♯epilogue
春の陽射しが心地よい。ぽかぽかして、風が爽やかで。木陰に転り昼寝してしまえばどんなに気持ちいいか。これは確かにサボりたくなるな、なんて思いながら金髪のお坊っちゃんを探す。
「見つけた。おい、お前いい加減にしろよ」
大きな木の下で呑気に寝ころぶ少年に、足音荒く近づく。
「やぁ、来たの」
「来たのじゃないよ。先生待ってるんだけど」
悪びれもしない金髪に少しイラッとした。
俺の親父は国の重要人物を護る騎士である。今は引き抜きにあって公務員を辞め、この家の主の警護をしている。その関係で俺もこの家に住み込み、いつの間にかこのサボり魔のお目付役なんてやらされている。同じ歳なのに、だ。
魔法が殆ど使えなくなったせいで、貴族が意味をなさなくなり下剋上が流行ったのが親父たちの代。力を失い没落していく家が多い中、俺の家も潰れた。元々剣と魔法頼りの脳筋一族だったから仕方がない。親父はツテで騎士という名のボディーガードの職にありつけたからマシな方だ。もっと悲惨な元貴族はゴロゴロいる。
とはいえこのままでは武功をあげてきた御先祖様に申し訳ない。そもそも俺は惨めな人生はゴメンだし、将来はそれなりの暮らしをしたい。だから武だけでなく教訓を生かして学も高めなければならないのに。
「お坊っちゃんのおサボりのせいで、俺の勉強時間も減るんだけど」
「阿呆。腕のいい家庭教師に見てもらえるのは私のお陰だ」
「そう。俺はついでだから、お前がいないと教えてもらえないんだよね。わかってるなら早く戻るよ」
嫌味を言いながらお坊っちゃんの腕を引く。やれやれ、仕方ないなと言いながらも素直に腰を上げてくれ、ほっとする。お目付役を首になったら大変だ。なんだかんだいっても、この仕事は一流の授業を受けれるし待遇も良いので割が良い。十日後にはお坊っちゃんが入学する学園に、共に入学する事が決まっていて、学費も半分程手当てとして出してもらえる。没落貴族なんか普通は学園に入れない為、かなり恵まれている。これは父が重用されているおかげであり、あんな脳筋を必要としてくださる御館様には頭が上がらない。
「今日は誰が?」
「アデイン先生だよ。精霊学の。今日は般教だけど」
「あの爺さん嫌いなんだが」
「そう? 面白くない?」
数ヶ月前から教わっている家庭教師は、精霊の森ができる前にあった亡国の出身なんだそうで、魔王を倒した巫女様と、血は繋がらないが家族だったらしい。だからか精霊のことにとても詳しくて。少々偏屈ではあるが優秀な教師であるのは間違いない。教えてもらえるのはあと僅かなのだから時間は無駄にできないのに。
「というか今日はお嬢様が帰ってくる日なんだろ?さっさと終わらせないとお出迎えし損ねるよ」
「構わぬ」
「どうして。お姉さんなんでしょ」
「特に話すこともないし、十日後には私も同じ学園だ」
「学年は違うだろう」
「姉弟なんてそんなもんさ。というかお前、姉さんと会ったことあったか?」
「ないけど。お嬢様と入れ違いに来たから」
「そういえば、お前がこの家に来て一年か。そんなに日が浅かったか? にしては遠慮がないな」
「遠慮してたら我儘坊っちゃんに振り回されるんでね。いいから戻るよ」
「はいはい」
結局出迎えには間に合わなかった。サボり魔はお説教のため居残りとなり、一足早く解放された俺は挨拶しようとお嬢様の部屋に向かう。
「お嬢様なら庭の大きな木のところよ」
初対面のメイドに挨拶をし、お嬢様にも挨拶できるか伺うとそう言われた。
さっきあいつがサボってた場所だ。やっぱり姉弟だなあって可笑しくなる。
俺には兄弟がいない。親父が没落した際に、母さんと離縁しているためだ。だから少し羨ましいなと思う。でも弟妹はいらないかな。世話は大変だ。
庭に出ると木に向かう。木陰で金髪の少女が本を読んでいた。
邪魔したら悪いだろうか。
気配に気づいたのか彼女が顔を上げた。星空のような輝きを含んだ藍色の意思が強そうな瞳と目が合う。
親近感を覚えたのはあいつの姉だからか。それとも。
「はじめまして」
「はじめまして?」
少し不思議そうにする彼女に微笑む。
まるで妖精のような人だと、歳上相手に思う。構ってほしいなあ、なんてらしくない事を考えて、でも下手を打ったら阿呆ってあいつに呆れられるんだろうなって。
風が一瞬、強く吹く。
『今度はちゃんと愛しなさい』
揺れる葉の音がそう言ったような気がして。
世界は廻る。
遠い昔にした約束を彼らは知らない。
けれど。
この気持ちが何かはまだわからない。でも、いつか君を大切に抱きしめられたらいいなと、そう淡く願った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。