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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
73/81

第73夜 閑話休題 <英国東洋艦隊> 

 昨日は、あの後、朝までどう過ごしたか、分からない。節子さんは、激しかった。私は、その感覚をずっと引きずっていた。


「お早うございます。小川看護師長。」


「どうした?寝不足か?」


「はい。」


「しっかりやってくれ。」



「今晩は、東條閣下。ご機嫌はいかがでありますか。」


「頗る良い。」


「それは良かったであります。」


「話をはじめるぞ。」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ここで、イギリス東洋艦隊について、説明しておくことにしよう。

イングランド海軍は1660年、王政復古に際し、チャールズ2世によって、ロイヤルの称号が与えられ「ロイヤル・ネイビー(国王の海軍)」となった。

 17世紀後半、第2・3次英蘭戦争において敗北したのを契機に、その後、世界で最強の海軍へと発展していったが、18世紀前半になると議会の予算編成対策により、他国の海軍に比べて財政的問題が深刻化し、運営管理に悪影響が出てきた。そこで、イギリス政府は債券を通して海軍に融資する方法を編みだし、資金を得たイギリス海軍は他国の海軍に対処する海上封鎖戦略を編み出し、常に高い士気、優れた戦術と戦略の段階的発展、多量の資源に支えられた。

1805年から1914年まで、「ブリタニアは大洋を制した」(Britannia rule the waves)という言葉通り、世界中の海で圧倒的な支配力をもった。


東インド艦隊(East Indies Station)は、1744年に英海軍命令により創設された。

その後、イギリスの権益が中国に拡大されると、1831年にそれまでの東インド艦隊を東インド・中国艦隊(East Indies and China Station)とした。更に1865年に東インド艦隊と中国艦隊(China Station)に分離された。

1865年に設立された東インド艦隊の担当海域は、 インド洋 (オランダ東インド、南アフリカ、オーストラリア周辺の海域を除く)をカバーし、 ペルシャ湾と紅海を含んだ。東インド艦隊の拠点は、 コロンボ、トリンコマリー、ボンベイ、バスラ、アデンにあった。

中国艦隊は中国内の航行可能な河川、西太平洋、オランダ領東インドを担当した。中国艦隊は、植民地のシンガポール、香港(1865年-1941年)、威海衛(1898年-1930年)を基地とした。通常は数隻の旧式軽巡洋艦と駆逐艦で編成され、チャイナ・ガンボートと呼ばれる河川用の砲艦も配属された。所属艦艇は、通常船体と上部構造物を白、煙突を暗色で塗装されていた。

第二次世界大戦の勃発、並びに敵国のドイツの同盟国の大日本帝国の脅威が高まったために、1941年に東インド艦隊と再び統合され東洋艦隊(Eastern Fleet)となった。


<シンガポールに停泊中の艦船>

空母インドミタブル:基準排水量23,000トン、全長230m、最大幅29m、最大速力30.5ノット、乗員2,100名。世界初の装甲空母。装甲厚は上面・床面76mm、舷側面114mm。この装甲によって1000ポンド(454kg)爆弾の急降下爆撃にも耐えられた。しかしその代償として搭載機数は45機で軽空母並だ。兵装は、114cm対空砲8門、2ポンド対空砲(ポンポン砲)48門。このポンポン砲の問題点は、初速の低さ(622メートル毎秒)による弾道特性の悪さと故障が多かったことである。


重巡洋艦エクセター:基準排水量8,390トン、全長175m、最大幅17.67m、最大速力32.5ノット、乗員620名。ヨーク級重巡洋艦で、ワシントン海軍軍縮の影響をうけ、20.3cm主砲が8門から6門に変更された。その他の兵装は、10.2cm単装高角砲4基4門、12.7ミリ単装機銃8基、3連装魚雷発射管2基、カタパルト式水上機2機搭載。レーダー279型(対空警戒)。


軽巡洋艦モーリシャス:フィジー級、基準排水量8,530トン、全長169m、最大幅18.9m、最大速力33ノット、乗員907名。兵装は、152cm3連装砲4基、101cm連装砲4基、40mm連装対空機関砲4基、20mm連装対空機関砲6基、2ポンド4連装ポムポム砲2基、3連装魚雷発射管2基。


ダナイー級軽巡洋艦ダーバン、ダナイー、ドラゴン:Dのイニシャルで始まるので、D級とも呼ばれ、基準排水量4,885トン、全長144m、全幅14.1m、最大速力29ノット、乗員450名。主砲は15.2cm単装速射砲6基、備砲に17.6cm高角砲単装2基、2ポンド・ポムポム砲単装2基、3連装魚雷発射管4基を備え、防空巡洋艦としての性格もあった。


駆逐艦ジュピター:J級駆逐艦。基準排水量1,760トン、全長108.6m、全幅10.8m。最大速力36ノット、乗員218名。兵装は、12cm連装砲3基、40mm4連装機銃1基、12.7mm4連装機銃2基、5連装魚雷発射管2基、爆雷投射機2基・爆雷20発。


駆逐艦エンカウンター、駆逐艦エレクトラ、駆逐艦エクスプレス:艦砲に対空兵器としての性格を付与したE級。基準排水量1,350トン、全長100m、全幅10.13m、最大速力36ノット、乗員145名。兵装12cm単装砲4基、12.7cm4連装機銃2基、4連装魚雷発射管2基、爆雷投射機2基、爆雷20発、レーダー286型早期警戒用、271型目標捕捉用、ソナー121型探信儀。


駆逐艦ストロングホールド、駆逐艦サニット、テネドス:凌波性の高いアドミラルティS級。基準排水量1,075トン、全長84.1m、全幅8.1m、最大速力36ノット、乗員90名。兵装10.2cm砲3門、40mm高角機銃1門、連装魚雷発射管2基、単装魚雷発射管2基。


駆逐艦スコット:スコット級嚮導駆逐艦。基準排水量1,801トン、全長101.3m、全幅9.7m、最大速力36.5、乗員183名。兵装は、12cm砲5門、7.6cm高角砲1門、40mm高角機銃2門、3連装魚雷発射管2基。


戦艦プリンス・オブ・ウェールズ:キング・ジョージ5世級の2番艦。14インチ砲10門装備が特徴。艦名は当時の国王ジョージ6世の兄王であるエドワード8世の即位前の称号にちなむ。基準排水量36,727トン、全長227.1m、全幅31.4m、最大速力28ノット、乗員1,521名。兵装は、35.56cm(14インチ)砲を連装2基(前部、後部に各1基)連装1基(前部に配置)、40mm8連装ポムポム砲4基、40mm4連装ポムポム砲2基、40mm単装機銃1基、20mm単装機銃7基、カタパルト1基、レーダー:271型1基 (水上警戒)、279型2基 (対空警戒)、282型4基、284型1基 (射撃管制)、285型4基 (対空射撃管制)。


巡洋戦艦レパルス:レナウン級の2番艦である。主砲にはクイーン・エリザベス級戦艦と同じ38.1cm連装砲を3基搭載したが、速力30ノットという至上要求を達成するため、防御が前級よりも薄弱な物となってしまった。基準排水量31、988トン、全長242m、全幅27.4m、最大速力28.3ノット、乗員953名。兵装は、38.1cm連装砲3基、10.2cm連装速射砲4基+同連装高角砲4基、4cm連装ポンポン砲16基、12.7cm4連装機銃4基53.3cm4連装水上魚雷発射管2基。装甲:舷側:228mm(水線部主装甲)、甲板:127mm


駆逐艦ヴァンパイア:アドミラルティV級の1隻。基準排水量1,470トン、全長95.1m、全幅9m、最大速力34ノット、乗員134名。兵装は、101cm単装砲、75cm単装高角砲1基もしくは40mm単装ポンポン砲2基、53cm魚雷連装発射管2基。


 米国駆逐艦アルデンDD-211、ホイップルDD-217、ジョン・D・エドワーズDD-216、エドサルDD-219:アメリカ海軍のクレムソン級駆逐艦、平甲板型の対潜任務に使用する駆逐艦。基準排水量1,190トン、全長95.8m、全幅9.68m、最大速力35.5ノット、乗員122名、兵装:101mm砲4基、75mm砲1基、3連装533mm魚雷発射管4基、爆雷投下軌条2基、LCP人員揚陸艇4隻搭載。


<シンガポール以外の艦船>

空母ハーミーズ:1924就役、ハーミーズはセイロン島のトリルコマリーで修理中。イギリス海軍では初めて最初から空母として建造された艦。基準排水量10,850トン、全長182.3m、全幅21.3m、最大速力25.0ノット、乗員664名、搭載機20機。


空母イラストリアス:1940就役、1942年3月23日、イラストリアスは、大日本帝国海軍の助けも受けつつヴィシー政権側についていたフランス領マダガスカル、ディエゴ・スアレスへの上陸作戦アイアンクラッド作戦に参加する船団を護衛してイギリスを離れる。


巡洋艦レナウン:1916就役、東洋艦隊に加わりインド洋に派遣される。セイロン島を拠点として活動し、日本海軍を牽制した。


戦艦クイーン・エリザベス1915年就役:修理後は太平洋に派遣され、1944年までインドネシアの日本軍基地への攻撃に参加した。


ヴァリアント (戦艦)1916就役:1944年、東洋艦隊に編入されインドネシアの日本軍攻撃に参加。セイロン島のトリンコマリーで浮きドックに入渠中、ドックの崩壊によって本艦は横転、船体中央部のスクリュー軸2本と主舵を損傷した。応急処置の後本格的な修理を行うため8ノットでアレクサンドリアに回航されたが、本艦は針路を保持することが難しく、スエズ運河を通行する前に座礁した。結局、そのままでスエズ湾の通過は困難と判断され、喜望峰経由でイギリスに回航した。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。

 続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。


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