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フルドライブ

~あらすじ~

“ReKindle”の襲撃を受けた王太郎たちの前に、爆発とともに零が現れた。

魔獣の群れを片付けた零は、壮介の死を悔やむ王太郎を否定する。

苛烈を極める襲撃事件の中、零が語る命の重さとは……。

 闘技場の客席、その一角では砂埃が舞い上がっている。

 そんな砂埃の中、れいは普段と変わらない冷めた眼差しで魔獣の群れの品定めをしていた。

 零は腕を組んで魔獣の群れを品定めするだけで、俺たちには見向きもしない。

 魔獣たちは爆発にも似た衝撃とともに現れた男に警戒心を丸出しにし、鋭い牙を剥き出しにする。

 前方に広がる魔獣の群れを一通り見回した零は、乱れた赤髪を掻き上げる。零はそのまま気だるげな顔で口を開いた。


「おいこら、この数多すぎやしねーか。これは侵入経路をぶっ潰さねーとな」


 誰に言う訳ではなく、己に言い聞かせた零はおもむろに右腕を振り上げる。


「Gyuwaa!」


 零の振り上げた腕は高速で飛びかかってきた魔獣の首根っこを捕らえていた。

 零は掴んだ魔獣をゴミのように左に投げ捨てた。

 彗星のように落ちていった魔獣は地面に刺さり、再び動くことはない。

 攻防とも言うにも一方的すぎる蹂躙は、わずかコンマ五秒。


「速っ!?」


 一瞬の出来事を目の当たりにした紗耶さやが言葉を漏らした。

 そして、一体の魔獣が飛びかかったことによって睨み合いは終わる。

 オオカミの姿をした魔獣は素早く駆け出し、オオサンショウオの魔獣は巨体を揺らして突き進む。


「零、魔獣が来たぞ!」

「分かってんだよ。黙ってそこにいろ」


 零の俺の進言をバッサリと切り捨てた。

 魔獣の攻撃にも零は構えを取らない。驟雨のように迫る魔獣の群れに正対し、肉薄するまで微動だにしない。

 裏を返せば、魔獣が肉薄すると零は初めて動いた。


「──っ!」


 零が動いたと思えば、飛びかかる魔獣の数体が倒れた。

 動き出した零は目にも止まらない速さで動き、他の魔獣を沈めていく。


「……何て力……、純粋な腕力だけじゃないわ」

「紗耶には見えてるのか?」

「集中してやっと追い付いているわ。けど、気を抜いたら見失っちゃう」


 紗耶は返答も程々に、魔獣を蹂躙する零を追いかける。

 俺も零の動きに眼を凝らす。


 オオカミの魔獣の頭を地面に叩き付けた零は、追い討ちと言わんばかりにその頭蓋を踏み砕いて次の魔獣に狙いを定める。

 次に零が狙ったのはオオサンショウオの魔獣。真っ直ぐに強く突き進む中、零を四肢を一振りして他の魔獣を巻き込んだ。

 その拳は一撃で魔獣を沈黙させ、一蹴りで地面にクレーターを作り出す。

 オオサンショウオの魔獣は肉厚で物理的な攻撃は効かないはずだ。少なくとも並みの弾丸は貫通することはない。だが、零はオオサンショウオの魔獣を殴って沈めた。

 それも技ではなく力で。

 肉厚な魔獣の体表を越えるだけの威力で殴ったのか……。


「無茶苦茶だ……」


 感嘆が俺の口を突くと同時に、零は最後の一体を黙らせた。

 零が暴れた跡は、まるで隕石の雨が降った後のようであった。

 あちらこちらの地面が陥没している。そして辺りには血の水溜まりと無惨な屍だけが残る。


「終わったな……」


 魔獣の群れを片付けた零は、服に着いた血痕を気にする様子もなく、こちらに歩いてくる。

 その道中、倒れた元木もときさんや壮介そうすけを目視したようだが、表情一つ変えることはない。


「さっさと引き上げるぞ。血生臭くて仕方ねー」


 零は俺たちに手を貸そうともせずにその場を後にしようとする。

 俺は零の背中に待ったをかける。


「壮介を連れて行こう。ここに寝かせておくのは不憫だ。

 ……そうだ。他に人を呼んで元木さんも連れて行こう。零、肩を貸してくれ」


 俺は七海ななみの抱える壮介の腕を肩に回し、踏ん張って担ぎ上げる。

 壮介の脚が重さを支えない分、全体重がのしかかってくるが小柄な壮介は担ぎやすい。

 俺が零に手助けを求めるような仕草をすると、零を溜め息一つに手を伸ばした。


 そして頭を垂れる壮介を手で弾いた。

 抵抗のない壮介は地面に落ちる。


「…………おい。何をした……?」


 俺は自分の肩から滑り落ちた壮介を俯瞰して、零に問いかける。その声音に煮えたぎる怒気があることには自分でも驚いた。


「それを置いていけよ。くせーし邪魔だし、どうにも荷物だろ」


 零は悪びれもなく言い捨てた。

 その言い種に、一気に沸点を振り切れた。


「壮介を放っておけと言うのか! 出来るかそんなこと!」


 俺は零を怒鳴り付けていた。先に手が出なかったのは我ながら冷静だったのか、それとも本能的に勝てないと分かっていたのか。


「ならば尋ねるが、お前はそいつだけを弔うというのか?」

「何だと……?」


 俺は零の意味深な物言いに疑問符を浮かべた。

 零は俺の様子を気にせずに淡々と話を続ける。


「友達だから、といった私的な理由で死んでいるそいつを連れて行くというのは、他の死者はどうするんだ? って話だよ」

「そりゃあもちろん、他の人も後で連れて行くさ。このままになんかしてられない」

「それは全ての命に対しての発言か?」


 零は俺の言葉に間髪入れずに問答する。


 「全ての命に対して」


 俺は零の言わんがすることが理解出来なかった。

 ここに死した全ての人に敬意を払うことの何が気に食わないのか。俺は零の感情が見えない。


「当たり前だろ。ここで死んだ人全てに家族が、友達が……、その人の死を悲しむ人がいるんだ。人の死に敬意を払って何が悪」

「バカか」

「っ…………」


 零は青筋を立てて俺の言葉を遮った。眼差しを鋭くした零に、俺は反駁することも出来ない。


「俺は『全ての命』と言ったんだ。誰が人命に置き換えろと言った、バカ」


 ……全ての命?


 俺の思考回路では意を解せず、頭の中でその言葉がグルグル廻る。


「お前が葉吹はすいで殺った龍型の魔獣は人だったろ」

「……まさかっ……!」


 そこでようやく俺は合点が入った。

 零はこの場に倒れた命、すなわち人だけでなく魔獣も弔え、と言うのだ。


「魔獣だって元は人だってこともあるんだよ。人だけじゃねー。飼い犬や飼い猫、床下の鼠かもしれねーな。

 今日日口煩く『命は平等』って唱いながら、それを疎かにするのは俺が許さねーぞ」


 零の眼差しは真剣そのものだった。

 零は「人だから……」とか「魔獣だから……」という理由で命を見ていないのだ。零にとっては人も魔獣も犬も鼠も床下の鼠も同等なのだ。

 だからこそ、「人だけを弔う」という俺に怒りを覚えたのか……。


 だとしても、命を同等とみなしてなお魔獣を蹂躙した零に矛盾を感じてしまう。


 ──分からない。


「だとしたら、零はどうしてそんなに強いんだ」


 ──そこまで命の哲学を持ちながら、どうして零は魔王でいれるのか。


 俺の感じた懐疑は上手く纏まらず、稚拙な言葉で口を出た。


「……俺は世界を選んだんだ。目の前の魔獣の命と世界の命を天秤にかけた。そんな俺には迷うことは出来ない。全て等しく、俺の敵は殺す」


 零の返答には、珍しく躊躇いが見えた。

 しかし口ごもりながらも零が出した回答は、零の覚悟を濃厚に漂わせる。


「もし魔獣が自分の親だとしても?」


 突然質問を投げ掛けたのは紗耶だった。

 俺の隣で立ち竦む紗耶は強く俺の袖を掴み、その手は確かに震えていた。


「紗耶……」


 紗耶は恐らく自分の境遇と重ね合わせたのだろう。

 幼き日に旅立った紗耶の両親は、魔獣がたむろする土地で消息を断った。遺体は見つかっておらず、生きている希望はある。が、それは希望的観測に過ぎない。予想しうる可能性としては……。

 紗耶も覚悟をしているだろうが、今まではおくびに出さなかったことである。

 紗耶は初めて、その可能性と向き合おうとしているのだ。


「当たり前だ」


 そして零は躊躇うことなく断言した。


「たとえ親兄弟、親友だろうと敵ならば殺す。

 そして俺の敵とは、天秤の重きと相反する者だ」


 零は言葉を吐き捨てるとともに拳を握った。

 俺の目から見ても、零が殺気だったのは明らかだ。


「もしお前らを生かしておいて危険性があるのなら、ここで始末することもやぶさかじゃねーぞ」


 零の脅しともとれる文言を聞いて、俺は臨戦態勢をとった。

 勝てるはずもないが、すんなり殺られる訳にはいかない。


 そんな緊迫した状況の中、何もない虚空から銀髪の美女が現れる。


「零様、外の魔獣の掃除終わりましたわ。来客の方々の避難も完了しました」

「そうか、よくやったオルガ」


 銀髪の美女、もといオルガ・ベロニカは零に誉められてご満悦の様子だ。


「オ、オーちゃぁぁん!」


 そして久方振りにオルガを目にした七海が、感極まった余りダイビング・ハグを仕掛けた。

 的確にオルガを捉えた七海は、腕の中のオルガをきつく抱き締める。

 以前のオルガでは戸惑っただろうが、今回のオルガは様子が違った。


「止めなさい七海! はーなーれーろー!」


 七海を力付くで引き剥がしたオルガは、隙のない面持ちで七海を見詰める。


「再会にもの思うのはわたくしだっておんなじですわ。

 けど、今ばっかりは後回しですの。貴女が思っているより状況は切迫していますの」

「う、うん……」


 七海はしょげながらもオルガの言葉に従う。

 オルガと七海のやり取りに、一触即発だった雰囲気は懐柔された。


「おーい、朝臣おそん王太郎ー!」


 すると背中の方から俺を呼ぶ声がした。

 先程別れた浪岡なみおかたちが戻ってきた。

 その一団の後ろにはすばる速川はやかわが合流しており、項垂れた三人を担いでいた。


「無事だったんだね昴くん」


 七海が昴に駆け寄り、頭を垂れる内の一人の様子を覗いた。

 その表情をしばらく見詰めた七海は、何も口にすることはなく俯いた。


「どうした七海?」

「う、うん……」


 俺の問いかけにも七海は言葉を濁す。

 俺の質問に答えたのは昴である。


「済まない。はたは手遅れだ」


「「「っ!?」」」


 昴の鬱とした告白に一同は言葉を失った。

 確かに、昴の背負った畑は腕を力なく垂らし血色もない。だが、これが死んでいるというのか……?

 壮介や元木さんのみならず、畑まで……。


「待って! 下から来るわ!」


 場が暗い雰囲気に包まれたとき、恵梨香えりかが突然声を荒らげた。


「くっ……! 足元ね!」


 隣で警戒していた紗耶が、武器を手に取り地面に突き立てた。

 その切っ先には黒い外套を纏った例の男がいた。しかし紗耶の武器は男には命中しておらず、男は地面に潜っていく。

 そして再び男が地面から姿を現した。


「目標 捕獲 失敗 離脱」

「向こうとの実力差は歴然。賢明な判断っすね」


 そして外套の男の横に立つ者が同意をした。


「……なんであらしがそっちにいるんだよ……?」

「その話をすると手間なんで、後で昴さんに聞いておいてくださいよ」


 嵐は俺の疑問にも、面倒臭そうに答えた。

 俺だけでなく、他のやつたちも状況を理解出来ていないらしく混乱していた。


「こちらとしては長居するだけハイリスクなんで、早々に退場しますね」


 嵐はやはり答えることはせず、外套の男を連れて何やら怪しげな動きをする。


「おいお前、ここまで来てノコノコ逃がすと思ってんのか」


 そこに零が冷ややかな声をかける。

 零はいつでも攻撃出来るように体勢を整えいる。


「おっとこれは怖いっすね。やられる前に逃げないと逃げないと……」


 零の脅しにも怯える様子を見せない嵐の背面には突如モノリスが現れた。


 「逃がすかよ……」と零が踏み込んだとき、嵐はモノリスに飛び込んだ。


「あ、そうだを。またお邪魔するんで、そのときにお熱い歓迎をしてくださいよ」


 最後に不審な言葉を残して嵐はモノリスに消えた。そして外套の男もそれに続き、姿を消す。

 嵐たちの消失とほぼ同時に零が突撃を仕掛ける。

 隕石のような爆発とともに砂埃が舞い上がる。が、そこに嵐や外套の男はいなかった。

 砕かれたモノリスと悔しげな表情の零がいるだけである。


 そして急に闘技場は静寂に包まれる。


 俺たちは仲間を失い、敵には逃げられた。


 これにて、“ReKindleリキンドル”による闘技場襲撃は一旦幕を閉じた。

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