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9 美咲の恋

 グラウンドの北側は野球部。南側はサッカー部。

 美咲の通っている黄緑中学では、そんな風に取り決めがされていた。

 さっきまで、走り込みをしていたサッカー部だけれど、今は次の練習に入る前の休憩なのか、数人で固まって雑談をしているようだった。

 その中で。美咲の憧れの人、新田君はひと際輝きを放っている・・・・ように美咲には見えた。

 魔法美少女に変身した美咲は、魔法のほうきに横座りし、空中から新田君の活躍を見つめていた。活躍といっても、ただ走り込みをしていただけで特に順位を競ったりしていたわけでもないのだが。美咲には新田君だけが活躍しているように見えた。

 というか、新田君しか見えていない。他の部員はもはや、背景だった。

 つい、と高度を落とす。

 練習中は邪魔しても悪いと思って、四階建ての校舎のさらに上空の辺りを周回していた。でも、今は雑談中だし、少しくらい近づいてもいいだろうと考えて、新田君の頭上、二階と三階の中間あたりまで降りてみる。

 この辺りが美咲の限界だった。

 物理的にはもっと近づくことは可能なのだが、美咲の心臓的にはここが限界だった。これ以上近づいたら心臓が破裂してしまう。

 新田君は美咲に気が付かなかった。

 名前を呼んだら、気づいてくれるだろうか?

 それとも、ゆらぎの様に歌を歌えばいいのだろうか?

 その場合、何を歌えばいいのだろう?

 同じ中学の生徒だと気付いてもらえるように、校歌を歌うというのはどうだろう?

 それは、とてもいい考えの様に美咲には思えた。早速、実行しようとして、まだ校歌を覚えていないことに気が付く。小学校の時の校歌しか思い浮かばない。新田君とは小学校が違うので、これを歌っても意味がないだろう。

 非常に残念だが、この案は諦めることにした。

 そもそも、校歌という選択肢自体がナシだということに、最後まで気が付かない美咲だった。

 背景と話していた新田君が、ふと顔を上げる。

 眩しそうに空を見上げた新田君が、驚いた顔をする。

 目が、合った。

 ような気がして。




 気がついたら、いつもの河原でほうきを抱えて座り込んでいた。

 体育で全力疾走した後みたいに、心臓がバクバクいっている。

 真っ赤に茹で上がりながら肩で息をしている美咲に驚いた小鳥が慌てて駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫ですか? 美咲さん」

 美咲は頭を横に振った。

「め、めめめめめ目が・・・・」

「合ったんですか?」

「たぶん・・・・・」

「見つめあったりとかは?」

「そ、そそそそそそ、そんなのムリーー」

 叫びながら河原に突っ伏す美咲。

 目が合っただけでこの有様なのだ。見つめあうのは、美咲にはまだまだ難易度が高いようだった。

「そうですか。でも、一歩前進、ですね」

 うんうんと小鳥が頷いている。



 今回の、魔法美少女による黄緑中学サッカー部グラウンド襲撃は、小鳥の発案によるものだった。

 変身した魔法美少女の姿は、霊感が高かったり心がピュアじゃないと見えないはずなのだが、どうやら美咲の憧れの人新田君には魔法美少女が見えるらしいのだ。ちなみに新田君は、以前目撃したゆらぎのことを天使だと思っている。

「何度か、練習中のサッカー部の上空を飛んで、新田君に美咲さんの姿を目撃させるんです。その上で、変身前の化粧美少女の姿で新田君に会いに行くのです。幻の天使が、現実に現れる。これは、もう、恋に落ちるしかありませんよ!?」

 両手をぐっと握りしめて熱く語る小鳥に、美咲はあっさりその気になった。

 そうして今日。さっそく実行してみたのだ。

 ゆらぎには、「新たなファンを獲得しましょう」と言って、黄緑中とは反対の方角に追いやった。たまに歌声は聞こえてくるのだが、そこはまあ、仕方がない。

 魔法美少女となった美咲の顔を覚えてもらうことが第一! と割り切ることにした。

「次の目標は、見つめあうことですね。明日も頑張りましょうね。美咲さん」

「う、うん・・・・」

 たぶん。他人事だからなのだろう。やたらと張り切る小鳥に、美咲は頷く。

 頷いたが。正直言って、明日新田君と見つめあえる自信はなかった。



「なあ? あの小鳥の計画、本気で最後まで実行するつもりか?」

 ウサギの耳を持つ黒ネコのぬいぐるみ、ミミーを抱えてほうきに乗り、にゃんたろーハウスへ帰る途中。

 少し、言いづらそうに、ミミーが話しかけてきた。

「・・・・・・・。最後まで、は、分かんない。そうなったらいいなって思うけど、出来るかは、分かんない」

 何しろ、まだ見つめあうことさえ出来ていないのだ。

 目が合っただけで、十分幸せだった。

 ほう、と甘い吐息をもらす美咲を見上げて、ミミーはため息をつく。

「オレが心配してるのは、そういうことじゃないんだけどな」

 もし、美少女となった美咲と新田君がうまくいったとして。

 ずっと、正体を隠したまま付き合うつもりなのか、とか。謎の美少女の正体(というか素顔)が同じクラスの地味で冴えない天野美咲だとバレたらどうするつもりなのか、とか。

 そういうことを言いたかったのだが。

「まあ、この調子じゃ、そこまで到達するのは当分、先か。しばらく、様子を見るか・・・・」



 そんな、ミミーの心配をよそに。

 美咲の恋は、思わぬところで思わぬ進展をし、そして思わぬ決着がついた。




☆☆ ☆



「ふん、ふんふーん」

 両手に持った4本のモップをガチャガチャいわせながら、美咲は上機嫌で鼻歌を歌っていた。

 西校舎の1階から2階の階段が、今週の美咲の班の掃除場所だった。

 掃除を終えて、みんなからモップを預かって、1階の階段下にある掃除用具入れに向かっているところだった。

 同じ班の他のみんなは、それぞれごみを捨てに行ったり、手を洗いに行ったりしている。

 周囲には誰もいないと思って、完全に気が緩んでいた。

 気だけでなく、顔も緩んでいる。

 心は既に、空を飛んでいた。

 昨日は目が合った気恥ずかしさから、すぐに撤収してしまったので、今日は少し離れた所からじっくりと新田君の活躍を鑑賞し、それから近づいてみようかな、などと計画を練る。

 今日は目が合うだけじゃなくて、ちょっとだけでもいいから、見つめあったりできるといいな。

 そのシーンを夢想しながら、モップを掃除用具入れにしまっていく。

 妄想の中の新田君相手なら、いくらでも大胆に振る舞うことが出来た。

 ほうきに乗って、ゆっくりと新田君に近づいて行く美咲。

 手を伸ばせば届きそうな距離で止まると、気づいた新田君が顔を上げる。

 目が合って、見つめあう二人。

「新田君・・・」

 見知らぬ美少女に名前を呼ばれ、驚いた顔をする新田君。

「好き・・・・・」

 行き成りの告白で、美咲の妄想は終わった。

 妄想だけでなく、なにか、いろいろなものが終わった。

「え?」

 本物の新田君が、掃除用具入れの置かれた壁の向こうから現れたのだ。

 現実の新田君の驚いた顔と、妄想の新田君の顔が重なる。

「え・・・・と、その」

 新田君が困ったような顔をして、右手で頭を掻いているのを、美咲は呆然と見つめていた。何が起きたのか、まだよく分かっていなかった。

「気持ちは嬉しいけど、今は部活に集中したいから、誰か女の子と付き合ったりするつもりはないんだ。ごめんね」

 申し訳なさそうにそう言うと、スルリと美咲の脇を通り抜け、階段を昇っていく。

(・・・・・・・・・・・・・あれ?)

 その間、美咲はずっと固まったままだった。

 いつの間にか、散らばっていた班のみんなが戻ってきていたようだった。

 後ろから、会話が聞こえてくる。

「あれ? 何かあったの?」

「それがさー、聞いてくれよ。天野のやつ、掃除用具入れの前で新田に告って振られてやんの」

「え? マジで?」

 女子たちの間で、ざわめきが走る。

 そこで、ようやく美咲は、妄想のはずが本当にそのセリフを口にしてしまったことに気が付いた。さっきの新田君は、妄想ではなく本物の新田君だったということにも。

「天野のくせに、身の程知らずだよなー」

 美咲にとってはタイミングが悪いことに、一部始終を目撃されていたらしい。目撃者である男子の、心無い一言が美咲の胸に氷のナイフとなって突き刺さった。

 女子たちのざわめきもピタリと止まる。

 身の程知らず。

 話を聞かされた女子たちも、心の中ではそう思っていた。後で陰口を言ったりしたかもしれない。

 地味で冴えない天野美咲のくせに、みんなの憧れ新田君に告白するなんて。

 振られたのは当然としても、告白したという事実自体が何となく気に食わない。

 それが、女子たちの本音だった。

 本音だったが。

 たった今、振られたばかりの本人に対して、言っていいことと悪いことがある。

 それくらいの分別は、女子たちにはあった。


 美咲の肩が、細かく震えだす。

 胸の奥には冷たさが広がっていくのに、目の周りには熱が集まっていく。

 視界がぼやけて、両目から熱いものがどんどん溢れてくる。

「そんな・・・・こと・・・。そんなこと、言われなくても、分かってるよ・・・・。でも、でも・・・。それでも、好きだったん・・・だもん」

 震える声で、そこまでしゃべると、喉の奥からも熱い塊がせり上がってきて、もう耐えられなかった。

「ふ・・・・うくっ」

 しゃくりあげた美咲は、そのまま。

 子供の様に、大声をあげて泣き出した。

 さっきまで、美咲に反感を抱いていた女子たちだったが、こうなっては話は別だ。みな、美咲に近づいて、頭や背中を撫でながら慰めの言葉を口にする。

 不用意な男子の言葉は、美咲を傷つけたけれど、同時に美咲の対場を救ってもいた。

 あの一言がなければ、女子たちのいらぬ反感を買って、いじめ・・・とまではいかなくても、微妙な立場になっていたかもしれない。

 けれど、今や美咲は被害者だった。女子たちの敵意は、すべて件の男子に向けられている。

「え? これ、俺が悪いのかよ? わ、悪かったよ、天野・・・・」

 美咲が泣き出したことと、女子たちに責め立てられたことに慌てた男子が、微妙に誠意の足りない謝罪をするが、美咲の耳には届かない。

 女子たちの慰めも届かなかった。

 生まれて初めての失恋に、美咲は。

 声が枯れるまで泣きつくした。




(前にもこんなことあったな。いや、あの時はメイク中に泣き出したんだっけか?)

 帰ってくるなり、にゃんたろーハウスのテーブルに突っ伏して泣き出した美咲を前に、ミミーは途方に暮れていた。

 学校で何かあったのだろうが、何も言わずに泣き出してしまったので、どう声をかけていいものか判断がつかない。

 大体、こんな時。美咲は何も聞かなくても、自分から勝手にしゃべりだす。だから、何も言わずに泣き出されると、聞いていいものやらどうやら判断がつきかねるのだ。

 迷った末、ミミーはよいしょとテーブルによじ登り、ポンポンと美咲の頭をなでる。

 すると、相変わらず突っ伏したままではあるが、嗚咽交じりに美咲が話し始める。

 ミミーは黙って話を聞いた。

「うっ、ぐす。掃除の、時間に・・・・つい、うっかり、好きって言っちゃって、ぐすっ。そしたら、新田君に、聞かれちゃって。ひぐっ。今は、部活が大事だから、女の子とは、お付き合い、出来ないって・・・・・・」

 妄想の中で告白しているつもりが、現実でも声に出してしまい。タイミングが悪いことに、たまたま通りかかった本人にそれを聞かれ。挙句に振られてしまったのだ。

 完全なる自爆だった。

 妄想の下りは特に説明されなかったが、ミミーはなんとなく察した。

 あー、と天井を仰いでから、優しく声をかけてやる。

「まあ、振られたとはいえ、誠意ある対応なんじゃねえか。まだ、中一だってえのに、なかなか見どころのあるやつだな。その新田ってやつは」

「うん・・・・」

 たとえ振られた相手でも褒められるのは嬉しいのか、ようやく美咲が顔をあげた。

 完全に瞼がはれ上がったひどい顔だったが、少しだけ笑顔を見せたことにミミーはほっとした。

 本心では。中一でそこまでそつのない対応が出来るとは、よほど女を振りなれてるんじゃないかと思っていたけれど、そこはそれだ。

「身の程知らずって、言われちゃった・・・・・」

「んなっ!? 誰が、そんなこと言いやがったんだ!? そいつの名前と住所を教えろ! 今から、そいつの家に行ってこのオレが天誅を・・・・」

 ポツリ、と転がり出た言葉に、ミミーはいきり立った。

「そんなこと、しなくていいよ。ホントのことだし・・・・」

「そんなこと、ねえよ」

 力なく笑う美咲に、ミミーは振り回していた両手を止めた。

「たとえ地味で冴えなくても、おまえは十分魅力的な女の子だ。おまえのその根拠のない前向きさに、意味もなく勇気づけられる奴だっているだろうよ。例えば、小鳥とか」

「小鳥さんが?」

「おう」

「だったら、いいな」

 普段褒められ慣れていない美咲の心に、ミミーの言葉が沁みた。若干、微妙な表現が含まれていたが、そこには気が付かない。小鳥の役に立っていると言われたことが、純粋に嬉しかった。

「オレ様を信じろ。それに、素顔は地味で冴えなくてもメイクすれば掛け値なしに美少女なんだからな。もっと、自信を持て。いいか、メイクも女子力の内だ!」

「ふはっ。何、それ?」

 ミミーの軽口に、少しは元気が出たようだ。

 よし! もうひと押し、とミミーはさらに話をつづけた。

「それと、だ。振られたって言っても、嫌いだとか、他に好きな女がいるとか言われたわけじゃないんだろ? ってことは、おまえの気持ちが相手に伝わっただけで、ある意味これまでと変わりないってことだよな?」

「言われてみれば・・・・」

 単純な美咲は、気が付かなかったというように、腫れぼったい瞼の下の目を輝かせた。

「今まで、顔も名前も知らない存在だったおまえだが、告白したことで、たぶん顔と名前ぐらいは憶えてもらえたはずだ。つまり。むしろ、一歩前進したということだ」

「お、同じクラスなんだから、顔と名前くらい覚えてもらってるよ! たぶん」

 真面目な顔で失礼なことを語るミミーに、美咲が頼りない反撃をする。

 ようやくいつもの調子を取り戻してきた美咲に、ミミーは胸を撫で下ろしつつ。


(やれやれ。思ってもみないところで、傷ついて帰ってくるんだからよー。全く、こいつらは、手がかかるぜ)


 そっと小さくため息をこぼした。



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