“切り裂きザック”
~あらすじ~
王太郎たちの目の前に現れた血塗れの男は不気味に笑う。
さらに魔獣に囲まれ、王太郎たちは追い詰められていた。
王太郎たちは戦い退路を開くなか、男の魔の手は止まらない。
「やっと人間見つーっけ! もう獣を斬るのは飽きたから……、思う存分いくよぉ」
ボサボサに乱れた髪を揺らし、男は恍惚とした表情を浮かべる。
男の右手には刃渡り二〇センチほどのナイフが握られ、右腕を中心にどす黒い色が着いている。
「王太郎くん、皆を連れて来た道を引き返して!」
ユタリユタリと近付いてくる男を目前に、七海が立ち塞がった。
七海の背中に恵梨香が焦り気味の声をかける。
「ちょっと七海、あんた何をするつもりよ!?」
「無茶はしないよ。少しの目眩ましと牽制……、だよ!」
七海はこちらを振り向くこともなく両手をかざした。
その手から燃え盛る煌炎が吹き出る。
勢いの強い炎は広がり、男を呑み込んだ。
「よし、逃げるぞ!」
七海の牽制が上々だと踏んだ俺は振り返って全員に指示を飛ばすが、状況は芳しくなかった。
俺たちの後ろには紅蓮の瞳を剥き出しにした魔獣がたむろしていた。
魔獣は黒い巨躯を揺らすオオサンショウウオの魔獣や、鋭利な牙を光らせるオオカミの魔獣がいる。それに細長い身体を捻るヘビの魔獣や剛健な巨腕を振り上げるゴリラの魔獣など、見たことのない魔獣もいる。
「どうやら囲まれてるわ……。退路はなさそう……」
魔獣と向き合った金村が苦言を漏らした。
「退路がないなら抉じ開けるぞ!」
浪岡が奮起し闘志を顕にする。が、この劣勢を覆せるとは思えない。
何せ、俺たち一組は魔獣との戦闘経験があるが、他のクラスのやつはそれがない。
それに圧倒的に頭数が足りない。魔獣はそこら中から湧き出てくるのに対し、俺たちはジリ貧になるだろう。
俺が奥歯を噛み締め、ない頭を捻っていると七海が魔獣の前に立った。
「私が道を作るから、皆は間を抜けて!」
「七海、あんたはさっきの炎で魔力を使いすぎたでしょ。ここは皆に任せなさい」
「大丈夫、大丈夫だよ恵梨香……。私だってまだやれる……!」
七海は恵梨香の制止にも聞く耳を持たない。
しかし当の七海は嫌な汗をかいており、魔獣の群れを掻き分ける魔力があるとは思えない。
「くぅぅぅーーー! いい炎……、熱い、熱すぎる炎……! だがこの熱気こそが生きているという実感! くぅぅぅーーー!!」
「「「っ!?!?」」」
しかし魔獣ばかりを構ってもいられない。
煌炎の中から悦に入った絶叫が鳴り響き、次の瞬間には煌炎が 切 断 された。
「そんな獣放っておいてさ、もっと俺と殺り合おうよー」
「こいつ、さっきまで燃えてたくせに怯んでねぇぞ」
男は炎をハラリと斬り捨て、定まらない目線を泳がせている。
「獣をいくら斬っても味気ないんだよぉ。やっぱ殺るなら人だよね。知的生物ならではの断末魔、苦しむ表情……、ほんんんんっと最高だよねぇ!」
男は熱っぽく語り、そしてナイフを恍惚とした眼差しで見つめる。
ナイフに男の表情は写らず、染み付いた血痕が鈍光を放っている。
男はユラリユラリと覚束ない足取りで数歩進んだかと思えば、次の瞬間に速度を上げて前進した。
突然の前進は目にも止まらぬ速さで、男はあっという間に七海に肉薄する。
「なっ……!」
その名を叫ぶ隙もなく、七海自身も突然の出来事に身体が硬直する。
男の口からは不気味な微笑が溢れ、ナイフが振られる。
その時、魔獣の合間を縫って飛んできた棍棒が男のみぞおちを直撃した。
男はにべもなく後ろに吹き飛ばされた。ことの顛末の理解が追い付いた七海は腰砕けになった。
「あの棍棒は確か……」
先程飛んできた棍棒に見覚えのあった俺はとある二人を思い浮かべた。
「皆大丈夫かい?」
そしてかけられた声は俺の思った通りの人物のものだった。
「元木さん、春山さん!」
魔獣の屍を踏み越えて登場した。だが二人とも魔導隊員の制服を赤く染め、満身創痍の表情で歩みを進めていた。
「っ!? 二人とも大丈夫ですかその傷!?」
思わず二人に肩を貸そうとするが、元木さんがそれを断った。
「心配ない、あいつ相手にこの傷なら及第点以上だ。
それより君たちは逃げなさい。あいつは危険人物だ」
「あいつは一体何なんですか? あの不気味さ、そして“ReKindle”なんですよね?」
「はい。あの男の名前は“ザック・ジャパリー”、国際指名手配されている危険人物です」
元木さんと春山さんはザック・ジャパリーの名を呼ぶとともに苦しい顔をした。
「すでに魔導隊員の数名がザックに殺されました。ザックは非常に手強いです。私と先輩が食い止めますので逃げてください」
春山さんは破った制服で止血し、俺たちを後ろへ押しやる。
しかし頑固一徹紗耶は二人の指示など聞き入れずに戦闘に立つ。
「何をしているんだ。下がりなさい!」
元木さんが声を荒らげて紗耶を引き止めるが、紗耶は一向に聞く耳を持たない。
「七海は退路を開いて! 相手が近接武器なら、私が相手する!」
「任せて! 紗耶も無理しないでね!」
鋼の長槍を構えた紗耶が、瓦礫の中で不気味にほくそ笑むザックに向かう。
槍を構えた紗耶を目にしたザックは、そのギョロ目をグリグリと回して紗耶を見回した。
爪先から頭頂部まで舐めるように見回したザックは薄ら笑いとともに、歪んだ口をさらにねじ曲げた。
「おや、あなたが俺の相手を……。ならば手心が必要かなぁ?
あ、隣の君は極限まで刻んであげるからねー。ひ、ひひひひ」
「こいつキモい……」
紗耶も思わず本音を漏らした。隣にして指名された俺なんか鳥肌が止まらない。
「王太郎くん、本当にザックと戦うの?」
不安そうな声で壮介が尋ねてくる。
「時間稼ぎだ。マジでやりあって勝てるとは思えない。後ろが道を作ってくれるまでは粘れるだろ」
「そうだよね……」
それだけ言って、壮介は俯きがちになる。
壮介の心象は容易く察することは出来るが、今すぐ解決出来る問題でもない。ここは壮介にはもどかしい気持ちのまま堪えてもらう他はない。
すでに後ろでは魔獣との戦いが始まっている。後ろの戦いに集中させるためにも、ザック・ジャパリーという男はここで食い止めなければならない。
「行くぞ紗耶!」
「うん!」
俺は紗耶から鉄剣を受け取り、二人で男に向かう。
「いいよいいよいいよぉ! 殺してごらんよぉ!」
先手必勝。俺は大きく振りかぶった剣を降り下ろしてザックの脳天を狙う。きっとナイフでは防ぎきれまい。ザックは後ろに下がってこれをかわすだろう。そこをリーチのある槍で紗耶が一突き。
致命傷にはならないだろうが、十分な牽制にはなるはずだ。
「くらぇぇぇ!」
躊躇えば足下を掬われる。俺は全力で剣を降り下ろした。
しかしザックは少しも動く素振りも見せずにナイフで剣を防いだ。
「なにっ!?」
すると剣は紙クズのように容易く切断された。
「ダメダメダメダメ! そんなんじゃすぐに終わりだから!」
「まずい……っ!」
俺は今隙だらけだ。
ザックは手早くナイフを逆手に持ち換えて刃を向ける。
「まずは一人、もーらーいー」
「させない!」
すると紗耶が咄嗟に盾を投げ込み、ついで俺の身体を力任せに引っ張った。
しかし紗耶の投げ込んだ盾は誤魔化しにもならず、あっさりと切り裂かれた。
ザックは盾の残骸をかなぐり捨て攻撃を仕掛ける。
「逃げんなよぉ! キレイに斬れないだろうが!」
「しつこいな! 構ってられないって!」
紗耶が抵抗を示して槍を振り回すが、その全てがナイフによって容易く切り落とされた。槍だけでなく、剣も盾も関係なく切断される。
「紗耶、近接戦は駄目だ! あのナイフに触れたら斬られるぞ!」
「だったらこれで……」
紗耶は後ろに飛び退いてザックから距離をとる。
紗耶が放った魔力により生まれた散り散りの光が所々で収束し、武具の形を創る。おぼろだった形は段々と確かなシルエットに変わり、それは確かな武具となった。
槍に剣、昆に矢に弾丸etc.。
俺は驚きと数えきれないほどの武具に圧倒されてしまった。それは俺だけでもないようで、周囲の魔獣ですらも警戒しておののいた。
「これが私の奥の手よ……。防げるものなら防いでみなさい。心臓目掛けるから頑張って守ることね!」
紗耶は一斉に武具を放った。
驟雨の如く降り注ぎ始めた武具は一心にザックに向かう。
「いいねいいね、いいいいいねぇ!
この容赦のない攻撃こそ“殺意”! 雨のような殺意! それでこそ殺し甲斐があるんだ!」
しかしザックは恐れおののく素振りも見せず、歓喜にも聞こえる快哉を叫んだ。そして小さなナイフで降りかかる武具の雨に一つずつ切り裂く。
「紗耶、太郎、道を確保したわ。逃げるわよ!」
「うん! 行くよ王太郎!」
「お、おう!」
俺と紗耶は恵梨香に案内される通りに退路を進む。
最低限の魔獣が倒されており、迫り来る魔獣は浪岡の作る壁で凌いでいる。こちらの状況も満身創痍といったところだ。
「それにしても今の武器の雨嵐は何なんだ。物凄い魔術だ」
「あれだけの術を使って魔力が残っているのですか。何て魔力量なの」
「あと二、三回はいけますよ。奥の手なんで連発はしたくないですけど」
元木さんも春山さんも、先程の紗耶の魔術に舌を巻いている。
しかし一番の驚きは紗耶の言動だろうか。魔力量が多いとは思っていたが、その底は想像よりも深いらしい。
「待てよ待てよ待ってくれよぉ! 俺はまだ誰も斬ってねだろぅぉ!」
すると後ろからザックの絶叫が鳴り響いた。
ザックはその身体に武器が突き刺さろうとも脚を進め、立ち塞がる魔獣をことごとく切り落とす。
「あいつはゾンビかよ!」
「ザック・ジャパリーとはそういう男だ。狂気の殺人鬼、人を斬ることのみを追求し、そこに歓喜を見出だした男。自らの痛苦すらもやつの美徳に叶うんだ」
すると元木さんは立ち止まり、拾い上げた鉄筋を構える。
「春山、皆を逃がせ!」
「っ……! 承知しました。ご武運を、先輩!」
元木さんの指示を受け入れた春山さんは歯を噛み締めていた。その表情に辛苦はあったが、迷いはない。
元木さんは命をかけてザックを止める腹積もりのように見えた。実際、元木さんは刺し違えてでもザックを止めるつもりだ。
いくらザックが手強く狂気の男だとしても、頭数でかかれば十分に倒せるかもしれない。
そんな甘い考えが先行し、俺は最悪手を踏んでいた。
「ぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁ!」
ザックは絶叫したままナイフを振り上げた。
元木さんは鉄筋を掲げてナイフを防ぐが、例によって鉄筋は容易く斬られた。
「ひぃとぉりぃめぇ!」
ザックは勢いそのままにナイフを降り下ろした。
「くぅぅぅっそぉ!」
ナイフが元木さんの肩に食い込み、肉を進み骨を斬る。
元木さんの腕は数秒も経たずに切断された。
元木さんの悲痛に歪む表情を見たザックは歓喜の吐息を漏らし、元木さんの腹を斬り込んだ。
「くぅぅぅ……!」
しかし元木さんはザックを羽交い締めにして逃がそうとしない。
「どけよどけよどけよぉ! 次だ次だ次だ! もっと斬らせろぉ!」
顔をぐちゃぐちゃにしたザックは元木さんに抵抗するが、羽交い締めは容易く取れない。
「元木さんから放れろ!」
俺は拳を握ってザックに向かう。全力で走り、力を込める。
「来た! 二人目だぁ!」
ザックは元木さんに絞められたままナイフを振り上げる。
「殺す殺す殺されろ!」
ザックは直情的にナイフを降り下ろす。
俺はその手首を掴んでナイフを止める。ナイフに触れなければ斬られることはない。咄嗟に出来た徒手と、怒りに任せた拳を同時に放つ。
しかしザックは指先を器用に使いナイフを逆手に持ち代えた。その手首だけを下ろして俺だけでもに突き立てる。
「ぐぅ……!」
肩に走る痛みとともに腕の力が急に抜けた。どうやら腕に通じる神経に傷がついたようだ。
ザックはそのまま俺の腹に蹴りを入れて押し出した。
ザックの手首を放してしまい、ザックとの距離は二歩ほど空く。
ザックは怯んだ俺の背中を狙って一目散にナイフを突き立てた。
「うぅっ……!」
ザックは刺してナイフで傷口を広げる。鋭い痛みが身体に駆け抜けたかと感じた次の瞬間に、鈍痛へと変わる。
痛覚を鈍くさせるほどの痛み。まるで夏祭りのあの戦いのようだ。
しかしこの痛みが何だと言うのだ。
後ろでは春山さんに止められながらも叫ぶ紗耶がいる。
理性と本心の入り交じった表情で恵梨香や七海が足踏みをしている。
こんなところで俺は……。
「二人目ぇ!」
振りかぶったナイフが俺の命を狙った。
ここまでか……!
くそったれが!
南無三と目を閉じ、奇跡を信じる。
いつもこんなとき、零が来てくれた。
あるはずもない一縷の望みに俺は掛けた。
「王太郎くん!」
サクリ──。
肉が斬れる音。
ピシャァァァ──。
血飛沫の舞い散る音。
そこに倒れていたのは俺の、朝臣王太郎の身体ではなかった。
「壮介ぇぇぇ!」
誇らしげな表情で目を瞑る壮介が横たわっていた。




