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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第七章「黒髪のラプンツェル」Die schwarzhaarige Rapunzel.
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7-2

しばらく会話主体で進みますので、できるだけ更新スピードを維持したいと思います。

「――そうか、それで高原さんは、さっきあんなに心配していたわけか。僕はまた、涼子の悪ふざけなのかと……」

 柿沼が、一度深呼吸して詩都香(しずか)に向き直る。

 たしかに、以前にも涼子は柿沼との待ち合わせをすっぽかして詩都香の学校の門前まで来たことがある。

 しかしあれは、今になって振り返ると見つかるのが前提――むしろ、見つけてほしかったのではないかという気さえする。

 だが、今度のは違う。悪ふざけでは済まない、不可解な何かが進行している。

 まず考えるべきは――

「ちょっと待っててくださいね」

 詩都香は立ち上がり、涼子の私室に向かうと、そこにあった涼子の鞄を手に取った。ついでにその部屋と寝室を確認してからリビングに戻る。

「柿沼さん、まずは学校に連絡を。涼子が今日登校したか確認してください」

 そう言いながら、鞄を開ける。

 柿沼は頷いて電話をかけ始めた。

 涼子の鞄の中には、教科書類と筆記用具と手帳、それから化粧ポーチが入っていた。

 それをひとつひとつ検める。最初に手帳を開いたが、一点の曇りもなく事務的な内容だった。手がかりらしきものは見当たらない。

「――涼子は学校に来ていない」

 電話を切った柿沼がそう伝えた。

「そのようですね。教材が今日の時間割じゃない。これは昨日の教科です」

 今日は二時間目で早退する予定だったと聞くが、その教科の教材がない。

「よくわかるね」

 柿沼が少し驚いた表情になる。

「さっき涼子の私室に貼ってある時間割表を見ましたから。それに、冬用の制服もハンガーに一着、クローゼットに二着ありました。いくらなんでももう一着は必要ない。今涼子は私服です」

「パジャマは?」

「寝室に」

 柿沼は感心した様子だった。

「僕は涼子の姿しか探してなかった。君は冷静だね、高原さん」

 頼もしそうに言う柿沼だが、それもこれも、彼がいっしょにいるおかげだ。

「警察には……」

「うん、さっき事務所に伺いを立てた。向こうでも、所属タレントとか手がかりを当たってみるという。警察に連絡するのは少し待ってほしいって。だけど――」

 事件かどうか、早急に見定めなければならない。

 柿沼はスマートフォンを握りしめたまま、そわそわと落ち着きがない。

「昨日の今日ですし、心配です。でもわたしも、巧くは言えませんが、警察への連絡はちょっと待ってからでいいかと思います」

「どうして?」

 巧くは言えない、と断ったはずなのに、柿沼は追求してきた。

 答えられない詩都香も、自分の頭の鈍さに苛立つ。

「……じゃあ柿沼さん。柿沼さんが誘拐事件だと考える立場に立った上でちょっと議論しましょう。わたしも頭の中を整理します」

 柿沼は不審そうな顔になったが、やがて納得したように頷いた。

「わかった。というか僕はどちらかというとその考えだ。涼子が仕事に穴を開けて行方をくらませるなんて考えられない」

「じゃあ、まず、涼子がこの部屋から姿を消した時間ですが」

「僕が来るより前だとしか言えない。その少し前から涼子に連絡がつかなかったけど、本人はこの部屋にいて、電話を無視した可能性もある」

「遡っても昨日の晩です。昨日の、六時半前後。わたしは涼子と電話で話しました」

「外で受けた可能性もある」

「たしかに外にいました。ですが柿沼さん、今テーブルの上にあるそれは何ですか?」

 詩都香の視線を追った柿沼が、テーブルの上に置かれた涼子のスマートフォンを見て顔をしかめた。

「そのときどこで電話していようが、その後ここに戻ってきたのは確かなわけか。ダメだね、僕は。まだ頭が混乱している」

「通話記録は?」

「ロックされている。万が一のときのために、月替りのナンバーが事務所から交付されているはずなんだが、涼子はどうもそれに従っていなかったみたいだ」

 涼子ならありそうなことだ。スマートフォンの操作に慣れていない涼子は、暗証番号を変更する手間を嫌ったのかもしれない。

「気になるのは昨日の連中ですね」

「そうだ。その話がなかったら、僕も短絡的に事件とは考えない。そいつらは危険そうだった?」

「わたしもよくわかりません。もちろん、涼子をさらおうとした危険な相手ですが、どこまでやる連中なのか……。なにせ女子高生二人に撃退されたんですから」

 魅咲(みさき)は規格外だが、それはこの際どうでもいい。

「いたずらとか?」

「単なるいたずらよりは本気度が高かった気がします」

 詩都香は涼子の荷物を漁る手を止めて、自分の鞄を開けた。

「これ、そいつらが持ってたスタンガンの残骸です」

 詩都香からビニール袋を受け取った柿沼は、中身を確認して唇を引き結んだ。

「触らないでくださいね。指紋残ってるはずですから」

「わかった。これはこっちで預かっていてもいいかい?」

「もちろん」

 柿沼はビニール袋の口を縛った。

 車のナンバーを記したメモ用紙も渡した。が、この手がかりを利用するには警察の協力が必要になる。

「僕の考えはますます誘拐の線に傾いた。議論の流れによっては独断で警察に連絡するけど、いいね?」

 詩都香は首肯した。

「誘拐じゃないとすると、涼子は自分の意志で部屋を出たことになる。それもケータイを置いていって、だ」

「逆に誘拐だとすると、ここにケータイを残していくのは辻褄が合いますね」

「だろう? でもそれだと、ドアチェーンの説明がつかない。さっきの話を信じると、涼子は錠に細工していた。外から開けられるように。それは別の人間にもできることだろうか?」

 この部屋のチェーンは綿密に計算されたかなり新しい型である。ゴムを使った解錠法などは有名だが、詩都香の細腕でも、あの隙間から施錠することも解錠することも不可能だ。アイドルの涼子はもっと細い腕をしているかもしれないが、無理には違いない。

「たぶんできません」ここで嘘を吐かざるをえないのが心苦しい。「少なくとも、わたしと涼子以外にはできません。外からかけることなんて、わたしにもできません」

 嘘の上塗りになった。詩都香の念動力(テレキネシス)なら、外から施錠することも可能だ。

「でも、涼子に可能だと仮定すると、脅されてやらされた可能性もある」

「……その可能性は排除できませんが、何のために?」

「そりゃ、涼子の不在を誤魔化すため……ん?」

 柿沼は首をひねった。自分でもおかしいと思ったようだ。

「さっきわたしが管理人さんを連れてやって来てから、道具を取りに行った管理人さんが戻ってくるまで五分強しかかかっていません。たった五分誤魔化すために、涼子を脅迫しながら犯行現場に留まりますか?」

「それは……たしかにそうだ。他の部屋からマンションの住人がいつ出てくるかわからないんだ。しかし、考えがたいことだが、それくらいしかチェーンを説明できないんじゃないかな」

 柿沼が握り拳でコツコツと自分の額を叩いた。

 その間に、詩都香の考えもまとまってきた。この可能性はない。

「すみません、前提がおかしいみたいです。涼子を脅して外側からチェーンロックをかけさせる。今のわたしたちにとって、それはひとつの可能性ではあります。が、今のわたしたち以外の誰がそれを考えつくんですか?」

「……あ」

 柿沼はぽかんと口を開けた。

「――そうか。そんな細工がなされていることを知っている人間じゃなければ、そもそも外からチェーンでロックを施させるなんて発想に到るわけがないんだ」

「おまけに、さっきの話です。何らかの手段でそれを知った人間がいたとしましょう。では、何のために涼子にそれをやらせたのか」

「涼子の不在を誤魔化すため……。でも、それはすぐ知れる」

「そうなった場合、ドアチェーンはかえって不自然でしょう。ただ普通に施錠されているだけなら、涼子が自発的に失踪したと思われてもおかしくない」

「まったくだ」

 柿沼は硬い顔で呟いた。



 そこでインターホンが鳴った。

 柿沼はインターホンに飛びついた。

『ミズタニです』

 詩都香にも聞き取れた。管理人の声だ。彼の名前は水谷というらしい。

「どうぞ。鍵は開いてます。リビングにいます」

 涼子が帰ってきたのかと思ったのだろう、小さく肩を落とした柿沼が声をかけると、遠慮がちにドアを開く音がした。

 水谷がごま塩頭を下げ気味にしながら入ってきた。

「今在宅のすべての入居者に電話で当たりました。……残念ながら、河合さんを見かけた人はいません」

「上下の階もですか?」

 詩都香が尋ねると、水谷は「はい」と力なく頷いた。

「物音に気づいた人は?」

 と、今度は柿沼。

「今のところいません。なにしろこの時間ですので、在宅している人の方が少ないんです」

 たしかに平日である。

「あの、この部屋の真下に当たる部屋に住む人たちは?」

 詩都香の質問に、柿沼が頷いた。どうやら彼も同じ発想だったらしい。

「三人だけですが、やはり何も見聞きしていない、と」

「防犯カメラは?」

 詩都香も同じことを訊こうと思っていたが、柿沼に先を越された。

「それが……」水谷は切り出しにくそうに唇を一度噛んだ。「映ってないんです、何も」

「……馬鹿野郎!」

 一拍の間を置いて柿沼が上げた大声に、詩都香は飛び上がりかけた。

 直接罵声を浴びせられた水谷はなおのことだろう。「すみません」と顔をくしゃくしゃにして謝った。

「あんた何のためにいるんだ! 映ってないじゃ済まされないだろう!」

 詩都香は急いで彼を制止した。

「落ち着いてください、柿沼さん! ――管理人さん、なぜそんなことに?」

「すみません……。昨日の夜まではたしかに映っていたんです。ですが、今朝管理人室に入ったら、動いてないんです。うんともすんとも言いません。今業者を手配しているところで……」

「あ!」

 詩都香は声を上げた。先ほどここに到着したときの違和感。

「――『防犯カメラ作動中』がなかった」

 柿沼もはっとした。

「気づかなかった……言われてみれば」

 水谷の弁明を聞く内に、激昂した彼も落ち着いたのだろう、

「すみません、怒鳴ったりして。ちょっとこちらもいっぱいいっぱいで……」

 と素直に頭を下げた。

「いえ……こちらこそ不手際で」

 水谷が恐縮する。

「それで、映像は何時のところまで残っているんですか?」

「停止した時間には差がありますが、最初に止まったカメラは午前零時十七分まで、です」

「残った映像の中に涼子の姿は」

「昨日の午後六時半過ぎに帰ってきたところは残っています。私にも声をかけていったので、時間も間違いありません。しかしその後は……」

 ひとつ腑に落ちた。普通に考えれば、水谷はまず防犯カメラの映像をチェックしに行くのが自然だろう。だけど彼はそうせずに入居者への聞き込みに向かった。防犯カメラが望み薄だということを知っていたわけだ。

「あの、すみません。さっき『最初に止まったカメラは』っておっしゃいましたが、つまり全部が一斉に止まったわけじゃないんですね? カメラはどういう順番で止まったんですか?」

「エレベーターのものが最初に。それからエレベーターホール、エントランスホール、玄関先、の順です」

 詩都香はその答えを反芻した。それはつまり、この部屋から出ていく順路になる。

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