大きな世界の樹の下で
~あらすじ~
遂に世界樹へ脚を踏み入れた王太郎たちは、厳かな空気感に圧倒される。
しかし目的のために決意を固めた王太郎たちは、一つの突破口を見付ける。
そして零とオルガは、満を持して“魔王会議”へ出席する。
――――手配された世界評議会専用の飛行機に乗り込み、半日ほどを過ごす。高級ホテルのように光輝く装飾と、何不自由ない設備に俺たち一般人は開いた口が塞がらない。
二人の魔王はともかく、元少佐の二騎先生までも馴れた様子で空旅を過ごしていた。
場違いを痛感しつつも、精一杯のリラックスをしようとして逆に肩がこる。
「や……、やっと着いた、の?」
終始ガチガチに固まっていた七海なんぞは、到着のときにはロボットになっていた。
「さぁ、着いてきなさい」
発起人の零はいち早く飛行機を降りていく。俺たちはオルガの先導でその地に降り立った。
俺たちが降り立った世界評議会本部、通称“世界樹”はスイスのジュネーブに構えている超高層ビルだ。
そのビルはかつて国際連合本部のあった土地に居を構えている。ありとあらゆる設備と部署を詰め込んだ結果、天を突く建物になってしまったそう。二騎先生曰く「アホの造ったアスパラガス」。
オルガと二騎先生に連れられて仰々しい大門を通過する。そのまま建物へ入って行くと、玄関ホールは見上げる高さであった。
正装に身を包んだコンシェルジュの群れが俺たちを、主に魔王二人を厚遇する。
「お待ちしておりました。会議の手筈は整っております」
「そうか。すぐにでも始める」
チーフらしき白髪の老人が零に頭を垂れる。零は馴れた様子で、数名を残してコンシェルジュを散会させた。
「お前らは荷物を運べ。こいつらは千里に預ける」
指示を受けたコンシェルジュたちは、無駄のない動きで去っていった。
「まるで軍人みたいだね」
七海が耳打ちをしてくると、それにオルガが答えた。
「彼、彼女たちも一流魔導師ですわ。無論、一流ごときでは使い走り。職員各位は超一流しかいませんの」
「何だかよく分からないけど、凄いな」
もう何も感想なんて出てこない。ただ一つ言えるとするなら、ここは世界の魔導の中心地であることに疑う余地はない、ということだ。
「それより『会議』って何のことよ」
「会議は会議に決まってんだろ。荷物と一緒に常識まで置いてきたか」
「そんなこと分かってるって!
ただ会議なんて聞いてないから」
「言われてねーと何もできねーのかよ。これだからゆとりは……」
「ほんっと気に障ることしか言わないわね」
カリカリと気を立てる恵梨香を、七海がどうどうと宥める。これまた珍しい図だ。
「死んでいるとは言え、魔王の弾劾をするんだ。それなりの場が必要になる」
見かねた二騎先生が補足をする。
「故に評議会の定めた緊急召集会議、“魔王会議”が行われますのよ。ふふん」
そして最後はオルガが飾った。語感からものものしさが溢れるものの、オルガのどや顔で帳消し。
「今世界樹には全魔王を含めた最高戦力が集まっている。誰かの思い付きのおかげでな」
「誰だそんな迷惑なやつ」
お前だよ。
「くれぐれも馬鹿なことは考えるなよ。特に新見」
「へーへー、気を付けますだ」
零は面倒そうに返事をする。
「これからわたくしと零様は会議へ向かいます。皆様は会議へのお呼びがかかるまで待機、ということになります。が……」
「多少の単独行動なら千里の顔が効く。そこでお前の出番だ。チビスケ」
「誰がチビスケよ!」
満を持して指名されたのは恵梨香だった。相変わらずピリついている恵梨香を七海が宥める。
零はお構いなしに話を続ける。
「世界樹は構造上、上へ行くほど迷宮になっている。地下なんてものは存在せず、そこにあるのはご立派な基礎だけだ。だがクロエが残したメッセージは『世界樹の下』」
俺は無言で頷く。
「手掛かりをチビスケには探してもらう」
「私の“探知”の魔術が必要になる、ということね」
「そうだ。何ならクロエのとこまで辿り着いても構わねーし、拐ってしまっても構わない」
「おいおい、結局荒事かよ」
「そうならないようにするのが俺らの仕事だ。こんな回りくどいことは好きじゃねーが、可能だ。俺レベルになるとな」
「ほんと一言余計よね」
最後の一言で一同が苦笑いを浮かべる。その空気を切り裂く咳払いの後、二騎先生が口を開いた。
「何はともあれ、その手掛かりが評議会の闇を暴く鍵になる。責任は重大だぞ」
「大丈夫です。これでも、私たちだって修羅場をいくつも潜って来たんですから!」
恵梨香の力強い一言に、七海と昴も同調した。そして俺も力一杯に頷く。
「まー張り切りすぎずに上手くやれ。
……オルガ、行くぞ」
「はい。
わたくしも皆様のご健闘とご武運をお祈りしていますわ」
武運は祈っちゃまずいんじゃないか?
そして二人の魔王は人混みに姿を消した。
「全ての魔王に、超一流魔導師……。俺らとんでもない場所に来たんだな……」
二人を見送った後、昴が呟いた。
今まで魔王である零たちとともに行動していたから感じなかったが、辺りの空気は異様なものである。行き交う全員が放つオーラから、いくつもの修羅場を勝ち抜いて来たことは明確だった。場違いである場所のど真ん中に取り残され、心苦しささえも感じる。
しかし、そんなことで臆病になっていられない。
「ここらの魔導師はともかく、魔王が全員敵に回るわけじゃない」
「そうなんですな?」
恵梨香が二騎先生に問い返す。
「一概に“魔王”と言っても、派閥があるんだ」
俺たちをまとめて案内する傍ら、二騎先生は小話をする。
「魔王は世界評議会所属だが、新見のようにフラフラとフリーランスで動く派閥。もう一つが執行システムとして評議会の命の元に従う派閥だ」
その説明に一同が「うーん」と唸る。
フリーランス派閥は零のイメージがあるから想像しやすい。しかし評議会に従う派閥というのは……、知っていたらフリーランスをしているか。
「具体的に言うと新見、オルガが自由派閥。ブレア、アイーダ、孔明、アイリスが評議会派閥だ。
今探しているクロエ・キャベンディッシュは中立として苦労していたな」
二騎先生はしみじみと呟いた。先生も魔王たちと対等なやり取りをする手前、クロエの心労が理解できるのだろう。
「孔明がしんだことで評議会派閥は減ったわけだ。お前らの知っての通り、アイーダは中立と言ってもいい。敵に回る可能性は低い。
問題はブレアとか言う頑固者なんだが……、こいつが一番の敵だな」
ブレアの話は俺にもよく分かった。零がこちら側にいる限り、ブレアが味方になることは考え辛い。
「アイリスって魔王はどうなんですか? あまり名前も聞いたことないんですけど……」
そこで恵梨香が手を上げた。二騎先生は歩を緩めることはなくとも、その問いにこう答える。
「アイリスは基本的に孔明の言うことしか聞かない。孔明がいなくなった今、どうなるかは正直読めない」
「孔明の、ってことは……、“Rekindle”のメンバーってことはないんですか?」
「それはないだろう。アイリス自身が極端な出不精だったから、“暗躍”なんてとてもじゃないができない」
回答を受けた恵梨香と七海は相槌を打って頷く。
そんな小話の間も、俺たちは世界樹を練り歩いていた。
世界樹の構造をよく理解しているのだろう。同じ道は二度も通らない。
「――――と、これで一階フロアは大体回ったが、引っ掛かる箇所らあったか?」
フロアの片隅で歩みを止め、恵梨香へ振り返る。
恵梨香は渋い表情で首を横に振った。
「ただ――――」
言葉を短く切ると、言い辛そうに淀んだ。
二騎先生に促され、俺たちも耳を傾ける。
「孔明って名前を聞いて、連想したんです。
そしたら気付いたんですけど、地下に伸びる水道管が異様に多い気が……」
恵梨香の探知した図の共有はできないが、引っかかりは分かる。
“嫉妬の魔王”たる劉孔明の扱う魔術は、「水を操る」ものだ。
「もし孔明が関係しているなら、その水道管が隠された地下に通じるかもしれない!」
「だが、どうやって水道管に侵入するか、だ」
俺たちが知恵を捻り出していると、昴が答えを出した。
「俺が氷の蓋を造って水道を塞き止めよう」
「そんなことしたら人が集まって来るぞ」
「だろうな。だからこそ、最低限の人数を最速で送るんだ」
「最低限の人数って――――」
「分かっているだろ。お前だよ、王太郎」
昴の眼差しが突き刺さる。改めて自分の責任を明示されると、心臓が掴まれたように痛む。
――――それも、覚悟したことだろう。
「分かった。任せろ」
俺の返事に昴は笑って返した。
「あとは恵梨香だ」
「えっ、私も!?」
不意の指名に恵梨香の声が裏返った。
「当たり前だろ。地下の構造の把握には不可欠だ」
昴の言葉に続き、二騎先生が補足を行う。
「裏を返せばあたしは地下の構造なんて知らない。この二人に任せるしかない」
「そんな……。責任重大ですね」
だが恵梨香は不平などは口にせず、ただ自分の役割を受け入れる。
「管への侵入は私が手伝うよ。火力を集中させたら、壁くらいなら焼き切れるようになったんだから!」
七海が威張るように胸を叩く。
力強い支援を受け取ると、迅速に次の行動へ移る。
二騎先生が顔を利かせ、あれこれと上手く警備を言いくるめる。するとどういうことか、水道管が行き交う整備室へ容易く入ることができた。
「先生、脅してないですよね……?」
「人聞きの悪いことを言うな。これも人徳というやつだ」
その割には、ここへ通してくれた係員の顔色が悪かったデスネ。
身近な闇にこれ以上踏み込むことは止め、恵梨香が不審な水道管を探る。
必要な条件は「地下へ伸びること」「先に大きな空間があること」、そして「生体反応があること」の三つだ。
「一つ、地下へ伸びて大きな空間があります。けど、先に“何か”あるのかまでは――――」
そう言った恵梨香の語尾は弱々しく消える。
「一つでもあれば十分だ。ここまで来て後に退くなんてない」
「そうよ! この一本を見付けただけでも大手がらだよ恵梨香」
昴と七海の励ましを受け、恵梨香は顔を上げた。
「これより先はあたしは何もできない。……気を付けろよ」
二騎先生は険しくも真剣な顔で声をかける。
手筈通り、七海が人一人分の穴を水道管に空ける。続いて昴が水の流れを塞き止めた。
「急げ王太郎、恵梨香!」
「あぁ!」
「えぇ!」
俺と恵梨香は指示されるがまま水道管に踏み入れる。
「大丈夫、お前らはあたしの生徒だ」
二騎先生から背中を押され、俺と恵梨香はパイプを進む。
地下へ続く闇の下り坂は長く長く……、長く続いた。
そして何分間歩いたか不明だが、ようやく微光射す出口を見付ける。
その先には、見上げるほどの天井と薄暗い大釜のような空間が広がっていた。
天まで昇るかと思われたエレベーターは、限界の高さまで昇ると動きを止める。それは当たり前のことではあるのだが、余りにも長い時間を昇っているとそんな気持ちにだってなる。
今一度身だしなみを整える美女と、構わず突き進む少年がエレベーターから降りた。
凛と高鳴るヒールと引き摺る気だるげな足音が交互に前進する。そして二人が立ち止まると、重厚な鉄の扉が開いた。
いつ来ても薄暗い部屋の円卓に用意された椅子は全部で七つ。その内三つに着座している人間は、新たな来客には目もくれない。だが確かに気を配り、殺気ともとれる注意を払う。
重々しい空気のまま、遅れて入室した二人は自席へ着いた。
「自分から呼んでおいて遅れるのね」
先に着いていた金髪の美女が口火を切った。
「申し訳ありませんわお姉様。先ほどこちらに到着いたしまして、わたくしたちこれでも急ぎましたのよ」
銀髪の妹が姉へ答えた。
「ううん、いいのよオルガ。
私は呼びつけた本人に言ってるだけで――――」
「お前らの行儀がよすぎるんだよ。もっと気楽に行こうぜ」
「相変わらずね……」
けたけたと笑う少年からは悪気は感じ取れない。
呆れたアイーダは苦笑いと溜め息の後閉口した。
それ以上の会話は生まれない。
“暴食の魔王”ことアイリス・ミラーは、ただひたすら無言を貫く。と言うよりは、喋る口ではなく食べる口で、ずっとパンに食らい付いている。
“強欲の魔王”ことアイーダ・ベロニカは、愛しの妹を眼で愛でながらご機嫌のようだ。
“色欲の魔王”ことオルガ・ベロニカは、凛と背筋を正し静かに座す。というのも、全ては想い人への「慎ましさ」全力アピールなのだが……。
“怠惰の魔王”こと新見零は、チェアに全身を委ね虚空を見ている。時折欠伸を挟み、この男何も考えていない。
“憤怒の魔王”ことブレア・レッドウッドは、ただ沈黙を貫いていた。そして場の進行を寡黙に待つ。
魔王が放つ独特の雰囲気は、それぞれが混ざり合い異様な世界を展開していた。
厳かで重々しく、張り詰めながらも緩やかな時が流れる部屋に長い沈黙が横たわる。
『――――……っ、…………』
その空気を切り裂いたスピーカーの雑音。途切れ途切れの雑音が列を成し、やがて意味ある言葉へ変容する。
『クロエ・キャベンディッシュの到着が確認されていないが、時間だ』
スピーカーから流れる機械音声が進行を始める。周囲のスクリーンに男のシルエットが写し出された。
『“怠惰の魔王”の名を持って緊急召集がかけられ、私、“世界評議会議長”が承認した。
さぁ、“魔王会議”を始めよう――――!』




