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アンラッキーズ

~あらすじ~

二騎からの命で、学内の森へ調査に来た王太郎たち。

オルガによって森の中へ送り込まれると、王太郎は一つの光を目にする。しかし行く手を魔獣の群れが阻み、逃げても更に不運が襲う……!?


一方、オルガの元には謎の来訪者がやってくるが、その正体は?

 雲間から陽射しが斜めに射し込む。

 鈍い色のした雲が一層光を引き立て、そこが俺たちの目的地だと錯覚してしまう。


「雨、止んだな」

「晴れたね」


 俺と紗耶さやは傘を畳みながら言葉を交わす。

 他の四人も傘を畳んで空を見上げていた。


 俺たちは昨日、二騎にき先生に命じられた調査に来ていた。

 訪れた場所は学園の中でも特に辺境、「未開発地区」とまで揶揄されている森の前だ。

 午前十時に現地集合を言い渡され、時間通りに到着すると、梅雨空が晴れたのだ。


「やっと来ましたわ。待ちわびましたわ」


 すると聞き慣れた声の、聞き慣れた口調の女が現れた。


「オーちゃん、どうしてここに?」

「『どうして?』と言われましても、わたくしは仕事でこんなところまで来ていましてよ」

「仕事? 俺らのお守りか?」

「まぁ、そのようなものですわ」


 足元の泥濘ぬかるみを気にしているオルガは素っ気なく答える。


「ここで立ち話は止めましょう。そこの建物へいらしてくださいな」


 オルガは近くにあるコンクリート造りの建物を指差して姿を消した。

 とりあえず俺たちも建物内へ入ると、そこは調度品で飾られた豪華絢爛な部屋が広がっていた。

 木製の椅子に座ったオルガはティーカップを片手に紅茶を啜っている。


「ここは……?」

「わたくしの自室の一部をここまで持ってきましたの。適当な椅子に座りなさい。……土足で構いませんわ」


 オルガに促されるままに俺たちは座る。

 オルガは金と銀のラインの入ったカップを置いて喋る体勢を取る。


「今回の調査の概要はこの森のどこかにある“抜け穴”を見付けることですわ。その穴から魔獣が侵入したようですの。貴方たちは場所を把握して戻るだけで構いませんわ」


 オルガは一頻り喋り紅茶を啜る。

 早速、恵梨香えりかが質問を返す。


「私たちは把握するだけなのね」

「ええ、そうですわ」

「オルガは何をするの?」

「本来は貴方たちの安全を確保するのが役目ですわ……。さぁ受け取りなさいまし」


 オルガはカップを持つ手と逆の手で一五センチほどの筒の束を差し出した。


「オーちゃん、これ何?」


 筒の束を受け取った七海ななみは首を傾げる。


「発煙筒ですわ。いざというときに使ってくださいな」

「……って、まさかお前は来ないつもりかよ」

「もちろんですわ。あんな森に誰が好んで行きますの」

「職務放棄じゃねぇか」

「太郎のクセに喧しいですわ。いざとなったら、わたくしがすぐに駆け付けますわ」

「心許ねぇな……」

「さぁ、さっさと行きなさい」

「ちょっと! 待てって!」


 俺の抗議を受け付けないオルガは、自身の能力を利用(悪用?)した。

 あっという間に景色は一変し、そこは深い森の中だった。

 鬱蒼と生い茂る木々が陽射しを遮り辺りは薄暗い。蔦が足元を這い回り、ぬかるんだ足場が足取りを重くする。


「行くしかなさそうだな」


 俺が愕然としているとすばるが肩を叩いてきた。


「オルガの話だと、ここは学園内でも魔獣がいるようね。警戒しないと」

「恵梨香は私が守るからね、側を離れちゃ駄目だよ!」

「こら七海、真面目にやる」


 恵梨香、七海、紗耶は早速状況に順応している。こいつら適応力高いな。


「しょうがない。行くか」


 俺も腹を括った。

 ……と言っても当てはない。


「……どこを目指して進もう?」

「そうだな。第一ここが森のどの辺りなのか見当もつかん」


 颯介そうすけと昴が手当たり次第に周囲の草を掻き分ける。それでもやはり道は現れない。


 はてさて、どうしたものか。入学式の日の事件に関係することだから気張ってはいたが、恐らく俺が探している白い少女はいないだろう。


 他のメンバーも獣道でも何でも探すが道は見当たらない。

 俺も何の気なしに周囲を見渡すと、遠くの方に微かな光が見えた。


「……ん? 何だあれ?」

「どうしたの王太郎? 何か見つかった?」

「おぉ颯介。あっちの方で何か光ってないか?」


 俺は見えた光の方向を指差すが、颯介は首を傾げた。


「何も見えないけど……」


 颯介は必死に目を凝らすが、本当に何も見えていないようだ。


「とりあえず行ってみようよ。手がかりになるかもしれないよ」

「おう、そうだな」


 俺と颯介は足を踏み出した。ぬかるんだ足元の蔦に気を付けながら、六人が進んだ。

 無言のまま森を突き進む。

 先頭を行く俺は自分の目に見える光を目指すが、一向に近付かない。

 不思議な感覚だ。


「ねぇ太郎、どこに向かって歩いてるの? 迷ったりしないでよね」

「大丈夫だ。……問題ない、多分」

「あんた『多分』って何よ!」

「静かに……、少し黙ってろ」


 俺と恵梨香がギャーギャー騒いでいると、後ろの昴が俺たちを牽制した。

 臨戦態勢を取った紗耶が鉄槍を構える。七海は掌に炎を灯した。


「Gruuu……」


 木陰から喉を鳴らしながら、三匹の魔獣が出てきた。

 四足歩行をする魔獣は狼に似た風体をしており、口からは鋭い犬歯を光らせる。


「恵梨香たちは下がって。私たちで相手するから!」


 紗耶が俺と颯介と恵梨香を庇うように前に立つ。


米谷よねや、先手仕掛けるぞ」

「了解!」


 昴と七海が先手を仕掛けた。

 七海の放った炎がすぐに魔獣の一匹を包んだ。

 不意を突かれた魔獣は転がり回るが、炎は易々と消えない。

 そして残りの二匹が反撃に飛び出したが、昴が造り出した氷の柵が魔獣をがんじがらめにした。


「Guuu」

「Raaaa」


 魔獣が暴れても氷の柵は壊れない。


「とりゃあああ!」


 動けなくなった二匹の魔獣を紗耶が切り裂いた。

 喉元を裂かれた魔獣は動きを止めた。

 炎に包まれた魔獣も、すでに抵抗を止めている。


「お前らすげぇな……。いつの間にこんな強くなってんだよ」


 俺は紗耶たちの一瞬の戦闘に呆然としていた。


「これからは『紗耶さん』と呼びなさい」

「じゃあ私も『七海さん』で!」


 紗耶と七海がどや顔で返してきた。

 何かイラっとしたので『さん』は付けないでおこう。


「この森にいる魔獣も、この程度なら問題なさそうだな」


 昴は肩を回して一息吐いた。その顔には安堵が見てとれた。


「Garuuu……」

「っ!?」


 しかし状況は甘くなかった。

 狼型の魔獣が一匹二匹と木陰から出てくる。

 次々と姿を現した魔獣は俺たち六人を取り囲む。その数ざっと三〇以上。


「チッ! 前言撤回だ。この数はヤバいぞ……」


 昴の表情が一気に渋くなる。

 紗耶と七海も戦闘モードに入るが、状況は芳しくない。


「Gyaaaa!」


 魔獣の一匹が勢いよく吠えて飛び出すと、次々と魔獣が続く。

 雨のように降り注ぐ魔獣を氷の壁でかわす。が、魔獣の猛攻に壁は容易く破壊される。


「恵梨香たちは固まって動かないで! 私の盾の影に隠れて発煙筒を!」

「う、うん」


 恵梨香と颯介は鋼の大盾の後ろに隠れる。そして盾の後ろからモクモクと色付きの煙が上がった。


「紗耶、俺に武器をよこせ。俺だって少しは役に立つ!」

「オッケー王太郎。剣でいいよね」

「構わねぇよ!」


 俺は紗耶から鉄の剣を受け取って立ち振舞いに加わる。が、いかんせん魔獣の数が多すぎる。


「多い、多いよ! どう昴くん!?」

「隙を見付けて逃げるしかねぇな。……隙があればだけどな」


 状況がじり貧になってきた。ズルズルと後退させられるが、逃げ場はない。


「米谷、火力を一点に集中させろ。そこから脱出する」

「了解。その代わりどこに逃げ穴空けても文句はなしね!」


 昴からの指示を受けた七海は両手からありったけの炎の放った。

 大きな火球が魔獣たちの間を貫いた。丁度一人が通れるほどの隙間が生まれる。


「行くぞ! 走れ!」


 昴が全員に向けて指示を飛ばす。

 俺は恵梨香と颯介を連れて隙間を抜けた。そのまま周りには目もくれずに走る。

 ぬかるんだ足場に手こずりながらも足を前に出す。生い茂る雑草をを踏み分け、光量の足りていない不気味な暗がりを進む。

 背後から魔獣の群れが迫るが、それも氷の巨壁が塞いだ。


 俺たちは、その後も薄暗い森の中を走った。

 肩で息をしながらも、魔獣の群れから十分な距離を取ったところまで走り続ける。


「はぁはぁはぁ……。こんだけ走ればいいだろ」

「そうね……。魔獣も追いかけて来ないみたい」

「皆、けがはない? 大丈夫?」


 膝に手を着いて呼吸を整える。薄暗い空気が身体を冷やし、汗が体温を奪う。

 息を切らしながらも喋ったのは俺と恵梨香と颯介の三人だけ。


「紗耶、昴、七海……、疲れたのは分かるが返事くらいしr……」


 辺りを見渡すが紗耶たちの姿は見当たらない。


「え……? これって……」

「嘘でしょ。よりによってこのメンバーで……」

「はぐれたぁ!?」


 俺の絶叫は森の闇に吸い込まれて消えた。






 時間は少し巻き戻る。


 王太郎おうたろうたち六人を森へ送り込んだ後、オルガ・ベロニカは一人で紅茶をたしなんでいた。

 お気に入りである金銀のラインの入ったティーカップに紅茶を注ぐ。

 自室から無理矢理持ち込んだ調度品に囲まれ、オルガは優雅に過ごしていた。木製の椅子にもたれ、手近にある本のページを捲る。


「お邪魔しま~す。オルガいるよね」


 すると突然扉が開かれた。適当な挨拶を言いながら入室した人物は、自慢のブロンドヘアーを靡かせる。


「あら、珍しいですわね。どうしましたの?」

「仕事よ」


 オルガはティーカップを置いて来訪者を迎える。

 来訪者も部屋の中を我が物顔で歩く。手近な椅子を見付けて座る。


「あらオルガ。そのカップまだ使っているの」


 来訪者はオルガの手元にあるティーカップを指差す。カップの金銀の色が光った。


「もちろんですわ。これはわたくしのお気に入りですのよ」

「あら、それは嬉しい限りね」


 そして二人の女性は美しく微笑む。

 一頻り談笑したオルガは、姿勢を正して来訪者に向き合う。

 オルガの長い銀髪が揺れ、紅い瞳が鋭くなる。


「それで、今日は一体どういうお仕事ですの? ……お姉様」

「それはね……」


 「お姉様」と呼ばれた女性は微笑を湛え、脚を組み直した。しかしその瞳は紅く輝いている。

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