戦いの火蓋
~あらすじ~
遂に訪れた作戦実行の日、戦地へ向かう車の中で各々は士気を高めていた。その中で一人不安を抱えるアイーダは、前日に零との会話を回想していた。
そして、とうとう最後の戦いが始まる――――。
いざ訪れた決戦の日、空にはどこまでも暗雲が続いており、のしかかるような息苦しさを感じる。
装甲車と大型輸送車の交じり合った武骨な隊列は、舗装も何も手が付けられていない道を轟々と突き進む。乗り心地が最悪な揺り籠に乗せられたオルガは機嫌が最高に悪かった。
「まったく……、朝早くに起こされて固いシートに乗せられて……。
本当に最っっっ悪! ですわ!」
腹の奥から出た本音が狭い車内で木霊し消えた。
隣に座っていた姉のアイーダはオルガをあやし、宥めていた。
『おいベロニカ! 不満は後で聴いてやる、少しは静かにできんのか!』
別車両に乗り合わせていた二騎少佐はを通信機越しにいつもの怒号を飛ばす。
今回の最終作戦に取り掛かるにあたり、主戦力を大胆に二分している。後発隊であるこの装甲車隊にはベロニカ姉妹と劉孔明、アイリス・ミラーにクロエ・キャベンディッシュの五人が乗っている。
そして昨日、新見零とブレア・レッドウッドの二人が先立ってレメヨンキ付近の拠点へ出発していた。
この装甲車に乗り合わせた主戦力の五人はもちろん、すべての隊員が最終作戦を必ず成功させるという決意と確信を胸にしている。
ただしかし、アイーダ・ベロニカだけは一人静かに不安抱えていた。
アイーダは一昨日、魔獣の"正体"について明かされた。アイーダ自身もある程度予測はしていたこととは言え、改めて言葉にされると心が潰されそうになった。
しかしアイーダの不安の本質はそこにはなかった。
この最終作戦はきっと、これまでに経験したことのない戦いになるのではないか?
心身ともにすり減らし、本物の"戦場"を掻い潜ってきてもなお、この不安ばかりは慣れるものではない。
形容しようのないざわつきがアイーダを苛んでいた。
そしてアイーダは車内で一人、昨日零と交わした言葉を思い返していた。
「――――レイくん」
「んぁ?」
レメヨンキへ飛び立つヘリポートへ向かう道中、珍しくアイーダに呼び止められた零は間抜けな声で振り向いた。
周りに誰もいないことを確認したアイーダは、身振りで零を少し屈ませ耳元で囁いた。
「レイくんは魔獣の……、"正体"について知っているんだよね?」
「……あぁ、千里のやつやっと話やがったか」
零は慌てるでもなく、まるで他愛もない日常会話のような反応を返す。。
「他の奴らは知っているのか?」
「まだ聞いてないと思う……。
クロエちゃんは何となく察してそうだけど……」
「確かにな」
短く返答した零は呆れたようにため息を吐いた。小声で二騎への悪態を吐いたが、アイーダは聞こえないふりをする。
「……それで、アイーダは降りるのか?」
零はさっぱりと割り切りアイーダの瞳に問いかけた。
熱はない視線を食らったアイーダは一瞬凍り付いてしまった。零のその眼差しには覚悟を問う威圧があった。
「私は続けるわ」
――――けど、オルガたちに同じ苦悩はさせたくない。
アイーダはその本音を飲み込んだ。その本音を零に溢したところで栓のないこと、もとい解決を零に求めてはいけないのだ。
「……そうか。
よかった」
————よかった……?
どういう意味なのだろうか?
アイーダには分からなかった。
ここでアイーダが降りたとしたら、零は何と言ったのだろうか。
もしかすると、アイーダは"新見零"という少年を勘違いしていたのかも知れない。
彼は修羅場を強さと、"優しさ"で生き残ってきたのだろう。
その優しさは彼なりの不器用なもので、きっと誰にも伝わらない屈折した優しさ。
アイーダは衝動的に零を呼び止めていた。
「レイくんは優しいよね」
「あぁ、それは俺も知っている」
冷徹な零の表情は鳴りを潜め、いつも通りの悪戯な笑顔を浮かべる。
「レイくんは誰も行きたがらない道を、誰も続かなくても鎧が脱げても裸足になっても、一人で暗く狭道を突き進んでいく。
そして私の"言葉"は届かない……」
いつになくナーバスばアイーダは心の底から心配していた。姉として生きてきた者の本能が、その言葉を紡がせていた。
「明日、頑張ろうね……」
「あぁ」
アイーダの眼には零がクールを装っているように映った。
気恥ずかしそうに急ぎ足で去っていく零は、その後ブレアとともにヘリで飛び立って行った――――。
「どうかなさいましたかお姉様?」
隣に座るオルガが顔を覗き込んで訪ねてきた。
「深刻そうに唸っていましたけれど……、何かございました?」
「え、声なんて出てた?」
「えぇ。お姉様にしては珍しく」
「そう、気を付けるわ」
アイーダは我ながら間抜けなことをしたのだと苦笑いする。そのまま話を濁そうと話題を探っていると、オルガが意図してかせずしてか、相変わらずのぼやきを溢す。
「全く……、あのワガママ東洋人のお膳立てだなんて冗談じゃありませんわ。こんな仕事早く終わらせましょうね、お姉様!」
「ふふ……、そうね」
アイーダは本当のことを喋りたいという衝動を抑え込む。
オルガが拗ねる姿が愛おしく思う。アイーダは最後の戦いでオルガを守ると決意を新たにした。
曇天立ち込める山の中腹、二騎たちの部隊は所定のポイントで魔獣の群れを見下ろす形で陣を展開していた。部隊は装甲車や輸送車を壁とする形で横一文字に展開し、物騒な重火器の銃口の標準を群れへ静かに合わせていた。
そして時計は作戦開始の正午を知らせる。
二騎の高らかな号令によって部隊は重火器による一斉攻撃を始めた。
初動として、魔獣がたむろするポイントへ目がけて、圧倒的な弾幕を放つ。
眩暈のするマズルフラッシュと薬莢の跳ねる音が脳幹を突き穿ち、硝煙の匂いが鼻孔を刺激する。視覚・聴覚・嗅覚から人の正気を奪う逆境の中で、それでも隊員は弾幕を止めない。
突如として銃弾の驟雨を受けた魔獣たちは不意を突かれ始めは狼狽える素振りを見せたが、弾幕で魔獣は討伐できない。弾丸は小型の魔獣の脳天を捉え討伐できても、ほとんどの魔獣の肉厚な身体は貫通しない。
魔獣の群れはぞろぞろと弾幕の始点へ向かって動き出した。
「さぁ! 後は頼んだぞ!」
二騎の指示により重火器部隊は隊列を下げ、主戦力の4人と場所を入れ替えた。
重火器に勝る4人の戦力は事前の打ち合わせに沿って、その能力を発動した。
最前列で能力を発動したオルガは、迫りくる魔獣の流れを防ぐように大地を隆起させる。行く手を遮られた魔獣たちは諦める、ということはなく、その壁を乗り越えようともがいていた。
「劉さん、出番ですわよ」
「えぇ、承知しています」
オルガからバトンを受け取った劉孔明は、あらかじめ用意していた山積みのタンクから流水を弾き出した。轟々と脈打つ滝となって天へ昇っていく。自然の摂理と真っ向から対立するその様は、孔明の能力によるものであった。
「さぁ行きますよ!」
声を昂らせた孔明は魔獣の群れに目がけて水柱を振り下ろした。
「Giryyy!」
「Fugyaa!」
「UuuGyyy!」
魔獣たちは大量の水を飲み、水圧で潰されるが、討伐数はさほど多くはない。ほとんどの魔獣が反転し、オルガがこしらえた道を後退する。
しかしどんな群れにもイレギュラーは存在する。相変わらず地盤の壁をよじ登ろうとする魔獣の一部が、実際に壁を乗り越えた。
ここでアイーダの出番が訪れる。
「"下がりなさい"!」
その一言で魔獣は一目散に後退を始めた。
「追うぞ! 動ける者はありったけの装備を抱えて続け!」
二騎が先導し前線を押し上げると、他の隊員たちもそれに続く。
「私たちも行くよ!」
やる気満々のクロエがアイリスの腕を引っ張り、二騎とともに最前線を進む。
逃げ遅れた魔獣はクロエの能力により跡形もなく消滅する。
「アイリスも倒しなさい」
「…………ん」
孔明の指示によりやる気を出したアイリスは、その小柄な体躯に張り付く影を伸ばした。アイリスの能力により変幻自在に伸びる影は、魔獣の足元へ忍び寄ると姿を現す。地面より伸び出た影は怪獣のように大口を開き魔獣を食い千切った。
「うぅっ……」
食い千切られた魔獣の肉片を目にした隊員が嘔吐する。
オルガやクロエも実際に吐きはしなかったが、激しい吐き気を催し視線を外す。
「進めない者は構うな! 進める者は全員魔獣を追いかけろ! 一体でも多く減らして勝利をもぎ取るぞ!」
「「「おおぉぉぉ!」」」
二騎は自ら小銃の引き金を引き、部隊を鼓舞する。
それに応えるように部隊は前進する。
全員が命を懸けて最終作戦での勝利のために邁進していた。
————人類最悪の敵と出会うまでは。




