開戦
~あらすじ~
遂に始まった魔王会議は、零と議長の一対一のやりあいとなる。互いが思惑を張り巡らせる中、一触即発の引き金が引かれると――――。
――――さぁ、"魔王会議"を始めよう。
荘厳な雰囲気で始まりが告げられる。議長の宣言に合わせ、白髪の老人が部屋の闇から姿を現した。濁りのない白髪を豊かに蓄えた白鬚を揺らし、黒い正装に身を包んだ老人が、丁寧な所作で深々と頭を下げた。
「以降は私、不肖ジャン・クロードが進行を務めさせていただく」
評議会の構成メンバー、ジャン・クロードが静粛に進行する。
「新見様から提案され、開催に至った"魔王会議"ですが、早速本題に入りましょう。
『"嫉妬の魔王"様によるテロ行為、及びテロ組織"ReKindle"の組織・運営』に対する責任追及なのですが……」
ジャンの口ごもりは当然だ。責任を取らせる人物はすでに死んでしまっている。容疑者死亡というやつだ。
評議会側も、もちろん承知である。だからこそ、その事実を逆手にとって、事態の幕引きを狙っているのは明白だった。
「『“劉孔明”の死亡及び、“ReKindle”の壊滅により、この事態は収集した。』というのが、評議会の総意である」
ジャンが言った事項に、モニター越しの議長の影も頷いた。
『直近の問題は、“嫉妬の魔王”の席を空けておくのか、次なる“魔王”の選定に移るか、ということだ』
ジャンから進行権を引き継いだ議長が、深刻な声色で議題を挙げた。この時点で、孔明の如何から離れてしまっている。そんなあからさまなリードを、零が許すわけがなかった。
「ちょっと待てよ。まだ追及するべきことは、あるんじゃねーか」
円滑な流れを止める冷たい一言に、魔王の着く円卓が揺れた。
オルガは待ちわびた零の一言に浮き足立ち、ブレアは明確な害意を突き出した。ジャンが諌めようと体勢を変えるが、議題が咳払いで制止した。
『……ほぅ。それは一体何のことだね?』
語調の変わらない声がスピーカーから流れる。議題は少しの戸惑いもなく、零に続きを促した。
「そりゃあ、世界評議会から大権を授かっている魔王が、テロ組織のボスだぜ? 責任をとる、ってんならよ、ふさわしい奴らがいるじゃねーか」
零は大胆不敵に微笑みながら、憚られることを言ってのける。
ジャンは老健な顔を赤く染め、制止を振り切らん勢いで目を血走らせる。あと数秒、張り詰めた雰囲気であったならば、誰かが手を上げていた。
そうならなかったのは、モニター越しに議題の大笑いが聴こえたからである。
『ハッハッハ!
面白いことを言うが、君だってその大権で、好き放題してきたのではないかね?
それに我々は魔王の親でも保護者でもないんだ。手綱なんて到底握れない傑物だからこそ、“魔王”なのではないのか』
「茶化すんじゃねーよ。
孔明は特命でしか世界樹からの出ないような出不精だぜ。元から暗躍だとか陰湿なことは得意そうだったが、魔王特権だけでどうにか誤魔化せるもんじゃねーだろ?」
――――それか、お前らの管理能力はその程度、ってわけか?
零は臆することなく逆撫でる。
ジャン・クロードは我慢ならぬ侮辱に晒されるも、議題の命には決して背かない。鉄の鎖で縛られているかのように、頑なに行動はとらないが、血筋を立てて激昂している。
零と議題の掛け合いには、誰も割って入ろうとしない。静観を決意したベロニカ姉妹は事態を見守り、ブレアは傍らの長剣を手にかけている。
「これ以上の押し問答は不毛だろ? そろそろ面付き合わせる頃合いじゃねーの?」
アウェーの空気に晒されている零だが、臆することなく一言を放つ。誰もが口にしたことのない提案に、ジャン・クロードが痺れを切らした。
「いい加減にしなさい! 魔王と言えど、看過できぬ無礼であるぞ!」
腹の底に響く恫喝が部屋に響く。鎖を破った老健な獣は、射抜くような眼差しで零を捉える。
その瞬間、零はシャツのボタンを破って振るった。神速を乗せたボタンは、たとえプラスチックであろうと高温を纏い音を切る。ふざけなどはなく、真剣にジャンを狙う。
その速度を捉えたのはブレアだった。長剣を片手で扱い、鞘でボタンを弾いた。鮮烈な金切音で弾かれた弾丸は行き場を失い、部屋の壁を駆けて跳弾を繰り返す。
オルガが指先で空に円を描くと、不規則な起動でボタンが曲がった。オルガが書き換えたボタンの弾道は、静かなアイリス・ミラーへ向かう。
――――グオォ!
アイリスに迫る弾道は、地面から生え出た獣の口に吸い込まれた。黒い獣は床に戻り、不自然なくアイリスの影へ収束した。
一連の攻防を終え、会議室には殺気が蔓延っている。
零から放たれ、ブレアが返す殺気は、他の魔王にも伝染する。
『ジャン・クロード、下がりなさい』
冷や水のように議長が言い放つと、ジャンは血の気が引いた顔で退出する。
「……………………者」
殺伐とした会議室で、不意な一言を発したのは、まさかのアイリスだった。
突然かつ意外な一言に、アイーダが聞き返した。
「…………侵入者、地下に。
……私の、影踏に引っ掛かった」
コツコツと喋るアイリス自体、魔王の間でも珍しかったのだが、大仰な反応をしたのは零だった。
「ほら、地下、だとよ? この世界樹に……」
『――――っ!? 貴様、まさか!?』
初めて声を荒らげた議長は、モニターの画面を叩き割るように通信を切った。その瞬間に、世界樹全体に警報が響き渡る。
「オルガ! お前はあいつらのとこへ向かえ!」
「えぇ、お任せください!」
阿吽の呼吸で連携を取ると、オルガは姿を消した。
四人の魔王のみが居合わせる会議室では、一対三の様子があった。アイーダは仕方ないと、やや乗り気ではないものの、ブレアは長剣の封を解きやる気十分だ。アイリスに強い戦意は感じられないものの、戦わないというわけでもないようだ。
三人の魔王は十分に臨戦態勢だった。
「お前らは、それでも評議会側か?」
「それが世界の意思だ。魔王は評議会の装置であればいい」
「相変わらずつまんねーな」
10年振りの二人の会話は、短くピシャリと閉じた。
「私は絶対評議会に与する、ってわけじゃないけど」
アイーダの軽口を、ブレアが凄い形相で睨んだ。アイーダは罰が悪そうに、はにかんで誤魔化し言葉を続けた。
「レイの側は賢くないんじゃない?」
アイーダの回答も、零はつまんねーと一蹴した。
残ったアイリスは、何も答えない。が、その意志が亡くなった孔明にあるのは確かだった。
「ま、いいか。つまるつまらねーを説いても、テメーが倒れちゃ世話ねーわな」
零はなぜか楽しそうに視線を上げた。固く握られた拳と、低く構えた重心で、三人の魔王を射程に捉える。
踏み抜いた床は瓦礫を捲る。その欠片が地を跳ねるより速く、零の拳はブレアの長剣とぶつかる。
世界樹が傾いた――――。




