第一話 転移したのは虚無ゲーでした
世の中には主人公とモブが存在する。
橘朝陽は一年三組の教室で、矢野響介を眺めながらそう思った。
つい先日、高校に入学したばかりだと言うのに、教卓に腰掛け、明るい茶色の髪を輝かせる響介は、同じくカラフルな髪色の仲間たちとゲラゲラ大声で笑い、まるでこのクラスの王様のようだ。
その様子を窓際の後ろの席から眺める自分は、間違いなくモブの一人だろう。
朝陽は窓に映る自分の姿を横目で見た。
平均身長、特徴のない顔、染めてない黒髪。おまけに成績もスポーツもだいたい普通。
朝、学校に来ても特にすることがなく、自分の席でぼーっとしているだけ……。
残念!!モブ中のモブ!!
自虐めいた意味のない思考は、朝礼のチャイムで中断された。
でも、いいのだ。
朝礼が終わり、一限目の理科の準備をしながら朝陽は考える。
モブにだって、友達や家族がいるし。彼女はいないけれど、趣味のゲームだってある。
彼女だって、もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、できるかもしれないし。
四月の爽やかな朝は、朝陽の気持ちを前向きにさせてくれた。
「今日は帰ったら新しいゲームやろ」
なにせ昨日プレイしたゲームはクソゲーならぬ、『虚無ゲー』だったのだ。今日こそは楽しくゲームをプレイしたい。
「朝陽おはよう!昨日は例のゲームやってみた?」
立ち上がると中学からの友人である、翔吾が話しかけてきた。
二人で教室後方のドアへ向かう。
「やったよ。もう、二時間かけたけどほんっっっとーーにクソゲー、いや虚無ゲーだった」
「え?二時間?俺一〇分でクリアしちゃったよ。ただぐるっと歩けばクリアだろ?」翔吾は笑う。
「まぁお前隠し要素とかやり込むタイプだもんな」
翔吾の言葉に、ドアの前で思わず朝陽は足を止め、大げさに叫んだ。
「あちこち捜索したけど無駄だった!隠し要素ゼロ!オレの二時間を返せ!」
「おい、邪魔なんだけど」
最後まで叫び終わらぬうちに聞こえた冷たい声に、ぴっと朝陽は飛び上がった。
王様、ならぬ矢野響介が、横からじろりと朝陽を睨んでいる。
「ドアの前詰まってんだから早くしろよ」
顎をくいっと上げながら不機嫌そうに話す響介の後ろには、たしかに派手な一軍メンバーが揃って朝陽を睨んでいる。
王様の接近に翔吾は気づいていたのか、すでに身を引いてはるか後方にいる。
へへへ……と困ったように笑う顔にはごめんと書いてある。
あいつっ!気づいてたら言えよ!
翔吾に心の中で八つ当たりしながらも朝陽は焦る。
やばい!一軍に目をつけられたら、この先の高校生活が大変なことになってしまう!
朝陽は大慌てでドアをくぐり抜けた。後ろからは響介がのっしのっしと進んでくる。
ドアを飛び出し、そのまま二・三歩踏み出す。
「……あれ?」
そこは学校の廊下のはずだった。しかし、朝陽の上靴が踏みしめたのは、ひんやりとした重厚な石畳だった。
周囲を見渡すと、掲示物が張られた壁やロッカーは消え去り、代わりに見たこともないほど巨大な大理石の柱が天を突くようにそびえ立っていた。
その前にならんだ沢山の人物の目が、まばたきもせず朝陽を見つめている。
「え」
ーーギィィィ。
不吉な音に振り返ると、教室のドアは消え、乳白色の巨大な円形の扉と、朝陽と同じように間抜けな顔をした響介が突っ立っていた。
ーーバタン。
そのまま、ひとりでに扉は閉まる。
「召喚された!!」
その瞬間、人間たちは咆哮し、わぁぁと大きな歓声が広い室内に響く。
「一五年の祈りに神が応えてくださったのですな」
「なんと、二人も勇者が召喚されるとは」
「これも王家の力の賜物です」
周囲からの賛辞に、真ん中に立つ男性が満足そうにうなずいている。
白いひげを蓄えた恰幅のよい男性。やたらとごてごてした衣装を着て、あちこちで大きな宝石が輝いている。
きっと彼がこの中で一番偉いんだろう。
朝陽の背中に、つぅと一筋の汗が流れた。
もしかして……。いや、もしかしなくてもこれは……!!
心の声を、隣から誰かが代弁した。
「オイオイオイ!!これって、流行りの異世界転生ってやつじゃねぇの!?」
響介の声だ。
イセカイ…テンセイ……
イセカイテンセイ……
異世界転生……!!!
なんと、自分の身に、こんなことが起ころうとは!!
朝陽の体は震えた。
どうしよう。まずはどうしたら……。
オロオロと落ち着きなく周りを見回した目は、ふんふんと鼻息を荒くする響介を捕らえた。
顔は赤く、目がらんらんと輝いていて、今にも爆発しそうだ。
……うん。
めちゃくちゃ興奮してる。
人間、興奮している他人を見ると、自分は冷静になるものだ。朝陽は気を引き締めた。
異世界転生といっても、最近は設定も様々だ。油断していると無能力者だとかいって超ハードモードになったりすることもある。
まずはよく話を聞いて、自分の行動を決めなくては。
というか、この場合は異世界転生じゃなくて、転移の方が正しいから……。
朝陽は知識を総動員して、自分の知る異世界設定を思い出そうと目を閉じた。
男性が叫ぶ。
「ここはルーメン王国。祝福の神アウローラにより召喚されし勇者らよ、どうか魔王を倒し、この世界を救ってほしい!」
なるほど。
ここはルーメン王国ね。
なるほど……。
うん。
冷静に、冷静に、冷静に…………ってできるかーーー!!!!!!!!
朝陽は心のなかで絶叫した。
ここって、
ここって、
あの虚無ゲーの中じゃんかーーー!!!
男性の言葉は、朝陽が前夜プレイした、あの一〇分しないでクリアできる『虚無ゲー』で、最初に主人公が言われるセリフと全く同じだったのだ。
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