第27夜 モーゲンソー試案
「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「政府が、閣下は、どのような勲章を授与されましたか。」
「勲章より、多数の国民の生命を救えたことが勲章だ。」
「なるほど。」
東條英機が『生きて虜囚の辱めを受けず。』の戦陣訓を編纂したことで、玉砕や自決の一因になったと言われ、多数の国民の生命を救えたことが勲章とはよくも言えたなと思いました。
「さて、閣下、お話をお願いします。」
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財務長官上級顧問のハリー・ホワイトは 、日米交渉が行き詰まっていることに憂慮していた。アメリカの国力が強大であっても大西洋・太平洋の両面に戦線を持つことは、戦略的に問題であろうし、戦術面を困難にする。
ホワイトは、アメロフのメモを見る前から、日本が中国からの撤退に合意すれば、アメリカは、太平洋から戦力を大西洋に回すことができると踏んでいたが、日本の提案した首脳会談を10月になってアメリカが拒否した時点で、本腰を入れて、この問題に取り組み始めた。
出来上がったホワイトの私案は、日本に対する経済援助を餌に、中国大陸から手を引くよう求めていた。そして、それが受入れられない場合、国交断絶する内容となっていた。
この協定案の米国側提案。
(1)日本の戦争資材の生産量の4分の3を限度として米国に売却する見返りに20年間にわたり年利2%にて総額20億ドルの借款を提供する。
(2)日本に対する最恵国待遇及び相互に満足の行く貿易上の譲歩があり、日本側が希望する石油や原材料の貿易再開ができる。
日本は、4年間の支那事変の為に、多額の戦費をつぎ込んでおり、その他に、軍票、朝鮮銀行円券、傀儡政権の紙幣で現地調達を行っている。中国との和平実現後には、国債の償還の他に軍票などを邦貨で還付しなければならない。当然、日本円の発行の急増は、日本国内のインフレーションを招くことになる。アメリカの年2億ドルの借款は、このインフレの防止策になる。
日本側提案
(1)すべての陸海空軍、警察力の中国(1931年の境界で=満州事変前)、インドシナ、タイからの撤収。例外として、ソ連国境への対応として限定的に満州の駐兵を認めている。
(2)重慶国民政府以外の中国におけるいかなる政府への支援を中止、
(3)すべてのドイツ人技術者、軍職員、宣伝員を退去させる。
以上がホワイト私案の骨子であった。
ホワイトは、11月4日、財務長官モーゲンソーに私案を提出した。
「長官、米日戦争を回避し、連合国を対ドイツ戦勝利に導く私案を作成いたしました。カリーの意見、それに蒋介石顧問のラティモアの意見も入ったものです。」
「米日戦回避か。拝見しようじゃないか。」
ヘンリー・モーゲンソーは、ニューヨーク生まれのユダヤ系アメリカ人で、父親は、不動産業家であり、外交官だった。
モーゲンソーは、1933年から財務長官の地位に着き、ルーズベルト大統領のニューディール政策を忠実に支えていた。モーゲンソーが試案をルーズベルトに提出すれば、その実現性は高い。
モーゲンソー長官は、熱心に私案に目を通した。
「問題点が3つある。まず、取り敢えずとはいえ、日本軍の満州の2・3個師団を除く中国から全面撤兵。重慶国民政府以外の中国におけるいかなる政府への支援を中止。すべてのドイツ人技術者、軍職員、宣伝員を退去させる。この3つに日本政府が応じるか。また、取り敢えずとは言え、相当期間、満州を除くことに蒋介石が応じるか。それが問題だよ。」
「日本が対中戦争を開始した理由は、満州国を護るため緩衝地帯が必要だったからでしょう。それが、戦争を始めると連戦連勝で止められなくなった。ですが、日本と中国が10年間の不可侵条約を結び、その間、満州の建設が進めば、日本は、ロシアの南下政策に専念できます。中国駐兵のメリットがなくなります。また、中国におけるすべての治外法権の放棄を日米が行えば、他の国も追随せざるを得ません。そうすれば、日本は、東亜の盟主の地位を確認でき、日貨排斥もなくなり、中国との貿易も拡大する筈です。」
「そうすると、ドイツの問題が残るな。」
「長官、日本は、なぜ日独伊三国同盟を締結したのでしょう。」
「うむ。ドイツにとっては、アメリカを欧州戦争に参加させないという意味合いだね。しかし、日本にとっては、遠く離れた独伊と同盟したとしても、海軍力の弱いドイツ・イタリアでは軍事力的なメリットはない。独ソ不可侵条約が締結され、フランスが降伏した時は、イギリスが屈服すれば、日独伊ソ4か国でユーラシア世界を分割し、東亜を日本の勢力圏とすることを目論んだということだ。」
「それでは、独ソ戦が開始された現在、日本の首脳は、ドイツがソ連に勝つと考えているのですか。」
「日本の新聞には、バスに乗り遅れるなという合言葉が溢れているそうだ。“jump on the bandwagon
(勝ち馬に乗れ)”という意味だそうだ。恐らく軍部にも、東アジアの英仏蘭の植民地を掠め盗れると思っている連中がいるということだ。」
「そこです。この協定案に、日本が同意しない場合は、アメリカは、交渉打ち切りとするのです。そうすれば、同意できない場合は開戦の他ありません。日本がどうしても同意せざるを得ない状況を作るのです。」
「分かった。それも案に入れてくれ。ルーズベルト大統領に提案しよう。」
こうして、11月17日にモーゲンソー財務長官は、国務省の頭越しに、対日協定案を試案として直接、ルーズベルト大統領に提出した。モーゲンソー試案である。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




