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疾風怒涛

~あらすじ~

王太郎たちと別れた嵐と畑と諸渕姉妹の四人は、嵐の先導の元に道を急いでいた。

そして辿り着いたのは行き止まりだった!?

嵐の目的が明らかになり、一向に襲い掛かる魔の手とは……!?

 ──時は少々遡る。


 控え室を後にした黒澤くろさわあらしは、当てがあるのか、ひたすら闘技場の廊下を突き進んでいた。

 嵐の後に続くはた彰斗あきと諸渕もろぶち姉妹も、次第に不安を募らせていく。


「黒澤くん、あなたはどこへ向かってるの?」


 嵐の後を行く内の一人、諸渕姉妹の妹である諸渕もろぶち芽久留めくるが口を開いた。

 芽久留は赤みを帯びたショートヘアーを靡かせ、訝しげな視線で嵐を睨む。


「そんな怖い眼をしないでくださいよ。こんな大切な事態だからこそ、お三方をお連れするんっすよ」

「私は『どこへ?』と尋ねたんだけれど?」

「まぁまぁ芽久留ちゃん。そんなに怖い顔しな~い」


 喧嘩腰の芽久留が嵐を捲し立てるが、姉の真来まくるが芽久留を嗜める。

 マイペースな真来はカリカリする芽久留の頬っぺたを引っ張った。鋭い眼差しのまま、芽久留は口を横にのっぺり広げられる。

 険悪だった空気を壊された芽久留は怒ることさえバカらしく思え、その頬を緩ませた。


(諸渕真来……、マイペースというかKYというか……。不思議な雰囲気な女子だ)


 諸渕姉妹の姉妹コントを横目に見ていた畑は真来の独特の雰囲気に眼を奪われていた。

 四人は廊下をひたすら歩き、助けを必要とする人々の元へ向かう。彼らは一刻も早く避難誘導に協力しなければならないのだ。


「さぁ着いたっすよ」


 一向を先導していた嵐が足を止めた。

 ただひたすらにどこかへ向かっていた嵐が足を止めたのは、


「……行き止まり?」


 目の前の光景に、芽久留が言葉を溢した。

 しばらく状況を、嵐の思惑を察することの出来なかった諸渕姉妹と畑は黙り込んでしまった。

 そして我に返った畑が嵐へ振り返る。


「俺の見間違いじゃなければ行き止まりなんだが……。俺たちは避難誘導に向かうんじゃなかったか?」

「そりゃあ見たまんまっす。ここは行き止まりっす。戻るためには俺を越えないとダメっすね」

「……それに他意はあるか?」

「ありまくりっすね……」


 長い前髪に隠れる嵐の瞳が怪しい光を放った。

 不適な眼光を目の当たりにした畑は後ろに飛び退くが、その脚は思うがままには動かなかった。

 力が入らないどころか、畑の脚は他人のものであるかのように反応がなかった。

 まるで置物の脚を付けられたかのような感覚に陥る畑は、身体のバランスを崩してその場に倒れ込んだ。


「くうぅぅ……!

 ……こ、これは……!?」


 そして畑の視界は白に覆われた。

 嘘のように白く、それでいて夢物語のように突飛な白に畑は一時、思考が停止した。そして遅れてやってくる感覚により、目の前の白の正体を察する。


「これは冷気……!? 嵐の魔術なのか!?」


 畑は急いで上半身を起こして冷気から逃れる。だが膝から下はすでに壊死してしまっているようで、全く動こうとしない。


(諸渕姉妹はどうした? あの二人もこの冷気に巻き込まれていないか!?)


 畑は咄嗟の判断で辺りを見回して諸渕姉妹を探した。

 動かすことの出来る上半身を目一杯に捻り、それでも見つからないなら首を精一杯捻る。真来の名を叫び、芽久留の声に耳を澄ませる。


 ……しかし反応はない。


「やっぱり畑さんは粘り強いっすね。浪岡なみおかさんとの戦いで見せた通り土壇場に強い」


 今まで動いていた下半身の反応が遠くなる中、畑の眼前に嵐の顔が現れた。

 嵐は悪戯に口元を歪ませ、無邪気に髪を掻き上げる。

 初めて目にした嵐の瞳は蒼く透き通り濁りも迷いもない。

 そして何よりも衝撃的だったのは、嵐の額に刻ませた刻印。それはアルファベットの“R”と“K”をモチーフに組み合わされた蝶々。

 意味するところは“ ReKindleリキンドル”。


「貴様……、さっきまで速川のことを偽物呼ばわりしておいて……」


 畑は歯が軋むほどに食い縛り、嵐を睨み付ける。


「あれはカモフラっすよ。下調べの中で唯一情報が得られなかった速川はやかわ光輝こうきを槍玉に挙げるとか、俺超ラッキーじゃないっすか?」


 一方の嵐は悪びれる様子は微塵も見せず、小躍りしそうな勢いで嬉々として語る。


「ノーモーションで魔術を打ち出せる畑さんと諸渕姉妹を消すのが俺の役目っす。下手こいたら俺が殺られる状況で、お三方を欺くのはハラハラして楽しかったっすよ。

 足元から冷気が侵食してるのにも関わらず、三人とも行き止まりに慌てふためいているんすよ。身長の関係で先に諸渕姉妹が逝っちゃったっすけど、畑さんとこうして話せてるのも、俺的にはアリっす!」


 嵐は瞳を輝かせ、夢を語る子どものように熱っぽく語る。

 畑は見上げる形で嵐を睨み続け、打開策を練る。残った身体の感覚を頼りに、畑は反撃に出る。

 畑はノーモーションで“念力”を使用し、嵐を引き寄せる。そして動く腕を動かし、力一杯に嵐の首根っこを鷲掴みにした。

 完全に虚を突かれた嵐は抵抗もなしに畑に捕まる。


「貴様……は、ここで、止める……」


 畑はなけなしの力で嵐を締め上げる。

 しかし肝心の嵐は危機感を感じておらず、喉の奥から不気味な笑い声を絞り出す。


「くくく……。どれだけ頑張っても『袋の鼠』っす。ここにいるのが 俺 一 人 だけだもお思いで?」


 嵐の言葉を聞いて、畑は己の不覚に気が付いた。しかし退くにも退けない畑は、嵐を掴んだ手に力を込めるしか出来ない。


「おい嵐、ザコ相手に遊んでんじゃねえぞ」


 すると嵐の首を捕らえた畑の腕が、何者かによって折られた。

 その男は畑の腕を小枝のように容易くへし折り、無抵抗の畑をゴミの如く投げ捨てた。


「うわぁぁぁ!」


 腕すらも機能を失った畑は痛みを叫んで冷気の弾幕に落ちる。

 当の嵐は畑などには目もくれず、乱入した大柄の男に向く。


「ダグラスさん、お迎えが予定より早いんじゃないっすか?」

「当たり前だ。ザックが死に、怠惰と色欲が早々にやって来た。さっさと仕事を済ませてターゲットを回収して撤退だ」

「そうっすか。それじゃあ終わらせるとしましょう」


 ダグラスと呼ばれた巨躯の男と言葉を交わした嵐は、そこでやっと畑に振り向いた。


「くぅぅぅ、あああ!」


 痛みに悶える畑に歩み寄った嵐は、仕返しと言わんばかりに首を掴んで持ち上げる。

 最早抵抗する力もない畑は手足をダラリと下ろし、呼吸の音を次第に弱くする。


「そうだ。せっかくだから酷い死に方してみますか?」


 突然、嵐は悪い笑みを浮かべる。畑をただ絞め殺すのではもの足らず、その手で畑の口と鼻を塞いだ。そして塞いだ掌から冷気を放つ。


「……っ!!」


 嵐のやろうとしたことに気が付いた畑は最後の力で抗う。ものの、畑の四肢は微塵も動かない。

 嵐はじわりじわりといたぶるように畑の身体を蝕む。内側から氷点下で凍てつき、死んで行く。

 畑の僅かな抵抗もなくなり、動かぬ肉塊となった。


「用が済んだやら早く行くぞ嵐」


 嵐の娯楽を見送ったダグラスは次の道を急ぐ。

 すると、嵐とダグラスは壁にぶち当たった。

 そこにはなかったはずの壁は、半透明に冷たくそびえていた。


「畜生……! 少し遅かったか!」


 その氷の壁の向こうにら険しい顔付きをしたすばる

立っていた。


「おやおや昴さんじゃないっすか。まさかあなたに睨まれてたっすか」

「おい嵐、お前厄介そうなやつにまるっと睨まれてんじゃねえか。どうすんだよ。殺しとくか?」


 昴を目の前に嵐はどこか楽しげに微笑み、ダグラスは臨戦態勢をとった。

 ダグラスは固く拳を握り、“ReKindleリキンドル”の紋章が刻まれた拳を掲げる。

 しかし嵐はポーズをとるダグラスを諌めて昴と向き合う。

 そして二人の“ReKindleリキンドル”構成員を目前とした昴は冷静だった。冷静に思考を巡らせ、この二人をどうやっめ制圧するかを考える。

 考えた上で昴は一つの結論に至る。


(まともにやり合うのは無理だ。分が悪い、悪すぎる)


 昴はこのまま敵と睨み合い、時間を稼ぐことにした。

 嵐とダグラスの行く先には行き止まり、後ろには氷の壁。十分に時間は稼げる。畑と諸渕姉妹を冷気に晒しておくのは心苦しいものがあるが、今の昴ではどうしようもない。


「ほらほら昴さん。早く壁を解いて俺らと戦わないと、畑さんとか諸渕姉妹とか、手遅れになりますよ」

「うっせぇ黙れペテン師。そいつらを連れ出すのは俺じゃねぇ」


 昴は嵐の挑発にも、落ち着いて対応する。そして思惑があるように微笑を湛え、勝負に出る。


「……? じゃあ誰っすか?」


 嵐が疑問符を口にすると同時に、警戒していたダグラスが身を震わせる。


「こいつ……! そんな魔術か!」


 巨躯を捻って冷気の中の肉塊へ振り向くものの、手遅れであった。


「姉妹は息があるが重症、畑は手遅れだ」


 声とともに昴の背後から男が姿を現した。

 嵐は初めて聞くことの出来た男の声に高揚し、その名を呼んだ。


「速川光輝、まさか空間を越える魔術を使うなんて聞いてないっすよ」

「言ってないし情報も隠匿してたからな。魔導師育成所からの叩き上げ的には妥当だとは思わないか?」

「なるほど! だからどれだけ調べても分からなかったんすね。納得っす」

「納得してる場合かバカめ。人質交換も出来んぞ。どうやってここを突破するんだ」


 高揚した気分のままはしゃぐ嵐とは裏腹に、ダグラスは冷静に脱出策を練る。その瞳には奥の手を隠しているように見えるが、その奥秘を見せたくないのか躊躇っている。


「まぁマリーさんを呼ぶのも仕方ないと思うっすけど、どうしますダグラスさん?」


 嵐は飄々として奥秘を使おうと企む。

 ダグラスもポリポリと頭を掻いて一考すると、「致し方なし」と啖呵を切った。


「呼ぶならさっさと呼ぶぞ。ひょっとするとマリオが交戦を始めているかもしれんし、早々と第二陣に備える必要があるしな。

 よし口上は整った」


 何かしらの都合をつけたダグラスは、懐から種子のような粒を一つ転がした。


「何か来るぞ。警戒しろ光輝!」

「うむ」


 氷の壁越しに昴と光輝は臨戦態勢をとる。

 転がった種子は途端に成長し、一枚岩のモノリスに変わる。


「これは……、森にあったモノリスと同じものか?」

「そうっす。あれは学園内に仕掛けられるかなどの、いわば実験的なモノリス。これは本命っす」


 嵐の合図とともにモノリスは黒く不気味に鼓動を始める。

 モノリスが一体どんな動きを見せるのか分からず、昴と光輝が警戒していると、モノリスから手が伸びた。

 白く艶やかでか細い手はダグラスを掴み、精一杯に引っ張る。しかし巨躯のダグラスを動かす力はないようで、せいぜいダグラスの袖を引っ張る程度だ。


「……何だあれ?」


 モノリスから魔獣が出てきたシーンを鮮明に覚えている昴からすると、今起きている出来事は不思議で仕方がない。

 袖を引っ張られるダグラスはやや戸惑い気味に焦りを見せる。そしてモノリスの向こうに声をかける。


「おいこらマリー、引っ張るんじゃねぇ。手を抜いて腕だけ出すんじゃねぇぞ」

「っっるさいわね! 敵に易々と私のご尊顔を晒す訳にはいかないでしょ。これは作戦よ、 さ く せ ん !」


 ダグラスの声に答えるように、モノリスから声が聞こえる。

 高飛車かつ傲慢極まりない声音の喋り手はやはり女性。どうやらこのモノリスもその女性の魔術による空間跳躍のようだ。


「まぁそういうことだ。小僧ども、今回は命拾いしたと思って他のやつの弔いを済ませておきな」


 声に呼ばれたダグラスは昴たちに言葉を残してモノリスに消えていく。

 残る嵐もモノリスから伸びる手に掴まれた。


「昴さん、今度お邪魔したときは本気で殺しに行きますから、そのときはちゃんと殺されねくださいね」

「お前は俺に一回負けてんだろ。わきまえろ」

「あんなの手加減に決まってるっすよ! どうせ昴さんの魔術は俺の下位互換。勝つのは必至、ってやつっすよ」


 モノリスに消える直前、嵐は昴に宣戦布告をした。

 今までの笑みとも侮蔑とも違う表情を残して嵐は姿を消した。

 そしてモノリスは自壊してなくなる。もう二人を追うことは出来なくなった。


「……『今度』か」


 まさしく嵐のように去っていった出来事に立ち尽くす昴と光輝は、負傷者二人と一つの遺体を抱えて走り出した。


 目指すのは王太郎おうたろうたちのいる場所へ──。

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