炎の色は赤だけか
~あらすじ~
ザックの魔の手が壮介を襲い、我を忘れる王太郎。
そして魔獣に囲まれ、絶体絶命の状況に追いこまれる。
魔獣の群れと対峙した王太郎の運命とは……。
「壮介ぇぇぇ!」
俺の絶叫は魔獣の群れの中でも反響した。
その叫び声を聞いた魔導隊員の春山さんが道を引き返し袖口を掴んだ。
「何をしているのです王太郎さん。早く逃げないと道を塞がれます!」
「放してくれ! 壮介が……、壮介が!」
「引き返すのです。先輩が引き止めてくれたものを無にすることは私が許しません!」
いつも凛として冷静に振る舞う春山さんが取り乱し、力ずくで俺を引っ張る。
しかし、いくら魔導隊員といえど女性に力負けするほど俺は柔ではない。春山さんの制止を振りほどいてザックと構える。
「次だよ次次次ぃ! 殺させろ!」
血走った眼で見張ったザックは殺した人間などには眼もくれずに歩を進める。
「貴様……、よくも壮介を……。
ぶっ殺してやる!」
ザック・ジャパリーの一言一句一挙手一投足が癇に障る。
俺の血は止まることなく頭に登り、怒りは魔力を荒ぶらせる。
握った拳にはザックの魔術を相殺するに足る魔力が集中し、ザックを殺し得るだけの暴力が込められた。
俺の髪が淀みのない白髪に変わるのを感じた。
俺の後ろでは紗耶と七海が倒れた壮介に駆け寄っていた。二人は必死に声をかけるが、壮介からの返事はない。
「それに喋りかけても無駄だって! だって俺がちゃーんと殺したからぁ! 殺したら喋らないよねぇ、当たり前だよねぇ!」
ザックは嬉しそうに紗耶と七海に言葉を投げ掛ける。
二人は唇を噛み締め涙を堪え、震えるほどの怒りを抑えて理性的に振る舞う。
「逃げよう王太郎くん……。私たちだけでも逃げないと……」
「そうだよ王太郎。ここは退くわよ……」
二人は震える声で俺を嗜めるが、そんなことが出来るならすでに退いている。
「あいつは俺が殺す……。ぶっ殺してやる!」
「いいよいいよいいよ。来なよ来なよ来なよ来なよ! 殺し合いが一っ番楽ぢいぃぃ!」
とうとう理性の糧が外れたザックは奇形な走りで距離を詰める。
力任せに振り上げ、力任せに振り下ろされるナイフを俺は素手で受け止める。ナイフの切断力を高めていたザックの魔術を相殺する。
ただの刃物に成り下がったナイフを握り、ナイフごとザックを引き寄せる。
「あぁぁぁ!」
怒りに任せて拳を振るう。ただの力任せに振った拳はザックの左の頬を打抜き振り切った。
「ぃぃぃいいい! ったぁぁ!」
痛覚をありのまま言葉にしたザックは、俺に捕まれたナイフを解こうともがく。
しかしナイフは俺の手に食い込み、ナイフは外れない。
「この野郎! よくも! よくもぉぉぉ!」
俺は振り切った拳を振り戻し、そして打ち抜く。何度も何度も、何度もザックを殴り付ける。
「ぃぃぃ……、この痛みぃ……、俺は生きてる……!」
「この野郎がぁ!」
俺の拳にも血が滲み、ザックは吐血しながらナイフを捨てて俺の首を掴んできた。
「ひぃぃぞ小僧……、この痛みこそ俺が生きているという証明……。生きてないと感じられないものだ。
俺は今、猛烈に生きているぞぉぉぉ!」
俺の首を鷲掴みにしたザックは今までにないほど歪んだ顔をした。しかしその顔にはどこか誇らしげな色が見え、生き生きともしていた。
しかしその表情が俺の怒りを逆撫でた。
人を殺し続けたザックが生を感じるなど許せない。
こいつを、殺す……。
「くぅっ……、ごろず……。ザック・ジャパリーを殺す!」
俺は首を絞めているザックの腕を掴み返す。そして左手に食い込んだナイフを持ち変える。
精一杯の力でナイフを握ると、左手の傷から血が吹き出る。
そんなもの構うものか……。
逆手に持ったナイフで出鱈目にザックの腕を切り裂く。
偶然にも筋を切ったのか、ザックの首を絞める手は緩まる。
俺はその手とザックの襟元を掴む。そのまま足をかけてザックを倒した。
「お前を……、殺す……」
俺はナイフを構えたままザックに馬乗りになる。そしてナイフを高く掲げる。
「止めて王太郎!」
紗耶が俺の腕にしがみついて止めに入る。
「離せ紗耶! こいつは、俺が……!」
「止めて、止めて……! 今は逃げるのよ!」
俺が抵抗しても紗耶は離そうとしない。
ザックはその隙を突いて体勢を持ち直した。
馬乗りになった俺を押し退けて立ち上がる。しかしその後は攻撃を仕掛ける訳ではなく、踵を返して逃げ出した。
虚ろな眼差しのザックは覚束ない足取りで逃げていく。
「待て! お前は、お前はぁ……!」
「王太郎! 今は逃げるのよ!」
俺はじたばたしてザックを追いかけようとするが、紗耶が俺を羽交い締めにして引き止める。
「は……、ははははははは!
俺は生きてる! 痛い、痛い痛い痛い生きてるぅぅぅ!」
ザックはふらふらと歩きながら快哉を叫ぶ。
しかしその進路には魔獣がいた。
「Gruuu……、Gaau!」
その一体がザックの頭から噛み付いた。
ザックを上肢と下肢が千切れる。
それを合図に他の魔獣がザックに食い付いた。
「Guruuu」
ザックの屍をほじくり終えた魔獣の視線はこちらに移る。
「Gyaryyy!」
「Duraaa!」
「Booaaa!」
群れを成した魔獣は怒号を飛ばして駆け出した。
オオサンショウウオのような魔獣は大きな一歩で突き進み、オオカミのような魔獣は素早く飛び回る。
「Gaaayyy!」
その内の最も大きな個体が号令を発した。
それを合図に魔獣の一斉攻撃が始まる。
迫る黒い巨躯を目前に、俺と紗耶は呆然とする。
そのとき、天の救いのような一閃が迸った。
まるで隕石のように降ってきた人間は揺らめく陽炎のように目に写った。
「おいこら、この数多すぎやしねーか。これは侵入経路をぶっ潰さねーとな」
赤髪の男は面倒臭そうに言葉を吐き捨てた。




