雨が叩く揺らす
~あらすじ~
葉吹市での事件から約一ヶ月が経ち、季節は梅雨のど真ん中。
雨が強く降り頻る中、王太郎は一人であの瞬間を反芻していた。
そんなやりきれない気持ちの王太郎の元に、美しい金髪の女性が現れる……。
目蓋を閉じると浮かぶ光景。
今でもはっきり覚えている。
俺の目の前で魔獣が靄となって消えた。
「この手で……」
そして手に残る感覚。拳に集中した魔力が放出される。そして魔獣を打ち消した。
その感覚を何度も何度も反芻し、心に刻み込む。
俺たちがアケディアの事件に遭遇してから一ヶ月が経ったが、あのときの衝撃は忘れられない。
梅雨時期のしっとりした雨が俺の気持ちを一層重くしていた。
「…トレーニング続けるか」
頭を振って気持ちを切り替える。そして手近のマシンに触れるが、どうもモチベーションが出ない。
ここは学園内のトレーニングルーム。放課後などは生徒でごった返す施設だが、案外休日の午前は利用者が少ない。ましてや今日のような雨では利用者は俺以外にはいない。
俺の魔術、仮称“相殺”は魔術訓練をするにしても危険を伴うため、俺は紗耶たちとは別にトレーニングしている。
……しかし一人でのトレーニングは煩悩が入り交じって仕方ない。トレーニングに身が入らない。
「……“相殺”の能力をどう使えばいいんだろうか」
ベンチに座り直してこれからの課題を再確認する。魔獣に対しては一撃必殺の効果を持つが、対人戦の場合は半端ではない覚悟がいる。
アケディアのように魔獣化してしまえば俺がそれを殺さなければならない。
深く憂鬱な溜め息が溢れた。
そして溜め息と入れ替わるように誰かが入室した。
押し扉から姿を現したのはブロンドの長髪を靡かせた美人な女性だった。組んだ細い腕が豊満な胸を押し上げる。高級そうな洋服に身を包んだ女性は優雅に歩き、俺を見つけると表情が和らいだ。……気がする。
ツカツカとブーツの踵を鳴らしながらこちらに来る。
「隣いいかしら?」
「あ、はい」
他にも空いているベンチはあるのに、ブロンドヘアーの女性は隣に座ってきた。
ベンチに腰掛け、白く艶やかな脚を組む。女性の所作毎に甘い香りが鼻孔を突く。
「貴方が朝臣王太郎くんね。貴方の噂はかねがね聞いているわ」
女性は艶のある唇で言葉を紡ぐ。そのルビーのように真っ赤な瞳が俺を映す。
「俺の噂……?」
美人に見詰められて緊張しているのか、不信感から身体が強張っているのか、自然と言葉数が少なくなる。
「ホラ、貴方の魔術って、他の魔術とか魔力とかを打ち消せるんでしょ。それに一発使うと魔力切れるとか、超面白いわよね」
女性は嬉々として俺の魔術を語る。
どこの関係者が喋ったのか、と疑いを持つほどに詳しい情報に驚きなぎらも、女性のはしゃいだ表情から目を離せない。
「それに、一ヶ月前の事件を解決したなも貴方よね」
「……俺は何も」
「そんな謙遜しないでいいよ。胸を張りなよ男の子!」
女性は無邪気に俺の背中を叩く。思いの外勢いがよくむせてしまったが、女性は構わずに手を止めない。
ていうか痛い痛い痛いいい臭い、
「ちょっ、痛いっすよ」
「あぁごめんね。叩きすぎちゃった」
女性は気恥ずかしそうに頭を掻いて誤る。
俺が気まずくなって口を閉ざすと、トレーニングルームの扉が開く。
「王太郎、二騎先生が呼んでるよー」
雨に濡れたジャージを気にしながら紗耶が入ってきた。
早くも俺を見付けた紗耶は、隣に座るブロンドヘアーの女性を目にして眉をひそめる。
「ん? その人は?」
「貴女は宇佐美紗耶さんね。貴女の噂もかねがね聞いているわ」
女性は紗耶の問いかけに答えることなく喋り出す。女性は立ち上がり紗耶に歩み寄る。
この人の情報網はどうなっているんだ?
「高い魔力量に能力“錬金”、空手で培った持ち前の運動能力の高さ。総合的にも大注目の株よね」
「うわっ、ちょっ、なんですか!?」
女性は嬉しそうに紗耶をペタペタとお触りして撫で回す。
紗耶はアグレッシブな女性に戸惑っている。
「うふふ。こんなことしている場合じゃないわよね。早く千里のところに行きなさい。彼女が怒ると怖いわよ」
一頻り紗耶を撫で回した女性は、不敵な言葉を残して扉に手をかけた。
やっと解放された紗耶は臨戦態勢を取って警戒する。
「あ、そうだ」
扉を開いた女性は何か思い出したようにこちらに振り向く。一瞬だが、紗耶が小さく跳び跳ねた。
「ここで私と会ったことは内緒ね。誰にも言っちゃダメよ」
女性は返事を聞く前にお茶目にウィンクして出ていった。
トレーニングルームに残された俺と紗耶は状況に取り残される。
……何だったんだ?
まるで女性の言ったことを遵守するように、疑問は言葉にならなかった。
「と、とりあえず二騎先生のところへ行くぞ。怒られるのは勘弁だ」
「そ、そうね!」
俺と紗耶は急いでトレーニングルームを飛び出した。
職員室へ向かう道中、謎の女性に対する会話は一切なかった。
俺と紗耶は雨の中走った。傘を差していても走ると雨に濡れてしまうが、それでも構わず走って、やっと職員室に到着した。
二騎先生の元には、すでにいつものメンバーが揃っている。
全員が揃ったのを確認した二騎先生はタバコに火を点けた。
煙を吐いて話を始める。
「単刀直入に用件を言おう。お前らを呼び出したのは、学園内のとある地区の調査をしてもらうためだ」
「とある地区? どこですか?」
恵梨香が真っ先に質問した。
二騎先生はもう一度タバコを吹かして答える。
「入学式の日の魔獣襲撃事件を覚えているだろう?」
二騎先生は俺を見ながら言った。
もちろん俺にとっては忘れられない出来事だ。
目の前に広がる魔獣の群れ。消えた薄幸の白い少女。そして俺はそこで一度死にかけている。
「それがどうしたんですか?」
「前々から魔獣の侵入経路の調査がされていてな。経路を割り出したはいいものの、人手が足りんのだ」
「そこで粗方戦力になる俺らに白羽の矢が立った訳ですね」
残りの部分を昴が要約した。
二騎先生は頷く。
「もちろん危険を伴うだろう。断っても構わない」
二騎先生は次のタバコに火を点けて、俺たちに問いかけた。
しかし俺には承諾する理由はあっても断る理由はない。
「行きます」
俺は他の誰よりも早く答えていた。
俺の返答を聞いて、他の五人も頷いた。
「では明日にでも調査に行ってもらう。詳細はそのときに伝える」
二本目のタバコを掻き消した二騎先生は解散を宣言した。しかし恵梨香は一人その場で立ち尽くしていた。
「どうした渡、何か不満か?」
二騎先生は三本目のタバコをカートから取り出す。
「紗耶や七海たちが調査をするのは納得出来ます。しかし私や篠崎くんが同行するのはなぜですか? ……私たちはまだ魔術を扱えません」
恵梨香は唇を噛み締めながら言った。「まだ」という言葉が恵梨香のプライドを守っているが、本人にとってはそこが譲れないラインなのだろう。
二騎先生は瞑目して黙り込んだ。
そして煙を吐いて目を開けた。
「ベロニカの一件も、葉吹市の一件もお前ら二人は一番近くで魔術に触れていた。経験も他の四人と同等に培ってきただろう」
静聴する恵梨香は唾を飲んだ。
俺の隣にいる颯介も固まっている。
「そんなやつらには早く魔術を習得してもらわなければ困る。現場で刺激を受けて魔術を習得する可能性は十二分にあり得る。
それだけの理由だ」
二騎先生は三本目のタバコを灰皿に押し付けた。そして回転式の椅子を回して背を向ける。
俺たちは一礼して職員室を出た。
その後、まるで示し合わせたように部屋に帰る。
「明日、雨止むかな……」
「さぁな。……止んでくれねぇかな」
部屋へ帰る俺と紗耶の間には大した会話はなかった。
今回、後書きはお休みします。




