十年越しの勝鬨
~あらすじ~
北の凍土で繰り広げられる“零&ブレア”vs.“原初”の戦い。予想を越えた“原初”の能力を前に、二人は苦戦を強いられる。
十年前の雪辱を晴らすため、プライドと世界を賭けた大勝負はクライマックスを迎える。
地平線から昇った太陽は冷感な凍土の地を暖かく見下ろす。日の出からおよそ二刻が経過し、薄雪の積もるっていたなだらかな地平線は見る影もない。
平坦で広大な大地には無数のクレーターが穿たれ、捲れ上がった土塊が積み重なる。至るところで火炎と黒煙が立ち上ぼり、膨張した空気が時折爆発する。
しかし空は快晴だった。
仰ぎ見る青空の視界は黒煙に遮られるが、その奥の輝きは隠せない。太陽は爛々と、人類の危機にあっても輝くことを止めはしない。
そんな太陽の形を覆い隠すほどの巨体が天に一つあった。黒い龍の三頭と六つの紅い瞳が大地を見下ろす。飛行してなお存在感を放つ健脚と厳のような肉体、その全ての重量を持ち上げる大翼は肩から悠々と広げられている。
異形の龍の姿で上を行く“原初”は、周囲の濃密な魔力を冷涼な空気ごと肺一杯に吸い込んだ。左の首からは炎熱として、右の首からは冷風として、真ん中の首からは生存を許さぬ魔力の渦として吐き出した。
三首三様の咆哮は空が落ちたような圧で地に立つ二人に襲い掛かる。
“原初”の攻撃を仰ぎ見るブレアは、腰に構えた長剣にエネルギーを溜めている。
「ハァァァッ!!」
気合いとともに一閃、籠められた力で空を切断する。降り注ぐ災害級の息吹は真っ二つに裂かれた。
その裂け目から飛び出した人影。クレーターを大地に刻み跳躍した零は、ロケットのような勢いで“原初”に衝突する。
「飛んでけやこらぁ!」
『笑止!』
零はありったけの怒号で拳を叩き込む。
“原初”は気高く鼻で笑うと、再び“進化”する。三頭龍の鎌首は一つのずんぐり頭に統合され、大樹の幹のような脚は身体に収納される。質量保存に則り集約した質量と、不自然なまでに増幅する質量が合体する。
堅固で重厚な肉体を貫くには勢いが足りなかった。
『呵ッ!』
「くっ……!」
拳撃を“原初”は受け止め、服圧で零を叩き落とした。
零と入れ替わりで、ブレアが攻撃を仕掛ける。周囲の魔力を長剣に集中させ熱に変換する。三振りで十の斬撃を射出する。“原初”の放った息吹に劣らぬ熱量と触れれば断絶される鋭利な刃は、堅牢さでは防げない。
『フムンッ!』
“原初”は再び身体を異形に歪ませる。武骨で巨大な身体は蛇のような細い線へと形を変える。身軽な身体を支えるコンパクトな翼を駆使して斬撃を避ける。
掠りもしなかった斬撃は上空五〇〇メートルで派手に爆発した。
そして“原初”は下降して二足で地を踏む。蛇の身体から人型に成った“原初”は、着地と同時に大地を蹴った。
『破ッ!』
“原初”とブレアは至近距離で業を組み交わす。“原初”の掌底のラッシュをブレアは翻して避け、ブレアは磨き上げられた剣技を繰り出す。“原初”は鋼鉄の腕で刃を受け止め、ブレアを背負い投げた。
地面に叩き付けられたブレアの身体はバウンドした。間隙なく振り下ろされる拳を転がって避けるが、“原初”の踏み込みを身に受ける。
「くはっ!」
肋骨を捉えた踏み込みは異常な質量で身体を潰す。ブレアは溜め込んだエネルギーを返すことで勢いを緩和したが、それでも堪らず吐血した。
「遊んでんじゃねーぞ!」
“原初”とブレアの戦いに、零が颯爽と割って入る。零は砂塵を巻き上げながら突貫し、“原初”に高速の連打を仕掛ける。
腕、腕、脚、腕、脚、脚、脚、脚、腕、脚、腕、腕。
零が瞬きの間に繰り出した十二の攻撃を、“原初”は反応して受けきった。
後退しながら防御をした“原初”はカウンターをするが、速力で劣る零ではない。零も“原初”の攻撃を避け拮抗したかと思われたが、“原初”は新たな腕を繰り出した。
三本目、四本目の腕は眼にも止まらない速度で正拳を放つ。
「ちっ!」
零は反射で四本の腕の連打を受け流す。一見して完全に防ぎきったかと思われたが、零は四本の腕が織り成す攻撃のテンポに苦戦していた。
攻防の間に体勢を立て直し吐血を飲み込んだブレアが叫んだ。
「伏せろ!」
刹那、ブレアが焔の刃を飛ばした。
ノーインターバルで発言とともに肉薄した斬撃に、零は完全に反応した。
「伏せろ」というブレアの言葉に倣い、体勢を低くしたのは“原初”。“原初”が腰を落とし屈むと、零は対極的に跳躍した。
『何ヲッ――――!?』
“原初”が疑問を感じ、意図を理解するよりも早く爆発が上がる。その大爆発は「伏せる」程度では耐え難い。
高く跳んだ零は炎から身を脱したが、“原初”は諸に爆発に巻き込まれる。
着地した零は間髪入れずに爆炎に飛び込む。大地を砕く踏み込みで弩よりも早く“原初”の影に飛び掛かった。ブレアも一息遅れ、足元を爆発させて勢いで駆け出す。
“原初”は一度ブレアの全霊の爆撃を凌いでいる。ブレアも零も経験したその頑丈さ故に、油断はない。
「死ねやぁ!」
「ハッ!!」
零の正拳は神速の打撃。一撃は大地を捲り、連打すれば山すら崩す。更にその拳は打ち続けることで“加速”する。一発目と十発目は比べ物にならないほどの破壊力を持ち、威力の乗法は都丸ところを知らない。
ブレアの一振りは無双の一撃だ。太陽の表面温度に匹敵するエネルギーを一身に宿し、それを長剣の切っ先に集約させる。放てば爆撃、斬れば天変地異。絶滅必至の攻撃を直に叩き込む。
――――…………っっ!!
大地を揺らす爆音と、地表を貫く連打の轟音。
聴くに耐えられぬ空気の震撼は数秒続く。
惨禍の中心に立つ二人の魔王は、次の瞬間宙を舞った。
『粋ガルナヨ生物! 我ハ“進化”シ続ケル!』
戦慄く“原初”は零の神速の連打を受け流し、その手首を掴んだ。零が追撃の選択肢を取るより早く捻ると、一瞬浮いた身体に拳を叩き込む。
意趣返しと言わんばかりの拳には超質量がのし掛かる。いくら零が山河を砕く男と言えど、その重みを耐えられる訳がない。
零の身体は軋みを上げ、打ち抜かれた臓器が弾ける。流星のように殴り飛ばされた零は、大地をバウンドし五つの岩石を砕いて止まる。
静止した零は滝のように血を吹き出しながら、プライドだけで苦悶を堪えていた。
(畜生っ! 身体が動かね……っ!)
零は人生最大の屈辱に舌打ちをし、闘志は盛大に燃え盛る。
「レイッ――――」
『次ハ貴様ダ』
「ッ!」
“原初”は四手で大地を鷲掴みにする。いつの間に変化していたのか、厳のような巨体とそれを支える四手と一本脚を生やしている。
健丈な腕で巨躯を振り回し、遠心力と同時に脚を伸ばす。一見出鱈目な暴力だが、破壊力は折り紙付の一撃必殺。
これも意趣返しか、「力で押し切る」ブレアに対し一撃の“暴力”で喰ってかかる。
ブレアも瞬間的な爆発で反撃をするが、“原初”の質量と速度が掛け合わされた脚力には時間が足りなかった。
反撃の剣ごと蹴り抜かれたブレアは、天高く蹴り上げられ隕石のような速度で自由落下した。
「クッ――――!!」
ブレアは砂塵を上げて大地に追突すると、流血する頭を振った。“原初”の脚がその上からのし掛かる。奇形な形から人型に変化した“原初”は、深紅の瞳に冷淡な光を浮かべる。
徐々に増していく重みに潰されながらも、ブレアは気丈に睨み返す。
「今殺さなくていいのか?」
『勘違イスルナヨ。此レハ戯レ。我ノ目的ハ、此ノ“地球”ニ集ル生物ノ絶滅……』
「これはまた、大きく出たな……。お前たち魔獣も、生物じゃないのか?」
『魔獣ハ総テ我ガ支配スル。“考エル”事ノ出来ナイ有象無象ヲ我ガ支配シ、“進化”モ“発展”モシナイ“原初ノ地球”ガ完成スル……!』
“原初”は断言と同時に、ブレアにかける重みを増した。肉体を押し潰す圧に顔を歪めながらも、ブレアは剣の柄だけは離さない。
“原初”は最早敵ではない魔王を脚に敷き、声のトーンを一つ上げる。思考の読めない紅眼は遥かな北の大地を眺め、悠然たる姿勢でただその時を待つ。
『諦メロ。貴様等人類モ、生物モ“進化”ハナイ。“考エル事ガ無イ”ト言ウ無限ヲ受ケ入レロ』
ブレアは渾身の力を四肢に籠め、“原初”の脚を押し返そうと躍起になる。無論それは動きもしない重量であり、驕りではなく“原初”は不可能と理解している。
“原初”は油断はしない。ブレアのみなら不可能でも、「人類は侮れぬ」ということは本能で知っていた。
零がこの土壇場で抱く感情は“怒り”。度し難い怒りが思考を掻き混ぜドロドロの混濁の中で瞳を光らせる。
侮られ辱しめられ、己を見下す敵に言い様のない熱が立ち上げ、零の敗けず嫌いが「立ち上がれ」と叫ぶ。
(あー……、うぜぇ、だせぇ、黙ってろよ。てめーごときが、)
意気揚々と語ってんじゃねーぞ……」
零は困憊した身体に鞭を打ち立ち上がる。脚は震え腕は項垂れ、その立ち姿はゾンビのようだ。
その醜態が零を駆り立てる。
零にもはや猶予はない。身体を駆り立てる衝動は怒りのみ。琴線を鋸で掻き鳴らした“原初”を、零は許しはしない。
零が怒るのは己のプライドへの侮辱と、“文乃”という少女への侮蔑。
“原初”へ下されている現実と、口にした“可能性”の否定は、怒るには十分な火種だった。
「おめー、マジでうぜぇよ。人類の、生物の“進化”は不可能だと?
舐めんじゃねーぞ」
『遠吠エモ、此処マデ来レバ滑稽ダ。此レハ決定事項ダ。我ノ永遠ノ支配ハ、地球ヲ』
「“不可能”なんてねーんだよ。
“魔術”だ“魔獣”だ……、フィクションがノンフィクションになったときから、んなもんなくなってんだボケが」
“原初”の深紅の眼には、零が正しく写らない。
絶体絶命で死の忌に瀕している男が、どうしてこんなにも輝きを放つのだ?
この男は、立つことすら限界なのではないのか?
『放置スル訳ニハイカナイ。我ノ支配ニハ、ドウヤラ不屈モ不要ナヨウダ』
“原初”は両掌を凶刃に変えた。細胞を越え、原子から再構築した肉体にまごうことなき刃を携え、確実な安寧のために、ブレアへ突き立てる。
その動きに対し、零は足元を爆発させ発破をかけた。
『ヤハリ来ルノカ!?』
“原初”はブレアに突き立てた刃を翻して零を迎え撃つ。ブレアにかけた脚はそのままに、動くことなく攻防をこなす。
零は凶刃の切っ先を鼻筋手前のギリギリで避け、反撃に転じる。身体に力が残っていないなら、外側から力を取り込む。
この地に満ちる濃密な魔力を血肉に変換し、命を削って怒濤の攻撃を仕掛ける。体表にはどす黒い斑点浮かび身を焦がす。体内でミックスされる臓器片が喉元を駆け上がる。
全てを忘れ、怒りに任せ回転率を押し上げる。
棺桶に身体半分を沈める男は止まらない。修羅の特攻に、“原初”は堪らず後退りする。ブレアはその隙を見逃さず、“原初”の脚から転がって逃れる。
すぐさま八相の構えを取ったブレアは、長剣に威力を集中させ始める。間違いなく最後の攻防。体力的にも次はない。体内外全ての魔力を長剣に胎動させ乾坤一擲、突貫をしかける。
「喰らえッ!」
ブレアの剣技は、ここ一番の煌めきを見せる。刀身を視認させる暇も与えずに返し剣を放ち、焼き焦がす波動で攻め立てる。
『…………ッ!?』
予想外の馬鹿力に対し、“原初”は至って冷静だった。この攻撃も長くは続かない。今は回避、逃げに徹するだけでいい。決着はすぐに着く。
“原初”は人の二足から馬の大腿筋への変化をすると、躊躇いなく後方へ跳んだ。一度の蹴り出しで二人から大きく距離を取ると、“原初”は勝ちを確信した。
「逃がすかよ!」
間髪入れずに追撃をする零だが、その速度では足りない。最高速すら受け流した“原初”にとって、今の零の速さは恐れるに足りない。
『無様ヨ魔王! 静カニ死ンデイレバ良カッタモノヲ!』
“原初”は軽い身のこなしで零を受け流す。前のめりに躓く零の背に腕の刃を構える。
「まだだッ!」
するとブレアが走るではなく、長剣を射出して追撃を仕掛けた。掌に集約した爆発で柄を撃ち出し、必殺の熱量が籠った白刃は直線を描いて高速で“原初”へ襲い掛かる。
ブレアの己の魂を賭けた追撃に面喰らった“原初”だが、完全に不意を突かれたわけではなかった。受けることは間に合わずとも、最低限の動きで避ける。
そしてこの瞬間、“原初”の勝利が決まった。それは確固たる確信。実力もプライドも不屈の魂も捻り伏せた“原初”に笑みが浮かぶ。
――――障害ハ去ッタ。成ス術ハ在ルマイ。
『去ラバダ、魔王――――!!』
「――――あぁ、去らばだ」
『ッ!?!?』
刹那、“原初”の肩から腰にかけて鮮血が舞い上がる。遅れてやってくる鋭利な痛みに、笑みが崩れた。傷口が熱い、痛い……、
何故貴様ガ……、剣ヲ持ツ――――!?
「死ねこ゛ら゛ぁぁぁっ!!」
ブレアの長剣を受け止めた零は、柄を両腕でにぎりしめ“原初”を切り裂く。
“原初”は斬られた傍から肉体の修復を行う。
斬られたなら戻すだけ。単純ながら、この痛みだけは看過できぬ。
“原初”はこれまで鉄壁を持ってして絶対防御を成してきた。故にその痛みから逃げた。がために悪手をとった。
痛覚を遮断し、平穏を取り戻す。するとどうであろうか、腕がない。脚がない。半身が離れている。
痛みがないからこそ、不調に気付かない。反撃しようにも撤退しようにも、零が片っ端から斬り捨てる。
痛みはない。がその先もない。“原初”はこれまでにないほど焦っていた。そして恐れていた。
――――死。
『嗚呼、嗚ァ、アァaaaAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
断末魔が地平線まで響く。
“原初”は離れていく四肢を見て、貫く刃を見てようやく悟った。貫かれた実感はなくとも、心の臓が鼓動を止める。
『何故ダ。何故、諦メナイノダ。ソノ先ハ……、ジゴク、Daaaa――――』
「知らねーよ。ただ、他人にゃ預けるには勿体なく感じただけだ」
「……さらばだ」
最期の一突きは、零とブレアの二人が下した。もはや“原初”に抵抗はない。
“人類の仇敵”
“最大の難敵”
“原初の魔獣”が敷いた世界の再構築は夢の華となり枯れ果てた。
満身創痍の零とブレアはその場で倒れ込む。
後に駆け付けたオルガが語るには、
「いいお顔で眠っておられましたわ」
とのこと――――。
世界の危機は、王太郎とクロエの双肩に託される。




