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爆発音は恋の予感? 貧乏文官と変人皇子の最悪な出会い

「失礼いたしま――――」

 

 重厚な木造の扉が、甲高い悲鳴のような音を立てて閉ざされた瞬間、ロザリア・フェルゼンは、手に抱えていた羊皮紙の束を危うく落としそうになりながら、目の前の惨状に息を飲んだ。


室内に漂うのは、薬品のツンとした刺激臭と、鉄錆のような重苦しい匂い。そして⋯⋯床に倒れ伏す、見知った顔。王宮の予算管理を仕切る財務大臣の男が、泡を吹いて動かなくなっていた。


「ひっ、毒殺……!?」


「静かにしたまえ、ロザリア。僕の大切な実験器具が振動で割れたらどうするんだ」


部屋の奥には、妖しげな緑色の液体が沸騰するフラスコを愛おしそうに眺めている男——第四皇子ルシアン・ド・ヴァルモアが、心底心外だと言わんばかりに振り返った。白衣の袖を雑に捲り上げ、端正な顔立ちに似合わない偏執的な光を瞳に宿している。


「⋯⋯すみません」


(この人は本当に⋯⋯っ! 皇族じゃなかったら即座に憲兵に引き渡されているレベルの変人だわ!)


ロザリアはこめかみを押さえた。自分はただ、没落した実家の借金を返済すべく、毎日の過酷な書類作業の一環として「実験室の予算申請書」を届けに来ただけなのだ。なぜこんな事態に巻き込まれなければならないのか。


その時、バンッと荒々しく扉が開け放たれた。


「動くな! 皇子殿下、ならびに、そこにいる貧乏文官!」


踏み込んできたのは、近衛兵を率いた魔法騎士団の隊長だった。騎士隊長は床の遺体を見るや、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。


「財務大臣殿が事切れている⋯⋯!  ロザリア・フェルゼン!  お前が大臣に書類の確認を頼み、この部屋に呼び出したという証言がある!  変人皇子と密託し、予算の不正を隠蔽するために毒殺したな!」


「はあ!?」


ロザリアの脳内で、ぷつりと何かが切れた。


貧乏文官、無能な雑用係⋯⋯実家が没落しているからと、王宮内で散々蔑まれてきた言葉だ。だが、自分が血の滲むような思いで処理してきた帳簿と書類を侮辱されることだけは、絶対に許せない。


「冤罪もいい加減にしてください!  そもそも私が受け取った指示書と、大臣が持っていたはずの決裁文書には、致命的な矛盾があります!」


ロザリアは抱えていた書類の束から一枚を素早く抜き取り、バシッと叩くように突きつけた。


「大臣がこの部屋に来たのは、私に呼び出されたからではありません!  この筆跡を見てください。これは大臣の真筆ではなく、筆圧が一定で角が丸い……そう、あなた方近衛兵が使う標準的な公文書の偽造癖です!  大臣は『ルシアン殿下からの急ぎの呼び出し』という偽の筆跡に騙されてここに来たのですよ!」


「なっ……なにを適当なことを! 証拠もないくせに!」


騎士隊長が顔を真っ赤にして怒鳴る。しかし、ロザリアの言葉にルシアンが「ふむ」と顎を撫でた。


「なるほど、素晴らしい視点だロザリア。書類の虫らしい観察眼だな。では、科学的証拠は僕が提供しよう」


ルシアンは実験台から、無色透明の液体が入ったスプレーボトルを取り出した。


「な、なんだその怪しい水は!  魔法の触媒か!?」


「魔法などという不確定な現象と一緒にしないでほしいね。これは僕が開発した化学試薬⋯⋯まあ、簡単に言えば『血の痕跡』を浮かび上がらせる薬だ」


ルシアンがシュッとスプレーを吹きかけると、薄暗い部屋の一角――騎士隊長の籠手と、その足元の床が、ぼんやりと青白く発光し始めた。


「「「なっ……!?」」」


周囲の近衛兵たちがざわめく。ルシアンは満足げに鼻を鳴らした。


「大臣の頸部に残る微細な注射痕、そして君の籠手に付着した目に見えないほどの返り血。さらに言えば、君のポケットから漂うのは、僕が昨日調合した即効性の神経毒『アルカロイド抽出液』の匂いだ。試薬をかければ一目瞭然だよ。⋯⋯君、僕の研究室から試薬品を盗んだね?」


「バ、バカな!  魔法検知の結界は完璧に潜り抜けたはずだ!  なぜそんなものが……!」


「言ったろう、科学だよ。目に見えない現象を物質の反応として証明する。魔法の感知を擦り抜けても、物質として存在する以上、僕の試薬からは逃げられない」


ルシアンは冷ややかな、しかし確固たる勝利の笑みを浮かべた。


ロザリアはすかさず追い打ちをかけるように、手元の書類をパラパラと捲りながら言い放った。


「動機も明白です。 あなたの所属する近衛第三隊は、先月から備品購入費として膨大な架空請求を行っていましたね?  本物の財務大臣にそれを暴かれそうになり、口封じのために毒殺し、その罪を『日頃から扱いやすい貧乏文官の私』と『嫌われ者のルシアン殿下』に着せようとした⋯⋯違いますか?」


「ぐっ……がああああっ!」


完璧すぎる書類のロジックと、逃げ場のない科学的証拠。 ぐうの音も出なくなった騎士隊長は、その場に崩れ落ちた。周囲の近衛兵たちも、もはや隊長を擁護することはできず、青ざめた顔で自らの上司を取り押さえるしかなかった。


(ふぅ……スカッとした!  私を雑用係と舐めるからよ! しかし『ぐっ⋯⋯がああああっ!』って言う人を初めて見たわ)


心の中でガッツポーズを決めるロザリア。これで冤罪も晴れ、無事に残業作業に戻れる。そう思った瞬間――


ガシッと、強い力で手首を掴まれた。


「なっ⋯⋯殿下!?」


振り返ると、ルシアンがこれまでにないほど目を輝かせ、ロザリアを至近距離で見つめていた。その整った顔が恐ろしいほどの迫力で迫ってくる。


「見事だ、ロザリア!  僕の科学捜査の反応速度に、これほど完璧な書類解析でついてこられた人間は君が初めてだ!  素晴らしい、実に素晴らしい頭脳だ!」


「は、はあ⋯⋯どうも?  ですが私、これから溜まった書類の整理がありますので、これで失礼――」


「ダメだ。許さない」


ルシアンはロザリアの手をしっかりと握りしめたまま、極上の笑みを浮かべた。


「君をただの文官にしておくのは国家の損失だ。今日から君を、僕の直属の特別捜査官兼、パートナーに任命する。断る権利はないよ。断ったら、君の実家の借金を僕が全額買い取って、一生僕の助手として労働で返済してもらうことにするからね」


「はあああああ!?  それ横暴すぎませんか!?」


 実験室に、ロザリアの悲鳴にも似た抗議の声が響き渡る。 こうして、貧乏文官ロザリアの平和な定時退勤生活は潰え、変人皇子と共に王宮の闇を暴く、あまりにも波乱に満ちた日々が幕を開けたのだった。

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