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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
89/114

8-7

※※※

「ねえ、詩都香(しずか)

「なあに?」

「あたしらいつまでここにいるの?」

「もうすぐだと思うんだけど」

「それ、さっきも聞いた」

 それはこっちの台詞だ、と詩都香は思った。魅咲(みさき)の質問ももう三度目である。

「わたしたち、なんか見られてない? 駅員さんとかから」

 と、反対側に座る伽那(かな)がささやく。

「神待ちか何かだと思われてるんじゃない? こんなところにずっといたらね」

「え~」

 魅咲に言われ、嫌そうな顔になる伽那。

 詩都香は東京駅の改札内で、魅咲と伽那と並んで椅子に座っていた。東京支部に向かったノエシスと合流するにも、その後でどこに向かうことになっても、都合がいいと判断してのことである。

「でもさ、その研究所――タカサキ研究所だっけ? どうやって研究を続けてるんだろう」

 魅咲に言われるまでもなく、詩都香もそれは気にかかっていた。

「たしかに。ずいぶん大がかりな研究をしてるみたいだし」

「それに、所員だって無給で働かせるってわけにはいかないでしょう?」

「うん。所員の収入は保証されているみたいだった」

「他で利益出してる、とかかなあ?」

 伽那も交ざってきた。

「それでやっていけるのかな? ていうか、利益を出す研究があるんだったら、そっちに集中すればよくない?」

「あ、そっかぁ。表立って成果を出せない魔法の研究なんて、もうやる必要がないんだ」

 伽那が乗り出していた身を引き、むむむ、とうなりながら腕を組んだ。

「つまり、今の研究所には東京支部じゃないバックがいるってことになるわね」

 詩都香がそうまとめた。

「バック? どこだろう?」

「京都支部?」

 魅咲と伽那は同時に詩都香の顔を振り仰ぐ。

 左右から視線にさらされ、詩都香は少し体を引いた。

「京都支部ってことはない。それなら東京支部がやっていたことをさっさと暴露して、研究所は取り潰しになってる」

「でも、魔法のことを知っている組織ってことになるよね? ……日本政府、とか?」

 魅咲が陰謀論を膨らませる。

「それなら涼子の捜索はもっと迅速に進んだんじゃないかな。研究所だって強気に出られると思う」

「じゃあさ、じゃあさ、まだ密かに東京支部と繋がってる、っていうのは?」

 伽那はなにやら活きいきしている。ミステリ好きだけあって、こうした謎解きが楽しいのだろうか。

 同じことは詩都香も考えないではなかった。だが、

「でも、密かに、って誰に対して密かに? 今までだってじゅうぶん密かな繋がりだったと思うけど」

 この説を採ると、表向きの関係断絶が誰に対してのポーズなのかが問題となる。

「……うーん、〈リーガ〉の上の方?」

「それはないよ」

 と別の声がかかり、詩都香たちは寄せ合っていた顔を上げた。

 立っていたのは、明るい金髪をショートカットにした小柄な少女。

「あ、梓乃(しの)ちゃんだ~。……あれ?」

 声を上げてから、首をひねる伽那。ノエシスがなぜここにいるのか、疑問に思っているようだ。

「もしかして、詩都香が待ってたのって……」

 と、魅咲。こちらは察しがいい。

「遅かったじゃない」

 ほっとした詩都香だが、とりあえず文句から入る。

「これでも急いだのに。それにあたしが悪いんじゃないんだよ。悪いのは支部の連中。――ていうか改札内にいるって勘弁してよ。入場券買っちゃったじゃない」

「は? わざわざ入場券? どうせ帰るんだから、東京舞原までの切符買って入ればいいのに、二度手間じゃない。バッカねー」

「お使いを果たしてきたあたしにこの仕打ち……、詩都香ってすごいわ。――まあいいや。これ、頼まれてたもの」

 ノエシスは鞄からコピー用紙の束を取り出した。

 受け取った詩都香は、中身に目を走らせながらそれをめくっていった。

高嵜(たかさき)研究所――漢字でこう書くのか。魅咲、この住所で検索して。……あ、図面もある。ありがと」

「約束、忘れないでよ?」

「はいはい」

「約束?」と不審げな顔になる伽那を無視して、詩都香は話を続ける。

「それで、何が違うって?」

「高嵜研究所はたしかに東京支部と繋がってたけど、詩都香の言ったとおり、今は断絶してる。で、そこに資金や魔法技術の援助をしてるのは、今は東京支部じゃない。東京支部にとっても目の上のたんこぶになってるみたい」

「どういうこと? 目の上のたんこぶなのに、手を出せないの? 自分たちのお庭でしょう?」

「立場上難しいんだってさ」

「つまり、今高嵜研究所の背後にいるのは、〈リーガ〉のもっと上……大法官クラス」

「たぶんね。確証はないみたいだけど、そんな雰囲気だった」

「どこの大法官だろう? 近くだと、中華大法官?」

「他にはインド大法官とチベット=ヒマラヤ大法官辺りかな。でも、その三者とも、東京支部の領域でこんな勝手をする力は持ってないよ。日本に大法官は置かれていないけど、東京法官は実力で負けてるわけじゃない。むしろ、日本が有望だから東京と京都の支部で競わせてるんじゃないかって言われてる」

「チベット=ヒマラヤ大法官なんているんだ」

 伽那が変なところで感心する。

「……近場じゃないとなると、ヨーロッパの」

「たぶんね。これはあたしの勘だけど、それも選挙侯(せんきょこう)かそれに近い連中」

 選挙侯は世界に七人しか置かれない、〈リーガ〉の最高幹部である。

「ちょっと、いきなり大きな話になってない?」

 楽天的だった伽那の顔も、さすがに引きつる。

「選挙侯クラスが援助しているとなると、そりゃあ東京法官も手が出せないか」

「まあ、それについてははっきりとは言われなかったし、あくまでもあたしの勘だけどね。でも、自分のお膝元で東京法官が手を出せない相手となると、他にはあまり考えつかない。……詩都香、それでも行くの?」

 ノエシスが詩都香の顔を覗き込む。

 伽那と、スマートフォンを片手にした魅咲も、左右から詩都香に視線を注いだ。

「……たとえ選挙侯がバックにいようと、東京法官のお膝元で表立って支援はできないはず。だから〈非所属魔術師〉なんて使ってる。選挙侯やその部下と直接対峙するわけじゃない」

「詩都香ってばどうして言い訳から入るかね」

 魅咲がふるふると首を振る。

 詩都香は慌てて言を継いだ。

「だって、わたし一人じゃないんだもの。選挙侯相手の戦いになんか、二人を駆り出せるわけが――」

「あんぱーんち!」

「あだっ!?」

 途中で、頬をぽこっと殴られた。

 殴った当人である伽那は、へらへら笑っている。

「そういうのナシ。今回はわたしだって気合十分なんだから。――それで? 詩都香はどうするの?」

 笑顔とも軽めの口調とも裏腹に、誤魔化しを許さぬ迫力があった。

「……行くわよ。行くに決まってるでしょ」

「わたしたちは?」

 ふっ、と詩都香は鼻息を漏らした。

 もう心は決めたはずだ。同じところでいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

「相手は選挙侯じゃない。ただの〈非所属魔術師〉。わたしたち三人なら勝てる。――だから、いっしょに来て」

「最初からそれでいいのに。ったく」

 そう言って魅咲はスマートフォンとのにらめっこに戻り、伽那はふふふ、と笑った。

 そんな三人の様子を見守っていたノエシスが言った。

「ま、選挙侯が出張ってくることはありえないよ。そこは安心していいと思う。それに、東京支部からの横槍もない。好き勝手やってくれちゃってるその研究所を苦々しく思っているのに直接手出しはできないから、あんたらが壊滅させてくれれば逆に喜ぶはず」

「便利に使ってやろうってわけね。ま、いいけど」

 利害は一致する。

「出たよ」と魅咲が声を上げた。「この路線。駅からちょい遠いけど」

 詩都香は魅咲からスマートフォンを受け取り、地図アプリと乗り換え案内を確認した。

「うっ、また新幹線か。それに最後は飛んでいくしかないか。よし、二人とも行くよ」

 それを合図に、三人は立ち上がった。

「ノエシス、ありがとう。それにしてもあんた、よくここまで内情聞いてこられたわね」

 詩都香がそう言うと、ノエシスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「まあ、あたしみたいなのが相手だと警戒心鈍る人多いし」

「ちゃっかりしてんのね。それじゃ、寄り道しないで帰んなさいよ」

「……うん。あんたたちも気をつけて」

 ノエシスは三人に背を向けて歩き出した。

(気をつけて、か)

 詩都香は思わず苦笑した。

 きっとあの娘はこうやって相手の警戒心を鈍らせてしまうのだろう。気をつけねば。

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