The Beginning ~開会~
~あらすじ~
とうとう開会した“魔術研鑽発表会”。
その一回戦目は昴v.s.嵐。
互いに火花を散らして幕を上げた大会で昴が目の当たりにした嵐の魔術とは……!?
一方、六人の魔王が顔を揃えた魔王会議。
進行の評議員から知らされた会議の題目に一同は驚愕する。
青天白日、燦々日光が降り注ぐ。誰が何と言おうと逆立ちしようと快晴の空の元、新築された“闘技場”の観客席は聴衆で埋め尽くされていた。
満席の観客席からは開会はまだかと待ちわびる空気が漂っていた。
「満員御礼だね。おかげで蒸し暑いったらありゃしないよ!」
「客席に冷房設備あるらしいが、焼け石に水だな」
「試合が始まったらもっと暑くなるだろうね~。これが本当の熱戦!」
「相変わらず七海はテンション高いな」
俺は額を滴り落ちる汗を拭う。そして隣を歩く七海の様子を窺うと、七海は意外と汗をかいていかった。
七海は涼しそうな顔で観客席の通路をするりと抜けていく。
開会まであと10分になった。
何の開会か、それは聞くまでもなく「魔術研鑽発表会」と銘打った魔術大会だ。
ヤマト魔導学園の一年生が魔術をどれ程のレベルまで修得したかをお披露目するための大会らしい。が、実際のところ、魔術を使える生徒は未だ一握りの生徒に限られている。
要は学園運営のために、学園が機能していることを示す大会だ。
とは言っても観客席にいる招待客は魔導において名の通った人物ばかりらしく、厳かな体はなされていた。
そんな大会で俺と七海が何をしているのかというと、ただの巡回である。
学園に入るのに招待状と指紋、人間によるトリプルチェックを受けなければならない。その上、闘技場に入場するために指紋、声紋、静脈、魔力の四重の検問を受けて初めて入場が可能なのだ。
不審者が外部から侵入することは事実上不可能。となれば俺たちの巡回は観客の案内や落とし物など、実に平和なものに限られてくる。
「この辺りも異常なしだね」
「あぁ順調だ。このまま何事もなく終わってくれることを願うぜ」
俺と七海は一通りの巡回を終えて、一組の固まる座席へ向かう。仕事が完全に終わった訳ではないが、少しくらい息抜きをしたっていいよな?
ビリリリ……。
すると、七海が腰に掛けていた無線が音を立てた。
「はい、こちら米谷・朝臣ペア」
無線を取った七海は当たり障りのない返答をした。
『ちょっと七海、今クラスの席に戻って休もうとしてないわよね……?』
すると無線の相手は俺たちをどこからか見ているのか、真面目な声音で俺たちの行動を言い当てた。
「げっ、恵梨香!? どこから見てるの!? エッチ!」
『何ふざけてるのよ。サボろうとしてないで働きなさい』
「ぶー。恵梨香のケチ……」
「そうだそうだ、ケチチビー。略してケチビー」
頬を膨らませて文句を言う七海に乗っかって俺も文句を垂れてみた。
が、恵梨香の地獄耳にはしっかり届いていた。
『後で覚えておきなさいよ馬鹿太郎!』
キーーン……。と甲高い音がハウリングして通信が途切れた。
七海は思わずイヤホンを外して耳を塞いだ。
恵梨香は紗耶とペアを組んで巡回をしているのだが、生真面目なやつめ……。少しのサボタージュくらい許せよと思うが、いかんせん後の仕返しが怖いので口にはしない。
万恨の思いを込めて、俺は小さな溜め息を消化した。
「巡回員も楽じゃないね」
すると、一組の席から声をかけられた。
そこには颯介が手を振っていた。
今回の大会では颯介は巡回員に指名されていない。まだ魔術を身に付けていない生徒は観戦することになっている。
「そろそろ開会式が始まるから、そのときくらいは座っていてもいいんじゃない?」
「颯介の言う通りだな。うろうろしていても邪魔だしな!」
「いや~。これは仕方ないよね。不可抗力だよね!」
結果、俺と七海も観戦側に回りました。
颯介の言葉に甘えて着席した俺たちは静かに大会の開会を待つ。
恵梨香の鋭い視線に射抜かれたような気もするが、この際知らん顔をしておこう。
『お集まりの皆さん。長らくお待たせしました。ただいまより、“第一回魔術研鑽発表会”の開会式を始めたいと思います』
すると女性の声でアナウンスが告げられた。
アナウンスと同時にざわついていた会場はピタリと静まり、厳かな雰囲気に変わる。
「あ、始まったよ~!」
開会のアナウンスがあると、隣の七海が小さな声ではしゃいだ。
俺は七海がそれ以上興奮しないようにたしなめつつ、開会式の行方を見守る。
アナウンスの声は流れるように開会式を進行した。
『では早速第一回戦のご案内です。
第一回戦、一組代表“向坂昴”対五組代表“黒澤嵐”!!
それでは、両者入場!』
そしてアナウンスが選手の入場を宣言すると、会場から拍手が沸き起こった。
昴と嵐が拍手を受けながら闘技場に入場し、フィールドの中央で立ち止まった。
二人の間には緊迫した空気が流れている。
互いに睨み合い、一言二言交わした二人は合図と同時に闘志をぶつけた。
「いや~、凄い数のギャラリーっすね。これはいっちょ気張りますか」
薄暗い通路を抜けた嵐は、陽光と拍手が降り注ぐフィールドを歩きながらケラケラと笑っていた。目元まで伸びた前髪のせいで分かりにくいが、確かに瞳が不適に歪んでいる。
対照的に、嵐の対戦者である昴は表情一つ変えずに開戦の定位置を目指していた。しかしその表情の強張りは緊張ではなく、昴の集中を様々と表している。
「おやおや、顔付きが怖いっすよ。緊張っすか?」
「まさか俺が緊張? 馬鹿言うなよ。お前こそ緊張しているからこそヘラヘラしてんだろ?」
昴の面持ちに気が付いた嵐は隙ありと言わんばかりに指摘した。
嵐としては挨拶変わりの挑発のつもりだろうが、昴には挑発を受け流す余裕が十分にあった。
昴に返された嵐は依然として笑顔のままだ。
「かもしれないっすね~。俺としては昴さんとの戦いってのは念願と言うか積年の望みって言うか。とりあえず待ちに待った機会なんっす」
「どういうことだ?」
嵐の意味深な発言に昴が眉をひそめた。
「それはこの後のお楽しみ、ってやつっす」
嵐は昴が初めて表情を変えたことに嬉々とする。
「なるほど、それは楽しみだ」
昴も負けじと余裕の面構えで言葉を返す。
この二人の間には戦いの前からが散っていた。
そして満を持して鳴り響く開戦の合図。
ゴングのような金属を叩いた音の余韻が残る内に、昴が先手を仕掛けた。
「こいつは挨拶ついでだ。受け取りな」
昴は“氷像”の能力で生成した氷柱を連続で打ち出した。
合計二十本にも登る氷柱は真っ直ぐに嵐を目掛けて飛びかかる。
対した嵐は氷柱の攻撃に焦ることなく、おもむろに右手を掲げた。
「そのプレゼント、生憎受け取れないっす!」
突然、嵐が掲げた右手から白い煙が噴出した。
吹き出た白い煙は氷柱を飲み込み、外からは煙の中を見ることは出来ない。
煙を警戒した昴は飛び退いて様子を観察する。
煙は徐々に晴れ、その中の様子を見てとれた。
「ほほぅ……。お前が俺と戦いたかった理由、何となく分かったぜ」
昴は目の前の現象を目の当たりにして合点が入ったような声を上げた。
嵐の身体から吹き出た白い煙こそが嵐の魔術。その能力は……。
「そう……。俺の魔術は“凍結”っす」
「俺と、同系統の氷の魔術……!」
興が乗ってきた二人は戦いを楽しみ、自然と笑みを溢していた。
重厚な鋼鉄の扉が唸りを上げて開かれた。
扉の先には照明の暗い部屋が広がっている。
青白い光だけが頼りの部屋に学生服のままの零が脚を踏み入れると、鋼鉄の扉は重く閉ざされた。
零は臆することなく部屋を進み、広い部屋の中央を陣取る大きな円卓に辿り着いた。
一番手近な椅子を引き、学園の机と同様に円卓に脚を投げ出した。
「ちょっと零、遅れて来ておいてその態度はどうなの?」
「俺はおめーらと違って世界樹の構造に不慣れなんだよ。道に迷ったかもしれないだろ? 少しは労れよアイーダ」
零は己をたしなめたアイーダを屁理屈で丸め込むと、アイーダの答えを待たずして次の話題を上げる。
「でだ、孔明。クロエが来てねーんだが……?」
零は右隣の空席を一瞥して問いかけた。
零の視線とは逆方向にいる孔明は糸目を吊り上げたまま問いに答える。
「えぇ。彼女には連絡すら届かなかったようなので捜索に人員を割いています。今回の会議は計11人で行われます」
それだけ言った孔明は、久方ぶり円卓に揃った“大罪の魔王”を見回した。一人欠けているとは言うのものの、世界最強の魔導師が一堂に会すると壮観を越えて圧巻である。
扉から一番近い席を指定席としている“怠惰の魔王”新見零。
今回は場を弁えてか愛用のアイマスクは着用していない。が、たとえ魔王会議であろうと机にの脚を投げ出すことは止めない。
このふてぶてしさこそが彼のスタイルなのだ。
零の左隣にはベロニカ姉妹が座している。
零の隣に座っている“色欲の魔王”オルガ・ベロニカはカールした銀髪の毛先を弄びながら開会を待っていた。
いつもならばすぐにでも零に飛び付くオルガだが、以前の零との出来事があってから初々しく照れている。純真な乙女心で零の隣に座るオルガの鼓動は高鳴っている。
オルガの隣には“強欲の魔王”である姉のアイーダ・ベロニカがいる。
ブロンドの髪を一つに結んだアイーダは正装をして会議に臨んでいる。しなやかな美脚を組んで静かに座る様子は令嬢の雰囲気を醸し出している。
そしてベロニカ姉妹の左隣に座る軍服の男は腕を組んで終始瞑目している。この男の名はブレア・レッドウッド、“憤怒の魔王”の二つ名を冠する魔王だ。
脇には鎖で縛り上げた長剣を抱え、少しも動かない。
常に苛立たしげに自身の青髪を掻きむしり怒声を飛ばす男も、零がいれば口を閉ざす。零とブレアの間にはいさかいがあり、かれこれ10年は口を聞いていない。
ブレアの隣には“嫉妬の魔王”劉孔明と“暴食の魔王”アイリス・ミラーが揃っている。
銀色の燕尾服に身を包んだ孔明はニコニコしながら場を見守っている。
アイリスは相も変わらずパーカーのフードを深く被り、手に持ったパンを食んでいる。その小さな身体には、まさに“暴食”の名に相応しい量の食べ物が収まっている。
そして最後の席に座るはずの“傲慢の魔王”は不在のまま、魔王会議は始まった。
『お待たせして申し訳ない。これより“緊急魔王会議”を始める』
“大罪の魔王”が集まったことが確認されると、孔明の後ろに設置されたスクリーンから声が発せられた。
一同の注目が集まったスクリーンには一人の老人が写っていた。
『わたしは評議員の一人、ジャン・クロード。この魔王会議の進行を任されている』
白い顎髭をなぶるジャン・クロードは重々しい声音で会議を進める。
そしてジャンは一切の躊躇もなく、本題に入る。
『単刀直入に言います。今回の会議の題目は“ホールの破壊作戦”』
その瞬間、魔王たちの表情が揺らいだ。




