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“魔術”のいろは講座

~前回までのあらすじ~

突如王太郎たちの前に現れた『魔導学園襲撃犯』のオルガ・ベロニカ。

さらに現れた魔獣を目覚めた魔術によって撃退するものの、さらに絶望は続いた。が零が現れ魔獣を一掃した。

遅ればせながら登場した香月先生により真実が語られ、“大罪の魔王”たる零とオルガの本性を目の当たりにする。

「あれ? 朝臣あそんくんには言ってませんでしたか?」

「聞いてませんよ香月こうづき先生!」

「そうでしたか。ごめんなさいっ☆」


 年甲斐もなく「テヘッ☆」とか言って誤魔化す先生。

 香月先生には突っ込まないとして、俺たちは“大罪の魔王”であるオルガ・ベロニカへ注目する。


「オルガ・ベロニカですわ。“色欲の魔王”なんて呼ばれてますの」


 改めて自己紹介をしたオルガ。丁寧かつ清楚な所作に色欲は見られない。


「しかしれい様の名前を上げた時点でそちらの殿方は気付いているものだと思ってましたわ」


 そしてオルガは俺を指差す。それは無茶振りじゃないのか?


王太郎おうたろうくん、どういうことかな……?」

「結局あんたのせいじゃないの」

「太郎、あんたね……」

「確かに気付いてもおかしくなかった……。って、分かるかぁ!」


 それでも女子たちの視線が痛い。特に笑顔で切れる七海ななみが怖いです。

 そんな蜂の巣にされている俺の肩をすばる颯介そうすけは黙って叩く。二人の目が語っていた。


『ドンマイ』


 と。


「言葉で励ませよ!」


 何だよ味方がいねぇぞ。俺はいつの間にこんな扱いを受けるようになったんだ?


「お遊びはここまでとして、オルガはどうして学園に来たの?」


 紗耶さやさん、俺は心を痛めているのに「お遊び」は酷すぎませんか?


「言った通り零様に会いに来ましたの」

「来なくていいんだよ。機密にしてたハズなのにどうして居場所が分かったんだ」

「ひとえに“愛”ですわ零様!」

「引っ付くな、うっとうしい!」


 全力で抵抗し、抱き着くオルガを引き剥がす零。顔面にアイアンクローをかます。


「あぁあん、れいしゃまったらはじゅかしがってかわいいでしゅわ」


 しかしオルガは頬を赤らめて歓喜する。オルガが“色欲の魔王”たる由縁を垣間見た気がする。


「朝臣くんと宇佐見うさみさんは魔術が覚醒したようですね」


 “大罪の魔王”のイメージが音を立てて壊れ、状況に圧倒される中、後ろで騒ぐ魔王×2を完全にスルーして香月先生が話を始めた。この人場馴れしすぎじゃね。


「みたいですね。けど、王太郎のは何が起こったか分かりませんよ」


 紗耶の言葉に、そのときの光景を思い出す。

 目の前に迫った魔獣の巨躯に拳をぶつけた。ただ全力で突き出した拳が魔獣にぶつかったとき、魔獣が消えたのだ。そして身体から力が抜けた。

 魔術と言えば魔術だが、使った感覚がないのでどうも気持ち悪い。


「お前の魔術は変わってるんだよ。滅多にない系統の魔術だ」


 そこで話に入ってきたのはまさかの零だった。オルガの顔を鷲掴みにして引き摺ったまま歩み寄る。


「と言うと……、どういうことだ?」

「“魔術”と言えば“魔力”を変換して発動する“術”だ。だがお前場合は“魔力”そのものを放出しているように見えた」

「……そうか。分からん」


 何言ってんだ。急に頭良さそうなこと言う辺りさすが魔王だ。


「その辺詳しいのはこの尼だ。何か言えオルガ」


 そう言って荒々しくオルガを解き放つ零。

 アイアンクローから解放されたオルガは惜しそうな顔をするが、すぐに気を取り直した。


「零様の言う通りですわ。魔獣の衝突と同時に太郎の拳から大量の魔力が放出されていました。ぶつかった魔力同士で相殺し合った結果、魔獣を跡形もなく消し飛ばしたものと推測できますわ」

「だから太郎言うな」

「あら、貴方の名前は“太郎”ではありませんの?」

「“太郎”じゃねぇ、“王太郎”だ」

「“Oh! 太郎”ですわね。やっぱり太郎ですわ」

「違う! “王”太郎だ!」

「この際どうでもいいですわ」


 よくねぇよ、俺が食い下がろうとしたとき、進まない状況を見越してか香月先生が仲裁に入る。


「朝臣くんの名前は置いておくとして、その辺りも含めて検査しましょう」

「検査?」

「はい、検査です」


 香月先生は手を叩いて号令をかける。しかし「検査」と言われてもピンと来ない。


「先生、“検査”ってどこでですか?」


 すると俺の思っていたのと同じことを恵梨香が質問した。


「少し離れたところに私のラボがありますので、そこで行います」

「……ラボ?」


 何でこの先生はそんなものを学園の敷地に持ってるんだよ。だがこれもノータッチでいこう。話が進まない。


「それではわたくしは失礼しますわ」

「オルガは来ないの?」

「興味ありませんもの」


 そう言って踵を返したオルガ。ヒラヒラと手を振ってどこかへ歩き出す。


「そうか、じゃーな」

「……もしかして零様も着いて行きますの?」

「んだよ。文句あんのかよ」

「……」


 しばらく睨み合う魔王二人。そしてオルガが息を吸い込む。


「しょうがないですわね。わたくしも着いていってさしあげますわ」


 零が行くから着いてくるんだな。とその場の全員が察しただろう。オルガは意外に単純なようだ。


「それではオルガさん。私のラボまでお願いできますか?」

「しょうがないですわね。今回は特別ですわよ。皆さん、わたくしの合図で足を踏み出してください」


 それだけ指示を出すと、オルガはすぐに指を鳴らした。


「えっ、ちよっ、合図ってそれだけ!?」


 慣れたように足を出す零と香月先生は別として、俺たちは慌てて踏み出した。

 訳の分からないまま指示に従うと、いつの間にか風景が一変していた。

 どこかの部屋。部屋の中にはコンピューターやルータなどの数々の機材が並ぶ。機材から伸びるコードが複雑に絡まり、部屋の所有者の性格を表している。

 そして一番目を引くのは、部屋の中央に陣取るMRIにも似た大型の機械。決して狭くない室内でかなりの存在感を放つ。


「……ここは?」

「私のラボですよ」

「いつの間に……」


 俺たちの戸惑いを他所よそにコンピュータを操作し出す香月先生。


「私たちなんでラボにいるの?」

「“瞬間移動”でもしたのか?」


 紗耶に尋ねられ、何となくで返答する。すると、オルガが横から訂正に入ってきた。


「“瞬間移動”という言葉には語弊がありましてよ」

「どういうことだ?」


 またまた現れた疑問に首をかしげる。


「この際だ。魔術について説明してやるか」

「そうですわね」


 零が俺たちの様子を見てか提案し、オルガも頷く。


「オルガ、説明してやれ」

「はいな零様」


 って零が説明するんじゃないのかよ!

 零から解説を任されとオルガは咳払いを一つして話を始める。


「先ほども言った通り、一般的な“魔術”とは体内の魔力を変換して発動する特異能力ですわ。老若男女誰でも体内に魔力を秘めていますが、魔力を自在に操る才能を持った者を“魔導師”と呼びますの」


 静聴する俺たちは、オルガの説明を噛み締めて理解する。実際、オルガの説明は解りやすかった。


「そして今から受けていただく検査は個人の持つ能力を調べるものですの」

「調べて何が解るの?」


 オルガの話の区切りで恵梨香が尋ねる。話に釘を刺されたオルガは少しの不快感を顕にする。

 するとオルガに変わって零が質問に答える。


「例えばオルガの能力は“屈折”。こいつが“瞬間移動”とか“幻想”を可能にするんだよ」


 それだけ補則した零は手近の椅子を引いた。説明の続きをオルガに促す。


「ですが魔術を区別したところで個人によって仔細は異なりますわ。指標として理解するのが一番ですわね」

「なるほど……」


 と説明を受けた恵梨香は納得した。横で昴と颯介も頷いている。が、俺と紗耶と七海はまだ理解しきれていない。


「おい恵梨香。『個人で違う』ってどういうことだよ」


 恵梨香を小突き、小声で尋ねる。俺が理解しきれていないということを気付くや否や、恵梨香は小馬鹿にした顔で弁舌を奮い出す。


「しょうがないわね~。理解力に乏しい太郎のために解り易く教えてあげるわ」


 くっそ、このチビが。足下見て馬鹿にしやがって……。後で上から押して身長縮めてやる。


「かいつまんで言うと、検査では魔術の種類を調べるのよ。でも魔術の種類なんて人と同じで個性があるから、同じ魔術でも全く同じじゃない。ってこと」

「『同姓同名でも別人だから同じじゃない』ってことか?」

「……もうそれでいいわ」


 なるほど。50%くらい理解した。残り50%は諦めた。


「ところで……、オルガは“屈折”の能力しか持ってないの?」


 七海が遠慮がちに問いかけた。

 七海の疑問には共感できる。魔獣の幻想を作ったことも、瞬間移動にしても、オルガの魔術だとするなら“屈折”では説明しきれないんじゃないだろうか。


「それが魔導師の才能だ」


 大胆に椅子に座り、どこからか出したアイマスクをした零が答えた。


「ここで問題だ。『地図上のA地点からB地点まで行くとする。最短ルートを答えろ』」

「急に何だよ。その問題と七海の質問と何の関係があるんだ?」

「いーからさっさと答えろ。深く考えるなよ」


 零は何を狙っているのか分からないが、「深く考えるな」と言われたので即答することにした。


「そりゃあ、答えは『障害物を避けて回り道をしない』だろ」

「私も王太郎くんと同じ~」


 七海の同意を得て、俺の答えは二票だ。

 ここで俺に食って掛かるのはもちろん恵梨香。


「相変わらず太郎は馬鹿ね。『地図上の』って前置きがあったでしょ。だから答えは『真っ直ぐ直線』よ!」

「ぐっ……、確かに……」


 恵梨香の答えは的を得ている。いちいち前置きで俺を馬鹿にしてくるのがしゃくに障るが、恵梨香の答えが正解だろう。

 昴と颯介も『直線』だと答え、占めて三票。


「私は王太郎とも恵梨香とも違うかな~」


 まだ答えていなかった紗耶が挙手をした。

 零は異を唱えた紗耶に注目する。


「私だったら地図を折ってA地点とB地点をくっつけるかな。そしたら一瞬じゃん」

「おぉ……」

「ほんとだ」


 昴と七海が感心したように声を漏らす。しかし恵梨香は腑に落ちないようだ。


「そ、それはこじつけじゃないかな。現実的に考えて不可能だと――」

「うっせーぞチビ。この問題は正解云々が重要なんじゃねえーよ」


 零に「チビ」と言われた恵梨香は文句を言いたそうにするが、今回は引き下がった。


「ちなみにわたくしも“まな板さん”と同じ答えですわ」


 オルガに「まな板さん」と称された紗耶はあからさまに傷付いた。自分の平らな胸とオルガの豊満な胸を見比べて勝手にダメージを受けている。


「わたくしの能力での“疑似瞬間移動”もこの理屈ですわ。空間を“屈折”させて物理的距離を飛ばしますの」

「ほぇ~。凄い能力だな」

「理屈では簡単に言えるが、実行するのは難しいんだよ」


 俺たちは純粋に感心する。常識に囚われない思考こそ魔術の才能に通ずるのか。


「魔獣の幻想も、天井を落としたのも“屈折”か」

「えぇ。光の屈折率を操作して幻を作り出すこともできますの。貴方の氷を砕いたのもこの能力でしてよ」


 気のせいか、オルガと昴は火花を散らす。

 バチバチ火花を散らす昴に、今度は颯介が質問を飛ばす。


「それはそうと、昴が魔術を使えるなんて知らなかったよ。いつから使えたの?」

向坂さきさかくんは皆さんの魔術上達を促すために魔導師訓練所から派遣されていたんですよ」


 コンピュータを操作したまま香月先生が答えた。


「本業は魔獣と戦うことではなく、魔術の“お手本”、いわば“サクラ”として入学してもらいました。……と、準備完了」


 昴の説明をサラッとした香月先生は、派手にエンターキーを押して立ち上がる。


「さぁさぁ、朝臣くん、宇佐見さん。この機械の上に寝そべってください。検査を行います」


 そう言ってMRIのような機械のベッドへ促す。


「じゃあ私から行くね」


 言われるがまま寝そべる紗耶。

 検査機械は駆動音を立てて、ベッドがゆったりと動き出す。

 紗耶は緊張した面持ちでセンサーを全身に受ける。止まったベッドに腰をかけて緊張の糸がほぐれた紗耶は、ふぅと一息吐いた。


「結果が出ましたよ~。宇佐見さんの能力は“錬金”ですね。魔力値は……、凄いですよ! 学生のレベルを越えてます!」


 検査結果に興奮した香月先生は、コンピュータの画面をバシバシ叩く。横から結果を覗き込むが見方が分からなかったのでノーコメント……。


「紗耶すっごい! よく分かんないけど凄いよ!」

「七海は適当なこと言うわね。けど、凄いことは本当のようね。おめでとう!」

「七海、恵梨香ありがとう!」


 ワイワイ盛り上がる女子グループは結構なのだが、次の俺にプレッシャーがのしかかる。


「よっしゃ。俺もいっちょやったるか!」

「よし、頑張れ王太郎!」

「何を頑張るんだよ」


 気合いを入れる俺と励ましてくれる颯介だが、変なところでクールな昴が水をさす。返す言葉はない。

 ベッドに横になり、目を刺すような光を受ける。機械による横移動は滑らかで、気が付くと最初の場所へ戻っていた。


「もう終わったのか」


 あっという間だった。こんなので検査できるのか心配だが、紗耶は検査できたし大丈夫だろう。


「どうですか先生? 俺の検査、結果は……? 先生? 先生!?」


 コンピュータの前で固まっていた香月先生。肩を揺らすが返事はない。


 ……まさか、俺の検査結果が高すぎて声にもならないのか!? なんてこった。やりすぎちゃったかな。


 結果が気になり、先生の報告を待てずに画面を覗く。

 すると見方の分からない画面に俺でも分かる結果が出ていた。


『ERROR』


「あり得ません! あり得ませんよ! どんな能力でも検出できるように設計、プログラミングしたハズなのに『ERROR』!? あり得ませんよ!!」


 狂ったようにコンピュータの前で、ハイになってのたうち回る先生。


「んだよ、うっせーぞみどり。機械の故障なんてよくあるこったろ」


 香月先生の奇声に起こされた零が苛立たしげに歩いてくる。


「そ、そうですよね。朝臣くん、もう一度お願いしま……」


 気を取り直した香月先生は、ムンッと気張って再検査をしようとする。が、その行動よりも早く零の悪行の方が速かった。


「機械なんざ蹴ったら直るんだよ」


 と言って大型の機械を蹴った零。この蹴りが適当な力加減なら笑い事なのだが、加減するような魔王ばかではない。


 ――バギィ゛!


 明らかに不穏な音に、香月先生の血の気が引いていく。


『ビー! ビー! ビー! ビー! ビー……』


 耳障りなノイズがけたたましく鳴った後、機械は完全に沈黙した。と同時に香月先生が崩れ落ちた。


「んだよ案外脆いな」


 全く悪気のない零は、これ以上検査ができないと判断すると部屋を出た。オルガは当たり前のように零の後を追う。

 部屋の中に残ったのは沈黙した大きなガラクタと、微動だにせず灰になった副担任と俺たち六人。


「かわいそうだけど、俺たちも帰るか」


 涙を浮かべ、硬直した香月先生を持て余した五人は俺の提案に頷いた。


 ごめんなさい香月先生。けど俺たちは悪くないよね。

 そこはかとない罪悪感。後ろ髪を引かれる思いでラボを後にした。


 ――その後の香月先生がどうなったのかは、まだ知らない。

~キャラクター紹介~

 米谷 七海

 164cm、53kg

 明るい茶髪をポニーテールにした女子。スラリと長い手足でスカウトを受けることもよくある。しかし同じモデル体型の紗耶とは違い巨乳。

 恵梨香のルームメイトで、明るく能天気な性格。

 物事を深く考えないで、思ったことをすぐに口にするのでしばしば無意識で他人(だいたい王太郎か恵梨香)がある。言い換えれば「アホの子」。

 能力、現在なし。

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