第10夜 黄泉がえりの百鬼夜行(2)
「どうですか。病院が変わって、1週間が経過しましたが、お変わりありませんか。」
私の担当医師の今井浩平ドクターが聞いてきました。
「夜勤ばかりというのは、初めてですが、今までも夜勤はやったことがあるので、体調は変化なしですね。」
「それは、結構です。無理せずに、何かあったら相談してください。」
ずいぶん親切なドクターだな。さて、東條閣下の話を聞きに行くか。
「今晩は、東条閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「さて、お話は、黄泉がえりの会合の続きからです。」
「では、黄泉がえりの話を聞いてくれ。」
「お願いします。」
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山下奉文中将が意を決し、聞いた。
「話が逸れるようで済まんが、私を戦犯にしたという大本営の連中と辻正信はどんなことをしたのですか。」
「それは、私が説明します。その前にビルマでの私の恥ずかしい行為を告白します。」
私は話が横道にそれるような気がした。
「木村君、今日はその話は良いじゃないかな。」
「いいえ、私は閣下の次官でなかったらこのような場所にいる資格がありません。だから、言わせてください。」
木村中将は、ゆっくり噛むように話し始めた。
「私は、昭和19年8月ビルマ方面軍司令官に親補されました。しかし、着任早々、英軍の反攻作戦が始まったのです。そして、昭和20年3月のイラワジ会戦に敗北すると一気に戦線は崩壊したのです。私は軍司令官の身でありながら、軍指揮の職責を放棄し、盟友関係にある外国要人や在留邦人の保護義務をすら果たさず、飛行機でラングーンを幕僚とともに撤退したのです。
私の職責放棄により、指揮系統は大混乱に陥り、将兵4万4千人を死に追いやったのです。誠に申し訳ありません。」
「君も黄泉がえりだ。今度はその汚名を晴らす時だ。私もそう決意している。」
「済みません。それでは、山下さんの話ですが、まず、緒戦のマレー戦でシンガポールが陥落すると山下さんは、治安維持のため抗日華僑を処断するよう指示しましたが、辻参謀が作戦の監督役とされたことから片端から華僑を殺すよう指示したのです。次に、米国の比島奪還戦で、フィリピン防衛の第14方面軍司令官となった山下さんは、マニラの無防備都市化をしようとしたのですが、陸軍第4航空軍司令官の冨永中将、海軍の岩淵三次少将ら現地将官が反対し、大本営を動かし、マニラ市街は戦場となり、灰塵に帰し、10万人の市民が巻き添えになり、部下の統率に失敗したとその虐殺の罪を着せられたのです。」
「私には、海軍の指揮権はないし、大本営の決定であれば、私に責任はないはず。」
ここで、武藤軍務局長が話を引き継いだ。
「私がその続きを話しましょう。当時、私は、山下閣下の参謀長でした。フィリピンの陸軍全体の指揮権は、南方軍総司令官寺内寿一大将にあり、第4航空軍司令官、第3船舶司令官とならんで、山下中将もその指揮下にありました。当時、マニラは、人口100万人を抱え、海軍の軍港もあり、戦略的価値もあったのですが、すでに、海軍は、レイテ沖海戦に敗れ、壊滅的な損害を被り、制空権、制海権も米軍に奪われました。こうなっては、マニラの戦略的価値は全くなくなったのです。しかし、寺内総司令官は、これを拒否し、米軍が上陸する前にマニラを離れ、サイゴンに司令部を移したのです。マレーの虎と言われた閣下が、やせ細った姿で、降伏書の調印式に臨むのはもう見たくありません。一句、『老将の 驟雨に眠る ジャングルかな』」
山下中将は、ずっと我慢しながら、武藤軍務局長の話を聞いていた。
「もういいです。それ以上は、悪口になります。」
「そうですか。でも、辻参謀は、ノモンハン事件拡大、コレヒドールの降伏兵、ポートモレスビー作戦、ガダルカナル島作戦でも独断専行を行ったのです。彼は敗戦の時に自分が戦犯になるのが怖くて戦後しばらく行方をくらました卑怯な奴です。確か東條閣下は彼を嫌っていましたね。」
「敗色が濃くなった昭和18年8月、奴が支那派遣軍第3課長になった時のことだ。蒋介石政権との講和を私に進言したと思ったら、自分で重慶に乗り込み、直接講和交渉をしようとしたのだ。自分で飛行機を仕立てようとしたが、私を始め陸軍首脳に反対されたのだ。今更、蒋介石が米国の意向を無視し、講和に応じる訳がないのだ。奴はスタンドプレーが好きなのだ。」
私は吐き捨てるように言った。
「東條さん、ついでに悪口を申し上げるが、我が陸軍には、中国人、兵卒の命を虫けらように扱う輩が多かった。私もそれで南京事件の首謀者にされた。東條さんの近くにも余り誉められない人がいたな。」
松井大将がとぼけたように言った。
「そう言えば、天皇陛下も『田中隆吉とか富永次官とか、兎角評判のよくないかつ部下の抑へのきかない者を使った事も、評判を落した原因であろうと思う』と名指しされましたな。」
広田が思い出た風を装いながら言った。
「人面、獣心の田中だ。極東軍事裁判での売国的行動は憎んでもなお余る。」
板垣大将が悔しがると、武藤章中将もそれに追随した。
「『軍中枢で権力を握り、対米開戦を強行した』という田中の証言で私の死刑が確定した。奴は許せない。」
武藤中将の追い打ちが続いた。
「富永は、東條閣下の教え子でしたな。閣下は、仏印進駐の独断専行の命令違反で奴を含め3人を処罰しましたが、半年後に、奴だけ人事局長にし、その後、陸軍次官も兼任させましたね。敗戦近くにフィリピンに飛ばされて、奴はフィリピンで特攻指令を下し、自らも特攻すると訓示しておきながら、山下中将の許可もなく、胃潰瘍を理由に勝手に台湾に逃げ出しおった。帝国陸軍最低の将官です。」
「そう言われると私も人を見る目がないと反省せねばならん。三奸四愚とは誰がいったものか。東京憲兵隊長の四方諒二から報告があったが。」
「東條君も知っておったか。さぞかし犯人捜しをしただろうね。はっはっは!」
「板垣大将が知っているなら陸軍では相当知れ渡っていたのかな。鈴木貞一、加藤泊治郎、四方諒二が三奸で、木村兵太郎、佐藤賢了、真田穣一郎、赤松貞雄が四愚か。木村君も赤松君も怒るではないぞ。私の責任だ。今度は気を付けるよ。」
「東條君も死んで器が大きくなったな。」
「板垣大将、私を持ち上げても何も出ませんよ。さて、話を本題に戻しましょう。」
「済みません。私が辻正信大佐のことを聞いたばかりに長くなりました。」
山下中将が頭を下げた。
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もうじき見回りの時間ですから今日はここまでにしましょう。
続きはまた、明日、お話します。




