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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第七章「黒髪のラプンツェル」Die schwarzhaarige Rapunzel.
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7-18

 ミシェルは手錠を結わえていたロープを解くと、詩都香(しずか)を引きずってベッドに横たわらせた。

 手錠は枕元の柵に固定され、両足も開かれた形でそれぞれベッドの脚に縛りつけられた。

 ときおり愛おしそうに脚に手を這わすミシェルの顔を見ないで済むよう、詩都香はずっと目を瞑っていた。

「……それで? 今度はあんたってわけ?」

「まあな。そういう約束なんだ」

 ベッドの傍ら、詩都香から見て右に置かれた椅子に座ったミシェルがうそぶく。

 詩都香はさんざん叩かれたお尻をもぞもぞと動かし、痛みの少ない体勢を探っていた。

「なんだ? 誘ってるのか?」

 ギリッと歯噛みする。

「お尻が痛いのよ」

「あ? 後ろの方はアンジェラにもらわれちまったか。残念だ」

 詩都香は顔の紅潮をこらえた。

「……わたしを犯す気なの?」

 おそるおそる尋ねる。この体勢だ、何をされても抵抗できない。

「犯されたいか?」

 逆に問われ、詩都香はぶんぶんと首を振った。冗談じゃない。

「お嬢ちゃんはやっぱり処女か?」

「セクハラでしょ、そんなの」

 詩都香はミシェルとは逆方向に、ぷい、と顔を背けた。

「処女じゃないってなら、遠慮なく今すぐ犯してもいいんだけどな」

「処女よ処女! 文句あんの!?」

 ミシェルは腰を浮かせ、詩都香の顎を掴んで自分の方へと向かせた。

「ふーん、モテそうなのにな」

 やに下がったその顔から、詩都香はどうにか視線だけを逸らした。

 手を放したミシェルが、再度腰を下ろした。

「まあ、お嬢ちゃんの処女をもらいたいのはやまやまなんだが、とりあえず今回は何もしねえよ」

「どういうこと?」

 意外な言葉に、詩都香は思わず右に顔を傾けた。

「こう見えて、いちおう仕事には真面目でね。アンジェラやジャックみたいに、みんながみんなやりたいようにやってちゃ、とても長生きできない世界なのさ。少し話がしたい」

「話?」

「お嬢ちゃんは今は本当に九号の行方を知らないんだな?」

 詩都香は頷いた。

「何度も言ってるでしょ、そんなこと」

伊吹(いぶき)たち、感心してたぜ?」

「伊吹? ああ」

 初めて聞く名だが、予想はついた。ここの責任者を名乗っていた、あの白衣の男だろう。

「いやはや、薬を投入されても驚くほど鮮やかな嘘を吐きやがる、ってな。さっきアンジェラに責められてるときにも、同じように嘘を吐きゃよかったはずなんだ。それでオレたちはしばらくは確認に回ることになる。あらためて訊くぜ? 九号はどこだ?」

「……秦嶺(チンリン)山脈で桟道の修繕活動をしてる。中国史に目覚めたみたい。確認に行きなさいよ」

 ぎゃはは、とミシェルが不快な笑い声を上げた。

「ほらな。嘘を吐こうにも、さっきみたいな鮮やかなのが吐けねえ。お嬢ちゃんは自分の口から出る嘘が、万が一にも九号の行方の手がかりになることを怖れてるんだ」

「は? 何を言って――」

「ずばり言ってやろうか? お嬢ちゃんは九号の行方を知っていた。過去形だ」

「…………」

 表情は変えずに済んだが、鼓動が速まった。

「こんな稼業やってると、いろいろな魔法の知識が増えるんだ。普通の魔術師の間じゃ知られていない魔法のことだってな。〈記憶封鎖〉と呼ばれる魔法がある。――お嬢ちゃん、そいつを使ったな?」

「そんな魔法知らない」

 そう言い張るほかなかった。

「今じゃあまり使われてない魔法なんだよ。便利なようで不便でな。自分の記憶しか封印できないし、自分の記憶を封印しようなんて思う湿っぽい魔術師は滅多にいねえ。だが、これしか考えられないんだ。〈モナドの窓〉はいちども開いていない。その状態で使える記憶操作の魔法は他にはない」

「涼子がどこに行ったかなんて、最初から知らないのよ」

「それならなんぼでも嘘を吐けばいい。さっきみたいにな。ところが、前後関係から辻褄を合わせるのがこの魔法の特徴さ。お嬢ちゃんは自分が九号の行き先を知っていたことと、その記憶を封じたことは覚えているんだ。だから下手な嘘が吐けない。それが本当に嘘なのか覚えていないからな」

(こいつ……)

 話を聞き流すフリをしながら、詩都香はミシェルという魔術師の評価に修正を加えていた。女を物扱いするクズだと思っていたが、意外にも博識で切れ者だ。

 つまり、より厄介な相手ということになる。

「この魔法のもうひとつの特徴も知ってるぜ? 記憶を消したわけじゃないから、本人が強く望めば記憶が蘇るんだ。思い出すなら今のうちだと思うけどな、お嬢ちゃん?」

「知らないって言ってるでしょ」

「それなら仕方がねえ。また尋問を受けてもらうことになる。遅かれ早かれ結果は同じだと思うけどな。そんとき取り返しのつかないことになってなきゃいいが」

「……次はあのジャックの番?」

「ん? まあな。――おっと、そうだそうだ」

 ミシェルは足元に置いてあった袋からペットボトルを取り出した。

「さっき飲ませてやれなかった水だ。脱水で死なれても困るからな。アンジェラはそういう気配りができないからよ」

 開栓したペットボトルを詩都香の口元に近づける。

 拒絶する余裕はなかった。詩都香は喉を鳴らして水を飲んだ。

 さんざんな目に遭った詩都香には、冷たいミネラルウォーターが甘露のように感じられた。

「……ありがと」

 ボトルの中身を飲み干し、人心地ついた詩都香は、いちおうお礼を言った。

「ジャックはなんでここにいるの?」

 少し滑らかになった舌で、続けてそう尋ねる。話が途切れたら拷問が再開されそうで焦りもしていた。

「ああ、あいつはお嬢ちゃんたちに負けたせいで本国に召還されたんだ。どうもあの戦い、〈リーガ〉の上の方に監視されていたらしい。それもとびきりの“上”さ。〈リーガ〉の天覧試合と言ってもいい」

 詩都香は眉を寄せた。あの戦いが監視されていたとはどういうことだ。

「そこで醜態を晒したジャックは、自分の師に叱責を加えられた。ただでさえ敗戦で荒れていたあいつは、逆上して師を殺してしまったらしい。そうなりゃとても本国にはいられない。追手と戦いながら一週間と少々。流れながれてここにまた辿り着いたってわけさ。オレも同国人だ。〈リーガ〉にいたころには多少の馴染みもあった。そんで拾ってやったってわけ。あいつ、お嬢ちゃんたちのこと、恨んでるぜ」

「完璧な逆恨みじゃない」

「まあ、お前らからすればそうなるだろうな。だけど今のあいつは強いぜ。〈リーガ〉の研修生ってのは、いろいろと制限があるからよ、実戦経験は貴重なんだ。あいつは死力を尽くした戦いで三人ほど追手を殺してきた。もともと武闘派だからな。経験値だいぶ上がったはずだ。おっかねえよ。だから、あいつのことをあまり刺激しない方がいい。どうもお嬢ちゃんはひとの心を刺激する才能があるみたいだから心配だ。――おっと、そろそろ時間かな」

 ミシェルはそう言って立ち上がった。

「ぎゃうっ!」

 ついでとばかりに突然胸を掴まれ、詩都香は体を跳ねさせる。

「健闘を祈るぜ? あと、オレに抱かれたくなったらいつでも言ってくれよ?」

 詩都香は顔を背けた。

 ミシェルは厄介な相手で、やはりクズだ。



 ジャックの逆恨みの怖ろしさを、詩都香は身を以て知った。

 ミシェルと交代で入室してきたジャックは、無言のまま、火傷まみれの詩都香の指から一枚一枚爪を剥いだ。

 涼子の行方を尋ねもせず、詩都香がどれほど絶叫しても眉ひとつ動かさず、嗜虐の昂奮を表すこともなく、無表情に、ただ淡々と。

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