決戦前々夜
~あらすじ~
月日は流れ、魔獣戦線はいよいよ最終作戦へ取りかかろうとしていた。最後の作戦会議をする決戦前々夜、各々は秘める思いを打ち明け、秘密を打ち明ける。
最終決戦が迫り、運命が別たる日が来るとも知らずに――――。
————新見零という少年が対魔獣前線に加わってから、早くも二か月が経過した。
"新人"として加わった零だったが、もはや彼を軽んじるものは(たった一人の例外を除けば)いなくなっていた。それどころか零はブレア・レッドウッドと双璧をなす戦力として重宝され、部隊内での地位を確かなものにしていた。
「……ふんっ」
そんな状況を面白く思わないオルガ・ベロニカは一人で拗ねていた。
「おいベロニカ、作戦会議中に不貞寝をするな!」
二騎少佐の拳骨を食らったオルガは眼に涙を浮かべながら零を睨み付けた。
「……ふんっ!」
「なんで俺に当たるんだよ……」
「おい新見なんとかしろ」
「だからなんで俺なんだよ」
はぁ、とオルガと零は同時にため息を吐いた。
二騎は苛立ちを抑えるように煙草に火を着け煙を吹かす。
「もう一度確認するが、次の作戦で大きな区切りが着く。
これまでの作戦で6の作戦拠点となる街の奪還と、14の魔獣の群生地の殲滅に成功した。その結果二か月前まで拮抗していた前線の押し返しに成功し、次のレメヨンキに群生する魔獣の殲滅及び撃退に成功すれば……」
「遂に僕たちの"勝ち"だね」
「そのときには”カチドキ”でも上げんのか?」
「……”カチドキ”って?」
「茶化すな新見。足元を掬われるぞ」
「へーへー分かってますよ千里少佐」
「はぁ……」
二騎は呆れてものも言えない。ため息とともに煙を吐き出し、次の煙草に火を着けた。
「ねえチサト! "カチドキ"ってなに!?」
興味が勝ったクロエが二騎に迫りしつこく問い詰める。
「……大変だねチサト」
「…………」
ブレアのフォローも空しく遠い目をして煙を吹き出した。哀愁漂う煙は窓から闇空へ立ち上り消えていった。
会議室の混沌を極めた状態に二騎も匙を投げた。
「ベロニカ、何とかしろ」
煙草を咥えた二騎は低いトーンでアイーダに助け船を求めた。
アイーダは愛想笑いを浮かべつつ、複雑そうな顔をする。
「上手くいかないかもよ」
「構わん」
二騎の回答を受けてアイーダはやっと背筋を伸ばした。
「ほらみんな! "静かにしなさい"!」
アイーダの能力をもってして会議室全体に"支配"を広げつ。そのおかげもあってか、会議室は水を打ったように静まり返る。のも一瞬だった。
「そうだよ。最終作戦についての会議なんだ。気を引き締め直そう」
そうやって音頭をとったブレアは柏手を打ち統率を図る。
しかしその行為自体がアイーダの自尊心に傷をつけていた。アイーダの"支配"の能力を破るという行為自体が、アイーダより格上ということを意味している。例にも漏れずプライドの高いアイーダは珍しく拗ねていた。
「ははは! 相変わらず魑魅魍魎としてんな!」
そして高らかに零が笑った。能天気にしていながらも、やはり零もアイーダより格が上なのである。
アイーダは最早この二人には敵わないと区切りを付け、能力を解除した。
無理矢理にこの場を収めることに成功すると、ようやく二騎が口を開いた。
「長い話はもういい。簡潔にまとめる。
作戦実行は明後日の正午。ベロニカ姉妹と劉、ミラーの四人を主力に魔獣の群れをレメヨンキまで追い込む。後はレッドウッドと新見の二人で殲滅する。
以上だ」
「……」
「………」
「…………」
まるで中学生が考えた「最強の作戦」とでも言わんばかりの大雑把な作戦。あまりの出来の粗さに誰も言葉を発せない。
「……作戦は?」
「以上だ!! 解散!!」
強引に締めた二騎は素早く退室した。
その勢いに、さすがの七人も成す術なく解散となった。
椅子に深く腰掛けた二騎はブラックコーヒーを啜ると、こめかみを抑えて唸っていた。
窓から見える空の星は山脈にかかり、欠けた月が心をざわつかせる。
そして扉のノックが鳴り入室を促し、心の凪を求め煙草に手を伸ばした。
「こんな時間にどうしたの?」
部屋へ入るや否や遠慮なくソファに腰を下ろしたアイーダは、単刀直入に話題を切り出した。
二騎は時間を稼ぐように煙草を吹かし、珍しく歯切れが悪く言葉を選んでいる。
主題へ入ることを遠慮しているかのようなその態度に、アイーダの好奇心はくすぐられた。
「どうしたのチサト? 何か言い辛いこと?」
アイーダの文言は親切丁寧に心配しているものだが、その一人には爛々と輝きが宿っていた。
アイーダならこの場で能力を使ってでも喋らせてくる。そんな直感が二騎に走ると、先手を打つべく渋々口を開いた。
「……ベロニカは自分の妹、つまりはオルガについてどんな印象を持っている?」
「? それはもちろん世界最愛の最カワ妹だけれど……。どういう意味?」
「いや、他のメンツに対しての印象を聞いてみたい。今更改めて、というのもおかしい話だが共有しておきたいと思ってな」
ふーん、と空返事をしたアイーダはそれが本題ではないのだと見抜いていた。だが二騎の可愛げであると解釈すると、それもまたアリなのでは!?と割り切る。
「そうだね……。
クロエちゃんも妹みたいに思ってるかなー。もちろんアイリスちゃんもハムスターみたいで愛くるしくて、でも心開いてくれないのよね。
劉さんもいい人だと思うんだけど、どこか胡散臭く感じちゃう」
アイーダは一息に捲し立て、二騎は無言で聞き入れた。だが残った二人の印象になるとアイーダは少し考える時間を要した。
「ブレアくんは強くて優しくし紳士だけれど、優しすぎる気がするのよ。あの優しさが彼を苦しませるよ。
対してレイくんは……、彼はブレアくんとは真逆。17歳なのにどこか達観して冷たすぎる。彼に何があったかは知らないけれど、もっと希望を持っていてもいいと思うわ」
アイーダは寂し気に目を伏せ声をどもらせた。そして二騎が出したコーヒーに口を付ける。
その様子を見た二騎は本題へ入る覚悟を決めた。
「ベロニカ、今からする話は他言無用にしてほしい」
二騎の導入にアイーダは息を飲み首肯で答える。
「新見に何があったかは本人のプライベートもあるだろうから伏せておくが、これからする話は新見も承知していることだ。
"魔獣"の正体について、あたしたちの持つ情報を伝える――――」
そして二騎が語る言葉に、アイーダは言葉を失った。
二か月前の拠点から移ったこの街は、山に近く都市部からは離れた場所に位置している。ゆえに星空はより鮮やかに煌々と瞬いている。
そんな星を無心で眺めることが日課となりつつある零は、お気に入りの丘で横になっていた。
すると零に近づく足音が一つ、零の横で立ち止まった。そのまま腰を下ろす横になったブレアは、星を眺めながら呟いた。
「隣いいかな?」
「事後確認止めろ」
ブレアは辛辣な切り返しにも爽やかに笑って返した。
「なんか用か?」
「気まぐれさ。この部隊でいつからか"主戦力"だとか"双璧"だとか"ツートップ"だとか言われている割には、面と向かって話したことがなかったな、と思ってね」
「互いにこき使われてたからな」
二人の間にはこまめなフォローや不要な探り合いはなかった。ただ思ったことのみを思った通りにぶつけ合うだけだが、それで十分だった――――。
北斗七星が傾き夜が深まる。その間も二人は互いのことを話し、話し……、主にブレアが話し、一刻が過ぎていた。
「————だから、僕のこの長剣は陸軍時代に仕官した恩人から託されたものなんだ。その人は魔獣が現れてからすぐ前線に派遣されて、まだ帰ったという報告はないけれど……、死んだっていう報告もない!」
「それがお前の"希望"か」
「あぁ! ジンさんとの約束とのためにも僕は敗けられない」
恩人の名を語るブレアは声を荒らげて熱が篭もる。
「"約束"?」
「そう。『お前は大きな力を得た。その力を誰かを傷つけるのではなく、誰を守るために使うやつであれ』ってね。僕が最後に恩人と交わした言葉で、大事な約束なんだ」
「ふーん……」
今まで主に聞き手に回っていた零がおもむろに口を開いた。
「その道程がたとえ穢れた修羅の道であっても、ブレアは闘うか?」
「もちろん。僕は誰も傷付けない。人々の生活奪った獣は僕が狩る」
ブレアの一言には意気揚々とした温もりはなく、確固とした熱量が込められている。
「さぁ、次は零の話を聴かせてくれないか?」
ちっ。
零は内心で舌打ちをした。ブレアが長々と喋るということは、零もまた長々と身の上話を喋る。その結論には結構早い段階で至っていた。ゆえに言葉少なく聞き専であったわけだが……、それを逃すブレアではない。
もちろんブレアという人間はこれを悪いなくやってのける。むしろ純朴なピュア度100%なわけで、なお質が悪い。
「作戦実行まで英気を養わないとな。今日はここまで、俺の話は全部終わったらしよーや」
などと柄にもなく体のいい好青年のようなセリフを並べる。零自身寒気が走って仕方がない。
「……そうだね。互いに、いやみんな無事に帰ってみんなで語らうとしよう! また約束が増えた!」
ブレアは好青年であった。恥ずかしげもなく臭いセリフを爽やかに口にする。さらには"みんなと"などとハードルを上げてきた!
「あ……あぁ……。そうだな……」
明かりの少ない丘で零は引き笑いで誤魔化す。なによりもこの場を適当にやり過ごせたと小踊りしながらその場を立とうと立ち上がる。
「それじゃあ大事なことを一つだけ答えてくれないか?」
ブレアは真面目なトーンで零を引き留めた。
打って変わった雰囲気に止められた零は首だけ傾ける。
「レイの戦う理由はなんだい? 君をそこまで強く突き動かすものは一体……?」
その回答に零は時間を要した。そして零は慎重に言葉を選んだ。
「俺が正しくあるため、俺の往く道がいつか正解だと言われるために、"何だろうと"倒して殺して……、超えていく。
それだけだ」
それだけ言い残して零は足早に去っていく。
その背中にブレアが言葉をかけることはなく、零もただの一度も立ち止まらなかった。
二人の少年は星空の下で志を曝け出し、勝利を胸に誓った。




