最終話 朝陽
別々の時、別々の場所で行方不明になった子供が四人同時に見つかったことで、日本中は集団神隠し事件として、しばらく大騒ぎになった。
朝陽たちは家に帰れず、何日も検査や超作画で質問攻めにされたが、ずっと眠っていて分からないと全員で答え続けた。
そのうちに衣類や持ち物の様子から、奇妙な新興宗教団体による集団監禁ということになったが、重要な手がかりはなく、次第にニュースも減っていった。
ミーナこと長谷川葵ちゃんは、持ち帰った母親の古い免許証のお陰ですぐに父親と連絡が取れ、涙で顔をグシャグシャにした父親が、しわくちゃのスーツで迎えに来た。
葵ちゃんと、彼女にそっくりの二十九歳の加奈子さんの免許証を抱きしめ、父親はしばらく肩を震わせまたた動かなかった。
ユーリこと瀬尾悠斗さんは、身分を証明する物がなかったが、ニュースを見た母親が名乗り出て、本人の証言やDNA鑑定が一致したため、共に帰っていった。
置いていってごめんね。と泣きながら謝る母親に、悠斗さんは、ずっと探してくれてありがとうと微笑んでいた。
朝陽もやっと家に帰ってこられたが、今度は家族に家から一歩も出してもらえず、トイレにいる最中も、ノックして存在を確かめられた。
しばらくぶりに学校へ行くと、すでに響介は登校を開始していたらしい。朝陽を見ると、「おう」と気まずげに声をかけられた。
まだ、無理やり朝陽を日本に連れ戻したことについての、罪悪感はあるらしい。
「後悔はないが、悪いとは思っている」
本当に謝る気はあるのか?と言いたくなるような、不遜な態度で謝罪を受けた日のことを思い出す。
けれど、その耳が微かに赤くなっていたのを朝陽は忘れていなかった。
あれから、悠斗さんや葵ちゃんから、ルーメンで起こっていたことのあらましを聞いた。
「……優しさって難しいな」
あの時、皆、誰かのために戦っていたのだ。自分には、見えなかったけれど。
「なんだよ……。最後は蚊帳の外かよ」
まだ腫れ物に触るような扱いを受ける学校から早々に帰宅して、バフン、とベッドに倒れ込む。
ゴロンと寝返りを打った瞬間、指先が硬いプラスチックの感触に触れた。
埃をかぶった、ゲームのコントローラー。
すべての引き金になった、ミサキさんの作ったクソゲー『ユウトを助けて』。
日本に帰ってきてからは、すべてが慌ただしく、しばらく放っておいたのだ。
久しぶりに画面を立ち上げると、あの見慣れたチープなタイトル画面が、静かな部屋を青く照らし出した。
ロード画面をぼーっと眺めていると、ピロンッとスマホが震え、ラインのポップアップが目にはいった。
[葵∶タピオカミルクティー美味しすぎて滅!]
……葵ちゃん、順応早いんだか遅いんだか…
[悠斗∶時代はパンケーキで草]
いや、悠斗さん、色々遅いよ!!
ピロンピロンとラインが鳴り続ける。心のツッコミが追いつかないうちに、今度は響介から電話がはいったり
「おい朝陽、今週末、スクイーズ買いに付き合え。葵と悠斗さんが行きたがってるんだけど、はしゃぎすぎてて一人じゃ手に負えねえ」
「いいよ。……本当、仲良い家族だね」
テレビではやっとロードが終わり、チープなドット絵のオープニング画面が表示される。
「……お前も家族だよ」
スマホの向こうから聞こえる響介のぶっきらぼうな声がに苦笑する。きっと真っ赤な顔をしているのだろう。
テレビ画面の中では、神の扉の横で、魔王と勇者が並んでこちらを見ている。
「……あれ?」
オープニング画面、普通なら「新しく始める」、「途中から始める」のメニューしかなかったはずだ。
しかし、いま、それらの項目の下に、もう一つメニューが追加されている。
アサヒは慌てて響介にそれを伝えた。
電話の向こうでバタバタと音がする。
「……ねえぞ」
「え?」
「……オープニング画面に【編集】メニューなんて無いって言ってんだよ!!!!」
響介の大声に思わずスマホを落とし、慌てて拾い上げる。
「オレだけ……?」
「畜生!! やってみろよ!!!なんで朝陽ばっかり。お前、十七歳の儀式で何を願ったんだよ?」
「オレが、願ったもの……?」
オレは、ルーメンの世界も、日本の世界も、みんなを笑顔にしたいって。
それでもらえたギフトは、ゲームみたいにステータスが視える目だけ。
「ーーそうか」
震える手でコントローラーを握り直し、カーソルを動かす。
……もし、
……もしも、
自分のもらったギフトが、ルーメンと日本、二つの世界をゲームで繋げる。そんなギフトなら……。
カチッという気の抜けた音とともに、最高にチープな編集画面が、開いた。
◇◇◇
アサヒ達が神の扉を抜けた後、魔王が特大の魔法を落としても、扉は壊れなかった。
しかし、しばらくたって、いつの間にか神の扉は消失してしまった。
革命のなかで、エフェメラ族の迫害や、痣の勇者達への虐待が明るみになり、現政権は失脚した。
バルトフェルト男爵の取り成しのもと、ルーメン王国は立憲君主制が採用され、王家は象徴としての存在に、政治は平民も含めた議員制でこの国の未来を決めていくこととなった。
テオも新議会の役員として、忙しく動き回っている。
アルベリヒ王、バルタザール宰相、ギルバート卿など、過去を隠蔽し利権を貪っていた貴族は揃ってその立場を追われ、表舞台から姿を消した。
神の扉の喪失は、この世界の勢力図を変える。
もしかしたら、より厳しい時代になるかもしれない。
でも、人間は人間同士。
大きな力を頼ることなく、地道に泥臭く、自分たちで歴史を作っていかなくてはならない。
王城の見張りの塔のてっぺんで、冬の夜空を見上げながらアルベルトは思った。
アサヒが扉の向こうへ消えてから、真実が明るみになり、アルベルトの置かれた環境も目まぐるしく変わった。
信じてきたものに裏切られるのは辛いものだ。
痣の勇者の真相、アサヒの喪失、あまりの辛さにアルベルトは塞ぎ込みそうになった。
しかし、そんな彼を助けてくれたのは、この革命をチャンスと捉え、果敢に邁進するサーラやニナの姿だった。
「アサヒ様がいらっしゃる前は、女性は諦めるべき存在だと、私は思っておりましたの。でも、アサヒ様に、女性だって心のままに進んでいいと教えていただきました。私は、アサヒ様の照らしてくださった未来を、一緒に見たいのですわ」
アサヒがいなくなって、悲しんでいるのではと心配したアルベルトに対して、サーラは輝かしいほどに美しい笑顔で応えた。
ーーアサヒの照らした未来。
アサヒと出会って、自分は人を救いたいという心からの願いに気づいた。
その未来。
そうか。とアルベルトは右手の指先を見つめる。。
これからは、アサヒが照らしてくれた、アルベルトの心に従って歩いていけばいいのだ。
人形ではなく、人間として。
もし、またアサヒと会えることがあった時、その未来へ進んでいると、自信を持って言えるように。
ぎゅっと右手を握りしめる。神の扉の前で、数ミリ先でつかめなかったアサヒの手のひら。空を切る感触が、今でも指先に残っている。
私は、この世界でなすべきことをする。
ーーアルベルトが決意を固めた、そんな時だった。
王城の大広間、いつかアサヒが見つけた王家の隠れ部屋に、ブロックで組み立てられたような、カクカクとした奇妙な箱が現れたと騒ぎがあったのは。
『カナラズ アイニ イクネ』
ブロックで作られたような粗い字体で、そう書かれた紙を、アルベルトは胸元に大切にしまう。
東の地平線から、藍色の空が琥珀色へと融け始めた。
見下ろす町では、ポツポツと家の灯りがともり始めている。
あの、ひときわ暖かく光る場所は、『はと』の明かりではないだろうか。
東の教会から、夜明けを告げる鐘の音が響きわたり、それを合図にするかのように、地平線の端から、眩い黄金の光が溢れ出した。
アルベルトは白く染まる息を大きく吐き出し、身体を弓なりに反らせて伸びをした。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ瞬間、彼の赤みが差した頬を、温かな光が包み込む。
朝日が、世界を照らし始めた。
本作をお読みくださり誠にありがとうございました。これで完結となります。
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