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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第二章「偶像と背中の煤けたその相棒」Des Idols rußig rückige Schwester.
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2-6

※※※

 (ひがし)京舞原(きょうぶはら)のマンションの一室。南に向いた窓際の応接セットは特等席である。何しろ、他の高いビルの隙間から、二キロほど先の海がかろうじて望めるのだから。

「いや〜、帰ってきたねえ」

 ノエシス・フォン・ゼーレンブルンがそうしみじみと述懐すると、妹のノエマは

何度目ですか(ヴィフィールマール)姉さんシュヴェスター・マイン」などと気のない返事を寄越した。

もうドイツ語やめなよカイン・ドイチュ・メーア

 ソファに身を沈めた姿勢のノエシスは、妹の方に首を巡らせた。

 ノエマの気持ちは手に取るようにわかる。

 ノエマだって日本に戻ってこられたことが嬉しいくせに、それを態度に出すことを嫌がっているのだ。あくまでもこれは任務、という体面を取り繕うつもりなのだろう。

 まったく、素直じゃない、とノエシスは苦笑する。

 そのノエマは今部屋の掃除をしている。一週間ほど空けた部屋の埃が気になるらしい。

「あんたはいいお嫁さんになるよ」

なっ(ヴィー)!? 何言ってるんですかヴァス・マインスト・ドゥ姉さんシュヴェスター・マイン! ——ていうか姉さんもさっさと荷物を解いてください。片付かないじゃないですか」

 過敏な反応を示したノエマが後半から日本語に切り替えた。

 おっと、ヤブヘビだったか、と首をすくめてから、ノエシスは立ち上がり、スーツケースと紙袋を手に自室へと向かう。

 ドアを念動力(テレキネーゼ)で開けたところで思い出して、忙しく立ち働くノエマに声をかけた。

「あ、そうだ。明日詩都香(しずか)たちと戦うからさ、今回の挑戦状はあんたが書いてよ」

「え?」

 ノエマがはたきを持つ手を止め、意外そうな顔を向けてきた。

「明日、ですか? ずいぶん早いんじゃ」

「こういうのは早い方がいいんだって。それから、明日は〈魔法剣ツァウバーシュヴェルト〉を使うから、そのつもりでね」

 ノエマは今度こそ驚いたようだ。

「〈魔法剣〉を? でもあれは……」

 その懸念もよくわかる。〈魔法剣〉は斬りつけた相手の命を確実に奪う、冷徹で無慈悲な攻性魔法である。これまで対人戦で使ったことなどない。厄介な〈夜の種(ナハトザーメ)〉に対して数回使用したことがあるだけだ。

 ノエシスの〈魔法剣=フォイアーバハ〉は人間など痕跡すら残さず焼き尽くす。

 ノエマの〈魔法剣=グレッチャー〉は骨の髄まで氷結させる。

 いずれ劣らぬ殺傷力。二人にとってはまさに究極の攻性魔法である。

「ほんじゃま、そういうことだから」

 そうとだけ告げて部屋に入ろうとしたノエシスに、ノエマはおずおずと問うた。

「……姉さんは、高原たちに恩を感じてはいないんですか?」

 悲痛な表情である。

 ノエシスはついこの間、敵対しているはずの詩都香たちに命を救われたばかりなのだ。

 だが妹の懸念を、ノエシスは笑い飛ばした。

「なーに言ってんの。逆、逆。めっちゃ恩を感じてるってば。詩都香たちが“奥の手”をわざわざ見せてくれたのに、あたしたちが隠したままじゃ具合悪いでしょ? だから見せてあげるのよ。ていうか見せてあげるだけ。いい?」

 ノエシス自身はそれほど鮮明には覚えていないのだが、後でノエマから聞いた情報で、以前からその存在を確信していた詩都香たちの奥の手を把握していた。

 ノエマは納得しているのかしていないのかわからない表情で頷いた。

「わかりました。見せるだけ、なんですよね?」

 あたしってばそんなに信用ないかなぁ、とノエシスは少しだけ落胆しつつ、意識的にスマイルを浮かべる。

「当たり前でしょ。命の恩人を燃やしたりしないって」

「……本当でしょうね?」

 それでも信用していなさそうな様子の妹に、今度こそいたく傷つくノエシスだった。

「ほんとほんと。——んで、エマは何語で書く? たまには英語?」

 ノエシスが誤魔化しにかかると、ノエマはしばし考え込んでから答えた。

「私は姉さんみたいにそんな手紙に手間をかけたりしません。日本語で書きます」

 それから掃除を再開するノエマの姿に、ノエシスはおやおや、と苦笑しそうになった。

 ——なにが手間をかけたりしません、だ。

 二人は日本語の作文にまだまだ不慣れだ。おそらく、他のヨーロッパ語の三倍は手間がかかるだろう。

 それに敢えて挑戦するという。

 ノエマはやっぱり、まだこの国に居続けたいと思っているのだ。

「書き終わったらあたしが出しに行くから」

 妹にそう声をかけ、ノエシスは部屋に引っ込んだ。



 十月三日、木曜日、晴れ時々曇り

 あー、今日も疲れた。疲れるのにも慣れてきたけど。

 さて、困ったな。

 昨日、詩都香の前で手帳を開いたのは失敗だった。

 バレるならバレるでいいやってくらいのつもりで開いたわけではあるが、あまり大っぴらに見せつけるのもおかしいだろうと変な意識が働いてしまった。

 結果、詩都香に伝わったのは、私のスケジュールがびっしり埋まっちゃってるということだけだろう。

 私が詩都香の立場でも、連絡するのをためらってしまうところだ。

 で、詩都香からは電話もメールも来ないのでした。

 せっかく今日、ヨドドノカメラの店員に勧められるままに防湿庫とかいうのを買ったのにー。

 明日はどうしようか。

 お天気次第ってことにしちゃおうかな。

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