暮らしていた。ある時、迷い混んだ青年と恋に落ちた。青年は聖国の王太子、既に即位と結婚が決まっていた。
婚約を破棄し君と結婚するという青年に、母の妹は首を振った。身体の弱い私には王妃は務まらないと。
国のために別れを選択した二人。その後、母の妹は秘密理に娘を産んで、そのまま亡くなってしまったのだ。
今でも覚えている。あれは私が12の時。
妹の娘を抱いていた母。この子は妹の生きた証だと泣いていた。
従妹のことを知っているのは、父母、私、母の父だけだった。宰相ですら知らない。 今となっては、私だけだ。
聖国の王となった青年には、母の妹の死と娘の誕生だけが伝えられた。聖国王は聖国の王族のみが身に付けられる布を贈ってきた。添えてあったカードの文字はにじんでいる。
最愛の娘へ。
子を持った今ならわかる。この数文字にどれだけの想いがこもっているのかを。
王としてなら甘い。だが、父親としてなら許されるだろう。
従妹は存在しない者としてひっそりと別荘で育てられた。母は妹の墓参りと称して別荘を訪れ、従妹を可愛がったものだ。私もよく供をした。私と母を慕ってよく懐いてくれた。
従妹は、身内の贔屓目を除いても美しい子だった。艶やかな黒髪に翡翠の瞳。長じるにつれてその利発さには目をみはるものがあった。何故この子が隠されなければならないんだろう。少年だった私は、その理不尽さに憤慨した。
父の急逝に伴う即位でゴタゴタしているうちに母も体調を崩してあっという間に亡くなった。
久しぶりに従妹を訪ねると、そこには美しく賢い12歳の小さな淑女がいた。
惜しい。
このまま、この別荘でひっそりと一生を終わらせるのはむごい。この子は光を浴びるべきだ。
亡くなる間際に母から従妹を頼むと託されていた私は、あることを決意した。
従妹を表に出そう。
そのためには、今の隠された姫のままではまずい。一度存在を消して別人になる必要があった。そして信頼できる人物に任せられれば…。
そう思った時に、もう一人のいとこの顔がうかんだ。あれになら、任せられる。家柄、血筋に本人も申し分ない。宰相も親戚だから巻き込める。ああ、伯爵未亡人もいたな。
彼らなら従妹を守れる。それに従妹ならばもしかして彼を…。
決意した私は、計画をねった。いかにして、従妹を彼の手に委ねるか。
近頃、国内を荒らしてある誘拐事件を利用することにした。従妹を被害者に仕立てて保護させるのだ。聖王から贈られた生地で作らせた服を着ていれば、責任者であるウォルフガングが保護するはず。しなければ誘導するよう手の者に指示しておこう。
後は、従妹に話をするだけだ。別人として生きること。記憶を失った振りをすること。聡い従妹は、その意味をすぐに理解してくれた。
お兄様にお会いできなくなるのは寂しいけれどと言った従妹を抱きしめる。
再び会うときはいとこ同士ではないけれど、笑顔で挨拶しようと約束して別れた。
首尾は上々だった。従妹は無事にウォルフガングの手に渡った。ほっとすると同時に寂しい気もする。
溺愛しているという話には笑った。エヴァンジェリンと名付けられたという。ウォルフガングは意外とロマンチストだったらしい。
誤算だったのは本当に記憶を失ったことか。
渋るウォルフガングに連れてこさせたのは、もう私の従妹ではなかった。
ウォルフガングを一途に慕う少女エヴァンジェリンだった。
彼女にとっては、それでよかったのかもしれない。口に出来ない秘密を胸に抱えて生きるのは、楽なことではない。
エヴァンジェリンは持って生まれた才能と努力でウォルフガングの横にたつことを、皆に認めさせた。ちょっとした事件もあったが、かえって二人の絆を強くした。
宰相の養女となり、今日エヴァンジェリンはウォルフガングの妻になる。
嬉しいがすこし悔しくもある。
ああ、これが娘を嫁に出す男親の気持ちか。宰相と話が合いそうだ。
最後にもう一度だけ呼ばせて欲しい。
エヴァンジェリン、私の小さな従妹。ウォルフガングに笑顔を取り戻してくれてありがとう。どうか幸せにー。
というわけで、黒幕は王様でした。これで終了です。
お付き合いありがとうございました。
裏話を本日の活動報告にのせています。興味のある方はどうぞ。