7 おっぱいには勝てないのか?
「うわーん。ミミー! おっぱいが大きくなる魔法をかけてー」
「うわっ!? な、何だよ? 藪から棒に」
学校から帰ると部屋にも戻らず、庭先に設置された、にゃんたろーハウスに直行。クッションの上でくつろいでいるミミーを小脇に抱えて、ドレッサーに向かうのが美咲の日課だった。
けれど、この日は。
何やら叫びながらクッションの上のミミーを両手に掴むと、そのままフローリングの床の上をスライディングしていく。
床に寝転がったまま、美咲はミミーを見上げた。
「新田君が、新田君が・・・・・」
「誰だよ、新田君って」
「クラスの男子・・・・」
「おまえの好きなヤツか?」
「す、好きだなんて、そ、そそ、そんな!? 恐れ多い!!」
がばりと起き上がった美咲は、顔を赤くしながら前に突き出した両手をフルフルさせる。
「同じクラスの男を好きになるのに、恐れ多いも何もないだろうがよ。で、どんなヤツなんだ?」
先ほど美咲に放り出されたミミーは、ため息をつきながらクッションに戻る。
ぬいぐるみなので、特に怪我はない。なかなか、便利な体である。
「かっこいい・・・・。勉強もできる。あと、サッカー部」
両手の人差し指を突き合わせて、もじもじしながらの拙い説明だったが、大体把握できた。
「絵にかいたようなやつだな。まあ、初めての失恋は、そういう所謂、高嶺の花的な相手で済ませた方がいいか・・・・」
「なーんで、失恋するって決めつけるのー!? そりゃ、そうかもだけど、わたしだって、ホントは分かってるけど、でも、でも・・・・。魔法美少女に変身すれば、すれば・・・・・・。しても、ダメかもしれないー」
美咲は再び床に突っ伏した。
「あー。つまり、その新田君とやらが巨乳好きであることが判明したと」
「巨乳好きとか、いやらしい言い方をするなー!!」
そして、またがばりと起き上がる。
「寝たり起きたり、さっきから忙しいな、おい。起き上がりこぼしか、おまえは。大体、おまえがおっぱいとか言い始めたんだろーが」
「今日の放課後。いつもなら、すぐに部活に行っちゃう新田君が、珍しく教室に残って窓から空を見上げてたんだよ。どうしたのかな、って思ったら・・・・」
ミミーのセリフを流して、一人で勝手にしゃべり始める美咲。
聞き流してというより、たぶん最初から話を聞いていなかったと思われる。
いつものことだった。
~以下、美咲の回想による~
いつもは、チャイムが鳴り終わると同時に、サッカー部の部室へ駆けだす新田君だったが、今日は何故か窓際へ近づくと、何かを探すように空を見まわしていた。
どうしたんだろう?
椅子に座ったまま、美咲はそれとなく新田君と空を交互に見つめる。美咲だけだなく、クラスの大半の女子はチラチラと様子を窺っていた。
鳥が飛んでいるとか、飛行機が飛んでいるとか、特に空に変わった様子は見られない。うっすらと雲が棚引いているが、気持ちの良い晴れ空で、お天気の心配というわけでもなさそうだ。女子の様に、紫外線を気にしているわけでもないだろう。
「なんだよ、新田。もしかして、昨日の天使とやらを探しているのか?」
「あー、いや・・・・」
同じサッカー部の早田君に茶化すように声をかけられて、新田君は少々バツが悪そうな顔をした。
「え? なになに? 天使って、なんのこと?」
クラスの女子の疑問を代弁するように話に入っていったのは、卓球部の村田君だ。村田君だけ部活が違うけれど、クラスでは仲のいい3人グループだった。
雑談をしているふりをしながらも、女子たちの意識は窓際に集中する。
「こいつ、昨日の部活の最中に、天使が歌いながら空を飛んでるとか言い出してさ。しかも、かなりの美少女でおっぱいも大きかったらしい」
「新田・・・・。何か、悩みがあるなら、俺たちいつでも相談に乗るから。あ! それとも、もしかして。おっぱいの大きな彼女が欲しいという欲求不満からそんな幻覚を見ちまったのか?」
「う、うるさいな。そんなんじゃないよ。本当に見た・・・・と思ったんだけどな。みんな見てないっていうし。まあ、いいや。とにかく、この話はもう終わり。ほら、部活行こう」
連れだって教室を出ていく3人。
それを見届けてから、ざわりと教室が揺れた。
女子たちは自分の胸を見下ろして、それからクラスの他の女子の胸の辺りに視線を走らせる。幸いにも、と言っていいものか、まだ中一ということもありクラス内には巨乳といえるほどのバストの持ち主はいなかった。もしいたら、クラス中の新田派の女子の反感を買ってしまったことだろう。
そして、また。もし、これが他の男子だったなら、明日からクラスの女子から汚物の様に扱われたことだろう。
だが、クラスの女子の関心は今、どうしたら自分の胸を成長させることが出来るかに向いていた。
もちろん、美咲も例外ではない。
天使の正体に心当たりがあるだけに、他の女子よりショックは大きい。
ゆらり、と椅子から立ち上がると、さよならの挨拶もせずに教室を飛び出した。
そして、今に至る。というわけだ。
「ほう。中一男子にして魔法美少女が見えるとはな。霊感が高いのでなければ、ピュアな心の持ち主なんだろう」
「そっかー。新田君はピュアな心の持ち主なんだー」
さっきまでグズついていいたのに、両手を組んでパーッと明るい表情を浮かべる美咲。
一瞬、一瞬を全力で生きる少女だった。
「まあ、ゆらぎの魔法美少女としての力が強いせいもあるが。どうなることかと思ったけど、ありゃ、結構な掘り出し物だぜ」
「そう・・・・なの?」
納得いかないというように、美咲がむくれた。
これが、ゆらぎではなくて小鳥だったなら、さすが小鳥さんと目を輝かせていたことだろう。
ゆらぎのことは、嫌い・・・というわけではなのだが、苦手というか、どう付き合ったらいいのか掴みかねている美咲だった。
「ああ。思いや願いが強いほど、自分の魔法を信じる力が強いほど、魔法美少女としての力も強くなる。そういう意味では、あいつの力はダントツだ。自分は天から選ばれた、あー、何だっけ? アイドル・・・・ほにゃららだと信じて疑ってないからな」
「妖怪・アイドル魔法天使だよ」
「あー、そう。それ。それと、思いの力を別にしても、あいつが一番力が強い。オレたちぬいぐるみのメイクで地味顔が美少女に変身する奇跡の力が魔法を生み出す。そして、変身の呪文を唱えることでただの地味顔少女が魔法美少女へと変身する。この時、メイク前とメイク後の落差が激しければ激しいほど、魔法美少女としての力が増すんだ。だが、おまえら三人の中で、ゆらぎだけが突出した美少女というわけじゃねえ。ということは、つまりだ」
「つまり?」
「メイク前のあいつは、おまえと小鳥以上の地味顔だということだ」
「あー・・・・・・」
何と答えていいか分からず、美咲は微妙な顔をした。
ゆらぎの方が魔法美少女の力が強いのはなんだか癪だが、それが理由なら別に勝たなくていい。
勝っても負けても嬉しくないこともあるんだな。
美咲はまた一つ大人になった。
「あ! そうだ! おっぱい! おっぱいの話をしてたんだよ! ねえ、ミミー。魔法でおっぱい大きく出来ないの?」
「・・・・・・・・・・現実のおまえの胸を大きくすることは出来ないが、魔法美少女☆美咲の胸を大きくすることは可能だ。変身するときに、胸を大きくしたいと強く望めば、魔法美少女の姿に反映させることは出来る」
「よし! じゃあ、さっそく変身しよう」
意気揚々と立ち上がり、むんずとミミーを掴み上げる。
「だが、あまりお勧めはしない」
「どうして?」
ドレッサーに向かう美咲の足がピタリと止まる。
「今までぺったんだった奴が、いきなり巨乳になって現れたら、あいつらどう思うよ? なんか、いかにも、ゆらぎの胸が羨ましかったので魔法で大きくしてみました、みたいじゃねーか?」
「!!!!!!!!!!!! それも、そうだ」
ぬいぐるみをボトリと取り落とし、がくりと膝をつく。
「まあ、まだ中一なんだから、そのうち大きくなんだろ。毎日、牛乳飲んで、風呂でよく揉んでおけ」
散々な扱いを受けたミミーだが、割といつものことなので特に文句も言わずに、フォロー的なことを口にする。
「牛乳飲んで、お風呂で揉んだら大きくなるの?」
美咲の瞳に希望の光が灯る。
「いや、知らん。まあ、気休め程度にはなるだろ」
だが、ミミーはあっさりそれを打ち砕いた。フォローするなら、最後まで続けて欲しいものだ。
「そんなぁー!?」
「あー、うるせえ。大人になったら、自分の稼ぎで豊胸手術でも受けろ。それで、万事解決だ」
「そういうんじゃなくてぇ! あと、今! 今、何とかしたいんだよー」
「無茶言うな。ホラ、いいから、座れ! とっととメイクして、魔法美少女に変身するぞ」
「うぐー・・・・・」
ミミーに促されて、美咲は両手をユラユラさせながらドレッサーの前の椅子に座る。
「おっぱいには、勝てないのかなー・・・・」
「いいから、シャキッとしろ! シャキッと!」
ミミーの発破も耳に入っていない様子だ。まあ、これは、いつものことだが。
「めんどくせえな、おい。頼むから、男に引っ掻き回されて、魔法美少女に変身できなくなったりしないでくれよ。おまえだって、このオレが見つけた逸材なんだからな」
どうせ聞いていないだろうと思ってこぼした呟きは、珍しく美咲の耳に届いたようだった。
「うん。大丈夫。ミミーにはお世話になってるし、それに小鳥さんとも一緒に頑張ろうって約束したし。魔法美少女のお仕事は、ちゃんとやるよ。たとえ、おっぱいが大きくならなくても」
「美咲・・・・」
真面目でしっかり者の小鳥の影響か、少しは責任感が芽生えてきたようだ。
「よーし! おっぱいは大きくしてやれねえが、とびっきりの美少女にはしてやれるぜ! さあ、黙って目を閉じな」
「うん!」
根が単純な美咲は、もう気分が回復したようだった。
ミミーの期待を、なんとなく感じたからでもあるし、一つ年上である小鳥の胸も自分と似たか寄ったかのペタンコ具合なことを思い出したからでもある。
小鳥さんとおそろい。
勝手に仲間意識を感じて、自分を慰める美咲だった。
美咲だったが。
「うわーん! ユラギンのゆらぎり者―――!!」
河原でゆらぎの姿を見たら、また火がついてしまったらしい。
ガシイィッと両手でゆらぎの二つのメロンを鷲掴み、そのまま荒々しく揉みしだく。
美咲さん、ご乱心。
「うひゃああああ!? ちょっ!? 何するのよ、いきなりーーー!?」
「み、美咲さん!? あ、あの、落ち着いてください!」
慌てて美咲を引きはがそうとするゆらぎと、オロオロするだけの小鳥。
「な、何コレ? なんか、気持ちいい。柔らかい。ふにふにしてる」
一頻りメロンの甘さを堪能した美咲は、ゆらぎから手を離し、自分のストンとなだらかな平原を見下ろす。メロンどころか、まだ、何も収穫できそうにない。
「おっぱいは、いいものだった・・・・・」
ガクリ、と美咲は肩を落とした。胸を庇いながら美咲から距離をとるゆらぎを恨めしそうに見つめる。
「やっぱり、ユラギンじゃなくて、ユラギルでよくない? ゆらぎり者だし」
「はあ!? さっきから、何なの!? それに、ゆらぎり者って何よ!?」
「おまえが、一人で勝手に裏切られたんだろうがよ」
「今日から、ゆらぎり者のユラギンって名乗りなよ」
「な!? 勝手なこと言わないでよ。アタシはユラギン! アイドル魔法天使☆ユラギンだから!」
「ユラギルのゆらぎり者~」
「え? あ、あの・・・・」
もはや、収拾がつかない。
そして、おっぱいはどこかに行った。
子供のケンカのようなやり取りを始めた美咲とゆらぎを、しばらくオロオロしながら見ているだけの小鳥だったが、先輩として自分が何とかしなければという思いから、意を決して二人の間に割って入る。
「二人とも、落ち着いてください!」
珍しく大声を張り上げる小鳥に驚いて、二人のケンカがピタリと止まる。
「もう、美咲さん。さすがにそれは、ゆらぎさんに失礼ですよ。ちゃんと謝ってくださいね」
「う・・・・。ごめん、ユラギン。おっぱいが羨ましくてつい・・・・」
小鳥に怒られて、少し頭が冷えた美咲はしゅんとしながら素直に謝った。
「・・・・・・・・もう、二度としないなら許してあげる。アタシは天に選ばれしアイドル魔法天使だから。このアタシの天使のように広い心に感謝しなさい?」
いつもなら、ここで何かポーズを決めるところだが、今日は先ほどのダメージが抜け切れていないのか、両手で胸を庇いちょっと及び腰になっていた。
「それと、ゆらぎさんの愛称は、ユラギンです。最初に、みんなで話し合って決めたんですから、ね? ・・・・・・それに、心の妖怪図鑑に、もうユラギンで登録してしまいましたし」
仲直りできそうな二人の様子に満足げに頷いて、小鳥は先を続けた。最後の一言は、こっそり美咲にだけ聞こえるように、だが。
「そっか。それじゃ、仕方がないですね! ユラギンはやっぱりユラギンで!」
キラリ、と。いたずらっぽく瞳を輝かせた小鳥の常ならぬお茶目な様子を見て、なんだか嬉しくなってしまった美咲はあっさりと機嫌を直す。
「ふっふーん。分かればいいのよ、分かれば。アタシはユラギン! 天に選ばれしアイドル魔法天使☆ユラギンだから!」
やっぱり胸は庇いながら、それでもセリフだけは威勢よく、ゆらぎは派手にウィンクを決めた。