神速の君
~あらすじ~
レオナルドは加速を続け、とうとう零すら追い付けぬ世界へ。
万事休すかと思われた零だが、切り札を切るようで……。
彼のスピードは止まるところを知らない。
戦況において、追う者・追われる者などという構図は見られない。
敵が攻勢に転じる前にその芽を積み上げる。限界を置き去りにした彼にとって、世界の全てが止まって見える。
――――あぁこれが、限界を越えた世界の景色か……。
まだ、先へ行けそうだ。
逆風などものともせず、金髪を逆立てるレオナルドは胸を高鳴らせていた。レオナルドの瞳は爛々と光を放ち、勝利の未来しか見ていない。
……目の前に敵などいないかのように。
「悦に入るのは構わないが、気に食わねーな金毛ぇ!」
零は怒りに猛り、己の矜持に賭けてレオナルドに追随する。だがそのスピードには明確な差が生まれていた。
零がレオナルドの後方へ回り込んでも、それを上回るレオナルドは即座に逆転する。
レオナルドが最高潮に達し、最高速を更新し続けて未だ十秒ほどである。しかし神速の二人の戦いでは三〇を越える攻防が繰り広げられていた。
その攻防の中で、零の攻撃がレオナルドへ通じた回数はただの一回もない。
攻撃が届かないばかりではなく、少なくとも十はもろに攻撃を受けた。防御は辛うじて出来たとはいえ、運動エネルギーの蓄積されたレオナルドの打撃は重い。
急所への一撃は一つもないとは言え、零は攻撃を受けすぎた。久方ぶりの打撲に裂傷と、零は苦戦していた。
「あんたの速度は越えた。五秒だ。それで終わりにしてやんよ」
レオナルドは最早零など意に介してなかった。
レオナルドにとってこの瞬間こそ人生の最高目標であった。零を越え倒すことこそがレオナルドの生きる意味、成し遂げるべき本懐。
己の能力を持て余していたレオナルドは、かつて小さな世界の王者だった。勝てない敵はいない。自分が頂点。自分の手の届く範囲が全てだったレオナルドは、その日孔明に惨敗した。
初めての敗北と屈辱にレオナルドは打ち負ける。
そんな彼を救い上げたのも、また孔明だった。
そのときからレオナルドの魂は孔明に捧げた。レオナルドが刻む蝶の刻印は肉体ではなく魂に。その魂は”ReKindle“の最後まで共にあると誓った。
そして立ちはだかった”怠惰の魔王“。レオナルドの道にも、”ReKindle“の道にも不要な敵だ。
レオナルドは零を討つことで頂点に立つ。
己を導いた師と同じ舞台へ立つ。
その瞬間が成就しようとしている。
今ここでレオナルド・ヴァトラーの人生は完成する。そして新たな道が開かれる。
(勝つためにどんな手段も講じると決めた。絶対に”怠惰の魔王“を殺す。俺はやっと……、この時を迎えた!)
昂ったレオナルドに隙はない。捉えた背中に手が届く。拳が届く。
「その背中、首、もらったぁ!」
レオナルドが拳に乗った破壊力を振り下ろしたとき、零は消えた。
「っ!? 何処に!?」
「ここさ」
突如としてレオナルドの背中を捉えた零は容赦のない鉄槌を撃ち下ろす。
戸惑いの中地に伏したレオナルドは自身に残る運動エネルギーそのままに転がる。地に線路を刻んだレオナルドは速度を殺さずに姿勢を立て直す。
(この俺が速さで負けた……!?)
今起きた出来事に衝撃を受けたレオナルドだが、すぐに精神も立て直した。
(なぜかは分からない。だが、小手先の技なら力で押し切る)
レオナルドは更に最高速を更新し零へ軌跡を描く。
零は自身へ迫る光速の男へ正対する。避けるどころか、迎撃の構えすらとらない。
「言っとくぜレオナルド。お前は俺には勝てない」
零は真正面からレオナルドへ語りかけた。
零へ特効したレオナルドがその言葉を耳にしたかは定かではない。
レオナルドは大地を砕きまた風に乗る。
そこに零の姿形も跡形はない。
「……勝ったか」
速度を上げるレオナルドは零の影を探す。だが零は探すまでもなく、レオナルドの背後にいた。
「スピードを保つことを意識したな。激突の瞬間にスピードを殺さないように身体が対象から逸れてる。威力は半減だ」
「っ後ろ!?」
レオナルドは腰を回転させ、裏拳を撃ち込むが零を捉えることは出来ない。それどころか、零を再びロストした。
そして零は再びレオナルドに迫る。
「何であんたが俺に追い付けんだよ!」
レオナルドは完全に冷静さを喪失し、焦燥に囚われていた。
レオナルドの問いに対する解答は明確だ。
レオナルドの魔術は”加速“、零の魔術は”速度“だ。そもそも戦闘におけるスタンスがまったく違う。
レオナルドは”加速“により天井知らずのスピードと破壊力を帯び、その力で敵を圧倒する。
零は”速度“を自在にコントロールすることで緩急をつけ、敵を圧倒する。その”速度“の天井が桁外れなため、あたかも圧倒的な力押しが目立つが、真骨頂は”0“と”100“の支配にある。
冷静であれば気付けたであろう事実にレオナルドは気付けない。
レオナルドが零を越えるスピードで背後に回り込もうとも、零は弄ぶように速度を変える。
零は物理法則ではあり得ない動きを当たり前にこなす。慣性を無視した急停止に急発進、”0“と”100“を行来するだけで誰も追い付けない。
「ぐあぁ……!」
いつの間にかレオナルドは地に伏していた。
駆け出したときには予想すらしていなかった完全敗北、完全に停止したレオナルドは土を噛む。
「まだ、まだだ……! どんな手を使ってでもあんたを殺すんだ……」
レオナルドは軋む身体に鞭を打ち、それでも動かぬ四肢に檄を飛ばす。
しかしレオナルドの身体が起動することはない。
レオナルドはとうに限界を越えすぎていた。いずれ訪れる瓦解が、零の一撃によってもたらされていた。
レオナルドの機能不全は予見出来たはずだ。しかしそれはレオナルドによっての予見ではなく、孔明によるものだ。
孔明はレオナルドに”限界を越えることのリスク“を説きはしなかった。
つまりはそういうことである。
孔明にとって、レオナルドは捨て駒だった。
「動け、動けよ! 俺はまだ戦わなくちゃいけないんだよ……!」
荒野と果てた大地に、レオナルドの苦悶だけが消えていく。
傍らに立つ零は無言でレオナルドを見つめる。
「悪いが先を急ぐ。てめーに時間をかけてらんねーよ」
零は地に伏すレオナルドに言葉をかけると、胸ぐらを掴んで身体を引き上げた。
「てめーらの、孔明のやつの目的は何だ?」
心傷のレオナルドにはレオナルドにその声は届かない。壊れたレオナルドはつらつらと悔恨の言葉を並べる。
「紗耶を狙ってどーするつもりだ?」
零の静かな問いかけにも、レオナルドは変わらなく遺恨ある言の葉だけを唱える。
「俺は……、お前を……、殺す……」
「そーか……、もういーや」
振り上げられた拳は”100“に達する。
第三宇宙速度にも匹敵する拳はレオナルドを穿ち、一欠片も残さずに四肢爆散する。
頭の先から爪の先まで鮮血を浴びた零は冷静だった。
己の予期せぬ負傷とコンディションを鑑みても、やはり孔明とは白黒着けなければならない。
(余力を残して向かっても三分はかかる距離か……。孔明のやつ、俺を遠ざけるためにここに誘導させたか……)
となると、恐らく他の者の元にも追手が向かっているはず。
こちらの戦力は学生数人とオルガ、そして零だ。
全ても考慮しても、零が取るべき選択は一つだけ。
荒んだ大地に足跡を残し、零は孔明へ向かい駆け出した。
――――”怠惰の魔王“と”嫉妬の魔王“の優劣は決まっていた。




