第23夜 ハリマオ
「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。今日は、ハリマオの話をする。この人は、戦争中は映画になったほど人気があったな。」
「ヘエー、ビックリですね。」
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「ハリマオ、出ろ。釈放だ。」
「釈放?」
「お前の保釈金を払ってくれた奇特な人が現われたのだ。」
「へえっ。物好きも居たもんだ。一体誰だろう。そいつの顔を拝もうじゃないか。」
ここは、タイ南部、バジャイの刑務所。ハリマオ、こと谷豊は、強盗罪で2年の服役中だった。ところが、25バーツの保釈金を払ってくれた人物がいた。神本利男という日本人だった。食事をおごるという神本に連れられてハリマオは、近くの食堂に入った。
「僕は、日本陸軍の嘱託員だ。君に日本陸軍に協力をしてもらいたい。」
「日本陸軍への協力?お断りする。」
「なぜだ。」
「日本軍は嫌いだからだ。」
「なぜ嫌いなんだ。」
「嫌いなものは嫌いなんだ。」
谷豊は、説明するのが面倒だった。
「今回の保釈金も陸軍からでている。訳ぐらい言ってもいいだろう。」
谷豊は、重い口を開いた。
谷は20歳の時、徴兵検査を受けるため帰国した。しかし、ムスリムの谷にとっては天皇を現人神として絶対視する日本軍の思想は受入れられず不合格となった。
しばらく日本の工場で働いたが、日本の習慣に馴染めず、父が理髪店とクリーニング屋を経営するマレー半島南部の英領トレンガヌに戻って、平和な生活を送っていた。ところが、1932年満州事変が起こると、排日の空気が濃厚となり、華僑が『日本人は、中国から満州を奪った敵だ。』と煽りたて、日本人の経営する店は、次第に苦しくなった。
このような雰囲気のなか、不幸な事件が起きた。華僑に扇動された群衆が、店を襲って、たまたま店に残っていた妹の静子が斬首され殺されたのだ。イギリスは、犯人の華僑を捜さなかった。それ以来、谷は、仲間のマレー人と組んで、華僑ばかりを襲う盗賊団の首領となった。そして、マレー語で「虎」を意味する「ハリマオ」と呼ばれ、華僑から恐れられるようになった。
「そういう訳で、僕は日本軍が嫌いだ。今では、マレーが僕の故郷なのさ。」
「何ともむごいことを。」
神本は、次の言葉を失った。
「誘ってもらったが、悪いな。それじゃ。」
「ちょっと待て。飯が残っている。」
「じゃあ、飯が終わるまでな。あまり飯が不味くなるような話は御免だからな。」
神本は、今日は日本軍の話はできないと思い、こっちに来て気になったイスラム教徒の習慣を聞くことにした。
「分かった。君はムスリムだと言ったな。」
「そうだ。そのお蔭で徴兵検査に不合格になったと言った。落ち込んだぜ。」
徴兵検査に不合格というと男として半人前みたいに言われる。
「ムスリムというのは、どんな生活をしているの?。」
「唯一神『アッラー』を信じ、一日5回聖地メッカの方向にお祈りをするということ、豚肉を食べないこと以外、特に変わったところはないな。」
「一日5回のお祈りか。そりゃあ忙しそうだな。」
「なに、毎日のことだからそうでもないさ。あっそれから酒はご法度だ。」
「酒はダメなのかい。そりゃキツイな。」
神本は、酒はいける口だったのだ。
「ああ、酒は、頭を麻痺させるし、酒の上の喧嘩もある。堕落の素だ。」
「豚肉は、どうしてダメなんだい。美味いのに。」
「訳は良く分からないが、不浄だからだと思うな。豚肉以外の肉でも、『アラー』と唱えながら頸動脈を切るやり方で殺してからでないと食べてはいけないから、多分そうだと思う。」
「へえ~、食事には随分厳しいんだな。」
「そうだ。今も右手で食べているだろう。左手は用足しの時に使うから不浄なんだ。」
「その他に食事でなんかあるかな。」
「『ラマダン』と言ってイスラムの暦で9月に1か月、断食するんだ。断食といっても太陽が出て沈むまでの時間だけど。飲み食いはできないし、水もダメだし、煙草もダメなんだ。」
「昼間の暑い時間に1か月間も水なしかい。そりゃ、大変だな。」
「だから、ラマダンが終わると『ハリラヤプアサ』というお祭りがあるんだ。」
「それは盛大なお祭りだろうな。」
「ああ、家族全員よそ行きの服を着て、ラマダンの終わりに作ったお菓子や御馳走を食べるんだ。」
神本は、今日はこの辺でいいだろうと思い、谷に自分の宿を教え、また、明日会うことを約束させた。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




