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ランアウェイ

~あらすじ~

オルガの元に現れたオルガの実姉。姉はオルガに仕事を依頼し連れていこうとするが、当のオルガは発煙筒の煙を発見した。

王太郎たちのところへ向かおうとするオルガだったが、姉がその前に立ちはだかる。


一方紗耶たちとはぐれた王太郎たち三人は冷静さを失い、なんと喧嘩を始めてしまう。

険悪な雰囲気な中で魔獣の接近に気付いた恵梨香は魔術の覚醒を始める……。

「それで、今日は一体どういうお仕事ですの? ……お姉様」

「それはね……」


 オルガが「お姉様」と呼んだ女性は紅い瞳を輝かせ、怪しく微笑む。

 そして女性が要件を言いかけたのと、オルガが窓の外の煙に気が付くのはほぼ同時だった。

 オルガは女性が喋り出すよりも早く席を立つ。


「申し訳ありません、お姉様。しばしの間、ここでお待ちください。わたくしは用事がありますの」


 オルガがそれだけ言い残して部屋を去ろうとした。しかし女性はそれを許さない。


「待ちなさいオルガ」


 動き出していたオルガには目もくれず、女性は冷たく指示した。


「っ!」


 するとオルガは凍り付いたように停止した。オルガは悔しそうな顔をして身体に力を入れるが、身体は一向に動かない。


「……お姉様、申し訳ありませんがわたくしもお仕事なのですよ」


 身体を強張らせたオルガは苦い顔で喋る。

 しかし一方の女性は悠々と座っているだけだ。


「お仕事にも順番をつけなきゃダメよ。私の話も聞きなさい」


 女性はおもむろに立ち上がり、オルガの横に立った。その華奢な手をオルガの肩に置いて、耳元でそう呟いた。

 未だに動けないオルガは険しい顔付きで女性を見つめる。


「わたくしにとってお姉様はもちろん大事ですわ。でも、今のわたくしはそれだけではありません」


 オルガは一言一言をゆっくりと紡ぐ。

 オルガの言葉を聞いた女性は目を丸くした。

 まさかオルガが学園の生徒を大切にしているなど、夢にも思っていなかったからだ。


「そう、オルガは変わったのね……」


 女性はどこか寂しそうに俯く。声は消え入りそうに小さい。しかし口角は緩み、オルガの成長を喜んでいるようにも見て取れた。

 オルガは肩に乗った女性の手に、やっとの思いで自らの手を静かに重ねる。


「ごめんなさいお姉様。でも、お姉様からのお仕事もちゃんと承りますわ。だから……」


 「だから行かせて」


 その意を無言に含ませたオルガは女性の目を見つめる。

 女性は穏やかな顔でオルガに眼差しを返す。

 そしてやれやれと頭を振った。


「でもやっぱりダメ。お姉ちゃんだって大事なことがあるのよ。お姉ちゃんの言うことを聞きなさい」

「っ……!」


 女性は突き放すように冷たく言い放った。その言葉には凄味があり、オルガの自由を奪うには十分すぎた。

 全身の鳥肌が総毛立ったオルガは、咄嗟に視線を机の上へ動かした。

 姉との思い出の品であるティーカップが視界に入る。しかし、次の瞬間にもカップはそこにない。

 そして、とうとうオルガの身体の自由はなくなった。

 正気を宿さないオルガの紅い瞳が姉を見つめる。


「やっぱりいい娘ね。行きましょう、オルガ」


 女性は恍惚とした顔でオルガの艶やかな頬を撫でる。


「はいお姉様……」


 淡々と受け答えをしたオルガは指で空中に線を描く。

 その部屋に姉妹の姿はなくなっていた。






 晴れたおかげで雨上がりの薄暗い森の中は湿気が充満している。滝のように吹き出す汗は一向に止まる気配をみせない。

 しかし時折吹き抜ける冷えた風に身体を震わせながら、俺は携帯を振り続けた。それはもう振って振って振り続けた。

 しかしその画面には、


 『圏外』


 の文字が無情に残る。


「一回でいいから繋がりやがれ!」


 とうとう俺は叫んだ。携帯を強く握り締めて頭を抱える。

 俺の横で膝を抱える恵梨香えりかは舌打ちをして俺を睨み付ける。


「こんな森の中まで電波が通っているわけないでしょ! それより魔獣に見付かるといけないから黙りなさい!」

「そう言うわたりさんも声が大きいよ」

「うっ……。ごめんなさい……」


 結局は颯介そうすけが一番冷静だった。

 颯介に諌められた恵梨香はシュンとして膝に顔を埋める。

 俺も黙ってその場に座り込んだ。


「……」


「…………」


「………………」


 かなりの沈黙を過ごした。

 少なくとも俺は沈黙を長く感じた。

 魔獣に見付からないように、三人はまとまって大きな倒木の陰に息を殺して潜む。

 どこかへ動こうにも、この面子では魔獣とまともに交戦出来ない。

 恵梨香も颯介も魔術は使えない。かといって俺も魔術を一発でも使おうものなら、即刻魔力切れに陥り倒れてしまう。そうなろうものなら俺が一番の足手まといとなる。

 残された僅かな希望は、俺が紗耶から預かった鉄剣だけ。無意識の内に剣を握る手に力が入る。

 紗耶さやたちと合流するまでここで静かに潜むか、オルガの救援を待つしかない。


 皆を守るために力を着けたのに、俺は無力じゃないか……。


 やりきれない気持ちが俺の胸に迫る。

 胸中を混沌とした感情が満たす。その曇った感情が俺を弱気にした。


「……ごめんな」


 俺から不意に謝辞が溢れていた。

 俺の突然の言葉に恵梨香は口を開ける。颯介も自分の耳を疑っていた。


「どうしたの王太郎? 突然『ごめん』なんて……」

「そうよ。太郎らしくないわよ。いつもみたいに悪態の一つや二つ言いなさいよ」

「でも、はぐれたのは俺が二人を先導したからで……。少なくともすばるだったら状況はよかっただろうし……」


 その後は言葉にしない。しかし心の中ではネガティブな思いが溢れ出て止まらない。


「そんなこと言ってもしょうがないじゃない! あんたがしっかりしなさいよ!」


 とうとう痺れを切らした恵梨香が怒鳴り散らした。

 颯介が恵梨香をなだめようとするが、一度熱を帯びた恵梨香は中々止まらない。


「あんたが今どんな気持ちなのか分かるわよ! でも、あんたは私と篠崎しのざきくんの気持ちを分かってるの!? 皆に気を使われて守られて……、私は悔しくて堪らないわ! 私は魔術に恵まれたあんたが弱音を吐くなんて許せない……!」

「うるせぇ黙れよ!」


 恵梨香の溢れ出る言葉の濁流を受けて、俺も自然と声を荒らげる。

 大声の反駁を受けた恵梨香は豆鉄砲を食らったような顔をした。

 堰を切った俺の言葉はもう止まらない。


「好き勝手言いやがって……、俺だって昴や紗耶や七海ななみみたいに魔獣を相手に戦いたいんだよ。でもな……、俺の魔術は便利じゃねぇ。一番もどかしいのは誰だと思ってんだよ!」

「…………」


 俺の心の叫びは、薄暗い森に吸い込まれた。

 恵梨香は口を閉ざし、居心地の悪い沈黙が訪れる。

 俺も恵梨香も気まずくて、合わせる顔がない。互いにそっぽを向いていた。


「『悔しい』とか『もどかしい』とか、そう言うのはとても大事なんだよ……」


 心地の悪い静けさを颯介が打ち破った。その声音は実に穏やかで凪いでいる。

 俺と恵梨香は聞き耳を立てて聞き入っていた。


「僕はまだ魔術が使えないけど、きっと何かの役割を持っているんだよ。例えば……、僕が今出来るのは、皆を信じること。とか」


 自分の役割……。


 颯介の言葉が重くのしかかる。


「王太郎だってわたりさんだって焦らなくていいんだよ。僕が言うのはおかしいかもしれないけれど、一人で完璧な人間も、魔術なんてないんだよ、きっと」

「……俺の」

「……私の」


「「役割……」」


 俺は胸に手を当てて自分自身に問いかけた。

 確かな心臓の鼓動、今ここにいる自分、そして俺の役割。


「Uuuuuu……」


「っ!? 魔獣が近くにいる」


 魔獣の呻き声を聞き付けると、三人ともが腰を浮かせた。静かに大木の陰から移動を始める。

 顔を覗かせて辺りを伺うと、三匹の狼の姿をした魔獣が彷徨いていた。


「相手は三匹……。逃げられるか?」

「さっきみたいに一気にたくさん飛び出してくるかもしれないよ。周りにも気を付けないと」

「おう、そうだな」


 俺と颯介は警戒しながら魔獣からの逃走を計る。

 しかし恵梨香はその場を動かない。眉をひそめて辺りをキョロキョロと見回す。


「何してんだよ恵梨香。早くこの場から逃げるぞ」

「ちょっと待って。魔獣の居場所を……」


 恵梨香は頭に手を当てて一人ごつ。しかしブツブツ呟いていてよく聞き取れない。


「喧嘩のことは置いといて、今はここを離れるぞ」

「そうじゃないわ。……闇雲に逃げても魔獣に鉢合わせになってしまう」

「確かに渡さんの言っていることには一理あるけど、それじゃあ身動きが取れないよ」


 俺も颯介も足踏みした。恵梨香は未だ周りを気にしている。


「さっきから何してんだよ」

「ちょっと待って。……もう少しで掴めそうなの」


 恵梨香は手で俺たちを制する。そして目を閉じ、集中して気配を探る。


「逃げ道を見付けたわ」


 恵梨香は目を見開いて断言した。

 恵梨香が祈るように胸の前で組んだ手は震えている。


「太郎、篠崎くん。さっきはごめんなさい。……私に着いてきてくれるかしら?」


 恵梨香は珍しく弱気で頭を下げる。今の恵梨香は触れれば壊れてしまいそうに脆く儚い。

 先ほどのことは恵梨香にも感じるところはあったのだろう。そして、人一倍真面目なだけに罪悪感も大きかったに違いない。


「こんなの断れねぇだろ」

「だね」


 俺と颯介は互いに恵梨香の手を引いた。

 恵梨香は顔を上げ、何も言わずに微笑む。


「俺が先頭を行く。後ろから指示を頼むぞ」

「任せて」


 俺は恵梨香と颯介を背中に庇いながら慎重に草木を掻き分けて進む。なるべく気配を消し、木々に隠れるようにゆっくり歩く。

 その間、恵梨香は俺にだけ聞こえるような小声で進路を指示し続けた。

 魔獣たちの間を縫うように器用に突き進む。恵梨香の指示の通りに進むと全く魔獣と出会わない。


「……凄い。まるで魔獣たちの場所を把握しているみたいだよ」

「なぜだか分からないけれど、頭の中に地図が浮かび上がってくるの」

「それって、ひょっとして魔術じゃないのか?」

「これが、私の魔術……!?」


 恵梨香は疑いながら自分の掌を見つめる。そして魔術の感覚を静かに実感していた。そんな恵梨香の表情からは喜びが滲み出ている。


 そして俺たちは魔獣に遭遇することなく開けた場所に出た。

 陽射しが真っ直ぐ射し込み、青々とした草木が風に靡く。薄暗い森と対称的で、俺にはこの空間が異世界に見えた。


「あれは何だろう?」


 すると、颯介がおもむろに指を伸ばした。

 颯介が指差した場所は、緑の草原の中央。そこにそびえるモノリスだ。

 どう見ても人工物である玉虫色のモノリスは、この場所にはあまりにも不釣り合いである。

 俺たち三人は一気に違和を感じる。

 そして俺は、このモノリスが森に入ったときに見た光の正体だと気付いた。目の前のモノリスが、あのときと同じ光を放って見えたからだ。


「不気味……」


 恵梨香がモノリスへの嫌悪を口にした。

 そのとき、不意にモノリスの中央から波紋が広がった。独りでに変化を始める謎のモノリス。


 そして俺たちは自分の目を疑った。


 モノリスの波紋から、鋭い牙を剥き出しにして唸る魔獣が現れたのだ。喉の奥から唸る魔獣は、赤い眼で俺たちを捉えた。


「颯介たちは下がっておけ……。一体だけなら俺が相手をする」

「でも太郎は魔術を一回しか……」

「大丈夫だ。紗耶から預かった剣がある。こいつで何とかするさ。駄目なら駄目で……、そのとき考える」

「でも……っ」


 恵梨香は何かを言おうとしたが、それを颯介が遮った。

 颯介は何も言わないが、目が「行って」と言っている。

 俺は頷いて狼の姿をした魔獣と正面から向き合う。自然に剣を握る力が強くなり、手汗が滲んだ。


「Guruuu……Aaaa!」


 魔獣は光る切っ先を目掛けて飛びかかってきた。

 俺は剣で魔獣の突撃を受けたが、魔獣が強く剣に噛み付いた。魔獣は固く口を噛み締めて離さない。


(この間合いなら……)


 俺は剣を引き込んで魔獣のバランスを崩した。二、三歩よろめいた魔獣の背中ががら空きだ。


「食らえ!」


 俺はすかさず拳を降り下ろした。俺の魔力消費がなるだけ少なくなるように優しく、それでも確実に魔獣を倒せるように魔術の微調整をする。

 そして拳が魔獣を打った瞬間、魔獣は骨肉の一つも残さずに霧散した。


「よしっ。これで……、一安……、心」


 しかし俺は最後まで言葉を言い終わることなく倒れる。土が口に入った。……苦い。


「王太郎、大丈夫?」


 颯介が横たわる俺を起こして木にもたれるように座らせてくれた。俺は木にもたれながら天を仰ぐ。

 真っ直ぐ射し込む陽光に照らされ、俺の額を一粒の汗が伝った。


「やっぱり魔力切れを引き起こしているわね」


 恵梨香はアゴに手を添えて考察した。


「分かるのか?」

「何となくだけど、魔力の動きが読めるようになってき……っ!?」


 すると突然、恵梨香は話の途中で跳び跳ねた。恵梨香は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「Uuuu……」



 恵梨香の向けた険しい眼差しの先には魔獣がいた。木の陰からぞろぞろ現れた魔獣の群れは俺たちから目を離さない。


「渡さん、どうする?」

「太郎を連れて逃げ……る道もないわね。これはまずいわ……」


 颯介と恵梨香は俺を背中に庇いながらも、じりじりと後退りする。


 俺はそんな二人の背中を見るしか出来ないのか……?

 それでいいハズがない。今ここで俺にしか出来ないことはなんだ?


 そんなの決まっている……。


「二人とも変われ。守るのは俺の役割だ」


「え? 王太郎……?」

「どうしたのよ、その頭は!?」


 再び立ち上がった俺は両の手を握り締めた。


 身体の奥底から力が溢れ出る。


「こいよ犬!」


 白髪を揺らした俺は、声を爆発させて怒号を叫んだ。

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