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退廃都市の記録係  作者: theo
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第53話 ファンレター

 金属のローラーが低く唸りながら回り続けている。

 廃材、封筒、密閉容器、回収タグのついた金属ケース。外から集められた物品や書類が、日々ベルトコンベヤで運ばれてくる。


 アキは椅子を寄せ、いつものように流れてくるものを仕分けていた。

 作業は単純で、退屈で、そして少しだけ不気味だった。

 今日もまた、不審死に関わる何かが混じっているかもしれないからだ。


 しかし――その日、ベルトコンベヤが運んできたのは一通の封筒だった。


「……うん?普通の手紙ですね」


 アキは流れてきた封筒を手に取った。

 白い普通の郵便封筒だ。

 区内の公文書でも、企業の通知でもない。

 丸っこい字で手書きの宛名が書かれている。

 その様子を横目に環は眉をひそめた。


「先輩、これ……」


 部屋の奥で椅子を斜めにして座っていた青年が、ゆっくり振り向く。


「何だ」

「何の変哲もない手紙です」


 アキは封筒を掲げた。

 宛名には、はっきりこう書かれている。

 ――フレデリーク・マリ 様

 環は一歩近づき、封筒を覗き込んだ。


「へえ」

「へえ、じゃないですよ」

「あいつ宛てだな」

「代表宛てですね」


 アキは封筒をひっくり返す。

 裏面には差出人の名前。

 区外の住所と個人名だけが書かれている。

 名前の響きだけでは差出人の性別は分からなかった。


「普通郵便?」

「そうだろうな」

「でもなんでベルトコンベヤに……」

「何処かしらで回収されたんだろう」


 環は肩をすくめた。

 ここに届く物品の大半は、廃材や中古の品だ。

 回収業者や調査班が持ち込んだものもある。

 誰かの手に一度は触れた物。

 あるいは――死体や、変異体。

 綺麗な物が届くことは少ない。

 その中に、フレデリーク宛ての手紙が混じっている。それが妙に可笑しかった。


「危険物かもしれないな」


 環が言う。

 それと同時にフレデリークが簡単に殺される様も想像出来なかった。

 そもそも自分宛の手紙を直接手に取るような人間ではないだろう。


「ファンレターに毒仕込む人なんているんですか」

「組織のトップともなればあり得る話だな」


 アキは少し考えた。

 ――代表って命を狙われることがあるんだ。

 ……それもそうか。

 セクターを代表する企業のトップ。区内ではかなり有名人だ。

 ニュースにも時々出る。特集を組まれることもある。以前は雑誌でインタビューまで受けていた。アキもそれを読んだことがある。

 アキは封筒を指で軽く叩いた。


「……開けます?」

「こんなものを読みたいのか?」

「検査ですよ、検査」

「検査か。便利な言葉だな」


 環は呆れたように目を伏せた。

 アキは構わず、封筒の端を切る。

 紙の擦れる音がする。中から便箋が二枚出てきた。

 かわいい柄の紙だ。小さな花の模様が印刷されている。


「思っていた以上に可愛いデザインですね」

「この会社に似合わない。少なくともここにあっていいものではない」

「同感です」


 職場はベルトコンベヤを除けば一面真っ白の殺風景な空間だ。

 花柄の便箋は明らかに場違いだった。

 アキは一枚目を広げる。


「読みますよ」

「勝手にしろ」


 アキは声に出して読む。

 丸っこく可愛らしい字が規則正しく並んでいる。


「『拝啓 フレデリーク・マリ様。突然のお手紙をお許しください。私はあなたの大ファンです』」


 環は思わず吹き出した。


「本当にファンレターだったな」

「ですね」


 アキは続ける。


「『テレビの特集番組であなたを見てからずっと憧れていました』」

「ほう」

「『初めてテレビで拝見したとき、正直に言ってしまうと内容よりも先にそちらに目がいってしまいました。黒い髪が光を受けて少しだけ青く見えるところやまっすぐカメラを見て話すときの落ち着いた視線がとても印象的で、思わず録画を何度も見返してしまいました』」

「…………」

 「『青い目なのにきつい感じが全然なくて、むしろ静かで、深い水の底みたいな色をしていると思いました。インタビュアーの方が質問しているとき、少しだけ目を伏せてから答える瞬間があるのですが、その仕草がとても綺麗で気がつくと何度もそこばかり見てしまいます』」


 アキは読むのを止めた。

 環の視線は斜め上に移動していた。呆れているのか、飽きているのか。

 確かに代表のビジュアルは悪くないが――一企業のトップにこのようなファンがいるとは。アキも予想していなかった。


「ああ……外見から入るタイプなんですね、この人」

「正直でいいじゃないか」


 環は肩をすくめる。


「あいつに外見以外の長所は無いぞ」

「酷いですね。他にも色々ありますよ。仮にもセクターの統治者の中では若い方ですし。実力者じゃないですか」

「……」


 アキは続きを読む。


「『それから普段はあまり表情を変えないのに時々ほんの少しだけ口元がやわらぐ瞬間がありますよね。その仕草を見つけるとすごく嬉しくて、まるで秘密を見つけたみたいな気持ちになります。たぶん普通の人から見たら「何をそんなに細かく見ているの」と言われてしまうと思うのですが、私はどうしても気になってしまうんです』」

「観察されてるな」

「代表、そんな細かく見られてるんですね。アイドル並みに見られてません?」

「ああ見えても有名人だからな」


 アキは二枚目をめくる。

 環は腕を組んだ。

 少しだけ真面目な文章が続く。


「『でも……もちろん、見た目だけではありません』」


 ベルトコンベヤがガタンと音を立てた。

 箱が一つ流れてくる。

 アキはちらりとそれを見るが、まだ手紙を読んでいる。


「『あなたが不審死の研究と回収に関わっていることは知っています。あなたが芸能人ではなく一セクターの統治者だと分かっています』」


 環の視線が少しだけ変わる。


「『研究も、管理も。とても怖い仕事だと思います。それでも“未来”と向き合っているあなたを尊敬しています』」


 アキは声を落とす。

 回収室の音が、急に大きく聞こえた。


「『こんな物騒な時代に前を向いている人がいると思うと少しだけ安心します』」


 アキは息を吐く。


「なんか……熱意が凄いですね」

「急に真面目になったな」

「はい」


 アキは続きを読む。


「『でも正直に言うと、やっぱり一番好きなのは見た目です』」


 環が笑い出した。


「戻った」

「戻りましたね」


 アキは最後の文章を読む。


「『もし可能なら、一度だけでも直接お会いしてみたいです。あなたが実在する人なのか確かめたいです。これからも応援しています。敬具』」


 アキは便箋を閉じた。

 回収室に、コンベヤの音だけが残る。


「先輩……これ、どう思います?」


 環は少し考えてから言った。


「普通のファンだな」

「普通なんですか、これ」

「この会社に届くものの中では、かなり普通だ」


 毒入り容器でもない。

 奇妙な呪文でもない。

 変異体の組織片でもない。

 ――何の変哲もないただの手紙。

 アキは停止したベルトコンベヤの端に手紙を置いた。


「でも……」

「何だ?」

「代表ってやっぱりビジュアルいいんですね」

「あいつにはそれぐらいしかないだろう」


 環からフレデリークへの意見は一貫している。

 アキには読み取ることは出来ないが、彼は一貫してフレデリークに冷たい。

 嫌悪感がある、というわけでもなさそうだが。好意的な意見を聞いた事が無い。

 ――いくらか交流があるとは聞いていたが、相性が良くないのだろうか?


「セクター代表って言われるとなんか怖いイメージあるじゃないですか。近寄りがたいっていうか、“権力者”なんだなっていうか」

「そうか?」

「でも代表はスタイリッシュで、そこが少し薄いっていうか」


 環は肩をすくめる。


「顔しかいいところがない」

「冷たいですね」

「ほらな。長所が無いだろう」

「でもだとしたらなんか悔しいですね」

「何が」

「顔だけでファンがいるの」


 環はコンベヤを見ながら言う。


「世の中そんなものだろう」


 新しい箱が流れてくる。

 アキはそれを持ち上げる。

 環は椅子に座り直す。

 アキは手紙に視線を落とし、ふと思った。


「先輩」

「どうかしたのか」

「この手紙、代表の手に渡ると思いますか?……代表が読んだらなんて言うと思います?」


 環は少し考えた。

 フレデリークが手紙を読む。

 そして――静かな声で言うだろう。


『……見た目が好き?』


 数秒の沈黙。


『そう』


 それだけ言って机に置く。

 環は顔をしかめた。


「私、変なこと聞きましたか?」

「大分な。まあ……読むかは分からんが、この手紙は十分役目を果たしている」

「どうしてです?代表が読むかも分からないのに」


 環はコンベヤを眺めながら言う。


「ファンレターというのは届いた時点で、もう役目が終わってる」

「どういうことですか?」

「書いた人間は、送っただけで満足しているということだ」

「なるほど」


 アキは少し考えた。

 机の上の封筒を見る。

 白い紙。手書きの宛名。

 ――フレデリーク・マリ 様

 アキはそれをそっと回収トレイに置いた。


「でもなんか可哀想ですね。せっかく綺麗な封筒で送ってきてくれたのに。確認済みのステッカーを貼るのは裏面にしてあげましょうか」

「好きにしろ」

「好きにします……じゃあ流しますか。届くか分かりませんけど」


 ベルトコンベヤは今日も動き続ける。

 廃材、変死体、用途の分からない道具たち。

 そして、たまに。どこかの誰かが書いた少しだけ場違いな手紙を乗せて。

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