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退廃都市の記録係  作者: theo
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第54話 宇宙人

「先輩って宇宙人なんですよね」


 今日は一日、何事もなく仕事が終了した――はずだった。

 ベルトコンベヤの穴から吐き出された荷物が、規則的な振動を立てながら“出口”へと運ばれていく。鉄と油の匂いが薄く漂う作業区画で、環はアキと並んでそれを見送っていた。


 今日の搬出物は、いつもより少ない。

 途中で“動くもの”が混じることもなかったし、異臭も発生していない。

 穴から死体が出てくることも、箱の中で何かが脈打つこともなかった。

 つまり、平和だった。


 ベルトコンベヤの回転音がゆっくりと止まり、最後の荷物が出口のシャッターの向こうへ消える。作業区画に残るのは、機械の余熱が生むかすかな振動だけだった。


 ――これで今日の業務は終わり。

 誰もがそう思うタイミングで、唐突に声をかけられた。


「先輩って宇宙人なんですよね」


 それだけならば、よくあることだ。

 夕食は何にするのか。退勤後の予定はあるのか。今日のテレビ番組を見るのかどうか……アキの仕事終わりの雑談のバリエーションは多岐に渡る。

 挨拶だけして彼女と別れることの方が少ない。


 だが――今日の質問は、明らかに毛色が違った。

 環は一瞬だけ沈黙し、ゆっくりとアキの顔を見る。

 彼女はいつも通りの表情だった。からかうような笑みも何かを試すような視線もない。ただ純粋に疑問を投げかけただけの顔。


 それが妙に不気味だった。

 もし冗談なら先に笑うはず。詮索のつもりならもっと回りくどく聞くだろう。

 だから環の頭に最初に浮かんだのはもっと単純な可能性だった。

 ――彼女が知らないところで変な物でも口にしたのではないか。

 

「何だ。藪から棒に。根拠は有るのか」

「何となくですよ。ただそういえば抑制剤を飲んでいるところも見たことないなと」


 ――そして何より“強い”なって。

 アキは普段と変わらないペースで口にした。

 “抑制剤”というのはフェノム・システムズの従業員に配布されている錠剤の事だ。「異性兵器の齎すリスク」を減少させる、との触れ込みで配られる。


 実際に毒ではない。社員からアルバイトに至るまで、服薬している薬品だ。

 だから誰でも飲んでいる。ペースは一日、一回から三回。

 人によって配られる量は異なる……が、“基本的”に薬を配られない従業員はいない。アキの推理とは異なるが、あながち不審点としては間違っていない。


「確かに。俺は一度も薬を受け取ったことはない」

「吐いちゃっていいんですか、それ」

「だとしてもだ。薬は更衣室でも便所でも飲めるものだ。一度も薬を飲んでいないとして何故、俺が宇宙人という話になる」


 嘘を吐くつもりはない。何も禁じられていないからだ。

 環はアキの疑問に興味があった――期待こそしていないのだが。

 アキは腕を組み、「それもそうですね」と呟く。

 確かに環は普段、休憩中も部屋にいるから長時間傍にいるアキが薬を根拠にするのは自然な判断に他ならない。ただそれでも現状の推理は穴だらけだ。


「そこで先ほど触れた理由です。先輩は“強い”ですよね」

「どこが」

「勿論、腕っぷしの話じゃないですよ。細くて筋肉無さそうですし、変なのが出てきたら私達いつも一緒に死んでますし」

「悪口のオンパレードだな」

「でも何と言うんでしょうか……」


 アキは言葉を探すように天井を見上げた。


「“心”が我々とは別物な気がするんです」


 ――もっとも人間の心なんて十人十色だと思うんですけど。

 アキの言葉は事実だ。

 環は表情こそ変えないものの、言い返せないことに納得の行っていない自分に気付いた。子供に口答えするのも大人げない気がするのだが。

 アキの指摘はさておき。彼女の言いたいことは何となく分かる。


 冷静さ、平常心、動じない。もっと言えば“変異体”や“異変”の類を前にした時、揺らがないとでも言いたいのだろう。

 アキはそこで何かを思い出したように指を立てた。


「あと変に世間知らずなところとかありますし」

「それは誰でもあるだろう」

「そうですかね。普通の人は“親友から名前をもらった”とか言わないと思うんですけど」


 さらりと口にされた言葉に、環は一瞬だけ黙り込んだ。

 確かに以前、そんな話をしたことがある。

 特別なことではないと思っていた。ただ事実をそのまま口にしただけだ。

 名前が無かったわけではない。


 ただ――以前の名前よりも彼女が呼んだ名前の方がしっくり来ただけだ。

 それだけのことだった。だが、一般的ではないらしい。


「そういうところですよ」


 アキは軽く肩をすくめた。

 ――そして再び、最初の話題に戻る。


「まあ、証拠なんて無いんですけど。仮に人間ではないとしてですよ。その場合は星間就業法に違反しない星から来ている人ってことになると思うんです」

「そうだな」


 星間就業法――その法を耳にするのは久しい。

 “それ”の“原因”として前職の職場が壊滅させられたのだが、どういうわけか環はフェノム・システムズで働いている。思えば最初からフレデリークの手のひらで踊らされているのかもしれない。


 アキの推理は本筋からずれてはいるが、何も間違っていない。仮に宇宙人が働いてたところでそれは星間就業法に違反しない人間に他ならない。

 そして環はそうではない。

 環もこの異様な条件の上、アキが正解に辿り着くのは無茶だと感じていた。


「だから結局答えは“分からない”になってしまうんですけど……」

「けど?」

「宇宙人を見たことがない、という人が多いのはそういうことなんじゃないかと思うんです。つまり私達と同じ姿形をしているから“区別”がつかないんです。仮に同じ職場で働いてたとしても分からないんじゃないかって」


 アキにしては珍しくきちんと的を射た意見だった。

 環はアキの隣でぱちりと瞬きをした。彼女の意見はいつも滅茶苦茶なものだとばかり思っていたが――若い人間の成長は早いのだろうか。


 ――その通りだと言いたい気持ちが無いわけではないが、自分はそんなことをするタチではない。少なくとも先ほどの“流れ”からアキを褒めてやるつもりはない。

 環はアキの隣で数回頷いた。それだけ。何も間違ってはいない。


 旧時代、人間が人間と殺し合っていた頃――もっともそれは今も変わらないが。

 セクターという括りが存在しない時代。人はその頃から争っていたという。

 その際、他国に敵国の人間が潜伏していれば“容姿”で分かったのだそうだ。


 人種の混ざりあったこの国でそうした区別は最早“過去”と化した。

 ――人が人を殺さないように。この成り立ちの一因。

 ……環は以前、親友が自分に聞かせてくれた話を思い出していた。

 

「それっていいことなんでしょうかね。勿論、私は違う星から来た人が働いてるって言われたところで特に驚かないと思いますけど。自分と何も変わらないですし」

「分からない」

「だから結論らしい結論は出せないんですけど、現状の答えとしては先輩が何者であっても先輩は先輩ってことなんです」


 なんだそれは。

 アキは隣で笑っている。それも豪快に。

 環は一切笑いどころを理解できなかった。

 だが――不意にある言葉を思い出す。


 ――貴方が何者であっても、私の友達であることには変わりないでしょう?

 以前、親友が口にしていた言葉だった。

 当時は言葉の意味がよく分からなかった。

 だが今、アキの笑い声を聞きながら思ったことがある。

 ……何となく、悪い気はしないということだ。

 

 

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