8 魔法美少女子会
キラキラした目で小鳥に見つめられて、美咲は居心地悪そうに身じろぎした。
どうしよう。小鳥さんが眩しい。
「今日のワッフルは駆逐し終えましたし、存分に語り合いましょうねっ」
いつになく、はしゃいだ様子の小鳥に、美咲はどうしていいか分からなかった。
小鳥の期待に満ちた視線と、ゆらぎのどうでもいい風を装いながらも気になって仕方がない感じの視線に挟まれてたじろぐ美咲。素顔は地味で冴えない女の子である美咲は、普段あまり注目を受けることがないので、軽くパニくっていた。
そもそも。どうして、こんなに小鳥がやる気になっているのか、理解していないのだ。
場所は、森の化粧室。
切株型のテーブルに、3人の魔法美少女が集っていた。いつもはマイペースに鼻歌を歌いながら部屋の中をフラフラしているゆらぎも、今日は珍しく葉っぱ型のクッションに座って大人しくしている。
ぬいぐるみたちは、小部屋の奥のドレッサーの前に集まり、そっちはそっちで何やら話し込んでいるようだった。
緊急魔法美少女子会は小鳥の発案によるものだった。
乱心した美咲によるメロンは甘かった事件の後、犯行の理由を小鳥に尋ねられた美咲は素直に全てを話した。
聞き終えた小鳥は。
キラン、と目を輝かせた。
「速攻で今日のワッフルを駆逐し、森の化粧室でミーティングを開きましょう。詳しくは、そこで!」
言うが早いか、空中にスクリーンを呼び出し、超高速で繭の周辺のチェックを始める。
根が真面目な小鳥は、いつもはじっくり時間をかけて念入りに繭のチェックを行っていた。けれど、今日は何のスイッチが入ったのか、まるで別人のような仕事ぶりだ。
とはいえ、決して手を抜いているわけではない。
何というか、集中力が違うのだ。
その鬼気迫る様子にゆらぎは呆気にとられている。美咲の方は、目まぐるしく切り替わるスクリーンの映像についていけず、目を回しかけていた。
ゆらぎの天使の空中ライブの効果なのか、幸いにもワッフルは発見されず、宣言通りに今日の仕事を速攻で終えた小鳥は、かつてない笑顔で美咲たちを振り返った。
「さあ。ミーティングを始めましょう!」
逆らえない笑顔だった。
美咲は無言でこくこくと頷き、ゆらぎは。
少し考え込んだ後、素直に小鳥に後に続いて森の化粧室へと向かい、テーブルについたのだった。
「え、と。では、まず。新田君のことについて、もう少し詳しく教えてください」
「!」
なぜ、自分が注目されているのか分からず固まっている美咲に、小鳥が水を向けた。
小鳥が珍しく積極的なのは、美咲の話に恋の香りを感じ取ったからだ。
そう。ミーティングとは名ばかりの、所謂恋バナというヤツがしてみたかったのだ。
新田君の名前を聞いた途端に、美咲は面白いくらいに赤くなり、火照る顔を隠すように両手で頬を包み込んだ。
「に、新田君は、その、同じクラスの男の子で、すっごくかっこよくて、勉強もできて運動も得意なんだ。サッカー部に入ってて。クラスの女の子は、大体みんな新田君のことが好きみたいなんだ」
小鳥の意図を理解したわけではないが、新田君のことを話せるのは嬉しいらしく、美咲はもじもじしながら話し始める。
「いいですねー。どうして、うちのクラスには、そういう男子がいないんでしょう?」
「ええ? で、でも。わたしが勝手に好きなだけで、新田君とわたしじゃ身分違いっていうか、釣り合わないし」
うっとりとため息をつく小鳥に向かって、美咲はわたわたと両手を振り回す。
「身分違いって、そんな・・・・。まあ、なんとなく分かりますけど。たとえ、万が一、両想いになれたとしても、その時はクラスの女子を敵に回すことになりそうですよね。なんで、あんな奴が・・・・・とか言われて」
「・・・・・・うん」
「あ。ああああ、でも! そういう相手がいるというだけでも、素敵なことですよね」
現実を思い出してガクリと肩を落とした美咲を見て、小鳥が慌ててフォロー・・・・のようなことを口にする。
「うん・・・・・」
返事はするものの、美咲は項垂れたままだ。
「え、ええと。そうだ! ミミーさんにお化粧してもらって、謎の美少女として新田君の前に現れるというのはどうでしょう!?」
「それは、わたしも考えたことあるけど。でも、魔法美少女の姿は、みんなには見えないし・・・・。あ。新田君には見えるかもしれないのか・・・・」
「ふふ。美咲さんってば、わざわざ魔法少女に変身しなくても、お化粧だけしてもらって、そのまま会いに行けばいいじゃないですか」
「え?」
「え?」
うっかりさんですね、とでも言うかのように微笑む小鳥に、美咲が固まる。そんな美咲を見て、小鳥も、あれ? という顔をする。
そのまま、二人でしばらく見つめあった。
なんとなく、事態を把握した小鳥が、先に口を開いた。
「あの、美咲さん。お化粧しただけで、魔法少女になるわけじゃないんですよ? 変身の呪文を唱えることで、魔法が発動して、魔法少女に変身できるんです。呪文を唱えるまでは、お洋服も変わらないでしょう?」
「そうなの!? し、知らなかった。つまり、メイクしただけなら、ただの美少女ってこと?」
「え、ええ、まあ。そうなります」
初歩中の初歩というか。その辺の説明は、出会ったその日には聞かされていた小鳥は、生ぬるい笑顔で頷いた。
きっと。美咲が聞いたことをすっかり忘れているか、ミミーが言い忘れたか、どちらかなのだろうと当たりを付ける。
そのうち、真面目なミーティングをして、知識のすり合わせをした方がいいかもしれないとこっそり思う。
「そっか。それなら、もしかしたらわたしにもチャンスが・・・。あ、でも。胸が小さいからって、相手にされなかったらどうしよう?」
パァーッと顔を輝かせた美咲だったが、自分のなだらかな胸を見下ろして、また顔を曇らせる。
「何か、詰め物をすればいいんじゃないですか? どうせ、一夜限りの幻の恋なのですし」
「え? 一夜限り? 幻?」
メイクを落としたら別人が現れるのだから、幻といえば幻だ。
結構、ひどいことを言っている小鳥だが、設定に酔いしれているだけで、本人に悪気はない。幸いなことに、美咲には言われたことの意味は分かっていないようだった。
頭の上に疑問符が飛んでいるのが見えるようだ。
「ちょっと」
狙ったわけではないが、いいタイミングで話に割って入ったのは、今までずっと大人しくしていたゆらぎだった。
不機嫌そうに、人差し指でテーブルをトントンと叩いている。
「その新田君とやらは、アイドル魔法天使になったアタシの姿が見えたんだよね?」
「え? う、うん」
「アタシのこと、何て言ってたのか、もっと詳しく教えて」
「え? うん・・・・」
どうやら、恋バナに興味があったわけではなく、それが聞きたかったようだ。
美咲と小鳥は。呆気に取られてゆらぎの顔を凝視した後、二人で顔を見合わせて苦笑いした。
あまり気は進まないながらも、それでも聞かれたことなので、美咲は素直に答えた。
「えっと、天使が歌いながら空を飛んでて、美少女で、おっぱいが大きかった・・・・って言ってたと思う」
「・・・・・・それだけ?」
「それだけ」
あまり納得のいく説明ではなかったらしく、ゆらぎは腕を組んでむーっと唸っている。
「なんか、パッとしない説明だけど、まあ、いいか。とにかく一人の少年の心に、アタシの歌が深く刻み込まれたってことだよね」
ギラッとゆらぎの瞳が光った。
妖怪みたいで、なんか怖い。
美咲と小鳥は、びくっと身を竦ませた。
「ふ、ふふーん♪」
そんな二人を意に介さず、ゆらぎは鼻歌を歌い始める。
「べ、別に、歌を気に入ったとかじゃなくて。美少女なのとおっぱいが大きいのを気にしてただけだから!」
なんとなく気に食わなくて、反撃を試みた美咲だが、負け惜しみにもなっていなかった。
「ん? ああ。美咲はその子のことが好きなんだっけ。安心して。アタシはアイドルだから! どんなにその子がアタシのことを好きでも、アタシは誰か一人のものになったりはしないから! アイドルとして!」
ババーンと豊かな胸を張るゆらぎ。
はじけるメロンに圧倒されて、口をパクパクさせる美咲。何か言い返したいのだが、何を言えばいいのか分からなかった。
「え、えーと。ゆらぎさんは、どうしてアイドルになりたいのですか?」
何とか場をとりなそうと、小鳥が無難そうな質問をする。
いつも、マイペースに輪から外れているゆらぎなので、ゆらぎと話をするいい機会だった。
「それがアタシの天から与えられた使命だから!」
「え、ええ!?」
そういうことが聞きたいんじゃなかったけれど、ゆらぎらしいと言えばゆらぎらしい答えだ。
「まあ、歌を歌うのは昔から好きで、よく公園で一人でコンサートを開いてたんだけどね。その時に、見たの。天使が空を飛んでいるのを。今思えば、あれはあの当時の魔法少女だったのね。とにかく、アタシはその時、確信したの。アイドルになるのが、アタシの使命。天使はアタシを祝福してくれてるんだって」
「なんだか、運命的ですね」
そういう話が聞きたかったの、とばかりに、小鳥は目を輝かせて相槌を打つ。
美咲も、ふてくされながらも一応、話を聞いていた。
「そして、アタシはエルに出会った。エルに魔法をかけられて、アタシは悟ったの。アイドルになることがアタシの使命なら、アイドル魔法天使になることはアタシの天命だって」
両手を天に向かって広げ、陶酔した眼差しで宙を見つめるゆらぎ。
小鳥はうんうんと頷き、美咲はつまらなそうに、テーブルに指でのの字を書き始める。
「天命に従い、中学生の間はアイドル魔法天使として活動し、中学を卒業したら、ただのアイドルになる!」
ゆらぎの中では、既に未来が確定しているようだ。
「ゆらぎさんは、一途なんですね」
小鳥は素直に感心している。
「ゆらぎなのに、ゆるぎないよねー・・・・。っていうか、どうしてゆらぎって名前になったの? 変わった名前だよね」
どうでもよさそうに茶々を入れた美咲が、ふと気づいて名前の由来を尋ねる。
「女の子だから、可愛くひらがなで3文字にしたかったんだって。でも、お父さんとお母さんの意見がなかなか合わなくて、瞑想の末にゆらぎになったんだって」
ゆらぎは指で髪の毛の先をクルクルともてあそびながら、ちょっと自慢げに答えた。
「め、迷走の末・・・・ですか?」
「めーそうの、すえ・・・・・?」
どうして、ゆらぎが自慢そうにしているのかが分からずに、小鳥は顔を引きつらせた。
美咲は言葉の意味が分からなかったらしく、首を傾げている。
「そう。瞑想の末。なんか、かっこいいよね」
「あ、あー・・・・」
ここでようやく、ゆらぎが何か勘違いしているらしいことに、小鳥は気が付いた。
気が付いたけれど。
そっとしておくことにした。
本人が幸せなら、それでいい。
ご両親はゆらぎまくりだったんですねー。
心の中だけで、こっそり呟く。
「さ。じゃあ、アタシはもう行くから。エル。帰るよ」
聞きたいことを聞いて満足したのか、ゆらぎが勢いよく立ち上がった。
「え? もう、ですか?」
「うん。ちょっと、歌ってから帰るから。じゃあね、また明日」
カエルのぬいぐるみを拾い上げると、ゆらぎはさっさと小部屋を出ていく。
「あ、また明日」
「また明日―」
既に鼻歌を歌い始めているゆらぎには、美咲たちの挨拶も聞こえていないようだった。
「行っちゃったね」
「行っちゃいましたね」
ゆらぎが消えていった壁を、二人は何とはなしに見つめる。
「今日は思いがけず、ゆらぎさんとたくさんおしゃべり出来てしまいました」
「そーですね」
「これを切っ掛けに、もっと馴染んでくれるといいのですが」
「そーですね・・・・」
ゆらぎのことを気に掛ける小鳥が面白くない美咲は、力ない返事をする。
小鳥は、美咲の様子には気が付かない。
「このことは、心の妖怪辞典にちゃんと書き加えておかないといけませんね」
などと、真面目な顔で言っている。
美咲は。
冗談なのか本気なのかの判断がつかず。
とりあえず、聞かなかったことにした。




