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ルーズ・アンド・ダウト

~あらすじ~

迷い混んだ森の中、王太郎たちは魔獣の群れと混戦を繰り広げていた。

しかし魔獣の多さに段々状況は劣性になっていく。

そこに紗耶たちが駆け付け、さらには零が姿を現す。

零の登場に安堵する一行だったが、零の様子がいつもと違うこもに気が付いた。

零は並々ならぬ怒りを何かに感じているようだが……?

「本当に実のない会議だった。学園は何を考えているのか」


 二騎にきはお怒りの様子で廊下を歩く。歩く毎に二騎のヒールの音が甲高く木霊する。


「えー、私は面白いと思うけどな」


 怒っている二騎を取りなすのは、二騎の親友でもある香月だ。いつも通りのおっとりした口調である。


「まず計画が甘すぎる。やる気が感じられん」

「まぁまぁ。これから詰める問題でしょう」


 二人の教師は、学園が企画する次のイベントに関する各自の感想をぶつけている。

 二騎が出した問題点を香月が改め、二騎が新しい問題点を指摘する。

 そうやって論争するうちに、二人は職員室に到着した。

 二騎は入口近くの自席に着いた。

 脇に抱えた資料を乱雑に机の上に放り出すと何やら鈍い音がした。机の一角にあるものと資料が当たったようだ。


「何だこれは?」


 二騎が手に取ったものは陶器のティーカップだった。二騎はまじまじとカップを見定める。


「あら、千里ちさとが可愛いカップ持ってる」


 二騎の異変に気が付いた香月が、二騎の顔の横からカップを覗き込む。

 カップには何も注がれていないが、見た限り飲みかけだ。

 二騎と香月が不審な眼差しでカップを眺めていると、職員室の扉が開いた。

 入室してきた赤毛の男子生徒は、頭をポリポリと掻いて二騎を見付けた。


「おい千里。学園内でアイーダを見かけたんだが、中枢から何か聞いてるか?」


 二騎を下の名前で呼びつける生徒は、この学園内に置いてはれいしかいない。

 遠慮なく職員室に入り込む零は二騎の椅子に座った。そんな態度の悪い零を二騎が睨み付けて諌める。


「そこはあたしの椅子だ。勝手に座るな」

「そんな固いこと言うなよ。こちとら疲れてんだよ」

「疲れるほど活動しておらんだろ」

「何て言ったって、新見くんは“怠惰の魔王”ですものね」

「それもそうだったなー」


「「はっはっは!」」


 何が面白いのか、零と香月は声を上げて笑う。

 二騎は呆れてものも言えない。

 額を指で押さえる二騎の手に持つカップが光る。零がその光に気付いた。


「千里、そのカップちょっと見せろ」

「ん? これがどうかしたのか?」


 二騎が手に持つカップを零に手渡した。

 零はカップをぐるりと見回す。

 陶器のカップに刻まれた金と銀の模様。なだらかな波形を描く独特な模様は、ある姉妹を彷彿とさせる調度品だ。


「これはオルガのティーカップだ。なんでこんなところにあんだよ」

「あたしが知るか。会議から戻ってくると机にあったんだ。どうせだ、ベロニカに渡しておいてくれ」


 そして二騎は「さぁ、どけ」と言って零を椅子から追い立てた。

 対した零は眉をひそめ、自らが感じた予感に嫌悪を抱いていた。


「オルガは今どこにいる?」

「本日、ベロニカさんには朝臣あそんくんたちの調査に同行してもらってますよ」


 零の質問に香月が答えると、一瞬で零の顔色が変わった。


「アイーダが学園にいて、オルガは今監視外、それにこのカップだけが千里の机に……。

 これはまずいな。みどり、その調査ってのはどこでやってる?」

「えっ!? 学内のJ地区です。J地区の森です!」


 血相を変えた零が香月に問い詰める。

 肩を掴まれ、迫られた香月は慌てて答える。


「J地区……、益々きな臭いな。

 千里、アイーダの件を中枢に聞いといてくれ。嫌な予感がする」


 零はそれだけを言い残し、二騎の返事を待たずにその場を飛び出す。

 零の通り道にある壁は呆気なく破壊されていた。






「Woooo!」


 猛る狼型の魔獣は果敢に飛びかかってくる。

 俺は魔獣の噛み付きをギリギリでかわして、がら空きの背中に拳を叩き込む。

 魔獣は俺の能力“相殺”によって霧散する。俺は次々と飛びかかってくる魔獣を、かれこれ一〇匹以上は倒している。

 しかし魔獣は次から次へと襲いかかってくる。このままではキリがない。


「はぁはぁはぁ……」


 俺は息を切らしながらも魔獣を一体ずつ倒していく。額には汗が伝い、振るう腕も段々と重くなる。


「ちょっと太郎、あなたそんなに魔術を使って大丈夫なの!? 太郎の魔力が切れちゃうわ」

「かと言って俺が休むわけにもいかねぇだろ。それに、魔術を使っても使っても、身体の奥から魔力が湧き出ると言うか……、時間が戻ったみたいになるんだ」

「それも太郎の能力なの……?」

「さあな!」


 俺は真正面から突進してきた魔獣を殴り飛ばした。飛んでいった魔獣は地面に着く前に靄となって消える。

 恵梨香えりかは眉をひそめて辺りの魔力を窺い、時には俺に魔獣の位置を伝達する。

 今は恵梨香の的確な指示で身を動かし、魔獣を対処するしかない。


王太郎おうたろう、もう少しだけ粘って!」


 俺と恵梨香が二人で魔獣と戦う後ろで、颯介そうすけはありったけの発煙筒を焚いていた。


「粘るのはいいが……、体力的に結構しんどいな」


 魔獣の攻撃が止んだ束の間で俺は汗を拭う。制服の袖は汗で重く濡れている。


「Gyyyyy!」


 再び魔獣が飛び出してくる。

 俺はのっしりと身体を動かして魔獣をまた一体倒す。が、溜まった疲労が俺の膝を襲った。


「Woooo!」


 二体目の魔獣が連続攻撃を仕掛けた。その軌道は真っ直ぐ膝を着いている俺を目指していた。


(くっ……、こうなったら腕の一本やってでも……)


 避けきれないと悟った俺は左腕を魔獣に差し出す。そして右の拳を握る。


「Gyauuu!」

「うぅ……!」


 魔獣の牙が俺の左腕を貫く。

 腕を貫通した牙はさらに強く噛み付き、それに比例して骨が軋む音が鳴る。


「ぅぅぅ……らぁ!」


 俺は奥歯を食い縛り、魔獣の脳天を殴り付ける。魔獣は例に外れることなく靄となって消失した。

 左腕をくれてやった分は回収しただろうか。にしてはやはり代償が大きすぎたか……。

 だが……、


「Gaaa!」


 俺の腕の痛みなど知る由もない魔獣は攻撃の手を緩めない。


「太郎! 左前方から一体来てる! 何とかして!」

「まったく無茶言うなよ……」


 恵梨香が檄を飛ばすが、正直キツい。腕の痛みはついさっき無痛に変わった。詳しいことは分からないが、左腕が使い物にならないことは分かる。

 右腕一本で魔獣と戦うことは可能かも知れないが、疲労感から考えて勝率はかなり低い。

 震える脚を殴り付け、気力を振り絞って立ち上がる。

 正直これが今の俺の精一杯だった。


 くそったれ……。もうギブアップかよ……。


 これ以上動こうとしない自身に落胆し悪態を吐く。それで状況が変わるはずもないが、どうしてもやりきれない気持ちで一杯だった。


 本当に状況が変わるはずもなかったのだが……、


「チェストーーー!」


 飛びかかってくる魔獣に、さらに飛びかかる影が乱入した。

 乱入者は勇ましく槍を突き立て、魔獣の首根っこを見事に串刺しにしている。

 槍を抜いた乱入者は勇ましく仁王立ちし、他の魔獣を力強く睨み付けた。


「王太郎から離れなさい!」


 そして乱入者、紗耶さやは狼の容姿をした魔獣に怒号を飛ばす。


「紗耶よ、俺より男前してんじゃねぇよ」


 しかし俺のボヤきは紗耶には届いていないようだ。怒髪天を突かんとする紗耶の怒りを久々に見た。


「Gaaa!」

「Woooo!」

「Uuuuuu!」


 突然の乱入に興奮した魔獣の群れは一斉に地面を蹴った。

 しかしその群れの行く手を、分厚い氷が阻む。


「Uuuu……」


 体躯の小さい魔獣は氷の壁に力及ばずで跳ね返される。

 ストンと地面に落ちると、それを待っていたかのようにどこからともなく炎が渦巻き始める。


「てぇぇい!」


 魔獣の群れを取り囲んだ炎は、魔獣たちを捕食するかのように包む。燃え盛る炎の中で魔獣は声にならない断末魔を叫ぶが、時すでに遅し。

 数体の魔獣が火炎の中で動くことを止めた。


「遅れてすまない。発煙筒の煙を見て走って来たんだが、来るのが少し遅かったようだな」


 森の中から慌てて出てきたすばるは、俺の左腕を見るや否や歯噛みをしながら謝罪した。


「恵梨香、篠崎くん大丈夫!? 二人は怪我してない?」

「僕たちは大丈夫だけど……」

「太郎の腕が……!」


 七海は二人を抱えて立ち上がらせる。

 七海たちが俺の腕の容態を見る前に、紗耶さやが腕に飛び付いた。俺の腕を豪快に鷲掴みし、傷口が広がらないように慎重に腕を扱う。


「酷い出血……。これってどこまで直せるのかな……?」

「気遣ってくれるのはありがたいが、もう少し丁寧に扱ってくれないか?」

「ごめん……。やっぱり痛むよね?」

「いや、痛みはないんだ。どうしてか出血もいつの間にか止まって」

「『痛みがない』ってかなりヤバいじゃないの! ……早くこいつらを片付けないと」

「お前、人の話を聞けって……」


 頭に血が登った紗耶は早速魔獣に面と向かう。耳まで赤くした紗耶はブンブンと槍を回して臨戦体勢を取った。

 猛る紗耶の隣に、奮起した七海が並んだ。その手には、今にも暴れようとする炎が舞っている。

 昴も魔力を昂らせ、恵梨香も警戒心をマックスまで高める。


「Gruuu……」


 対して群れを成す魔獣は紗耶を窺いながら脚を差し出す。

 紗耶たちと魔獣の群れとの絶妙な距離感が、気持ちの悪い緊張感を生み出していた。

 理性も知性も持ち合わせないはずの魔獣たちも、本能のままに焦ることはしない。じっくりと粘り強く好機を窺う狩りを展開していた。

 紗耶は確かに怒っているものの、まだ手を出さない。魔獣の多さに手を出しあぐねているのだ。


「これはちょっと多いな……。それに、どことなく増えてねえか?」

「あはは。奇遇だね向坂くん。私も同じこと思ってた」


 昴と七海は苦笑いを漏らしていた。

 無闇に飛び込んでも敵の多さから考えてすぐに四方八方を囲まれ戦いは不利になる。

 かと言って睨み合いを続けても敵の数が増えるだけ。多勢に無勢だ。


「多少不利になっても、早く仕掛けた方が賢明じゃない?」

「俺は宇佐美うさみの案に賛成だ」

「私もそう思ってた」

「無茶はしないでよね……」


 昴たちは腹を括ったようだ。

 昴たちが突撃のタイミングを合わせる中、魔獣が等間隔でモノリスから現れ、群れの数が増える。


「行くぞ!」


 昴が号令を発し、先陣を切った。紗耶と七海も号令と同時に地面を蹴る。

 魔獣の群れも紗耶たちの突撃に反応して動き出した。

 張りつめた緊張の糸が斧で豪快に切られたような、そんな切迫感が空気を揺らす。


「気に食わねー」


 だが紗耶たちと魔獣の群れがぶつかることはなかった。

 熱を帯びた戦場に、冷や水よりも冷たい声音が木霊した。


「「「……っ!?」」」


 その声に威圧され、直感で危険を感じた紗耶たちは飛び退いた。

 魔獣たちも本能で危機を察知し、散らばっていた群れが一ヶ所に固まる。


「本当に気に食わねーな……」


 「唯我独尊天上天下」

 「威風堂々」

 そんな言葉がよく似合う男は、横暴かつ大胆に道を行くだけ。

 「俺の道に森がある方が悪い」とも言わんばかりに森の道を開拓しながらただ歩くだけで空気が重くなる。

 まさに“最強”の名に相応しい風格を纏った新見にいみれいには、いつもの“怠惰”の面影は見当たらない。


「零……、どうしてここに?」

「んなことどうだっていーんだよ。おめーらはさっさと帰りな。後は俺が引き継ぐ」


 いつもよりぶっきらぼうな零の物言いに怒気を感じる。

 零が俺たちにも魔獣にも目をくれないところから、怒っているのは確かだろう。


「新見くん、オーちゃんは!? 発煙筒を見ていたら駆けつけて」

「知るかよ」


 七海の問いかけを一言で片付ける。


「森の前の建物にいなかったの? どうして!?」


 しかし熱くなる七海は問いかけを止めない。視線も寄越さない零に問い続けた。

 だが零は心を動かすことなく、冷淡な表情で無視をした。


「そんな……、オーちゃんは……?」

「落ち着いて七海、今はオルガのことは忘れましょう。……前々から気紛れな人じゃないの」

「でも、オーちゃんが私たちを見捨てるなんて……」


 恵梨香は両手で顔を覆う七海を支える。

 最近のオルガは七海たちの積極的なアプローチで軟化していたと感じていたが、それは思い過ごしだったのか。

 俺には、オルガが俺たちを見捨てたとは考えられないが、特に信頼を寄せていた七海には人一倍ショックだろう。


「ここは零に任せて、私たちは行きましょう」


 七海に肩を貸す恵梨香の発案に全員が乗った。

 俺たちは、どこかやりきれない気持ちをぶら下げながら零が通ってきた道を行く。

 俺たちは確かに実力を付け始めている。だが、まだまだ足りない。

 誰かを守ることの難しさ。

 怒りに任せて拳を振るだけの力もない。


 俺は確かに弱い。


 帰路を進む中、振り返った先には“最強”の背中があった。

 そして、“怠惰の魔王”の実力の片鱗を見ることになる。


「くそっ……! 何で俺はこんなにも弱い……!」


 吐き出した言葉で現実を再確認し、奥歯を噛み締める。

 いつの間にか強く握りすぎていた拳から血が滴り落ちている。

 そんな拳を、紗耶の両手が静かに包み込んだ。


「私もだよ……」






 目的地に着いたとき、そこにいた王太郎たちのことは正直どうでもよかった。

 ただの舞台装置としてしか見ていない。

 逃げるのを待つことなく、勝手に暴れ巻き込んでも構わないとさえ考えていた。が、それではオルガに会わす顔がない。

 オルガは少なからず王太郎たちを大切に思っていた。それは零に向ける愛情とは違うベクトルのもの。

 だからこそ、オルガの中に生まれた愛すべき感情をいとも容易く断ち切った人間が憎い。

 そいつは姉のクセに妹のことを何も分かっていない。「オルガのため」という都合のいい建前で全てを支配する姉が、時折殺したくなるほどにおぞましい。

 そして確かに存在する姉の妹に向ける家族愛を利用する奴らも怒りの対象だ。

 この事件の裏で暗躍するであろう者の顔が浮かぶ。

 脳裏に浮かんだ顔を掻き消すように、零は拳を大地へ叩き付けた。


「Aoooo!」


 巨人の鉄槌よりも重たく叩き付けられた拳は大地を分割する。

 人の人智を越えた一撃で魔獣は悟った。本能のアラームが鳴り響く。


「Fuuu……waao」


 魔獣たちは身を翻して逃走を計るものの、零の前では全てが遅い。


「しゃらくせー犬ども。大人しく寝てろ」


 崩壊している不安定な足場を強く踏み込んだ零は、目にも止まらぬ速さで魔獣の一体一体を狩っていく。

 音速で飛び回る弾丸は一撃で魔獣を木っ端微塵にしていく。

 魔獣の群れは一匹ずつ数を減らす。だが、モノリスがある限り魔獣はゼロにはならない。


「あのモノリス……、あいつらも一枚噛んでんのかよ……。いよいよ陰謀じゃねーか……」


 モノリスを目にした零は青筋を浮かべる。

 そして手近にあった石を手に取ると、徐にモノリス目掛けて投げつけた。

 第三宇宙速度まで速度を高めた石はモノリスを貫き、後ろの地面にクレーターを作り出す。


「Gruuu!」


 いよいよ敵わない逃げられないと悟った魔獣は、半ばやけで零に牙を剥く。


「あー腹が立つ。俺に隠れて暗躍するのは結構だが、俺の目につくようにしたことが腹立たしい。

 それが不手際によるものなら、手際の悪さが腹立たしい……。

 それが故意なら、尚更腹立たしい!」


 滅多に叫び声を上げることのない零の怒号。

 零の魔力は留まるところを知らない。どんどん高まる魔力は零の身体の中を駆け巡る。

 そして零の腕が青白い電光が走った。

 始めは静電気程度の勢いしかなかった電光はすぐに勢いを増す。

 電光はあっという間に耳を穿つほどの雷鳴を響かせ、零の身体を迸った。


「邪魔だ犬ども!」


 轟雷を纏った零は魔獣を一掃した、

 森のほとんどを巻き込んだ雷撃は全ての魔獣を漏れなく焼き殺し、急激に膨張した大気が弾けた。

 零を中心とした爆発は木々を薙ぎ倒し、乱気流を巻き起こす。

 雨が上がった晴れ空に再び現れる積乱雲。ゴロゴロと雷が響き、大粒の雨が割れた大地を潤す。

 学園に極地に青々と位置した森は、瞬く間に荒野へ姿を変えた。

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